招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥

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第七章

閑話8 ある毛玉のおはなし

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※前回の「閑話7」の後編の前に「閑話8」がきていますが、これは意図した構成ですのでご了承ください。
「閑話7」の後編は、次章以降の公開を予定しております。

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「ひもじい」

 そのケサランパサランは、それだけを思っていた。

 神魔族によって作られた下級魔獣であるケサランパサランに、難しいことを考えるほどの思考能力はない。
 今や本能のように刷り込まれた、『ほこりを落とす』仕事をただひたすらこなす。それだけだ。

 でも――
「ひもじい」
 そのくらいを思えるくらいの思考は持ち合わせていた。

 もう身に蓄えた魔力は尽きかけている。この魔力が無くなったら、動くことはできなくなる。休眠状態になるしかない。

 すでに魔導ランプの灯りは消えていて、どの部屋もどの廊下も真っ暗になっている。その暗い廊下を漂いながら、よろよろと浮かび上がって壁にすがりつく。
 一生懸命に身を左右に振って、壁に付いた埃を落としてみせる。こうすれば『主人』が褒美ほうびに魔力をくれるはずだ。

 でもどんなに身を振っても、埃を落としても、ここには魔力をくれる『主人』はもう居なかった。
 ケサランパサランには、この城の主がもう何年も不在なことも、落とした埃を集めるゴーレムもすでに機能を停止していることも、知ることはできない。

 もう魔力はわずかしかない。そんなに高くは飛び上がれない。でも自分にできることはこれしかない。
 よたよたと飛び上がろうとして、力尽きて床にふらふらと落ちる。そこで自分と同じような毛玉にふんわりと体が触れた。

 仲間の1体だ。でもこの仲間はもう動かない。だいぶ前から休眠状態になっているようだ。

 ケサランパサランは、休眠している仲間の体にしがみついた。毛玉の隙間を広げて、その仲間の体をもふもふと自分の中に取り込んでいく。
 吸収した仲間の体から「ひもじい」と聞こえたような気がした。でも仲間を吸収した自分はほんのちょっとだけ、ひもじくなくなった。

 褒めてくれる『主人』は、いったいどこへ行ったんだろうか。
 ずっとずっと一生懸命に埃を落としているのに。そろそろご褒美の魔力を貰えないと、自分も休眠してしまう。

 ふわふわと何かに誘われるように飛んでいて、ぽんと体が何かにぶつかった。そのまま力が抜けて、するすると曲線の壁を伝って床に落ちた。

 なんだろう? この球は少し明るくて暖かい。
 そしてこの球の周りには、沢山仲間が落ちている。

 ここで働いていたケサランパサランの多くが、球体の中のものが発するぼんやりとした明るさと暖かさを魔力だと思い、ここに寄ってきた。でもこれは魔力ではなかった。だから彼らは、そのままここで力尽きた。


 ケサランパサランにはそんなことはわからない。本能のまま、隣に落ちている仲間をもふもふと吸収した。
「ひもじい」
 そんな気持ちと一緒に、仲間の体が自分の中に入り込んでくる。

 ひもじい、ひもじいよなぁ。

 こんな気持ちを、もうどのくらい抱えてきたんだろう。
 そしてこの先、どのくらいの間、そうして耐えていけばいいんだろう。


 ふわふわと飛んでは落ち、体に触れた仲間を吸収した。
 でももう周りに落ちている仲間もいなくなって、ケサランパサランは球体のかたわらで床に落ちていた。
 体内に残されていた最後の魔力が、どんどん薄くなる。思考も本能すらも、動かなくなっていく。

「ひもじい……」

 * * *

 ケサランパサランは不意に覚醒した。

「なんだこいつは? こんな奴は見たこともないな。これは魔獣……なのか……?」

 誰かの声が聞こえる。おそらく『主人』だろう。自分に魔力をくれたらしい。

 こうしちゃいられない。頑張って働かないと。働けば褒美に魔力を貰える。そうすれば、ひもじい思いをしなくて済む。

 よろよろと飛び上がって、近くにあった丸い壁に縋りつく。一生懸命に身を左右に振ってその埃を落としていく。
 すっかり埃が積もっていたその球体の壁は、以前のようにまた明るくなっていく。ケサランパサランが埃を落としたところから、少しずつ透明を取り戻していく。

「これは……この中に居るのは、赤ん坊か?」
 『主人』が何かを呟いている。言葉の意味はわからないが、自分を褒めてくれているのだろう。もっと頑張ればきっと魔力を貰える。
 ケサランパサランは、いっそう張り切って身を振り回した。

 一生懸命に飛び回り過ぎて、もう貰った魔力が尽きてきた。どれほど頑張ったら、この『主人』は次の褒美をくれるのだろう。

 球体の埃をすっかり落として、よろよろと床に向かって落ちていく。
 床に落ちる直前に、大きな手の平で掬いあげられた。

「どうやら悪意を持った魔獣ではなさそうだな。どうしたんだ?」
 自分を包み込んでいる『主人』の手の平から、強大な魔力の一部が漏れ出してくる。
 助かった…… 無我夢中で漏れ出している魔力をすする。

「なんだ? 魔力が欲しいのか?」
 『主人』がそう言うと、体の内にぶわっと強大な魔力が注ぎ込まれた。

 ぱーん!と、体が内から弾けたような気がした。

「うわっ! なんだこれは? 増えたぞ!!」

 ああ、あれは遥か昔に自分が吸収した仲間たちだ。
 仲間たちは嬉しそうに、この部屋のここかしこに散っていく。皆がそれぞれ埃のついている壁に縋りついて一生懸命に身を左右に振って埃を落としていく。

「ああ…… そうだ思い出した。こいつはケサランパサランか……」
 『主人』が自分の名前を呼ぶ。

 そしてたくましい体つきをした赤毛の『主人』は、すっかり綺麗になった球体の壁をのぞき込んで、ポツリと呟いた。

「姫……」


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