【ショートショート】ひとつまみ シュールにドアをノックして

ロボモフ

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小説をどうぞ

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「小説をどうぞ」

「ありがとう」

 小説をもらうのは初めてだった。しかも私が最も待ち望んでいた瞬間にやってきたのだ。私は小説がないと生きられない人間だ。もう思い出せないくらい、ずっとずっと昔からだ。ある時、私は小説によって生まれ変わったのだと思う。どんなに現実世界が上手くいかない時にも、一度小説の中に逃げ込めば、すべてが変わる。小説の中には光がある。夢があり理解者がいて温かい人の声が聞こえる。現実以上の不条理も異世界の不思議も小説の中には詰まっている。
 小説は人生の中にある。だから人生を捨てることはできない。あるいは、人生は小説の中にある。私個人の人生などなんてちっぽけなものだろうか。小説は時に語ることをやめる。そして、いつでも私に寄り添っていてくれる。私は小説と共に歩き、小説と共に眠るのだ。小説はいま私の手の中にある。

 彼から手渡された小説は一風変わった形をしていた。「ありがとう」から始まるお話、主人公は人間離れした存在。筋書きはこれと言ってなく、登場人物も現れない。主人公に与えられた能力がどれほどのものか。延々と説明が続く。感情が揺れることはなく、私は小説をただ頭で理解しなければならない。正しく理解することによって主人公と長く寄り添うことができるのだ。結末まで特に変わったことは起きず、最後はもしもの時の可能性、いくつかの心配事を広げて終わる。あとがきはなく、索引のようなものがついているではないか。

 余韻はない。小説の中から飛び出した主人公に、私は触れてみる。何度も何度も繰り返し触れる。わからないところが見つかれば、その度に小説を開く。そのために目次が存在する。極めて実践的な作品だ。私は主人公に触れながら徐々にスキルを高めていく。私は戸惑っている。私の知る小説とのギャップに苦しんでいる。何かが違う。小説を思う私の本能が訴えている。根本的に間違っているのだ。


「こりゃ取説やんか!」
「グビッ」
「だましたんかー」
「いやだますいうか元からあっしはキツネ」
「小説言うから期待したやんか!」
「いや普通わかりますやん」

「俺ずっと小説思って読んでたやんか!」
「キツネが持参した時点でわかりますやん」
「わかるかそんなもん。お前だましよったな」
「私キツネですやん。だますとかちゃいますやん」

「何がちゃうねん」
「性ですやん。サガ」
「あー、お前、人をだましといて開き直んのかい」
「それもちゃいますやん。もー」

「なんやー! 何が違うんじゃーコラーッ!」
「いや駄目ですやん。子供見てはりますよー」
「おっ、おー、そやなあ」
「ね、まともな小説なわけないですやん」

「でも俺はそんなん知らんかったんや」
「間違っても小説のカテゴリなんかに入らん奴ですから」
「なんやそれ。お前が最初に小説言うたんちゃうんけ」
「いや言いましたけどキツネの言うことですやん」
「こりゃお前ポメラのマニュアルやんか」
「グビッ」

「何かようわからん内に上達してもうてるやん」
「はあ」
「打って打って打って何やこれ何になんねん」
「そいつはユーザー次第で……」
「ああ? 俺は読者の立場で読んどったんやで」
「いやー」

「pomera? 何やこの偏屈なガジェットは」
「いや、かわいいとも言われてますよ」
「どこがかわいいねん!」
「ムグッ」

「こんなもん打っても打ってもきりないやん」
「そうっすか」
「打っても打っても意味ないやんけ。無駄ちゃうんか」
「いやいや人生に無駄なんてないですやん」
「誰が言うてんねん!」
「ごめんなさい。一般論で」
「はあ?」
「あくまでも一般論で」

「何が一般論じゃ。小説や言うから喜んでもうたやんけ」
「いやキツネが言うたら普通わかりますやん」
「俺は小説読みながら寝たかったんや」
「普通に寝たらええですやん」
「普通には寝られへんねん!」
「ほー」
「ああ? お前時間返せー! 金返せ!」
「金は取ってませんやん」

「くそー、ポメラなんか持たせやがってー」
「いや似合ってますやん。めっちゃ馴染んでますやん」
「ごまかされへんで」
「ごまかすとかちゃいますやん」
「はよ返せー! 金返せ!」
「金は取ってませんてもう……」
「時は金と一緒や!」
「いやそんなん知りませんやーん」

「俺小説読む顔で読んでたやんけ」
「ええですやんか顔なんか」
「恥ずいやんけ」
「誰も見てませんやん別に」

「小説ちゃうかったんかこれ……」

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