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体育祭当日3 【蓮也】
思い出したくもない。
まだ、2年生になったばかりの頃。
俺は、せっかくレギュラーだった野球部を、3年祭や監督に惜しまれつつ、『怪我』理由に退部した。
でも、それだけじゃなかった…。
思い出したくもない。
野球部であった出来事。
何度も何度も消そうとした。
あの時の記憶。
今は、このリレーに集中したい。
「有希くん!」
バトンを受け取った後、思ったより速く走れなかった。
でも、野球部時代の因縁の相手、そいつからのリードを僅かに守ることができた。
まさか、リレーで喧嘩を売られるとは思ってなかったので内心かなり苛立っていた。
有希くんが、俺の苛立ちに気づき、怯えているのが後ろの気配で分かった。
別に、こんなリレーなんて楽しめればそれでいいのに。
意地になった自分に、なんだか腹が立った。
何度も、野球部だった当時の事を何度も忘れようとしていた。
それなのに、こんな時に…。
有希くんが必死に繋いでくれたバトンを受け取り走り出した。
雑念だらけで胸が苦しい。
正直2回目の出走で体力があまりない。
最近、運動してなかったからかなりしんどい。
(ごめん…。有希くん。)
せっかく一生懸命走ってくれたのに、俺のせいで、野球部に負けてしまう。
グラウンド一周がこんなに長く感じた事はなかった。
こんなに辛いのは、初めてだった。
俺は、あっさり後ろに迫る野球部に抜かれてしまった。
抜かれる間際に目の端に、出番を終えた有希くんの姿が映った。
見えないけど、悲しそうな目をしている気がした。
俺は、4番手でゴールした。
それは、野球部の一つ後ろのポジションだった。
因縁のあいつには勝ったものの、野球部との勝負には負けていた。
因縁のあいつが嘲笑っているように感じて、周りを見ることができなかった。
有希くんだけが、まんまるな瞳で俺を心配そうに覗き込んでいた。
リレーを終えたら、昼食の時間だ。
「有希くん、一緒に食べよ。」
有希くんをいつも通り誘った。今日は、コンビニで有希くん分の昼食まで買ってある。
俺は、何事もなかったかの様に振る舞う。
「ちょっと僕トイレに行きたいから、先輩は生徒会室に先に行っててください。」
リレーで疲れたのだろうか。ちょっと顔色の悪い有希くんは、そう言って、相変わらず人気のない生徒会室に近くのトイレに入っていった。
個室に入った様子だった。
1人でご飯を食べ始めるのも嫌なので、荷物を置いてから、トイレの外で有希くんを勝手に待つことにした。
2、3分経っただろうか。
男子トイレの個室から、荒い呼吸音が響いてくる。
(この校舎に今は、俺と有希くんしかいないよな…。)
「有希くん、大丈夫?」
トイレに向かって声を掛ける。
呼吸の音しかしない。
「有希くん?」
もう一度声を掛けても返事がない。
申し訳ないとは思いつつ、居ても立っても居られないから、個室のドアによじ登って中を覗く。
「有希くん!!」
胸を押さえながら、ぜーぜー、と洗い呼吸を繰り返し便器に座る有希くんの姿があった。
さっき、顔色が悪かったのは、リレーのせいじゃない。具合が悪かったんだ。
「どうした?苦しいの?」
「こ、こないで…」
小さい声で拒否されるが、そんなわけにもいかない。
ドアをよじ登りそのまま中に入った。
「有希くん、苦しい?気持ち悪い?心臓痛いの?」
自分が、あまりにも健康すぎるから、具合が悪い時の対処法がわからない。
どうすればいいのか…。
とりあえず背中をさすってみる。
「有希くん、救急車呼ぶ?保健室行く?」
首を横に振られてしまった。
「単なる過呼吸だから…。すぐ治るから…。」
目が虚で声も掠れている。
酸欠の金魚の様に口をパクパクして呼吸が明らかに苦しそうだ。
過呼吸で人は死なないと聞いた事はあるけど…。
でもこの狭い個室に2人でいるわけにはいかない。もちろん、この状態の有希くんを1人残すわけにもいかない。
「とりあえず、生徒会室に行こう。抱っこするから。」
個室のドアを開けて座っている有希くんを無理やり外に出す。
お尻の下を持って抱き上げて、生徒会室に向かって歩く。
全身に力が入った有希くんはいつもより重たい気がした。
有希くんも背中に手を回してしがみついてくれる。苦しいのか、俺の体操服を力一杯握っているのが伝わってくる。
「とりあえず横になろ?」
生徒会室の隅で、横に寝かせる。
カバンから取り出したタオルを頭の下に敷いてあげた。
移動させてしまったせいか、有希くんの具合がもっと悪そうだ。
「大丈夫?きつい?どうしたらいい?」
問いかけても、虚な潤んだ瞳でこちらをみるだけで何も声を出してくれない。
息を必死に吸う音だけがしている。
「俺がついてるから、大丈夫だから。」
口ではそう言ったものの、本当は、何をしたらいいのか分からなくて、ただ有希くんの頭を撫でた。
額に汗が滲んでいる。汗をかいているのに、有希くんの体温は冷たかった。
苦しい息使い、震える手。
小柄な体で、こんなに苦しまなきゃいけないなんて。
「大丈夫…。ゆっくり深呼吸して。ね?」
30分程経った。
もうすぐ、午後の競技が始まる時間だ。
呼吸がだいぶ落ち着いてきた有希くんが、ゆっくり起き上がった。
「ごめんなさい、もう、大丈夫です。」
「無理しないで?もうちょっと寝てたら?」
「先輩も、ご飯食べたりしてくださいね。時間無いですよ。」
こんな時に、他人の心配をしている。健気な彼の事が愛しい。
「リレー、キツかったよね。ごめんね。」
「ううん、そんな事ない。大事な思い出になりました。蓮也先輩が走る所、かっこよかったです。」
「でも、野球部の奴が怖かったんじゃない?」
俺が、リレー前に因縁の相手とやり合っていたのを、有希くんは怯えて見ていた。そのことも、彼のストレスになってたんじゃないかと思った。
「平気です。でも、ギュッてして欲しいです…。」
甘え上手な彼を膝に乗せる。
抱きしめて、後頭部を撫でた。
「蓮也先輩の野球部の話、いつか聞きたいです。」
「うん、いつか、ね。」
もう午後の種目が始まってしまう。
人数合わせの為に午後も、いくつかの種目に出場の予定だ。
「有希くん、保健室行こう。午後は寝てて。体育祭が終わったら迎えにくるから。」
言う事聞いてくれる?と付け足すと、有希くんは頷いた。
俺は、有希くんを保健室に連れて行った。保健室の先生に頼んでベッドに寝かせた。
「後で迎えにくるからね。」
そう告げると、柔らかく微笑みながら、「また、後で。」と言ってくれた。
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