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第九章
9-7 手紙を届ける
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「おやあ、珍しいね。旅の方かい?」
目的の村に着くとすぐ、羊の耳を持つふくよかな獣人のおばあさんから話しかけられた。
あの結界を抜けてからこの村に辿り着くまで、一度も危険な魔獣に出会わなかった。あまりにも道のりが順調だったうえに、この村に入るのに全く警戒もされなくて、逆に拍子抜けしてしまったほどだ。
「こんな辺鄙な村に、用事があって来たわけじゃあないだろう? 森に迷ったのかい?」
おばあさんは、僕らに親しげに笑顔で話しかける。初対面な上に、ヴィーさんのような顔の怖い人も居るというのに、このおばあさんは僕らを警戒するつもりもないらしい。
その悪人顔のヴィーさんは、彼なりの笑顔で馴れ馴れしく応えた。
「いや、用事があって来たんだ。ステラ・カーヴェルさん宛てに届け物だ」
ヴィーさんが伝えたのは、ヘンリーさんのお母さんの名前だ。ジャウマさんは預かっていた手紙をバッグから取り出して、羊のおばあさんに見せた。
おばあさんは少し顔を突き出すようにして、その手紙をしげしげと眺める。そして差出人の名前に視線を移すと、あら!と驚いたように声をあげた。
「ヘンリー坊やからの手紙じゃない! 急いでステラに届けてあげて! こっちよ!」
おばあさんは愛想が良いだけでなく、面倒見もいいらしい。僕らを案内するように、先に歩きだした。
「用事はすぐに終わりそうだな」
セリオンさんが小さな声で言った。
* * *
道中にすれ違った村の獣人たちも、皆穏やかで愛想の良い者ばかりで、やけに平和でのどかな村だなと、そう感じた。
おそらく村で一二を争う大きな家で僕らを出迎えたステラさんは、白髪の山羊獣人のおばあさんだった。さっきの羊のおばあさんと仲が良いらしい。
ステラさんにヘンリーさんからの手紙を見せると、驚いて目を見張った。
「村を出たきり帰ってこなくなって…… もう生きてはいないかもと思っていたのに……」
手紙を読むと、ステラさんは嬉し涙を浮かべて言った。
ステラさんは僕らを家の中へ迎え入れてくれた。応接間のソファに案内すると、僕らの為に自らお茶を淹れてくれた。
こちらは大所帯だ。ジャウマさんたち3人がステラさんの向かい側に座り、残った僕とアリアちゃんは、ステラさんの並びの席を勧められた。クーはアリアちゃんの足元に大人しく身を伏せた。
「改めて、あの子の手紙を届けてくれてありがとう。お礼をしなければいけないわね」
ステラさんは、僕らの顔を見まわすと、優しく微笑みながら言った。
「俺たちはヘンリーさんから依頼されてこちらに来ました。彼から報酬を貰うことになっていますので、礼は不要です」
「あら、そうなのね。じゃあ、あなた方は手紙を届けるお仕事をされているのかしら?」
うん? その質問は想像していなかった。この一行を見て、冒険者以外だと思った人は、今までにはいない。
向かいに座るヴィーさんの口元が、何か思うようにへの字に結ばれているのが見えた。ジャウマさんとセリオンさんは、いつもの風を装っているが、ちらりと視線を交わしている。ステラさんの様子に意外に思ったのは、僕だけではないようだ。
「……いや、俺たちは冒険者です。先日訪れた町でヘンリーさんから手紙を届ける依頼を受けたんです」
ジャウマさんの言葉に、ステラさんはああと思い出したように声をあげた。
「そうね。村の外にはそういうお仕事をされている方々がいらっしゃると、聞いたことがあるわ」
村の外には、ということは、この村には冒険者はいないということなのだろう。
「この村には冒険者ギルドはねえんだな。じゃあ、森に棲む魔獣の相手は、自警団がやっているのか?」
ヴィーさんは、多分わざとこんな質問をした。あの結界が貼られている理由を探ろうとしている。
「いいえ。この村の周りには危険な魔獣はいないから。そういう乱暴なことをする必要がないのよ」
「すぐ近くに森があるのに?」
「ええ、危ない魔獣は村に近づけないの。神様の御力のおかげね」
にこにこと笑いながら答えるステラさんに、変な含みは感じられない。本当にそう信じているような素振りだ。結界が張ってあることも知らないのだろう。
やっぱりあの結界はこの村を魔獣などの外敵から守っていたんだろう。壊さなくて良かったと、ホッとした。
「この村には大きな神殿があるのよ。そのお陰でより強い神の恩恵を与えられているの」
「それは素晴らしいですね。村人でない私たちにも、神殿で祈りを捧げさせていただけないでしょうか?」
ようやくステラさんとの会話に口を差し込んだセリオンさんは、如何にも信仰心が厚そうな風に装った。
「ええ、是非に。うちの主人が神官長を務めているの。言えば案内してくれるわ」
その時、アリアちゃんが、甘えたように声をあげた。
「ねえ、パパ―。私お腹空いたーー」
多分、これも演技だ。
「ああ、そうだな。もうこんな時間か……」
ジャウマさんが、窓の外の様子を窺うように顔を向ける。窓から見える森の上の空は、薄く赤く色づきはじめている。
「よろしければ夕飯を食べていかない? 村の外のお話なんかも聞かせて欲しいわ」
「ありがとうございます。助かります」
ステラさんの言葉に、迷うこともなくジャウマさんが応え、さらに言葉を続けた。
「ああ、そうだ。夕飯をお世話になるついでに、宿屋も紹介していただけないでしょうか?」
「それなら、ここに泊まるといいわ。この村には宿屋が無いのよ。それに部屋はたくさんあるから」
その言葉を聞いて、ヴィーさんがちらりと僕の方を見て少しだけ笑ってみせた。なるほど、この流れに持っていくまで、彼らの作戦通りだったらしい。
夕飯の支度となれば、僕とアリアちゃんの出番だ。ステラさんの食事の支度を手伝いながら、おしゃべりで村の話を聞きだす。
食事の席では、ステラさんの求めに応じてヴィーさんが手振り身振りで大袈裟に旅の話をしながら、合間に村や神殿の話を引っ張り出す。
ステラさんが用意してくれた部屋で、皆で休もうという頃には、この村の雰囲気が大体わかってきていた。
目的の村に着くとすぐ、羊の耳を持つふくよかな獣人のおばあさんから話しかけられた。
あの結界を抜けてからこの村に辿り着くまで、一度も危険な魔獣に出会わなかった。あまりにも道のりが順調だったうえに、この村に入るのに全く警戒もされなくて、逆に拍子抜けしてしまったほどだ。
「こんな辺鄙な村に、用事があって来たわけじゃあないだろう? 森に迷ったのかい?」
おばあさんは、僕らに親しげに笑顔で話しかける。初対面な上に、ヴィーさんのような顔の怖い人も居るというのに、このおばあさんは僕らを警戒するつもりもないらしい。
その悪人顔のヴィーさんは、彼なりの笑顔で馴れ馴れしく応えた。
「いや、用事があって来たんだ。ステラ・カーヴェルさん宛てに届け物だ」
ヴィーさんが伝えたのは、ヘンリーさんのお母さんの名前だ。ジャウマさんは預かっていた手紙をバッグから取り出して、羊のおばあさんに見せた。
おばあさんは少し顔を突き出すようにして、その手紙をしげしげと眺める。そして差出人の名前に視線を移すと、あら!と驚いたように声をあげた。
「ヘンリー坊やからの手紙じゃない! 急いでステラに届けてあげて! こっちよ!」
おばあさんは愛想が良いだけでなく、面倒見もいいらしい。僕らを案内するように、先に歩きだした。
「用事はすぐに終わりそうだな」
セリオンさんが小さな声で言った。
* * *
道中にすれ違った村の獣人たちも、皆穏やかで愛想の良い者ばかりで、やけに平和でのどかな村だなと、そう感じた。
おそらく村で一二を争う大きな家で僕らを出迎えたステラさんは、白髪の山羊獣人のおばあさんだった。さっきの羊のおばあさんと仲が良いらしい。
ステラさんにヘンリーさんからの手紙を見せると、驚いて目を見張った。
「村を出たきり帰ってこなくなって…… もう生きてはいないかもと思っていたのに……」
手紙を読むと、ステラさんは嬉し涙を浮かべて言った。
ステラさんは僕らを家の中へ迎え入れてくれた。応接間のソファに案内すると、僕らの為に自らお茶を淹れてくれた。
こちらは大所帯だ。ジャウマさんたち3人がステラさんの向かい側に座り、残った僕とアリアちゃんは、ステラさんの並びの席を勧められた。クーはアリアちゃんの足元に大人しく身を伏せた。
「改めて、あの子の手紙を届けてくれてありがとう。お礼をしなければいけないわね」
ステラさんは、僕らの顔を見まわすと、優しく微笑みながら言った。
「俺たちはヘンリーさんから依頼されてこちらに来ました。彼から報酬を貰うことになっていますので、礼は不要です」
「あら、そうなのね。じゃあ、あなた方は手紙を届けるお仕事をされているのかしら?」
うん? その質問は想像していなかった。この一行を見て、冒険者以外だと思った人は、今までにはいない。
向かいに座るヴィーさんの口元が、何か思うようにへの字に結ばれているのが見えた。ジャウマさんとセリオンさんは、いつもの風を装っているが、ちらりと視線を交わしている。ステラさんの様子に意外に思ったのは、僕だけではないようだ。
「……いや、俺たちは冒険者です。先日訪れた町でヘンリーさんから手紙を届ける依頼を受けたんです」
ジャウマさんの言葉に、ステラさんはああと思い出したように声をあげた。
「そうね。村の外にはそういうお仕事をされている方々がいらっしゃると、聞いたことがあるわ」
村の外には、ということは、この村には冒険者はいないということなのだろう。
「この村には冒険者ギルドはねえんだな。じゃあ、森に棲む魔獣の相手は、自警団がやっているのか?」
ヴィーさんは、多分わざとこんな質問をした。あの結界が貼られている理由を探ろうとしている。
「いいえ。この村の周りには危険な魔獣はいないから。そういう乱暴なことをする必要がないのよ」
「すぐ近くに森があるのに?」
「ええ、危ない魔獣は村に近づけないの。神様の御力のおかげね」
にこにこと笑いながら答えるステラさんに、変な含みは感じられない。本当にそう信じているような素振りだ。結界が張ってあることも知らないのだろう。
やっぱりあの結界はこの村を魔獣などの外敵から守っていたんだろう。壊さなくて良かったと、ホッとした。
「この村には大きな神殿があるのよ。そのお陰でより強い神の恩恵を与えられているの」
「それは素晴らしいですね。村人でない私たちにも、神殿で祈りを捧げさせていただけないでしょうか?」
ようやくステラさんとの会話に口を差し込んだセリオンさんは、如何にも信仰心が厚そうな風に装った。
「ええ、是非に。うちの主人が神官長を務めているの。言えば案内してくれるわ」
その時、アリアちゃんが、甘えたように声をあげた。
「ねえ、パパ―。私お腹空いたーー」
多分、これも演技だ。
「ああ、そうだな。もうこんな時間か……」
ジャウマさんが、窓の外の様子を窺うように顔を向ける。窓から見える森の上の空は、薄く赤く色づきはじめている。
「よろしければ夕飯を食べていかない? 村の外のお話なんかも聞かせて欲しいわ」
「ありがとうございます。助かります」
ステラさんの言葉に、迷うこともなくジャウマさんが応え、さらに言葉を続けた。
「ああ、そうだ。夕飯をお世話になるついでに、宿屋も紹介していただけないでしょうか?」
「それなら、ここに泊まるといいわ。この村には宿屋が無いのよ。それに部屋はたくさんあるから」
その言葉を聞いて、ヴィーさんがちらりと僕の方を見て少しだけ笑ってみせた。なるほど、この流れに持っていくまで、彼らの作戦通りだったらしい。
夕飯の支度となれば、僕とアリアちゃんの出番だ。ステラさんの食事の支度を手伝いながら、おしゃべりで村の話を聞きだす。
食事の席では、ステラさんの求めに応じてヴィーさんが手振り身振りで大袈裟に旅の話をしながら、合間に村や神殿の話を引っ張り出す。
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