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三波新、放浪編
異世界から来た人は俺だけじゃない。魔物退治の使命を帯びた彼らのことを旗手と呼ぶらしい。
しおりを挟む
荷車を停め、仕事をしようとするときに、突然スライムが頭の上に落ちてきた。
傍から見てたヨウミに言わせれば、草むらから俺の頭の上を目掛けてジャンプしてきたらしい。
懐くような感情と空腹を感じ取り、本日最初のおにぎりをそいつにくれてやるとすぐに爆睡。
仕事の邪魔にならないように少し離れた草むらの中に、誰にも見られないような場所に移動させ、ようやく本日の仕事に取り掛かる。
一年以上もこの行商をしてきた。
仕入れの買い物にも慣れ、おにぎりの数も種類ごとに増えてきた。
そろそろ棚に並べようとした時。
「お、アラタじゃねぇか。今日はここでやってたか。ってことは、ここら辺に魔物が現れるってことか?」
「ここら辺って言うか、ちょっと離れたところな。あんまり近づきすぎても危険だし」
いつも店を開くその位置は、そんな魔物達の行動範囲外だ。
そうでなきゃ、俺の身に危険が迫るし、誰も無償で守ってくれないし。
それにしても俺の名前を知ってる冒険者は多くなった。
俺は全く覚えられないけどな。
「ヨウミちゃんはいないの? どこかに買い出し?」
「奥でお仕事してますよー」
荷車の奥、つまり御者席に近い所から返事が返ってくる。
この世界のことはまだほとんど分からない俺とは違って、彼女との会話は弾む。
俺は無愛想じゃないとは思うが、まあ華やかさを感じられる方と会話したいんだろう。
気持ちは分かる。
「せっかくアラタの店を見つけたんだ。保存のバッグはあるし、買い置きしとくか」
冒険者チームが購入の相談を始めた。
会計なら俺じゃなくてもできるし、在庫が減るなら補充の必要もある。
それは一応責任者の俺が管理しないとな。
それに、顔を合わせたくない連中が近づいてきている。
「ヨウミ、会計頼むわ。それとお前らにも、俺のことを聞く人がいたら不在だっつっといてくれ」
「ん? 何だか分らんが分かった。ここにはいないって言えばいいんだな?」
「またあの人達ね? 分かった。言っとく」
顔を合わせたくない連中がいる。
こっちはそいつらと会いたくはないから、移動中なら鉢合わせもしないような道を選ぶ。
けど店を一度開いたら、そいつらと会わないように移動するわけにはいかない。
どこかに身を隠すにしても、見つけられたらバツが悪い。
結果、荷車の荷の影に身を潜めるしかない。
その気配が近づきつつある。
十分もすればここに届くだろう。
荷車の後ろの棚を挟んで、ヨウミと客が雑談している。
聞いている分には、特に不審なところはない。
だが「塩おにぎりに胡椒をかけたら更にうまくなるんじゃないか?」などと言う要望を聞いた時には、流石に声が出そうになった。
おにぎりに塩コショウかけてどうすんだ。
※
ヨウミとの会話を楽しんでいる冒険者達の感情が消えた。
招かれざる客の来訪は、ヨウミも緊張を隠せないようだ。
いつもの六人。
俺に関心がある二人。
どちらかというと、俺のことを嫌ってる二人。
俺に好意を持つ一人。
俺を案ずる一人。
俺がこの世界の冒険者で、唯一顔と名前を憶えている一人は、俺に対して相変わらず好意を持っている。
好意と言っても友情の類だな。
だからと言って、俺も好ましく思ってるわけじゃない。
むしろ、俺のことは無視してもらいたいくらいだ。
あいつは確か、大剣の旗手とか呼ばれてたっけ。
「今日はここにいるのか。アラタはいる? 俺の名前、知ってるよね?」
「え、ええ。カマロ、ケンジさん、ですよね? あの人は今買い出しに行ってます。帰ってくるのはいつになるか」
「移動して店を開いて、それで不在でいつ戻るか分からないっておかしくないかしら?」
俺を好ましく思ってない一人。
確か女だったな。
「帰ってくるまで待たせてもらおうよ」
おいこら。
お前らには使命とかがあるんじゃないのか?
油売ってる場合じゃないだろう。
「旗手の皆さん、すいません。はっきり言えば営業妨害になりかねないので、それはやめてほしいのですが」
ここじゃない世界からこの世界に来た者達は、勇者の神によって呼び出されたとされている。
いわゆる、この世界の人が言うところの異世界人ってやつだ。
その者達は異常発生する魔物達をせん滅するという使命が与えられてるとか何とか。
俺は詳しい説明を聞かされてないから詳しくは分からない。
ただ、行商を始めてから聞いた話もある。
他の世界からここに来た者達全員がそうとは限らないらしい。
以前は勇者と呼ばれてたらしいが、その意味は文字通り勇ましい人物という意味だ。
ところがその使命の任務中に、戦ってる魔物が恐ろしくなって逃げた勇者がいたらしい。
以来、異世界から来た特別な力を持つ者達はみな勇者とは限らないということになり、異常に発生する普通より強い魔物に立ち向かう者達を、自分達もそれらに対抗しようという旗印とする、と認識するようになったんだとか。
その旗印の象徴だから旗手と言うようになったんだと。
ちなみに俺ははっきり凡愚の人間って言われた。
まぁ退職させられる前も上司とかからよく罵られてたから、そんな人達と縁が切れた後も言われたくないし、向こうから縁を切ってくれたようなもんだから、あいつらと密接な関係にあるこいつらともなるべく会いたくはない。。
それにしてもヨウミも逞しくなった。
あいつらを初めて見た時からしばらくは、青ざめるわ震えるわ腰は引けるわでどうしようもなかったもんな。
堂々と渡り合えるようになったのは、それなりに経験を積んだからか、あるいはその素質以外は普通の人間と変わらないことを知ったからか。
客の冒険者の方は……竦んでる感じだな。
あいつらが来てから一言もしゃべってない。
「魔群の泉が出現するまでそんなに日にちないわよ? まずそっちに向かわないと」
「だな。方角と大体の距離は判明したけど、場所の確定はされてない。そっから先の探索も俺達の役目だしな」
「……しょうがないか。邪魔したな。あいつが来たら、連絡するように伝えといてくれ」
「ちょっと待て、カマロ」
あいつの仲間の誰かが呼び止めた後、足音は山側の方に移動してる。
山に向かう道はあったはずだが、なんで草むらの方に……。
あ……。
「いた! ちらっと目に入ったから何かと思ってたんだが」
「スライムか。動かないでいるな」
「これ……プリズムスライムよ! 倒したらレアアイテムが手に入る!」
うわぁ。
遠くに移動させたと思ったら、意外と近かったか?
まぁ、それも運命ってば運命かもしれんが、アレには何の悪気もないんだがな。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、旗手の皆さん方っ!」
「特に悪さしてないし、付近の村とか町からも魔物の襲撃の苦情も届いてないわよ?」
「魔物ってのは魔法や魔力を持った生き物だから魔物なんであって、みんながみんな人を襲ってばかりじゃないさ」
「そ、そうだとも。大体そんなあくどい奴が、こんなところで暢気にしてるわけねぇじゃねぇか」
ビビりまくってたあいつらが反論してる。
いいとこあるじゃないか。
「……それに旗手の皆さん方よ」
「何だよ」
「他の世界からやってきた方々、と聞いたが」
「……それが?」
「酒場でもしきりに話題になってた。確か二年前だったか? ってことは、この世界には足掛け二年、つまり一年越えたかどうかってことだよな」
「それで?」
「今こいつが言った通り、魔物はみんな人を襲うわけじゃない。場所によっては魔物と共存共栄の生活をしてるところもあるってことも知識でしか知らないだろ。それにあんた達に倒してもらいたい魔物は、俺達には手に負えない奴らだ。それ以外の奴なら、あんたたちの手を煩わせるまでもない」
「それに、旗手様達ならどんなレアアイテムでも王族の宝庫にならたくさんあるだろ? 俺達が欲しくても手に入らない物でも、あんた達なら願えば手に入るんじゃないのか?」
なかなか言うじゃないか。
まさかレアモンスターに会って倒してみたかった、などと大人げないことを言うつもりじゃあるまいな?
「カマロ、急ごう。泉から魔物が湧き出てからじゃ流石に俺達でも手を焼いてしまう」
「そ、そうだな。まずはこの道沿いを真っすぐだ。……アラタによろしく伝えといてくれ。じゃあな」
足音と共に気配も遠ざかっていく。
「ヨウミちゃん。アラタを呼んでもいいんじゃないか? もう姿も見えなくなったし」
「アラタってば、私達の視力よりもより詳しく状況を知ることができるらしいんですよ。だから勝手に出てきますよ」
ヨウミは俺のことも分かってきたよな。
詳しい事情は話していない。
わざわざ聞かせる話でもないし。
とりあえずもう少し息を潜めてた方が良さそうだ。
この道から山に向かう道に進んだら表に出るとしようか。
傍から見てたヨウミに言わせれば、草むらから俺の頭の上を目掛けてジャンプしてきたらしい。
懐くような感情と空腹を感じ取り、本日最初のおにぎりをそいつにくれてやるとすぐに爆睡。
仕事の邪魔にならないように少し離れた草むらの中に、誰にも見られないような場所に移動させ、ようやく本日の仕事に取り掛かる。
一年以上もこの行商をしてきた。
仕入れの買い物にも慣れ、おにぎりの数も種類ごとに増えてきた。
そろそろ棚に並べようとした時。
「お、アラタじゃねぇか。今日はここでやってたか。ってことは、ここら辺に魔物が現れるってことか?」
「ここら辺って言うか、ちょっと離れたところな。あんまり近づきすぎても危険だし」
いつも店を開くその位置は、そんな魔物達の行動範囲外だ。
そうでなきゃ、俺の身に危険が迫るし、誰も無償で守ってくれないし。
それにしても俺の名前を知ってる冒険者は多くなった。
俺は全く覚えられないけどな。
「ヨウミちゃんはいないの? どこかに買い出し?」
「奥でお仕事してますよー」
荷車の奥、つまり御者席に近い所から返事が返ってくる。
この世界のことはまだほとんど分からない俺とは違って、彼女との会話は弾む。
俺は無愛想じゃないとは思うが、まあ華やかさを感じられる方と会話したいんだろう。
気持ちは分かる。
「せっかくアラタの店を見つけたんだ。保存のバッグはあるし、買い置きしとくか」
冒険者チームが購入の相談を始めた。
会計なら俺じゃなくてもできるし、在庫が減るなら補充の必要もある。
それは一応責任者の俺が管理しないとな。
それに、顔を合わせたくない連中が近づいてきている。
「ヨウミ、会計頼むわ。それとお前らにも、俺のことを聞く人がいたら不在だっつっといてくれ」
「ん? 何だか分らんが分かった。ここにはいないって言えばいいんだな?」
「またあの人達ね? 分かった。言っとく」
顔を合わせたくない連中がいる。
こっちはそいつらと会いたくはないから、移動中なら鉢合わせもしないような道を選ぶ。
けど店を一度開いたら、そいつらと会わないように移動するわけにはいかない。
どこかに身を隠すにしても、見つけられたらバツが悪い。
結果、荷車の荷の影に身を潜めるしかない。
その気配が近づきつつある。
十分もすればここに届くだろう。
荷車の後ろの棚を挟んで、ヨウミと客が雑談している。
聞いている分には、特に不審なところはない。
だが「塩おにぎりに胡椒をかけたら更にうまくなるんじゃないか?」などと言う要望を聞いた時には、流石に声が出そうになった。
おにぎりに塩コショウかけてどうすんだ。
※
ヨウミとの会話を楽しんでいる冒険者達の感情が消えた。
招かれざる客の来訪は、ヨウミも緊張を隠せないようだ。
いつもの六人。
俺に関心がある二人。
どちらかというと、俺のことを嫌ってる二人。
俺に好意を持つ一人。
俺を案ずる一人。
俺がこの世界の冒険者で、唯一顔と名前を憶えている一人は、俺に対して相変わらず好意を持っている。
好意と言っても友情の類だな。
だからと言って、俺も好ましく思ってるわけじゃない。
むしろ、俺のことは無視してもらいたいくらいだ。
あいつは確か、大剣の旗手とか呼ばれてたっけ。
「今日はここにいるのか。アラタはいる? 俺の名前、知ってるよね?」
「え、ええ。カマロ、ケンジさん、ですよね? あの人は今買い出しに行ってます。帰ってくるのはいつになるか」
「移動して店を開いて、それで不在でいつ戻るか分からないっておかしくないかしら?」
俺を好ましく思ってない一人。
確か女だったな。
「帰ってくるまで待たせてもらおうよ」
おいこら。
お前らには使命とかがあるんじゃないのか?
油売ってる場合じゃないだろう。
「旗手の皆さん、すいません。はっきり言えば営業妨害になりかねないので、それはやめてほしいのですが」
ここじゃない世界からこの世界に来た者達は、勇者の神によって呼び出されたとされている。
いわゆる、この世界の人が言うところの異世界人ってやつだ。
その者達は異常発生する魔物達をせん滅するという使命が与えられてるとか何とか。
俺は詳しい説明を聞かされてないから詳しくは分からない。
ただ、行商を始めてから聞いた話もある。
他の世界からここに来た者達全員がそうとは限らないらしい。
以前は勇者と呼ばれてたらしいが、その意味は文字通り勇ましい人物という意味だ。
ところがその使命の任務中に、戦ってる魔物が恐ろしくなって逃げた勇者がいたらしい。
以来、異世界から来た特別な力を持つ者達はみな勇者とは限らないということになり、異常に発生する普通より強い魔物に立ち向かう者達を、自分達もそれらに対抗しようという旗印とする、と認識するようになったんだとか。
その旗印の象徴だから旗手と言うようになったんだと。
ちなみに俺ははっきり凡愚の人間って言われた。
まぁ退職させられる前も上司とかからよく罵られてたから、そんな人達と縁が切れた後も言われたくないし、向こうから縁を切ってくれたようなもんだから、あいつらと密接な関係にあるこいつらともなるべく会いたくはない。。
それにしてもヨウミも逞しくなった。
あいつらを初めて見た時からしばらくは、青ざめるわ震えるわ腰は引けるわでどうしようもなかったもんな。
堂々と渡り合えるようになったのは、それなりに経験を積んだからか、あるいはその素質以外は普通の人間と変わらないことを知ったからか。
客の冒険者の方は……竦んでる感じだな。
あいつらが来てから一言もしゃべってない。
「魔群の泉が出現するまでそんなに日にちないわよ? まずそっちに向かわないと」
「だな。方角と大体の距離は判明したけど、場所の確定はされてない。そっから先の探索も俺達の役目だしな」
「……しょうがないか。邪魔したな。あいつが来たら、連絡するように伝えといてくれ」
「ちょっと待て、カマロ」
あいつの仲間の誰かが呼び止めた後、足音は山側の方に移動してる。
山に向かう道はあったはずだが、なんで草むらの方に……。
あ……。
「いた! ちらっと目に入ったから何かと思ってたんだが」
「スライムか。動かないでいるな」
「これ……プリズムスライムよ! 倒したらレアアイテムが手に入る!」
うわぁ。
遠くに移動させたと思ったら、意外と近かったか?
まぁ、それも運命ってば運命かもしれんが、アレには何の悪気もないんだがな。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、旗手の皆さん方っ!」
「特に悪さしてないし、付近の村とか町からも魔物の襲撃の苦情も届いてないわよ?」
「魔物ってのは魔法や魔力を持った生き物だから魔物なんであって、みんながみんな人を襲ってばかりじゃないさ」
「そ、そうだとも。大体そんなあくどい奴が、こんなところで暢気にしてるわけねぇじゃねぇか」
ビビりまくってたあいつらが反論してる。
いいとこあるじゃないか。
「……それに旗手の皆さん方よ」
「何だよ」
「他の世界からやってきた方々、と聞いたが」
「……それが?」
「酒場でもしきりに話題になってた。確か二年前だったか? ってことは、この世界には足掛け二年、つまり一年越えたかどうかってことだよな」
「それで?」
「今こいつが言った通り、魔物はみんな人を襲うわけじゃない。場所によっては魔物と共存共栄の生活をしてるところもあるってことも知識でしか知らないだろ。それにあんた達に倒してもらいたい魔物は、俺達には手に負えない奴らだ。それ以外の奴なら、あんたたちの手を煩わせるまでもない」
「それに、旗手様達ならどんなレアアイテムでも王族の宝庫にならたくさんあるだろ? 俺達が欲しくても手に入らない物でも、あんた達なら願えば手に入るんじゃないのか?」
なかなか言うじゃないか。
まさかレアモンスターに会って倒してみたかった、などと大人げないことを言うつもりじゃあるまいな?
「カマロ、急ごう。泉から魔物が湧き出てからじゃ流石に俺達でも手を焼いてしまう」
「そ、そうだな。まずはこの道沿いを真っすぐだ。……アラタによろしく伝えといてくれ。じゃあな」
足音と共に気配も遠ざかっていく。
「ヨウミちゃん。アラタを呼んでもいいんじゃないか? もう姿も見えなくなったし」
「アラタってば、私達の視力よりもより詳しく状況を知ることができるらしいんですよ。だから勝手に出てきますよ」
ヨウミは俺のことも分かってきたよな。
詳しい事情は話していない。
わざわざ聞かせる話でもないし。
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この道から山に向かう道に進んだら表に出るとしようか。
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○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
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