三日月の守護犬

月ノ宮小梅

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第三話 小さな森

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漁村を出た衣珠は、またしてもあたりをさまよっていた。
今度はどこへ行こうか…。
神社を出た時は人を殺したことへのショックもあり放心状態のまま漁村へたどり着いたが、今回は違う。
そういえば、トヨは生前、こんな古い漁村なら化け物の一匹や二匹はざらにいると言っていたが、それならばもしかするとこの辺にも彼女と同じ“化け物”がいるかもしれない。
「……もし逢えたなら…友達になれるといいな……。」
そう言いながらあたりを見回しているうちに、ふと森の方が気になった。漁村のすぐ近くにある小さな森だったが、彼女はそこから何やら“化け物”の気配を感じ取ったようだ。
化け物がみなこうして同類を見つけ出す能力を持っているのか、それとも狛犬、あるいは神社の力によるものなのか、それは定かではない。しかし、怪力であることも含め彼女は明らかに人間とは違う能力を持っていた。
『森か…漁村の皆さんに見つかるとまずい……。』
衣珠は背負っていたリュックサックを下ろし、中から黒い大きなパーカーとベージュのハーフパンツを取り出した。どちらもトヨが衣珠の為に古着屋で買ってきた物である。衣珠の獣耳や手が隠れる程に大きなパーカーは、いつか二人でどこへでも出掛けられるようにという変装着のような物だった。その他にも、部屋着や日替わりで使える色違いのスカーフ等たくさんの衣服が入っている。これを着さえすれば、漁村の民からもあまり怪しまれることはないだろう。
もっとも、トヨ以外の民も“化け物”を何とも思わないかも知れないが……。

森の入口に到着した。
漁村の民はというと、トヨの家の方の方角で何やら騒がしくやっていた。警察と思しき人物も大勢いて不穏な雰囲気である。それはそうだろう、まだ衣珠がトヨの家を出てから三日も経っていないのだ。おおかた突然消えたトヨの捜索をしているところだろう。
森の中はやけに綺麗で、そしてやたらと静かだった。
つまり生物がいる気配がないのだ。いくら小さい森であるとはいえ、羽虫の一匹くらいいて当然なのだが、それすらない。少しの不気味さを感じながらも、衣珠は奥へと足を進めていった。

「やあ!君ははじめましてかな?よく来たね!」
頭上から明るい声が降ってきた。驚いて上を見ると、木の葉の間から可愛らしい獣人が顔をのぞかせているのが見えた。何の化け物だろうか、首から重そうなチェーンをぶら下げ、背中には大きな羽がついている。
「こんにちは……。はじめまして、私は衣珠です。あなたは……?」
「僕?僕はね、楚羅そらっていうの!よろしくね!
ところで、こんな辺鄙な所に何しに来たの?ここには結界みたいなものもあるし、ここに来れるってことは君が生物じゃないっていうのもわかるんだけど。」
「私は、元々神社の狛犬で……。色んな事情があって、ほんの三日前まですぐ近くの漁村にお世話になってたんですが……。そこにも居られなくなって。あたりをさまよっていたら、偶然この森を見つけて気になったんです。」
すると楚羅は、満足げにうなずいた。
「そうなんだ!それなら僕達と同じ身寄りのない化け物なんだね!まあ身寄りのある化け物なんてほとんどいないけど!」
「僕達……?」
衣珠は首を傾げた。どう見ても頭上には楚羅一人しか居ないはず……。どこかに隠れているのか?
「そこそこ!もう一人君の後ろに突っ立ってるのが居るでしょ!今この森ではその子と僕の二人で暮らしてるんだ!」
「えええっ!?」
振り返ると、確かに化け物がもう一匹、こちらをじっと見つめている。気配を消していたのか、全く気が付かなかった。
「ごめんね!その子とってもシャイなんだ!でも優しいから!……多分!」
「うるさいなあ全く……。はじめまして、俺は來陽らいだ。元々この辺の野良犬でな。楚羅は街の方に住んでた飼い犬だ。というか俺はシャイなんじゃなくて、お前の様子をうかがってただけだ。あいつの言うことは真に受けるんじゃないぞ。」
「やだなぁもう來陽ってば!」
楚羅が苦笑しながら、するすると木から降りてきた。元飼い犬にしてはやけに身軽である。
「元々はアジリティランってのをしてたんだ!障害物競走みたいなものなんだけど、そのせいかこうして半分人みたいな姿になってからも身軽なんだよね。まあ、歳を取ってからは鎖に繋がれたまま散歩にも連れて行ってくれなかったけど……。
そうだ!身寄りがないならここに住まない?ほら、案内するよ!」
強引な化け物である。しかし、確かに居場所が必要だった。
「じゃあ……お願いします。來陽さん、私がお邪魔してもよろしいですか?」
「俺の事は気にするな、あと呼び捨てでいい。この森には俺たちしか住んでないとは言っても割と色んな化け物がふらりとやってくることはあるんだよ。まあ気楽にいけばいい。」
こうして、衣珠は森の住人に受け入れられたのだった。

「食事も睡眠も必要なし…と。まあ化け物だもんね!部屋はここに一つだけしかないけど…すぐ慣れるよ!」
森の奥に建てられた大きな日本家屋である。
かなり古そうな土間と囲炉裏、広い畳部屋…。ここだけならトヨの家とそっくりだが、ここには大きな庭があった。
「食事自体は必要ないんだが、それでもたまに無性に何かを口にしたくなる事はあってな。ここでも植物なら育つから米や芋、すぐ近くの海で小魚くらいならここで焼いて食べるんだ。」
後ろからついてきた來陽が、ぼそりと呟いた。
「それなら、おにぎりも食べられますか?魚の入った塩むすび……!以前食べたことがあるのですが、本当に美味しいのです。」
「握り飯か、作れないこともないだろうな。なんだ、狛犬が食い物の味を知ってるなんて初耳だな。漁村の民からもらったのか。」
「はい……。とても美味しかったので、今度は皆さんと食べたいです。」
 早速海へ向かう。魚と塩を取りに行くのだ。二人のフットワークの軽さに、衣珠は少々驚いていた。楚羅なら好奇心旺盛だろうしどこへでも喜んで行きそうなものだが、來陽まで元気よくついてくるとは……。どうやら、食事への執着心は強いようだ。
「久々の海だな……。」
來陽が呟いた。楚羅はとっくに海に潜って魚を取っている。
「海、あんまり行かないんですか?」
「あぁ、いつも森に引きこもってんだ。狩りならあいつ一人で充分だからな。それに俺は生前に狩りをし過ぎてて…。もうやりたくないんだ。記憶がよみがえるんでな。だけどお前が塩むすびだなんて言うから気になったじゃねえか。塩は採った事がないんだ、気になるだろう?」
どうやら本物の食いしん坊のようである。そうこうしているうちに、塩と大量の小魚が手に入った。
「楚羅、お前これ腐らせたらどうするんだ?生物は死ぬと腐るんだぞ?」
「いいのいいの!今日からは新しい仲間も居るんだし沢山食べよ?ね?食いしん坊さん!!!」
「この野郎……!」

森の中の大きな日本家屋で、大宴会の始まりである。
庭の焚き火で例の塩むすびと、串刺しにした小魚とを焼いている。
「んー!やっぱり來陽が作る料理は何でも美味しいや!」
「本当に美味しいです……!おにぎりって焼くとこんなにも美味しいんですね!」
來陽が土間から持ってきたお手製の干し芋や酒も、どれも本当に美味しかった。
「そうだ!もうこの際だから敬語はなしで!あと遠慮もなしね!ほらおにぎりもうなくなるよ?」
「ええ?あ、ちょっと待ってください!私まだ一個しか……!」
「ほーら敬語使っちゃった、気にしなくていいんだって!はい一つあげる!」
「……あ、ありがとう?」
「よく言えたじゃん!!!はいご褒美にもう一個!」
食事もあらかた片付いた頃、衣珠はリュックサックから衣服をすべて取り出した。確か、二、三枚替えのスカーフが入っていたはずだ。
「これ……、二人にどうかな。私に出来るお礼は今のところこれくらいしかないけど、私は元々着けてるこの黄色いのがあるし。お揃いでどう?」
「いいのー!?可愛いこれ!どうやってつけるの?」
飛びついたのはもちろん楚羅だ。來陽もにこやかに笑って水色のスカーフを手に取った。
「お揃いってさ!なんか響きいいよね!!!」
楚羅はご機嫌だ。もう夜も更け焚き火の近く以外は何も見えやしないが、誰も眠ることはない。
これからこのまま彼らと暮らせる…。
「これで……良かったんだ。」
衣珠はそう小さく呟くと、すぐに楚羅のスカーフを結びにかかった。
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