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第三十九話 初めての人
しおりを挟む私は忘れられた神に近付いた。
忘れられた神は石壁に寄りかかるように座っていた。
「僕は負けたんだね。何でか分からないけど、スッキリした気持ちだよ」
忘れられた神はスッキリとした表情を浮かべていた。
「1つ聞きたい。貴方は自分の存在を証明出来たら良かったのか?」
「うん、その通りだよ」
これまで悪意は無かった。
そして、幸いのことに私は無宗教だ。
「なら、私が貴方の信者になろう」
「えっ。何を言っているの?」
「貴方は自分の存在を証明したい。だったら、英雄の私が貴方の信者になれば、自分の存在を証明出来る」
「なので、貴方の名前を教えて欲しい。いや、名を聞くなら、自分から名乗らないとな。私は篠井 正樹だ。異世界とこの世界で英雄と呼ばれている装甲兵でもある。改めて、貴方の名前は?」
「僕は異世界で忘れられた神、マーニス」
「女性みたいな名前なのですね」
「あれ?気づいてなかったの。僕は女だよ」
「ハ?」
私は驚きで固まってしまった。
「ハって、酷くない。確かに僕は貧乳だと思うけど、男だと思っていたなんて」
「す、済まない、マーニス嬢」
「僕を男だと勘違いした正樹なんて知らない」
マーニス嬢はそっぽ向いてしまった。
私はどうすればいいか分からず、オロオロしてしまった。
「僕が今からすることをしてくれたら、許してあげるよ」
「な、何をすればいいんだ?私が出来る範囲なら、何でもするぞ」
「なら、僕のことはマーニスと呼び捨てにして」
「わ、分かった。マーニス」
「うん、いいね。あ、でも、もう1つだけしてもらうよ」
「後は何をすればいいんだ?」
「簡単なことだよ。僕と結婚して欲しいんだ」
私は驚いて固まってしまった。
ど、どうしてそうなった?
理由は分からないが、覚悟を決めろ。
1人の女性に恥をかかせる訳にはいかない。
私はマーニスの前で片膝を着き、マーニスの目をしっかりと見た。
「マーニス。私と結婚してほしいんだ」
「ありがとう、正樹」
マーニスには私に抱き締めて来たので、私は抱き締め返した。
マーニスの温もりを感じた。
この温もりは直ぐに感じなくなるだろう。
だって、マーニスの体からは光の粒子が出始めているからだ。
「そろそろお別れみたいだね」
マーニスは消え始めている自分の体を見ている。
「最後のお願いをしてもいいかな?正樹」
「勿論だ」
「ありがとう、正樹」
マーニスは嬉しそうに微笑み、右手の人差し指を唇に添えた。
「僕とキスをしてほしいんだ。勿論、僕の唇にだよ」
それには、即答は出来なかった。
1年前から婚約している3人がいるのに、そんなことをしてもいいのか?
「分かってるよ。正樹には、1年前ぐらいから婚約している3人がいることを。でも、僕はここまでだから、正樹の初めてを貰ってもバチは当たらないよね?」
すまない、サリーサ、エノーア、純麗。
私は4人目の婚約者の最後の願いを叶えたい。
私はマーニスにキスをした。
マーニスの唇は驚く程柔らかった。
「初めてのキスしちゃった。凄く幸せだよ」
マーニスは本当に嬉しそうに微笑んだ。
徐々にマーニスの体が薄れていき、マーニスの体から光の粒子が体から出ていく。
「あ、そうだ。言い忘れていたけど、実はここに来てからのことは、映像を通してこの世界と異世界に流しているよ」
「だから、刺されないように気をつけてね。元の世界にいる婚約者達に」
マーニスは楽しそうな表情を浮かべていた。
本来なら、怒るべきだと思うが、マーニスの最後の悪ふざけだ。
ここは何も言わないのが正解だ。
マーニスは私を強く抱き締めてから、少し離れ、私の目を見てきた。
「バイバイ、僕の守護者で旦那様、ううん、僕の英雄で色々な初めての人、正樹」
マーニスは満面の笑みを浮かべながら、光の粒子となって消えていった。
その時の笑みは、とても眩しかった。
確かに温もりを感じていたが、その温もりはもうそこには無かった。
私は光の粒子となって消えたマーニスを抱き締めたかったが、自分を抱き締めることしか出来なかった。
「マーニス。少しだけだったが、とても幸せだった」
その発言した瞬間、私は光に包まれた。
次に気がつくと、自分の家に戻っていたのだ。
あれは夢だったのか?
いや、違うな。
この手にはマーニスの確かな温もりを感じ続けている。
夢ではなく、現実だったんだ。
マーニス。
私は一生心の中で刻む。
短い貴方との時間を。
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