勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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三波新、放浪編

人に付きまとわれたことなら何度もあるが、魔物は初めてだな

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「あ……綺麗……素敵……」

 ヨウミがなんか変なことを言ってる。
 目を開いてみる。
 なんか景色が虹色になってる。
 間違いなく魔物だろう。
 ただ、その感情が今まで遭遇した魔物と違って、空腹ばかりじゃなく俺に好奇心を持ってるようで。
 頭の上に乗っかったそれからなにか粘り気のあるような雫が一つ顔の前に垂れ下がってきた。

「うおっ! なんだこれっ! 気持ち悪いっ! ぶぶっ!」
「だ、大丈夫? アラタ」

 まるで車のワイパーみたいにそれを動かして俺の顔を撫で回す。
 それには粘液などは不快感はそれほどはない。
 ひんやりしてツルツルとした肌触り。

「に、虹色のスライムだよ、それ! とっても珍しいんだけど、どうしよう?!」

 いや、どうしようじゃないだろう。
 さっきから重いって言ってるの聞こえないか?

「安心しろ。無害ププッ! ……だ。けど重プッ! いんだよ。猫を掴むようにプハッ! 持ち上げてくれないか?」

 人に懐いている犬を抱きかかえると、顔中舐め回されることがある。
 今の俺はまさしくそんな気分。
 ヨウミがようやくそいつを持ち上げて地面に下ろすと、今度は俺の足に纏わりついてきた。

「こいつ、ほんとに犬か猫だな。まぁ飯目当てなのは分かるが……」
「アラタが好きなのかな。スライムをペットにする人って聞いたことないけど、人馴れ……じゃないよね」

 確かに人馴れしてるとは言えない。
 そうならヨウミにも絡むはずだから。

「ま、何か食わせりゃどっか行くだろ。ヨウミ、見惚れてないで、塩持ってこい」

 珍しい種族が珍しい行動をとっていることから、ヨウミはその虹色のスライムを観察するのに夢中になってる。
 だがその珍しさの価値は、この世界に来てまだ二年も経ってない俺にはよく分からない。

 ヨウミが持ってきた炊き立てのご飯で、とにかくおにぎりを一個作る。
 普通は冒険者相手の売り物だ。
 だからご飯は多めによそって普通のおにぎりの大きさまで圧縮する。
 腹持ちがいい、という評判はおそらくその効果だろうと思う。
 それだけだと味気ないので外側に塩をまぶす。

「くれてやるからとっととどっか行け」 

 表面張力が抜群。
 まるでゼリーがぷよぷよするような動きを見せる。
 確かにその魔物の体は虹色のプリズムを見せていた。
 山脈で魔物が湧き出るという現象が起きるまで、まだ日時はある。
 ということは、こいつは自然に発生した野良魔物。
 そんな連中は、比較的穏やかな気性の持ち主が多い。

「虹色のスライムなんて珍しいよ。綺麗だなー」
「大人しいが、だからと言って安全とは限らないぞ? 例えば毒の有無なんて、本体の意思とは関係ない性質だったりするからな」

 ヨウミは「ひっ」と短い悲鳴を上げて一歩下がる。
 一応警告はしておこう。
 懐く魔物に迂闊に手を出して被害を受ける事故も、この世界では多い。
 とは言っておいたが、実は毒の有無も察知できる。
 だから安全だとは思うんだが……。

 おにぎりを一個そいつの近くに置くと、スライムは一本触手を伸ばし、まるで暗闇の中で手探りするように動かす。
 その触手がおにぎりに触れると、吸いつかせるようにおにぎりを本体に近づけ、小さい口でもぐもぐする時の頬のようにスライム全体が動いている。

「何か可愛いね」

 仕草だけなら同意だ。
 一気に取り込んですぐに消化されたりしたら、作った者としては全く可愛げがないように感じてたろうな。

「他に近寄ってくる魔物も動物もいないからどんどん飯炊いとけ」
「あ、うん……。でも、何か、動かなくなったよ?」

おにぎりを全部食べ、虹色だが内部が少し透けて見えるその体の中にもそれは見えなくなった。
消化も終えたに違いない。
となると、食った後にすることと言えば……。
意識も突然消えてしまったようだから……。

「……魔物も睡眠が必要らしいな。こいつ、多分眠ってる」

 いきなり爆睡したようだ。

「どうする? どこかに置いてくる?」
「機嫌がいい証拠だ。仕事の邪魔にならんから放置しよう」
「でも冒険者が通りかかったら……」

 明らかに敵意はない。
 それどころか、自由気ままな生活を送ってるとしか思えない。
 討伐されるには、流石にちょっとかわいそうか。

「分かった。何とかしとく。炊飯の続きやっとけ」

 ヨウミがここから離れてからそいつを持ち上げ、道路から離れた草むらの中に移動させた。
 俺のおにぎりを食って満足そうにしてるやつが、怪我したりくたばったりするのを見るのも気分が悪い。
 冒険者達から見つかりづらい場所に移しとけば、少しでも長らえてくれるだろ。
 こんなケースは初めてどころか、数えきれないほどある。
 だが接触までされたのは初めてだな。
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