俺の婚約者が可愛すぎる件について ~第三王子は今日も、愚かな自分を殴りたい~

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side フェリコット

side フェリコット9

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 ぐらりと視界が揺れて、フェリコット=ルルーシェ・フォルケインは頭を抑える。
 いつもと同じ景色が広がるが、自分と同じようにトラヴィスが頭を抱えているのが見えて違和感を覚えるが、それ以上にまた戻ってきてしまったという事に絶望を感じた。

 目と目が合う。
 トラヴィスの瞳に映った感情は困惑だった。
 けれどもそれ以上に、フェリコットの心の中に四度繰り返した世界の絶望と恐怖がよみがえり、菫色の瞳から涙が零れ落ちた。

「……や、やだ。もうやだぁ……またもどってきちゃった、やだぁあああ」
「え、なに。ちょ? どうしたの、フォルケイン公女」

 トラヴィスが慌てた様子で声をかけるが、フェリコットには届かなかった。
 気が狂いそうなフェリコットに、トラヴィスはおろおろとしながら手を差し出すが、フェリコットはもう、トラヴィスも繰り返し続けるこの世界も、全てが恐ろしくて気が狂いかけている。

「大丈夫?」と、差し出された手に怯えたフェリコットは、思わず地にひれ伏した。

「やっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!!
 もう我儘言いません、好き嫌いなく食べますし、意地悪もしません、
 殿下の御名みなもお呼びしませんから、
 だからっ、
 だからっ、
 お願いですから、もう殺さないでください!!!!」
「……は?」

 フェリコットにはもう堪えきれなかった。いや、ことだろう。

 一度目の人生で野盗に凌辱されて殺され、
 二度目の人生で愛した人の命令で首を刎ねられ、
 三度目の人生で階段の上から突き落とされて子を失い、
 四度目の人生で絶望のあまり自死をした。

 そんな人生を繰り返して、今この時まで狂いきれなかったのは一重に、高慢で傲慢で我儘で、真っすぐで素直で、負けず嫌いなのに、健気で一途で全力で前向きであったが故だ。
 四度の人生の辛さに、さすがのフェリコットの心も限界を迎え、ただただ子供のように泣き続けた。

 さて、そんな状況を理解できず、疑問符を頭に浮かべたトラヴィスは、一瞬何を言われたのかと静止した。
 が、しばらくしてからハッとして、胸元のポケットからハンカチを取り出すとフェリコットに差し出した。

「フォルケイン公女、落ち着いて。俺、そんな……君を殺すだなんて物騒な事しないから」

 ね、と小首を傾げてトラヴィスに声をかけられ、フェリコットは固まった。

 生まれてこの方、四度繰り返した人生の中で、フェリコットはこんなに丁寧で優しい言葉をトラヴィスにかけられたことが無かった。

 フェリコットの知るトラヴィスは、いつだってその端正な顔を顰めて、フェリコットを睨み付けていた。
 学院で生徒たちに話しかけられている時は、天使のような微笑みを浮かべて交流をはかるくせに、フェリコットにはいつだって冷たい瞳をむけて、フンっとそっぽを向くのだ。

 一度目の人生でのフェリコットは、そんなトラヴィスも素敵だと思っていたけれど、三度目を迎える頃には、辛くて怖くて仕方がなかった。
 四度目の人生で自死を選んだあの瞬間も、トラヴィスに名を呼ばれたような気がして嬉しいと思ったと同時に、恐怖が体を占めていた。

 他の誰に優しくても、トラヴィスが自分に優しくしてくれることはないと、フェリコットの体と心が覚えている。
 そのくせ、未だにトラヴィスの事を愛しいと思ってしまう感情があるのだから、今もまだ主張する初恋が憎たらしい。
 いっそ、トラヴィスの事を嫌えたらよかったのに、フェリコットの心は未だに呪われたようにトラヴィスの事を愛しているのだ。これを呪いと言わずに何と呼べと言うのだろう。

 だがしかし、フェリコットはもう、トラヴィスにあの冷たい視線を向けられたくなかった。
 もしもこの時、フェリコットがトラヴィスにあの視線を向けられていたら、フェリコットの精神は間違いなく狂って、精神の病院に入院。あるいはそのまま修道院に送られて修道女になっていたことだろう。

 けれども五度目の人生はそうはならなかった。
 トラヴィスがフェリコットにハンカチを差し出したからだ。

 信じられないといった表情で、ハンカチとトラヴィスの顔を交互に見てから、フェリコットは「ありがとうございます」と本当に小さな声でお礼を言って、ハンカチを受け取ると、そのハンカチをまじまじと見つめる。

 ハンカチを差し出されることも、優しい言葉を掛けられることも初めてで、フェリコットは困惑した。
 どうしていいか、全然全くちっとも分からなかった。
 けれども、はじめてもらう優しさに嬉しいという気持ちがこみあげてきて、心がぐちゃぐちゃになってしまう。

 それでも、かすかな優しさに縋るように、フェリコットがハンカチを握りしめるのを見て、トラヴィスは少しだけほっとしたような表情で肩から力を抜いた。

「四阿に行こう。侍女たちがお茶を用意してくれてるはずだから」

 学友に語るような優しい声音で、トラヴィスは声をかける。
 そんな声をフェリコットは、一度たりとも聞いたことが無い。

「そこでゆっくり話を聞かせて」とゆるく微笑むトラヴィスに、フェリコットは涙で濡れた顔を呆けさせたまま「うん」と子供のような返事を返すことしかできなかった。
 トラヴィスがエスコートの為に差し出した手をじっと見つめて、それから恐る恐ると言った雰囲気で重ねた手をトラヴィスは嬉しそうに握り返す。

 エスコートを求めた手を握り返されたことなどないフェリコットは、その行為にきょとんとして困惑したが、そんなフェリコットをみて、トラヴィスはとても幸せそうに微笑んだ。


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