不老不死の少女は戦鬼となって戦う! ~餓鬼狩りより

hodinasu

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 施設にいる大野から連絡が、入り、野村隊長と二十名の組織AHOのメンバーは、対食法用の特殊繊維でできた戦闘服に、着替え直していた。
 戦闘服は、夜間での活動でも目立つように白を基調としたものだったが、食法が現れたと聞き迷彩色の戦闘服に色がチェンジされている。野村以下、二十名の組織AHOのメンバーは、迷彩色の戦闘服を着こみ、改良された小型のジェットパックが装備されたプロテクターを背負い、スーパーゴーグルを目に装着し、口に特殊装備を仕込んだ硬質マスクを着けていた。 
 野村たちは、食法からの攻撃に対して、完全防御の戦闘体勢で挑むことになる。
 防備を終え、組織AHOのメンバーは、システムウェポン完備の最新の機銃を、何度も点検した。戦闘服のホルダーには、彼らが日常的に使う銃、グロップXXXがあるが、いくら高性能の銃でも、その武器だけでは、心持たなかった。
 ゆえに、今回の作戦には重火器の使用が許可されていた。ブラックステア銃にも似たシステムウェポン完備の最新の機銃の使用は、彼ら、組織AHOメンバーの不安を払しょくする材料のひとつになるだろう。
 が、それだけでは、まだ、不安だ。
(那美がいれば……)
 野村をはじめとする組織AOHのメンバーは、口に出さないまでも、那美の登場を願っていた。
 室緒に、この作戦を指揮する野村から連絡が入った。
「食法という餓鬼は、毒虫を使うんですね?」
 室緒はヘルメットに装備してある通信端末から届く声に、質問する。
「そちらのゴーグルに、食法に関する映像と情報を送る」
 野村が、言う。
「ラジャー」
 餓鬼、HーBシリーズ“食法”は、百五十センチメートルぐらいの痩せこけた緑色の体に、薄茶色の腰みのまとっただけの化け物だ。小さい目が三つあり、ガチョウのようなくちばしをもっている。指には水かきみたいなものが付属し、これで、頭頂部にお皿があれば、古くからこの国に伝わる、河童という妖怪と見間違うかもしれない。
 室緒たちはゴーグルを左右に揺らした。ゴーグルは、過去に食法が出現した時の模様を伝えてきている。
 組織AHOが食法を確認した事例は、これまで二件あった。一つ目は昭和四十三年四月。
 鳥取県の山奥にある村に出現した食法の一群は、一夜で村にいる人々を全滅させた。事態を知って救援に駆け付けた組織AHOがそこで見たものは、食法によって無残に食い散らかされた死体と、数名のしわがれた老人たちだけだった。
 老人たちの頭部は異常に膨れ上がっていた。えへらえへら笑い、口から泡を噴きだして、ふらふらと彷徨っていた。
 当時、現場にいた組織AHOのメンバーたちは、その老人たちに、何がここであったのかを尋ねた。が、頭のおかしくなった老人たちに、いくらたずねてみても、何がここで起こったかわかるわけがなく、組織AHOの詮索は無駄におわったかのように見えた。
 組織AHOのメンバーが、惨状を処理しているとき、蚊の鳴くような音が聞こえた。首筋に痛みを覚えた数人の組織AHOのメンバーが、首を手で押さえ、首に止まった蚊がなくような音をたてたものを、手で押さえた。手の中を見てみると、黄色と緑の縞模様の背に、小さな白玉を散りばめた小さい甲虫がいた。組織AHOのメンバーたちは、甲虫を地面に叩き付けた。が、甲虫は息の根を止めない。むずむずと動き、地面をはい回っていた。
 甲虫を足で踏みつぶそうとしたとき、それは起こった。
 甲虫に襲われたメンバーたちの首筋が異常に盛り上がった。刺された頸部を押さえて苦しみだす。二、三分もがき、いったん落ち着くと、物の怪が憑りついたように暴れだした。錯乱し、あたりかまわず意味不明の言葉をわめいた。暴れるメンバーを、他の組織AHOのメンバーが数人がかりで取り押さえたが、事態はそれで終わらなかった。
 河童のような姿をした餓鬼“食法”と、卑眼の惟三が、そこに突然現れたのだ。
 惟三は、得意になって己の所業を語り、組織AHOに襲いかかった……。
 平成元年、七月に秋田県p湖のペンションを襲った食法を率いていたのは、風のイと大地のヌだった。食法は、ペンションを襲う数日前から、P湖周辺でで目撃されていた。
 食法が現れたという情報を得た組織AHOは、昭和四十三年の事件で、唯一、生き残ったメンバーの証言をもとに、対食法戦略を練り、ペンション周辺で、罠を張った。
 組織AHOの作戦は、功を成し、ペンションに現れた食法は、捕獲された一匹を残し、掃討された。捕獲された食法は、クリスタル・ゲージに入れら、待機していたヘリに積み込むはずだった。が、食法を指揮していたとみられる風のイと大地のヌがそこに現れ、作戦は、完遂寸前までいって、失敗した。現場にいた組織AHOのメンバーは、食法を、N島に運び込もうと試みたが、大地のヌが、地割れを起こし、クリスタル・ゲージに入れられた食法を、ヘリコプターごと、地の底に落としたのだった。

「室緒さん、その大地のヌとかいう蒜壷も来ているんでしょう」
 村中が、情けない声をあげた。
「風のイという蒜壷は、風を自由に操れるんでしょう?」
 村中の傍らにいる高橋が、そう言う。
「前回、大地のヌと風のイが現れた時、風のイは風速十七メートルを超える風で、組織AHOのメンバーをかく乱したと聞いている」
 室緒が、村中と高橋の顔を交互に見た。
 ペンション周辺に張った組織AHOの罠は、風のイ、大地のヌさえいなければ、食法を捕らえることができたはずだった。風のイが台風なみの風を起こし、大地のヌが地を割らなければ……。
「室緒さん……」
 村中が、何かいいたげに室緒に声をかけた。
「室緒さん……」
「なんだ? なにが、いいたい?」
「ちょっと、いいですか……」
 村中は、なれない組織AHOの装備に戸惑っていた。プロテクターをつけた特殊繊維でできた戦闘迷彩服になじむことができなかった。頭に被っているヘルメットが、自分らの会話を、いちいち施設の作戦本部に送っているという事実も気にいらない。村中は、硬質プラスチック製のマスクを口元から外した。
「おい、マスクを外すな! 食法が操る毒虫に首を喰われるぞ」
「大丈夫ですよ。こう暑くちゃあ、やっていられませんわ……」
 蚊が鳴くような音が聞こえる。 村中は、慌てて、外した硬質プラスチックマスクを、元に戻そうとした。が、その一瞬の隙をついて、村中の頸部を刺した虫がいた。
「いてっ……。いてててて」
 ヘルメットと硬質マスクの間にできた、わずかな空間から忍び込み、村中の首筋を刺したのは、食法が操る毒虫だった。
 村中は、首を手で押さえ、うずくまった。
「村中!」
 室緒と高橋が、うずくまった村中の傍らに、膝を下ろした。
「どうした? なにがあった?」
 行動を共にしている組織AHOのメンバーが数人、室緒たちのもとに駆け寄った。この部隊の隊長である野村もそこにいる。
「村中が。毒虫にやられたようです。解毒剤は? 解毒剤はないのですか?」
 室緒が言った。
「ない」
 野村が言う。
「すると……。村中は……」
「かわいそうだが、このまま病院送りになる」
 野村は、もがき苦しんでいる村中を、押さえつけ、村中の硬質プラスチックマスクに手をかけ、マスクを再度、はめ込んだ。硬質プラスチックマスクの下部に仕掛けられているボタンを、スライドさせる。マスクの上部の排気口から、麻酔薬が噴霧された。
「これで、よし。……おい、救護班を呼べ。こいつは救護班が来るまで、ここに眠らせておく」
「救護班が来るまでって言ったって……。救護班は、直ぐに来るんですか? 救護班が来る前に食法に襲われたら……」
 室緒が言った。
「救護班は、直ぐ、来る!」
 野村は、そう言い切った。
「気をつけろ! 毒虫が辺りをうろついているぞ」
 野村の部下が叫んでいる。
「室緒さん、あれは、いったい、なんなんですか?」
 高橋が、薄暗くなった夕闇の空に、一群となって飛び回っている十メートルはある球形の物体を、見つけた。
「食法の毒虫だ。毒虫の塊だ。あの規模からすると、数千匹はいるぞ」
 野村は、機銃のシステムウェポン部分に手をかけた。
「あっちにもいるぞ」
 高橋が指をさした。
 数千の毒虫が作りだす球体は、ひとつではなかった。夕闇の空に二十ほどの黒い球体があった。
 黄色と緑の縞模様の背に、小さな白玉を散りばめたような身体を持つ三センチほどの甲虫が、翅をうならせて空中に舞っている。毒虫の舞う音が、辺りに、不快な響きとなって漂った。これだけの数になると、蚊の鳴くような音にしか聞こえなかった翅の音が、痛みをともなう圧力になって迫ってくる。
「この戦闘服(ふく)、大丈夫なんでしょうね」
 不安にかられた高橋が、野村に言う。
「組織AHOを信じろ。たとえ数万匹の毒虫に襲われようと、この装備さえ外さなければ、大丈夫だ」
 不用心にも、硬質プラスチックマスクを外した村中は、毒虫にやられてしまった。解毒剤はないという。麻酔から覚めた後、脳を毒虫の毒でやられた村中を待っているのは、狂気に満ちた世界だろう。
 野村は、システムウェポンの安全装置を外した。野村の部下も、システムウェポンの安全装置を外す。
「撃て!」
 野村の号令で、二十数名の隊員の持つ機銃から、緑色の液体が勢いよく放たれた。室緒、高橋も、遅れて機銃から緑色の液体を、毒虫の球形に向かって放つ。液体は強力な殺虫剤だ。緑色の液体を浴びた毒虫が、バラバラと下に降りてくる。
「手を抜くなよ。群れているいまが千才一遇のチャンスだと思え」
 野村が部下を叱咤する。
「ぐわっ!」
 野村の斜め右方向八メートルにいた隊員が、一人のけ反った。毒虫にやられたわけではない。食法が、現れ、手にした鎌で隊員の脇腹をかき切ったのであった。
 現れた食法は、一匹だけではなかった。組織AHOの隊員の腹を掻ききった食法の後方に、数十匹の食法がいる。
「食法のおでましか……。A班は、そのまま毒虫にあたれ。B班は食法に対処。C班は、H-Aシリーズの出現に備えよ」
 現れた食法の数、およそ三十体。手に西洋の妖怪死神が持つような大鎌を持っていた。
「室緒さん、食法が現れましたよ。四人だけで、奴らと対峙して、大丈夫なんですかね」
 高橋が言う。高橋は、室緒、蘭賀、植山とともに、食法と戦うB班だった。
 蘭賀、植山は訓練を積んだ対餓鬼チームのエキスパートだが、高橋、室緒は、つい最近組織AHOに加入した人間だ。ここN島で過酷な訓練をこなしたとはいえ、不安はぬぐいきれない。
「過去二回の食法との戦いで、AHOは、食法の弱点を把握したと聞いている。そうでしょう、蘭賀さん」
 室緒が、行動をともにする隊員にひとりに声をかけた。
「食法なんか、怖くねえよ。あいつらは、毒虫がいなけりゃあ、てんで話にならねえんだ」
 蘭賀が、機銃のトリッガーを引き、アタッチメントを変えた。
「50ミリマグナムを喰らいやがれ!」
 機銃から、50ミリマグナム弾が、食法の群れに、一斉に掃射される。魂をえぐるような断続的な音が響き渡り、50ミリマグナム弾が、食法の腹をえぐり、食法の頭を吹き飛ばす。食法の群れは、手や脚を破壊され、断末魔の悲鳴をあげた。
「わいらの、かわいい餓鬼になにしやはる」
 惟三が、食法の群れの奥から現れた。風のイと大地のヌもまた、惟三とともに現れる。
「卑眼の惟三のおでましか……。みんな、わかってるな」
 野村が、ゴーグル上部にあるスウッチをスライドさせた。視界が赤外線モードに変わる。
 卑眼の惟三の眼には、人の眼を幻惑させる力がある。先の闘いで痛手を負った組織AHOは、惟三の眼に対して、対策を立てていたのであった。
 大地のヌが吠えた。大地のヌの咆哮は、辺りの地場を震動させた。
 野村隊長が、率いる対H-Aシリーズの面々は、背に背負っているジェットパックを作動させた。
「室緒、おまえらも空に上がって戦え! 重い機銃を持って宙で戦うのは、きついだろうが、地の底に落されるよりはましだろう」
 と、野村が言う。
 室緒、高橋、蘭賀、植山のB班も、改良ジェットパックを作動させて、宙に飛立つ。
 風のイが、両手をあげた。気合こめて、頭の上で両手を合わせた。その両手を、空に上がった組織AHOの隊員、めがけて振り下ろした。
 風が、組織AHOの隊員たちに襲いかかる。秒速二十メートル級の台風なみの突風が、うなりをあげる。突風を交わしきれなかった組織AHOの隊員二名が、食法が群がる大地に叩き落とされた。大地に叩き落とされた隊員は、腰や胸を、したたか打ち、立ち上がれない。苦痛に顔をしかめ、肩で息をしている。
 その身動き取れない隊員二名に、食法の群れが襲いかかった。
「散開しろ! 風のイの突風は一方向だ。奴は一方向にしか風を撃てん」
 と、野村が言う。組織AHO対A-シリーズの隊員は、四方に散った。
「小賢しい……」
 風のイが、大地のヌに視線を送る。風のイの思惑を理解したのであろう。大地のヌが大地の裂け目から露出した大岩を持ち上げた。それを空にいる組織AHOの隊員めがけて放り投げる。 大地のヌの大岩を使っての攻撃は、続けざまに、組織AHOの隊員たちを襲った。組織AHOの隊員たちは、背にしょった改良ジェットパックを巧みに操作して、大岩の猛攻を交わすが、隊員の一人が、大岩の猛攻をよけきれず、風のイが起こした突風に、巻き込まれ、大地に叩きつけられた。
「なにを、やっている! 応戦しろ。黙って、やられるつもりか」
 野村が、檄を飛ばす。組織AHOの隊員たちは、野村の檄に応え、大地のヌに機銃を向けた。
 卑眼の惟三が、組織AHOの隊員の傍らに跳んだ。惟三の長く伸ばした舌が、一人の隊員の首に絡みつく。惟三は、組織AHOの隊員の首に、舌を絡みつけたまま、急降下して、大地に降り立つと、そのまま組織AHOの隊員の首を、長い舌でへし折った。
「わいのこと忘れてはいけませんがや」
 惟三は、首が折れた組織AHO隊員の遺骸を脚で蹴とばした。
 一方、卑眼の惟三たちと別れ、別行動をとっていた琥耶姫と刻は、ナギと共にいた。
「ナギ、わらわたちは惟三たちと、一緒にいなくてよいのか?」
 琥耶姫が、隣にいるナギに訊ねた。
「私たちは、このままAHOの研究施設に乗り込みます」
 那美の双子の妹、ナギは、N島の地形を調べるため、琥耶姫たちより前に、N島に侵入していた。N島にある組織AHOの研究施設の全容を確認し、先程、琥耶姫たちと合流したのであった。
「ノリコンデ、ダイジョウブカ……。ヤラレハシナイカ?」
 おかっぱ頭の女の子に化けた刻がいう。
「那美とそっくりな私の姿を視たら、組織AHOは混乱するでしょうね」
 ナギが意味深げに笑った。
「那美とまちがえるだろうな」
 琥耶姫が、ナギにいう。
「琥耶姫、刻……。これをしてください」
 ナギが、琥耶姫と刻に指し示したものは、強化ゴムでできた手錠だった。
「コレヲシテ、ドウスルノカ?」
 刻が訊ねる。
「私にまかせて」
 ナギは、琥耶姫と刻に手錠をはめた。
「那美になりすまし、あなたたちをこのまま組織AHOの研究施設に連れてゆきます」
「わらわたちは捕虜なるのか?」
「ええっ、組織AHOの奴らは喜ぶでしょうね。人狼の伽羅に続いて、A-Hシリーズの蒜壷が二人、確保できるんですから」
「イヤダ、ワタシハ、ホリョウ、ナンカニナリタクナイ」
 刻が、かぶりを振った。
「形だけですよ。内部に潜入しだい手錠は外します」
「ホントウカ? ホントウニ、コレヲ、ハズスンダナ?」
 刻が、手錠をした両腕を左右に動かした。
「はい。施設の中にさえ、入りこめたら、こっちのものですから……」
 ナギは不敵に嗤った。 
 野村隊長率いる対H-Aシリーズチームは、惟三、風のイ、大地のヌの連係プレイに苦戦を強いられていた。宙では、重い機銃は思うように操作できないのである。
「ぐわっ!」
 また一人、組織AHOの隊員が犠牲になった。
「降参して、さっさと食法の餌になったほうがいいんじゃあないの」
 風のイが毒づく。
「イさん、こいつら食っても、あまりうまくはありませんでぇ」
 卑眼の惟三がいう。
「うまくない? 食ってもいないくせに分かるのか?」
「わかります。こいつらは、筋肉の塊みたいなもんやな。わいの舌が、そう教えてる」
 惟三は、長く伸ばした舌を丸めた。
「俺が、食ってもいいか?」
 大地のヌがいう。
「へっ!? ヌさんが食う? ヌさんは悪食ですかいな?」
 惟三が、怪訝な眼で、大地のヌを視た。
「ヌの奴は、良く鍛えられた筋肉が大好物でな」
 風のイが言った。
「筋肉が大好物ですかいな。それじゃあ、食法がたいあげる前に、食べないと、食法に全部、食べられるがな」
 惟三が、丸めていた長い舌を、再び伸ばした。
 その刹那、ブーメラン状の光の環が、宙に舞い、惟三の舌を掻き斬った。惟三が、もんどりうって倒れる。
「現れたな、那美!」
 風のイが叫ぶ。風とイと大地のヌの視線の先に、光破剣を構える那美と、うなり声をあげている呂騎がいた。
「那美……」
 那美と呂騎の出現に、気づいたのは、蒜壷たちだけではなかった。食法たちと戦っている室緒たちもまた、那美に気づいた。
「室緒さん、あなたも組織AHOに加わったの?」
 と、那美が言う。
「ああっ、俺と高橋と……村中が」
 室緒は、顔を曇らせた。
 食法が操る毒虫にやられてしまった村中は、もう室緒たちと一緒に戦うことができない。麻酔薬で眠らされ、組織AHOの救護班の救出を待っているだけだ……。
 那美の懐の中にある若草色の香袋が、鳥の子色に光った。人の心を読む辺津鏡(へつかがみ)の勾玉が輝いたのである。
「毒虫ね……。村中さんは、毒虫にやられたっていうのね」
 と、那美が言う。辺津鏡が、那美に室緒の心の中の想いを伝えたのである。
「呂騎、ここはまかせる。私は生玉を使って、村中さんを……」
 那美は、村中のもとに駆けて行った。
 麻酔薬で眠らされている村中の傍らには、組織AHOの隊員がいた。彼は、隊長の野村から後を任され、襲ってくる食法の群れから、村中を守り続けていたのである。
「那美……、さん」
 組織AHOの隊員が、村中の元にやってきた那美に気づいた。
「ちょっと、退いてて。直ぐに済むから」
 那美は、組織AHOの隊員をそこから退かすと、懐に手を入れ、香袋の中から緋色の勾玉を取り出した。それを、眠り続けている村中の額にかざす。緋色の勾玉がうっすらと輝いた。眠っている村中が、ピクリと動く。那美は、痙攣している村中の頬を、手のひらで撫でた。村中は、那美の手のひらの感触に誘われるように、ゆっくりと意識を取り戻した。
「げほげほっげほっっ……」
 村中は、口を大きく開き、吐しゃ物を吐いた。
「これで大丈夫。村中さんは、気が狂うことはなくなったわ」
 と、那美が言う。
「ぎゃぎゃぎゃああ」
 背後から、食法が那美に襲いかかる。
 那美は、光破剣をきらめかせ、振り向きざまに、襲いかかってきた食法二匹を、光破剣で叩き切った。二匹の食法は、体の中心から真っ二つに斬られ、大地に倒れた。
「食法がいるってことは、敵の中に風のイがいるのね」
 那美が言った。
「敵は、風のイ、大地のヌ、惟三と若い女の姿をした蒜壷と、女の子の蒜壷。……それと食法です」
 組織AHOの隊員が言う。
「若い女の蒜壷と、女の子の蒜壷?」
 那美が、疑問符を組織AHOの隊員に投げつける。
「ええっ、AHOにある資料の中に、風のイ、大地のヌ、惟三のデーターはあるので、それぞれが人間体に化身した姿は、確認できましたが、若い女の姿をした蒜壷と、女の子の蒜壷は、それがどのような蒜壷なのか確認できていません」
「若い女の蒜壷と女の子の蒜壷……。その蒜壷も、ここにきているというの? 風のイ、大地のヌ、惟三の姿は視たけれど、その若い女の蒜壷と、女の子の姿は見なかったけれど……」
「二人の蒜壷は、惟三たちと別れ、別行動をとったみたいで、我々の視界から消えています」
 組織AHOの隊員が、おもむろに言った。
 組織AHOの隊員が、装着しているゴーグルには、常に最新の情報が、島の研究施設から送られている。その情報によると、現在、野村隊長率いるチームと対峙している蒜壷一族は、惟三ら三人の蒜壷と数十匹の食法だけだという。 
「その、若い女の蒜壷と女の子の蒜壷……。気になるけど、いまは、眼の前の敵をたたくだけ」
 那美は跳んだ。
「私は、風のイたちと戦っている呂騎の元に行くわ。あなたは、村中さんを労わってあげて」
 那美は、そう言い残し、風のイたちと戦っている呂騎のもとに飛んで行った。
「呂騎よ。蒜壷一族であるおまえが、なぜ、蒜壷の敵、那美の味方をする?」
 呂騎と対峙している風のイが言う。
「餌非一派だからか……。蒜壷一族の中でも、生きた人を食せず、人を襲うことをしない弱虫の餌非一派だからか」
 風のイは、呂騎を嘲笑した。
「なぜ、おまえら餌非一派は、人を襲うことを拒み続ける? 人肉を食さなければ、八日後には狂い死ぬというのに……」
 風のイの問いに、呂騎は応えない。ただ、黙っていた。
 人肉を食さなければ、狂い死ぬという蒜壷一族にかけられた呪いは、当然、餌非一派にもかけられている。呂騎は、自ら、食をたって、狂い死ぬ仲間の姿を、何度もその眼で見ていた。
 死んで逝った仲間たちは言った。
「人と蒜壷は、いつか理解しあえる。われらと同じ姿をしたモノが、すでに人の良き相棒になっているではないかー」
 餌非一派は、みな呂騎のような犬の姿をした蒜壷だった。古来から、犬と人は、ともに助け合い、仲良くしていたゆえに、昔、蒜壷一族が、直射日光の下で活動ができたころ、犬の姿をした餌非一派は、犬神さまとして、人々に崇められていたのであった。
 風のイは、黙りつづけている呂騎に言う。
「呂騎……。おまえは犬神さまと崇められた蒜壷の誇りを忘れたか。心まで人に従順な犬の蒜壷に成り下がって」
 風のイは、呂騎を見下した。
《風のイよ。 おまえも、本来の姿は猫の姿をした蒜壷だろう?》
 と、呂騎が言う。
「俺が猫の蒜壷!? 笑わせるな。俺と大地のヌは、顔は猫だが、身体は鍛えられた獣神の身体よ。おまえたち餌非一派のように、四足で歩くことはないわ」
 風のイは、鼻を鳴らす。
「イよ。こいつの肉はうまそうだな」
 と、大地のヌが言う。
「さあ、どうかな? 犬は犬でも蒜壷のものの肉だ。……赤犬は、おいしいというが、こいつはどうかな?」
「俺は強い奴の肉が好きでな。まずくてもかまわん」
 大地のヌが舌なめずりをした。
《私は、食べ物ではない!》
 呂騎が威嚇する。
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 再び、戦場に戻った那美は、そう言い放った。
「呂騎、何名、やられた?」
 那美が言う。
《組織AHOの隊員が八名、やられました。うち五名が瀕死の重傷、三名が戦闘不能の状態です》
「敵は、敵は何人?」
《敵は、風のイ、大地のヌ、惟三……。風のイの配下の食法が三十匹ほどいましたが、ほとんどが殲滅されて、残り五匹ほどです》
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《大半の毒虫は、AHOの殺虫剤で退治されたようです。まだ、数十匹、生き残りの毒虫が、宙をふらふらと飛んでいますが、私には、この戦闘に入るまえに、那美さまから頂いた蜂比礼(はちのひれ)が、ありますから、毒虫など怖くはありません》
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ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

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