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第三章 エチュード

第四節 剣術指南

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 秋雲の漂う空に、剣の打ち合う音が踊る。力いっぱいに振り下ろした先端は、しかし、するりと受け流された。
「はい、残念」
「うわっ!?」
 勢い余って前のめりになった背中を押され、リュヌは砂地に倒れ込んだ。起き上がろうとしてついた手の真横に剣が突き刺さり、ぎくりとして凍りつく。
 身動きの取れなくなったリュヌの前にしゃがみ込んで、ジルは言った。
「なんでも力任せにやりゃいいってモンじゃねーんだよ。特に俺達軽歩兵にとっちゃ、パワーはそれほど重要じゃない」
 そう言ってリュヌを引っ張り上げると、ジルは軽やかな手つきで白刃の片手剣を鞘へ戻した。
「大事なのは身のこなしと、狙い所だ。真っ向から向かい合うんじゃなく、どれだけ正確に隙を突けるか。俺達に必要なのはそういう技だと思え」
 剣の握り方、振り方の簡単な指南を受けた後は、すぐに実践的な訓練が始まった。事もなげに告げる言葉に、少年はごくりと息を呑む。
 兵士となることを目指す以上、訓練の向こう側には実戦がある。戦場で敵の隙を突くということは、即ち相手を害するということだ。
 途端に、右手に提げた剣が重くなったような気がした。コレットを含め、他の志願兵達も考えることは同じらしく、皆どこか神妙な面持ちで指南役の言葉に聞き入っている。
「俺達は騎士じゃないんだ。正々堂々勝負なんて考えてたら、命が幾つあったって足りゃしねえ。狙うのは急所、一撃で仕留めなきゃこっちがやられるくらいの気構えでいねーとな」
 はい次、と背中を押されて、リュヌは別の志願兵と入れ替わった。冷たいものが頬を滑って、汗をかいていたことに気付いた。どうやら自分で思う以上に集中していたらしい。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
 心配半分、もう半分は好奇心で覗き込むコレットに、短く応じて服の埃を払う。目の前では凡そ戦いには向いていなさそうな青年が、ジルに軽やかにあしらわれていた。一口に剣を取ると言っても、その道は中々に険しそうだ。
「リタイアするなら今の内だよ」
「しないわよ! あんたこそ止めるなら今のうちなんだから!」
 フンと鼻を鳴らしたコレットに、リュヌは深々と嘆息した。放っておいてもどの道続かないだろうから、この際もう何も言うまい。
(……それにしても)
 あの態度にいくらか誤魔化されているが、ジルはかなりの手練れであるらしい。正式な皇国兵なのだから、農民に武器を持たせただけの自分達とは天と地ほどの差があるのは当然だが、それにしても鮮やかな身のこなしだ。体格だけで言えば一回りも二回りも大きな相手でも、ひらりと受け流しては泣き所を狙って叩き伏せてしまう。
 他の指南役の兵士達もそれは同様で、素人目にも高い練度が見て取れた。彼らを束ねるアリスティドやセレスタンの実力とは、一体いかほどのものだろうか。
「じゃ、次はコレットだな」
 大男を軽くいなして、ジルがこちらを振り返った。はい、と声を上ずらせて、コレットは緊張気味に進み出る。
「右手と右足が同時に出てるよ」
「うっ、うるさいわね!」
 呟くように口にすると、ムキになって言い返すのがまた不安だ。怪我でもしなきゃいいけれどと案じつつ、リュヌは空を仰いだ。皇国軍に入るのだなどと知ったら、ソレイユはなんと言うだろうか。

 ◇

 結局その後は模擬戦を二巡して、午前の訓練が終わった。
 正午を知らせる鐘が鳴り、指南役の兵士達がやっとかとばかりに身体を伸ばす。一方の志願兵達はといえばその元気もなく、みな一様にぐったりとしていた。軍の調練が生易しいものであるはずもないが、思った以上に消耗したようだ。
「あー……あたしもうヘトヘト……」
 へなへなとその場にしゃがみ込み、コレットが言った。リュヌも全く同感であったが、相槌を打ちかけてぐっと堪える。初日の午前中だけで音を上げているようでは、正式入隊など夢のまた夢だ。
「お疲れコレット。最初はどうなることかと思ったけど、結構スジいいじゃん?」
「ホントですか!?」
 演習場を出る道すがら、ジルが声を掛けてきた。途端に瞳を輝かせる幼馴染の単純さに、頭が痛くなる――同時に、この調子のいい指南役にも困ったものだと思った。昔から彼女は、褒められると期待に応えようとして無理をし過ぎるきらいがある。
「あんまりおだてないで下さいよ」
「別におだてちゃいねえよ、ホントのことを言っただけだ。お前も結構見込みあるぜ♪」
「はぐらかさないで下さい」
 つい咎めるような口調になってしまい、リュヌはばつが悪そうに俯いた。しかしジルは意に介した風もなく、まあまあ、と例の調子で少年の肩を抱き込む。そしてひそりと、耳元で囁いた。
「そう言ってやるなよ。アイツはアイツなりに、考えてここに来てんだからさ――心配なのは分かるけど」
 からかうように言って、ジルは笑った。図星を突かれて何とも居心地の悪い気分になり、もういいです、とその腕を跳ね除ける。
「どうしたの?」
「なんでもない。……あ」
 名前を呼ばれたような気がして、リュヌは辺りを見回した。すると休憩に出ていく志願兵達の波に逆らって、フォルテュナとベルナールがこちらに向かって歩いてくる。
「リュヌ、よかったら一緒に昼――あれ?」
 隣にしゃがみ込んだコレットに気付いたのか、フォルテュナが目を瞬かせた。その隣で大きなバスケットを手に、ベルナールも驚きを滲ませる。
「君も、入隊志望なの?」
「入隊志望っていうか――」
「うん、そう! 宜しくね二人とも!」
 颯爽とリュヌを遮って、コレットが二人に歩み寄る。元気じゃないか、と何度目とも知れぬ溜息を零して、それ以上は言うのをやめた。体力だけなら意外と合格点なのかもしれない。
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