不老不死の少女は戦鬼となって戦う! ~餓鬼狩りより

hodinasu

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 その会議室は、広さ三十七坪ほどだった。
 白色で統一された空間の中央に、長さ十五メートルほどの楕円形の円卓が置かれ、円卓を囲むように二十脚ほどのリクライニング椅子が置かれていた。上座には、六十インチを超す大型のモニターが、上から吊るされている。
 モニターに映し出されている映像と、円卓の上に置かれてある二十数台のパソコンのモニターの映像は同調しており、映像は、N島B-2地区で起こった組織AHO対蒜壺一族の模様を映していた。
 上座に座る大野がため息をつく。
「不快なものだな、人の肉体が破壊されるのを見るのは……」
「いや、わしは、もっと嫌なモノを見たことがあるよ……。口に出すのもおぞましいモノをな」
 大野の隣で、五十嵐参謀が目頭を押さえた。
「これ以上のモノをですか……」
 映像は、風のイ、大地のヌに、倒される組織AHOの隊員を映していた。
 改良型ジェットパックを背負い、システムウエポン装備の機銃で、蒜壺一族と戦った組織AHOの面々だったが、風のイと大地のヌ、そして卑眼の惟三の、息のあった連携攻撃の前に、ようしゃなく倒されていった。
 那美の登場が、いまひとつ遅ければ、全滅していたかもしれない。
「HーAシリーズの力は、こちらの予想をはるかにうわまっている……。風のイと大地のヌは、そこにいる那美さんが倒したが、惟三の生死は確認されていない」
 と、大野が言った。
「我々は、惟三を追い、B-2地区から、B-3、B-4、B-5と捜索を展開しましたが、惟三の行方は分かりませんでした」
 大野の言葉を受けて、B-2地区に残り、惟三を追って作戦を指揮していた野村が言う。
「それぞれの地区を映しているはずの監視カメラにも、映っていなかったのかね?」
 五十嵐参謀が、大野に質問をする。
「いまのところ、とらえていません」
 オペレーターが応える。
「五百ある監視カメラが、なんの役にもたっていないというわけか……」
 N島全域には、五百にも及ぶ監視カメラが、張り巡らされている。五百もの監視カメラが、随時、作戦本部に、映像を送っているのである。
「くそったれ! あの野郎、今度会ったらただではおかねえ」
 下座の席で、荻隊長が憤りの声を発した。
 荻隊長は、新宿御苑での戦いを思い出していた。あの戦いの最中、食風という餓鬼の業をくらい、自分の手で部下を惨殺してしまった。荻隊長にとって、食風を呼び出した伽羅も憎いが、その場にいた惟三も、また憎かった。
「那美さん、惟三は極異界というものに帰ったのでしょうか?」
 大野が、那美に問う。
「ええっ、おそらくそうでしょう」
 那美は、短く答えた。
《私の嗅覚にも、惟三の臭いは探知されておりません。惟三は、すでにこの島から逃げ出しているのでしょう》
 呂騎が、会議室にいる全員にテレパシィーを送った。
「これが、呂騎くんのテレパシィーという奴か……。頭の中に直接話しかけられるのは、なんだな……。あまり気持ちいいものではないな」
 五十嵐参謀が、軽く咳をする。耳という聴覚器官で言葉を聞き取る人間にとって、呂騎のテレパシィーは、何度聞いても、聞きなれないものだろう。
 呂騎のテレパシィーを、何度か聞き取っているAHOのメンバーもまた、側頭部を指で掻いたり、頬に手をあてて頭を左右に振っていた。
「逃げてしまった惟三のことは後回しにして、ナギという、那美さんそっくりの女のことについて、議論を重ねたい。モニターを切り替えてくれ」
 大野の指示で、画面が切り替わった。
 画面には、研究所正面玄関にいるナギ、琥耶姫、刻の姿が映し出されていた。
「ナギは、那美さんに関係ある人物ですか?」
 荻隊長の隣に陣取っている室緒が言った。
「ふん、餓鬼の中にはなあ、人に化けることが得意な奴もいるんだぜ。那美とそっくりだからといって、那美と関係ある奴とは限らねえぜ」
 荻隊長が、言った。
「それにな。そっくりだからって、なんだっていうんだよ。餓鬼は餓鬼だ。それ以上のものではねえ。こいつは那美の姿をしたナギという餓鬼さ」
「那美さん、ナギは蒜壷が変身……いや、化身したAシリーズか?」
 大野が、再び問う。
 那美は、静かに大野の顔を見つめる。
 那美が、この会議室に呂騎とともに訪れた時、会議室にいる組織AHOの面々は、一斉に緊張した。いままで組織AHOとの協力を拒み続けてきた那美が、組織AHOの要請を受け入れて、同じ席に座るというのである。
 用心に越したことがない。
「ナギの正体をいう前に、私のことを皆さんに言わなければいけませんね」
 そう、那美が静かに告げる。
「話してくれるのかね?」
 五十嵐参謀が言う。
「ある程度のことなら……」
「ある程度のことでかまわん。話してくれっ」
 大野が言った。
《那美さま、話すつもりですか?》
 呂騎が、那美だけにテレパシィーを送った。那美の胸元、若草色の香り袋の中で、鳥子の色の勾玉が光る。
《すべて話す気はないわ。すべてを話したら、混乱すると思う。できるだけ混乱は避けたい》
 那美が、人と蒜壺との間に生まれた女性であること……。那美とナギが、双子であること……。
 その事実だけでも、組織AHOは、混乱し、那美に不信感を持ってしまうだろう。たとえ那美が、人のために蒜壺一族と戦い続けてきたといっても、組織AHOは、那美を受け付けようとはしないだろう。
《辺津鏡は、那美さまに、何を伝えています? 》
 呂騎が、那美に問う。
 辺津鏡は、人の心の深層に隠された心理までも読み取ることができる十種神宝である。那美と呂騎にとって、人の本心を伝えてくれる辺津鏡は、大切な十種神宝であった。
《警戒心……。辺津鏡は警戒心だけを伝えている》
《警戒心ですか……。ここいる人たちは、那美さまを警戒するだけで、信用しようとしないわけですね。信用しないけれど、うまく利用しようとしているだけですか……》
《信用しようとする気持ちは多少あるみたい。けれど、警戒心のほうが強い……。待って、一人だけ私を信用しようと、努力している人物がいる》
《その人物とは?》
 呂騎の問いに、那美は視線で答えた。那美の視線の先に、室緒がいた。
《室緒さんですか?》
《ええっ》
《室緒さんは、以前はI県に所属する刑事だったはずだわ。どういう理由で組織AHOに配置換えされたのか分からないけれど、彼だけが、私に不信感を持っていない》
 那美と室緒の最初の出会いは、俄蔵山上空を飛び回る県警のヘリ“あさぎ”の機内でだった。伽羅が呼び出した身長五十メートルを超す餓鬼“食吐”と、戦い、これを撃破した那美は、あさぎに乗り込み、室緒とあったのだ。
《那美さまは、彼の部下を二度救っています》
 と、呂騎が言う。
 寂れた漁村の鉄工場跡で、一度。N島での蒜壷一族との戦いで一度。
 那美は、吉川という壮年の刑事を雁黄から救い、N島では毒虫に刺された村中という男を助けた。
《だから、室緒さんは、私を信頼しているというの?》
《ええっ。私には人の心を読む能力はありませんが、室緒さんが部下思いだということは、毒虫にやられた村中さんに対する接し方で分かります。あの時、室緒さんは、本当に村中さんを心配していました》
《確かに、そのようだったわね。あの時の室緒さんの顔ったら、見られたもんじゃあなかったもの》
《真っ青でした。自分が毒虫にやられたわけでもないのに……。部下の身体のことを真に心配していたのでしょう》
 自分自身の不注意で、毒虫に刺され、発狂寸前に陥った村中を救ったのは那美だった。
 那美が、解毒剤がない毒虫の毒を、生玉を使って中和し、村中を窮地から救ったのだった。
《私が二度、彼の部下を救ったといったけれど、村中さんの他には、室緒さんの部下を救った記憶は、私にはないわ》
 那美が、呂騎に尋ねた。
《那美さま、思い出せませんか? 那美さまは、雁黄に、殺されそうになった男を助けたことがあるでしょう》
《雁黄に殺されそうになった男……。吉川というあの刑事ね》
《ええっ》
 ヒヒの化け物のような蒜壺、雁黄は、海辺の鉄工所跡で、高井戸という若い刑事を殺し、吉川という中年の刑事を、その手にかけようとした。現場に駆け付けた那美によって、吉川は助けられ、那美は雁黄を撃退したが、蒜壷一族のことが公になってはまずいと思った那美は、雁黄を撃退後、鉄工所跡での凄惨な記憶を、吉川の頭から消去した。
 が、吉川が隠し持っていたボイスレコーダーによって、県警は、那美と蒜壺一族のことを知ることとなった。
 当時、猟奇殺人事件捜査班の実質的リーダーだった室緒は、公園で、いたいけな幼児が惨殺された事件も、蒜壺一族の仕業と知り、蒜壺一族と那美の行方を追ったのだった。
「那美さん、さあ、話してくれ。あなたのことを」
 しびれを切らしたのか、大野が、那美をせかした。
「私は……。みなさんが、うすうす気づいている通り、普通の人間ではありません」
 那美が言った。
「人でなければ、何者なんだ?」
「私の正体……。いま、それをここでは言えませんが。私は、長い間、蒜壺一族と戦い続けてきました」
「長い間とは?」
「私は、あなたがたがいう平安時代に、その生を受けました……」
「平安時代にだって⁉」
 那美の言葉に、会議室の中にいる男たちがざわめいた。
 平安時代というと、およそ千二百年前の時代である。そんな時代から、少女にしか見えない那美が生き続けているという。
 誰が、そんな事実を信じることができるだろうか?
「平安時代に生まれた私は、オババという保護者によって育てられ、やがて、みずからなすべきことに気づきました。……蒜壺一族の呪いが解けるまで、蒜壺一族と戦い、人を守り続ける。それが私の使命」
「蒜壺一族にかけられた呪いというのは、あれかね。人を食しなければ、七日後には狂い死ぬという呪い。もうひとつは、陽の下のもとでは、長くは生きられないという呪い」
 と、五十嵐参謀が、言った。
「ご存知のように、蒜壺一族にかけられた呪いは、二つあります。一つは、いま五十嵐参謀が言った。狂い死ぬという呪い。もう一つは太陽の下では、長くは生き永らえない。……狂い死ぬという呪いは、蒜壺一族誕生のときから、かけられた呪い……。陽の下で長くは生きることができないという呪いは、私が誕生したときに、蒜壺一族にかけられた呪い」
「その二つの呪いが解けるまで、君は戦い続けるというのか」
「ええっ……」
 那美は、目を閉じ、思いを巡らせた。
 オババの願いと、呂騎をはじめとする餌非一派の願い。それは、人との共存である。
 人を食さなければ、狂い死ぬという呪いが、解ければ、蒜壺一族は人類と共存できるかもしれない。たとえ太陽の下では、長く生き永らえないないとしても、共存できる道を模索できる可能性があるのではないか。
 そう信じてみたい。私が、蒜壺と人との間に生まれた理由が、そこにあるかもしれないから……。
「あんた、平安時代に生をうけたって? そんな話、信じられるか。あんた、俺たちをからかっているのか。馬鹿にしているぜ、まったく」
 荻隊長が鼻をならした。
「荻くん、口をつつしみたまえ」
 大野が注意をする。
「那美さんが、長い間、蒜壺一族と戦い続けてきたことは、記録に残っている。パソコンの画像をみたまえ」
 パソコンの画像には、那美の姿が映し出されていた。
「その写真は、明治初期に撮られたものと、昭和の初め、平成元年に撮られたものだ」
 那美の姿は、明治初期も、昭和の初めの時も、平成の世でも変わっていなかった。淡いクリーム色の胴着を着用し、紺色の袴を履いて、長い髪を風になびかせていた。
「どういうことだ。那美さんは、歳をとらないというのか」
「こんなことはありえない」
「これは合成写真なのか?」
 会議室に、驚愕の声をあがった。
「この写真は合成写真でもない。この写真と、ここにいる那美さんは同一人物だよ。ただ、平安時代に生まれたという話はにわかには信じられないが……」
 と、大野が言った。
「まるで八白比丘尼だな」
 大野の発言を受けて関川が、ぼそりと呟いた。
「八白比丘尼とは?」
「知らんのかね……。八白比丘尼を」
 関川は、立ち上がり、よれよれの白衣を揺らして、八白比丘尼のことを説明しだした。
 日本各地に残る八白比丘尼の伝説。各地によって多少異なるところがあるが、その大筋は、人魚の肉を食べた娘が、不老の力を得たという伝説だ。
「地方によって浦島太郎と八白比丘尼の話をごちゃまぜにしたものもあるが、八白比丘尼の伝説は、歳をとらない。いつまでも若い娘さんのままでいる。まあ、そんなところだ。那美さん、あんたは不老不死なのか。もしそうだとしたら、これほどおもしろい研究対象はないな。あんたの持つ超能力もそれなりに興味があるが、生物の科学者であるわしの目で見ると、不老不死のあんたは本当に魅力的な存在だよ」
「私は、不老不死ではないわ。ちゃんと歳をとるし、やがて死を迎えることもあるでしょう。私は、青年期の時間が長いだけ……」
 那美は、まつげを揺らした。
「若い時間が長いというわけか。おもしろい! 科学者として思うに、誠に興味深い話だよ、那美さん。一度でいい、あんたの身体を調べさせてもらえんかね」
 関川は、唾を飛ばしながら言った。
「関川くん!」
 大野が、関川を叱った。
「那美さんは、君の研究材料じゃないんだよ。まったく、君はすぐにそうだ。生成科学のことになるとみさかいがなくなる。……那美さん失礼した」
「いいえ」
 那美は、関川に一瞥を送ると、すぐに視線を、元に戻した。
「ちょっと、話してもいい?」
 関川が、言う。
「なんだ? 言い足りなかったのか」
 大野が目を光らせた。
「そんな怖い顔をしないでおくれよ。わしは、ここにいるみんなにハイランダー症候群のことを説明したいだけだ。八白比丘尼の話もそうだが、ハイランダー症候群のことを説明したほうが、那美さんの身体のことを理解できると思ってな」
「ハイランダー症候群? なんだ、その症候群っていうのは?」
「ハイランダー症候群っていうのはだな……」
 関川の話によると、ハイランダー症候群というのは、いくら歳をとっても老けないという、非常に稀有な症状を持つ人々のことをいうという。
「ほう、那美さんのような人が、我々人類の中にもいるというのかね」
 五十嵐参謀が、問う。
「最近、ある筋からわしが確認した患者は、二名でね。アメリカメリーランド州の少女と、韓国の二十代の男性だがね。アメリカの少女のほうは、四歳で、その成長が止まり、二十歳で亡くなってしまったが、韓国の男性のほうは、十代の容姿で、今も元気に生き続けている」
「その韓国の男性、テレビで見ました」
 関川の説明に、室緒が補足するように声をあげた。
 室緒が見たのは、インターネットで紹介されていた韓国のテレビ番組だった。韓国の男性は、ハイランダー症候群という異常な病を患ってはいるが、大変明るい性格だと、そのテレビ番組は報道していた。
「室緒くんだったか……。君は、人の老化は、何が原因で起きるのか、分かるか?」
 関川が、銀縁の眼鏡を右手の人差し指で掻いた。
 室緒は、応えることができない。老化のことなど考えたことがない。ただ、いまを精一杯生きようと思っている。
「人の老化というものはだね……。一概には言えないけれど、細胞組織の酸化に、その一因があると言われているんだ。酸素を取り込むことによって、皮膚は老化し、臓器が錆びてゆくというデーターがある。君も活性酸素が、身体に有害なことぐらい知っているだろう。何とも皮肉な話だが、生きてゆくのに必要な酸素をとりこむことによって、人は老いてゆくらしい」
「あなた方の中にも、私のような人がいるというのね」
 那美が言う。
「そうだ。まっ、那美さんみたいに平安時代から生き続けている人間はいないと思うけれどな。わしが言いたいのは、人類の中にも不老の可能性持つ人々がいるということだ」
「那美さんが、平安時代から生き続けてきたという話は、無暗に否定できるものではないということだな」
 関川の説明を受けて、大野が言った。
「そういうことだ。信じられる話ではないがな」
 関川は、眼鏡を外し、胸のポケットから取り出したハンカチで眼鏡を拭き始めた。
 いつまでも若いままでいたいという願望は、おそらく人類共通のものであろう。
 人は、誰でも老いる。歳をとれば、物覚えが悪くなり、運動能力が低下する。容姿が衰え、異性に関心を持たれなくなり、やがて、鏡に映った自分の姿に愕然とするようになる……。
 中には、歳など気にせずに、溌溂と生きている人たちもいるが、内心では、若さを取り戻したいと思っているだろう。失った若さが取り戻すことができれば、人生の中で、積み上げられてきた知恵と経験を生かし、きっと後悔しない人生が送れるはずだと。
「それで、那美さん。あなたが使用している十種神宝というのは、文献に記されている物部氏が、神から授かったと言われているものと同じものなのかね?」
 大野が問う。
 古代において、神アマテラスオオミカミから、神二ギハヤヒノミコトに贈られ、二ギハヤヒノミコトが、軍事と警察を司った氏族である物部氏に授けたという十種神宝は、石上神社に奉納された。
 石上神社は織田信長の焼き討ちに遭い、その焼き討ちの際、十種神宝は、賊の手によって持ち去られた。その後、転々と居場所を変え、町の古道具屋で発見された後、いまは楯原神社に祀られているという。
「楯原神社に祀られているという十種神宝は、当時の人たちが、私が使っている真の十種神宝の力を、垣間見た人が創作したものを楯原神社に祀っただけにすぎません」
「と、いうことは、物部氏は二ギハヤヒノミコトから十種神宝は授かったという話は?」
「物部氏は、確かに二ギハヤヒノミコトから十種神宝を授かりました。物の物部氏ではなくて、鬼と書いて鬼部氏(もののべし)と呼ばれる鬼部氏が、二ギハヤヒノミコトから十種神宝を授かったのです。十種神宝の力を知っていた当時の人々は、当然鬼部氏を恐れました。これに目をつけたのが同じ呼び方をする物部氏でした。物部氏は同じ呼び方をする氏族の脅威を利用し、時の権力者に近づこうとしました。物部氏の目論見は見事成功し、物部氏は、軍事と警察を束ねる氏族としての役職を任されるようになりました。一方、絶大な力を持つ十種神宝を操る鬼部氏ほうは、物部氏の罠にはまり、傲岸不遜になり、神の怒りをかうようになりました。鬼部氏の神をも恐れぬ所業に怒った神は、鬼部氏を地獄界に堕とし、地獄界で罪人を苛む鬼として生きることを命じたのです」
「人が鬼になったのか」
「はい、神の怒りはすさまじく鬼部一族はことごとく地獄に堕とされました」
「それが、今も伝わる鬼の姿だと……」
 大野が那美の説明に顔をしかめた。
「すると、もともと人間だった鬼部氏が、あのような角が生えた醜悪な化け物になってしまったということかね」
 関川が、那美に疑問を投げた。
「鬼部氏が十種神宝を使って行った数々の悪行は、神の怒りをかいすぎたのです。神が、人だった鬼部氏を鬼と呼ぶ化け物に変え、地獄界に堕とすほどに……」
「十種神宝にはいろいろとあるようだが、鬼部氏は、どんな十種神宝を、どのように使ったんだね……」
 大野が、那美に問う。
「みなさんは、恐山のイタコをご存知でしょうか?」
 那美が言った。
「知っているよ。口寄せという死者の霊を呼び出す巫女のことだろう」
 関川が、応える。
 イタコとは、口寄せという霊的交感で死者の霊の言葉を、伝える巫女たちのことである。
 トランス状態に陥った巫女は、相談者の求めに応じて、霊を呼び出し、霊からの言葉を伝えるという。
「十種神宝の一つである死反玉は、巫女の力を借りなくても、死者との交信ができる力を持つ神宝ですが、この死反玉はつかいようによっては恐ろしいものになります」
「恐ろしいものとは?」
 大野が聞く。
「死者の魂を呼び寄せ、死者から慰みの言葉をもらったり、アドバイスを受け取ったりしているうちは、まだいいのですが……。死反玉は、生と死を司る神宝です。敵意のある相手に呪いをかけたり、死を願い……」
「死を願い……。敵の死を願ってどうするのかね?」
 大野が、眉をあげた。
 敵対する相手や、憎しみをつのらす人間に、呪いをかける行為は、世界中、いたるところで見られる。
 日本においては、神社の御神木に藁人形を打ち込む丑の刻参りが特によく知られている。死体をゾンビ化して蘇らせる儀式で有名な、ブードゥー教では、呪いの人形の胸や腕に針を刺して憎い相手を殺す行為が見られる。また、黒魔術では、呪術で悪霊を呼び出し、相手を不幸のどん底に堕とすという。
「相手の死を願い……。魂を抜き取るのです」
 ため息をつきながら那美は、言った。
「魂を抜き取るだと⁉ それはどういうことだね」
 那美の言葉に、会議室は凍り付いた。


                      
       
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