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入籍

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「いきなりなんですけど、入籍します。」


 楽しい時間はすぐに終わる。

 私は、朝からアルバイト先のコンビニにやってきていた。



 店長に、入籍する報告をする為だ。
 今日は、店長は午前中で帰ってしまうシフトなので、午前中の内に来ていた。

 和馬さんも、書類は午後から出しに行けばいいというし、お疲れなのか寝ていたので、一旦ホテルにおいてきてしまつた。



 店長は、私の顔をみて不思議そうな顔をした。

「知ってるよ。抽選結婚に当たったんだってね。お相手、かなりのイケメンなんだって?」


 まだ、店長には抽選結婚の話はしていない。

 シフトを変わってもらう時には、「家の用事があるんで、お休みが欲しいんです。」と言っただけだ。たまたま、店長が空いていたから店長がシフトに入ってくれただけだし…。
 店長には抽選結婚の話はしていない。

 他の人にはちょっとしちゃったけど。

 なぜ、店長までもがそんなこと知っているのか。

 店長と話している後ろで、パートのおばちゃん、安藤さんがニヤニヤしている。


「昨日見たよ!桂寿司にイケメンとお婆様と入って行くの!」



 げっ…。

 まさか、1番お喋りの安藤さんに見られていたとは…。


 さすが、田舎は狭い。

 と言うことは、既に抽選結婚の話は店の従業員中に知れ渡っていると言うことか。


「なつみちゃんも遂に既婚者ね~!」

 安藤さんのでっかい声が、事務所に響き渡る。

「えらい背が高くてイケメンだったね~。この辺の人じゃないんだろ?訛ってないし、あんなイケメンがいたら町中が噂しそうだし。都会の人かい?」

 まさか、店の中まで見られていたのか…?


「あ、まぁ。東京に住まれているそうです。」

「まぁぁ。じゃあ、引っ越しちゃうの?おばちゃん、若い子がいなくなると寂しいわ~。」


「いや、とりあえず別居婚になるので。そのうち、向こうが引っ越してきてくれるそうです。」

「別居婚!今どきね~。いいわね~。」


 おばちゃん特有のマシンガントークが飛んでくる。


「公枝さんが、あなたのこと心配してたのよ。抽選結婚が嫌で泣いてたって。でも、イケメンならあなたも万々歳よね~。」

「え、私が泣いてたの、知ってたんですか?」

「ん?私は知らないけど公枝さんが、そう言ってたのよ。」

 驚いた。おばあちゃんは、最初に抽選結婚の通知が来た時に私が泣いてたの知ってたんだ。そして、お喋りのおばさん達に言いふらしてたんだ…。

 結局、なぜか結婚という単語にウキウキしてしまう自分がいて、1週間前くらいからちょっと楽しんでたけど。

 おばあちゃんに心配かけちゃったな。
 申し訳なかったなぁ。


「で、いつ入籍するの?」

「あ、この後いきます。」


「あら!そうなのぉ?急ね~。」

 安藤さんのお喋りは止まらない。

「え、今日仏滅だよ?」

 店長が、安藤さんの話の間に入ってくる。

 あ、そういうの気にしてなかった。


「善は急げっていうから!仏滅なんてどうでもいいの!さっさとイケメン捕まえちゃいなさい!」


 安藤さんは、細かいことは気にしないタイプだ。そして私も。


 とうとう、今日が私と和馬さんの結婚記念日になる。




 *******************





「戻りました。」


 ホテルに戻ると、和馬さんは身支度できていた。

 私は、役所に寄ってもらってきた婚姻届を和馬さんに渡した。

 和馬さんは、カバンから高そうな万年筆を取り出して、サインした。


「これからもよろしくね。」

 和馬さんが笑顔で私を抱きしめてくれた。

「よろしくお願いします。」

 和馬さんの腕の中で返事をした。


 私の車で、急いで役所に書類を提出した。

 これで私は、既婚者になってしまった。

「後悔ない?」

 和馬さんに尋ねられる。

「無い…。」


 私はもう決意していた。

 この人と、この先何十年も共に暮らしていく。

 いろんな困難があると思うけど、2人で乗り切るんだって。




 帰りは、飛行機だというので和馬さんを空港まで車で送り届けた。いや、私の車を和馬さんが運転して一緒に空港に向かった。


 空港まで結構時間がかかる。

 あまり言葉を交わすことはなかったけれど、和馬さんは私の手を握っていてくれた。

 別れ際にそっとキスしてくれた、あの感触は絶対に忘れない。


「ひと月後に、また会おうね。」


 そう言い残して、和馬さんは旅立ってしまった。



 離れてしまう。

 けれど、私たちの心は繋がったままだ。


 だって、私たち、結婚してるから。








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