90 / 97
釣り人【有希】
「やっぱり売られてたんだな。さっき変な船が来てさ、通報しようかどうしようかって思ってたらこの子だけ降りてきたのさ。」
釣り人がフンフン鼻を鳴らしながらそう言った。
蓮也先輩が僕の肩を引き寄せながら、頭を下げる。
「ありがとう…ございます。」
蓮也先輩は泣いてるのか笑っているのかよく分からない声でそう言った。
「はよ、連れて帰ってやりぃ。」
釣り人は、そう言って少し微笑んでくれた。
潮の匂いが鼻の奥にしみる。
風が強くて、髪が顔にかかるたび、懐かしいような痛みが胸の奥を締めつけた。
港の喧騒は遠くて、どこか現実味がない。
──もう二度と戻ってこないはずだったのに。
そう思うほどに、足元がふらつく。
地面の硬ささえ、少し前までの船の中とは違っていて、まるで夢のなかに立っているようだった。
「……有希くん」
その声を聞いた瞬間、時間が止まった。
風も、波も、全部。
ずっとずっと会いたかった。
けれど、考えない様にしていた。
僕を呼ぶ声も、顔も、少しだけ大人びていて。
先輩は、いつのまにか大人になっていた。
けれど、確かにあの頃のままの「蓮也先輩」だった。
息が詰まった。
会いたかったのに。
でも、こんな姿で会うなんて思ってなかった。
「……どうして??」
声が震えて、自分でも驚く。
なのに、先輩はそんな僕をまっすぐ見て、少しだけ眉を下げた。
「君を探していたんだ。ずっと」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
(そうか、そうだったのか…。)
僕は、蓮也先輩の気持ちがわからなかった。
頼って欲しいとあれだけ言われていた。
実際に、頼る時もたくさんあった。
だけど、最後は何も言えないまま、僕は消えた。
「……どうして、そんな顔するんですか」
気づけば、そう言ってた。
まるで叱るような、哀しいような、あの表情がたまらなかった。
先輩は少し歩み寄って、ためらいもなく僕の肩を抱いた。
温かい。
海風に冷えた身体が、一気に解けていく。
言いたいことはたくさんあるけど、今の僕に言葉を発する権利があるのだろうか?
僕は俯いたまま言葉を飲み込んだ。
「行こう。有希くん」
「……はい」
車のドアが開く音がして、背中を押される。
視界の端で、釣り人のおじさんが軽く手を振っていた。その姿が妙に滲んで見える。
シートに身体を預けると、胸の奥で波が静かに打ち寄せた。
懐かしさと後悔と、言えない秘密。
それらが渦を巻いて、どこにも行けないまま心に沈んでいく。
──ただひとつ、確かなのは。
この再会は、きっと偶然じゃない。
蓮也先輩の横顔を見つめながら、そっと息を呑んだ。
もう、逃げられない。
あなたにおすすめの小説
守り守られ
ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師
患者 瀬咲朔
腸疾患・排泄障害・下肢不自由
看護師
ベテラン山添さん
準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!