俺の婚約者が可愛すぎる件について ~第三王子は今日も、愚かな自分を殴りたい~

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side フェリコット

side フェリコット10



「つまり、フォルケイン公女は時戻りを繰り返していて、4回も死んじゃったの?」

 花の咲き誇る王宮の庭園。そこにある四阿で、トラヴィスは用意された菓子を頬張りながら、フェリコットに確認した。
 フェリコットは、トラヴィスの声にびくりと震えながら、かすかな声で「はい」と返事する。
 下がらせる前に侍女に淹れてもらった、心落ち着けるハーブティーを飲んではいるものの、フェリコットの顔にはいまだに怯えが滲んでいた。

 この怯えの意味は二種類である。
 殺されてきた今までの人生でのトラヴィスに対しての恐怖と、今回の人生であまりにも豹変したトラヴィスの態度に対する恐怖だ。

 この四阿に連れてこられたフェリコットは、トラヴィスが臣下を下げさせてから根掘り葉掘りとこれまでの事を聞かれ、あっという間に全てを話させられてしまった。

 フェリコットは今までの事を誰にも話してこなかった。
 二度目の時は一度目のことを夢だと思ったし、三度目の時は親兄弟に言うには一度目の人生と二度目の人生が悲惨過ぎた。

 四度目に至っては自暴自棄だったし、今までの事を話せば気が狂ったと思われるに決まっていると判断して、何もせずに自死を選んだのだから無理もない。

 にもかかわらず、今回は初手で絶望して気が狂ったせいか、それともトラヴィスが聞きだし上手なのかは分からないが全て喋ってしまった。
 今のフェリコットは、これで自分は頭が狂ったおかしな奴だと思われたと、フェリコットは絶望を深くする。

 どういうわけか、今回のトラヴィスはとても友好的なのに、フェリコットが顔をあげたらトラヴィスはきっと、またあの冷たい視線を向けてくるのだろうと思うと、震えが止まらなくなってくる。

 四度繰り返した絶望のせいで、昔の高慢で、傲慢で、無邪気で前向きで、いつだって自信満々だったフェリコットは、今のフェリコットを見たら想像することはできないだろう。
 びくりびくりと挙動不審気味に怯えるフェリコットは、高慢にも傲慢にも見えない、庇護欲をそそるほど怖がりな少女にしか見えないだろう。

 しばしの沈黙の中、フェリコットは震えながらも沈黙に耐えきれなくなって、涙に濡れた瞳で恐る恐る顔をあげてトラヴィスの顔を窺い見た。

 フェリコットは、自分をじっと見つめるトラヴィスのアクアマリンの瞳と目を合わせる。
 フェリコットの事を観察するようなその瞳に、今までの冷たさは全くなかった。それどころかフェリコットと目が合った瞬間に、嬉しそうな顔をして笑うのだから、フェリコットの困惑が加速する。

 そもそも四度の人生で、ここまでまともにトラヴィスと喋ったことがあっただろうか?
 いや、ない。

 一度目の人生ですら、フェリコットが話しかけたことはあっても、大概無視。続いたとしても二言三言で、だいたい暴言を吐かれて終わっていたはずなので、こんなにも話を聞いてもらった記憶はとんとない。
 そのうえ話した内容は、どう考えても頭がおかしいものなのだから、トラヴィスにこんな風に笑ってもらえるなんて思った事が無かった。

 困惑したフェリコットが言葉を失っていると、トラヴィスはにこりと笑った。

「信じてもらえないって思ってる?」
「……っ」
「もちろん、信じるよ。君の様子からどうしたって嘘だと思えないし、四回も死んじゃって怖い思いをしたなら、今の君の反応は当然だ。どう考えたって、君の記憶の中にいる俺は、同じ俺でもドン引きするほどのろくでなしのクズだもの」

「怖かったね」と優しく声を掛けながら、トラヴィスはフェリコットの頭に手を伸ばした。
 びくりと震えて思わず目をつむるフェリコットの頭を、トラヴィスは恐れる事無くそっと撫でる。

 その手があまりにも優しくて、フェリコットは今までとは違う意味で泣きそうになった。
 四度繰り返す中で、フェリコットの気持ちに寄り添ってくれた人は誰もいなかった。
 誰もフェリコットが四度も人生を繰り返してると知らないのだから仕方がないが、フェリコットはずっと孤独だったのだ。

 今度こそ、今度こそと祈り続けて、最後は絶望で終わる人生に、はじめて寄り添ってもらえた気がしてフェリコットはぼろぼろと涙を流す。

 トラヴィスはクスリと微笑むと、そんなフェリコットをひょいと膝にのせて抱きしめた。
 あまりのことに蒼褪めて硬直するフェリコットに、トラヴィスは「今までよく頑張ったね」と声をかけると、フェリコットの髪を手櫛で梳かしながら、自身の肩を貸して慰める。

 その仕草に、フェリコットはトラヴィスに縋りつくと声を押し殺して泣き出した。
 心にたまった汚泥の全て吐き出すように、しばしの間泣き続ける。

 辛かったし、苦しかったし、何より怖かった。
 誰にも理解してもらえない中、ただただ惨たらしく殺される人生は四度も耐えるものじゃない。
 ようやく得た、理解という安寧に、フェリコットはただひたすら泣くことしかできなかった。

 どのくらいそうしていただろうか。
 吐き出すように泣いて、落ち着いてきたフェリコットは、自分の現状に気がついた。

 どんな現状かと言えば、トラヴィスの膝の上に抱きかかえられ、トラヴィスの肩に顔を埋め、トラヴィスの肩口を溢れる涙でびしょびしょに濡らしたというフェリコットにとっては地獄のような現状である。

「ひっ」と悲鳴を上げたフェリコットは、また別の意味で泣きそうになりながらトラヴィスから離れようとするが、トラヴィスにがちりと腰を支えられている為逃げ出すことができない。
 それでもどうにか距離をとったフェリコットは、顔を蒼褪めさせ震えながら、か細い声で「タイヘンモウシワケアリマセン」と抑揚のない言葉を発する。

「いいよいいよ、気にしないで」
「で、ですが殿下の服が」
「服なんてものは汚れるものさ。侍女達だって、俺が可愛い婚約者を慰めることができたって聞いたら喜んで洗濯してくれると思うよ」

「あ、婚約したのだから、フォルケイン公女のこと名前で呼んでいい? 僕も君の可愛い響きの名を呼ぶことを許してほしいんだけどダメかな?」と問われて、状況に未だについていけていないフェリコットは、真顔のまま首を傾げた。

 これは一体誰だろうと、フェリコットは必死に考えるが、声も顔も全部が大好きなトラヴィスにしか見えない。
 性格……というより、フェリコットに対する対応だけが今までと違うのだ。

 トラヴィスはフェリコットに触れたりしないし、こんな風に優しく声をかけてくれたりしない。フェリコットにトラヴィスの名を呼ぶことを許したことはないし、フェリコットの名を呼んでくれたこともない。
 だいたいいつも、おい、お前の二つである。
 甘い声で「フェリコット……、ううんフェリって呼びたいな」なんて天地が裂けても言うわけがない。

「……」
「フェリ?」
「……これは、もしかして夢ですか?」
「フェリちゃん?」
「いえ、夢なわけないですわ」
「うん、そうだよ現実だよ」
「だって、殿下が私に優しいだなんて、夢の中でもあり得ません」
「……うぇ? なんで?」
「だって、想像がつきませんもの。私に優しい殿下なんて!
 いつも、お前とか、おいとか呼ばれて、私が話しかければ「うるせー話しかけんな」とか、「さっさと帰れ、二度と顔見せるな」とか言って、邪険になさる。
 それが私の知る殿下です。
 そんな殿下が私の事を可愛い婚約者だなんて仰ってくださる都合のいい夢があるはずない……はっ、もしかしてここは死後の世界ですか? 私、ようやく死ねたのですか?」

 狂ったように菫色の瞳を輝かせながら、まるでそうであってほしいと言うように言葉を紡いだ。
 そうであったなら、フェリコットは安心できる。だって現実の世界では起こり得ないことが起こっているのだ。死後の世界、精霊神の御許でようやく見れる幸せな夢がこれだと言うなら、フェリコットは酷い悪夢だと思いながらも享受することができるような気がしたのだ。

 トラヴィスは困ったようにため息をついて、それから宝物を扱うかのように、フェリコットの頬に触れた。
 温かなトラヴィスの手が、フェリコットの頬に触れたそのくすぐったさにフェリコットは「ひゃうっ」と、怯えではない悲鳴を上げる。

「マジで俺クソだな。こんなにも可愛くていじらしくて、俺の事を想ってくれる子をどんだけ追い詰めてるんだよ」
「殿下?」
「トール」
「?」
「俺の事はトールって呼んで、フェリ」
「……トール様?」
「そう、君を4回も傷つけたクズはトラヴィス、俺はトールってことにしよう。クズと一緒にされると気が滅入るから」

 フェリコットは再び首を傾げる。トラヴィスが言ってる言葉の意味がまるで理解できなかった。
 そんなフェリコットを見て、トラヴィス改め、トールはにこりと笑う。
 そこに漂う、そこはかとない胡散臭さにフェリコットは気がつかない。

「俺は確かにトラヴィス・リオブライド・ランフォールドだよ。
 でも多分、君が知ってるトラヴィス・リオブライド・ランフォールドとちょっと違う。
 フェリが時戻り四回分の記憶を取り戻したように、から」

 ひと時の沈黙。
 その後、フェリコットは息を大きく吸ってから「……覚えていらっしゃるのですか?」と言葉を続ける。
 あの苦しい記憶をと続けようとするフェリコットを制して、トールは首を振った。

「ごめん、君を苦しませたことを思い出したんじゃない。
 俺が思い出したのは、だ」

「異世界で生きてた前世の記憶が甦ったって言ったら、フェリは信じてくれる?」と、トラヴィスに問われ、フェリコットは三度みたび首を傾げた。


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