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三波新、放浪編

スライムのライムがいろんな道具の代わりになってくれて、便利すぎる

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 異世界で冒険者相手に行商を始めた。
 その一日目に同年代の女性、ヨウミ・エイスが仲間になって手伝ってくれた。
 二人だけで約一年半、この仕事をしてきたが、新しい仲間が増えた。
 まさか魔物が仲間に入ってくれるとは思わなかった。
 それは、物を言わないどころか鳴き声もない、レアな種族のスライム。
 意思疎通がしづらいのは確かだが、ところが色々と大車輪の活躍をしてくれた。

「今日はこの辺で店を開こうか。ライム、水筒を作れ」

 ライムと名付けたプリズムスライムは、簡単な言葉なら理解できる。
 けどまだ細かいニュアンスまでは理解できないようで、「水筒作ってー」などと声をかけると、まるで何をしたらいいか分からないようなオロオロした動きをする。
 それはそれで……愛嬌はあるとは思うんだが、少し毒されたかな。
 言葉を理解できたら、あとは自分で工夫してくれる。
 一々命じなくても目的を達成してくれるのは有り難い。

「器用なのね。体を刃物のように鋭く固くして竹を切ってくるんだから」

 合うサイズの竹を組み合わせて、蓋つきの水筒をいくつも作る。
 飲み物とおにぎりのセットにするためだ。
 その作業が実に捗る。
 もちろん開け閉めを繰り返すとその分口が摩耗して水漏れが起きたりするが、その頃には中の水も空に近い。
 作りたては水漏れがほとんどないから、ライムなしには良質の水筒は完成しない。

「手順もいい。先にこんなに水汲みをされても、水を注ぐ水筒がなきゃいろいろと持て余しちまうとこだった」
「賢さがいいってことよね? 人の言葉も分かるんだから」

 ヨウミの方がより正しいか。
 脳味噌がどこにあるかは分からんが。
 とにかく、一回は手順を教えたが、その後の段取りや自己判断も的確で次第に頼りになっていった。
 そのあとは川への水汲みだ。
 思いっきり平らになり、まるで風呂敷のようになって川に飛び込む。
 そして大量の水を包みこむようにしてから移動する。

 普段のライムが地面にいるときは、水滴が浸みこまずにこんもりとした形状。
 幅は俺の胸くらいで、高さは俺の膝のあたり。
 それがこの状態だと、百六十五センチの身長の俺を越える高さの立方体くらいになる。

「そこまでしてくれるとかなり助かる。俺の勘が鈍ることはないから問題ないけどさ」

 まるでやかんから水を出すように漏斗のような形状を体の外側に作り、そこから水を器に注ぐ。
 その際、さらに安全な飲み水になるようにろ過しているらしい。
 水が余ると、今度はタライの形に変わる。
 そして自ら発熱を起こし、お湯にする。

「お米炊けるじゃない! ライムちゃん、万能ね!」

 ただの動物だったら過程通りに米を入れるところだが、感情を持ってる存在なのでどうにも気が引ける。
 仲間のライムを道具扱いしているようでな。
 けど、ライム自身が望んでそんな行動を起こしてるし、有り難いと言えば有り難い。
 火の気のない熱源のこいつは火の事故を起こすことは百パーセントないからな。

 日中の仕事をしている間は強力な戦力になってくれる。
 しかも嫌な感情は一つも出ない。
 けれど、仕事のない夜は申し訳ない気持ちになる時がある。

「アラタぁ。宿で一緒のベッドで寝たい」
「できるわけねぇだろ!」


 暑い夜はひんやりして、しかも汗ばんだ体の湿り気も吸い取ってくれる。
 寒い夜は暖かい毛布っぽい形状に変化してくれる。
 ヨウミはほんとに便利な道具扱いするよな。
 こいつが感情を持っていることを実感したら、罪悪感に苛まされるぞ。
 それに、宿屋にどうやって連れ込むかが問題だ。

 鞄か何かの擬態になっても構わないが、勘が鋭い冒険者に絡まれるかもしれないことを考えると非常にまずい。
 魔物を引き連れている冒険者もいないこともないが、ライムはレア種なだけに、何者かに誘拐されかねない。
 もしくは死んだ後に残すかもしれないアイテム狙いという場合もある。
 荷車預かり所に荷物扱いにするのが一番安全だったりする。
 初めてそんな体験をさせてしまった時には、ライムは寂しい感情を丸出しにして、「ミュウミュウ」と言った、寂しがっているように感じる音を出す。
 そんな鳴き声を出せるようになったのかと思ったが、体をこすり合わせた摩擦音だった。
 けれどライムの感情を醸し出してるような感じがして、やるせない気持ちになった。
 しかしこればかりはどうしようもない。
 人間のみが使える施設に持ち込めるマジックアイテムがあったら購入を検討しないとな。

「でもこうして一緒に寝るとより気持ちよく眠れるから、ライム自身がある意味マジックアイテムだよね」
「止めんか」
「冒険者相手にレンタル」
「止めなさいっ」

 ただでさえ商人ギルドから睨まれてるんだ。
 それでも起きていたかもしれない嫌がらせがないのは、俺が未然に回避してるからだぞ?
 余計なビジネスに手を出したら、シャレにならないレベルで追いかけてくるからやめとけっての。

「でも、お店の名前まだないよね? 『アラタの店』じゃ何ともしまらない感じがする」
「俺もそれを考えたけど、店の場所は風の向くまま気の向くままってな。店の名前を付けたら、それを聞いた冒険者達に勘違いさせちまう。今まで通りでいいよ」

 商人ギルドの機嫌を伺うつもりは毛頭ない。
 でも商売の妨害をしようとする気配があちらこちらから感じる程名前が広がったら、商売に適した場所に辿り着くまでが難しい。
 自分からそんな障害を呼び込みかねない。

 人間関係のしがらみがないような自営の仕事を見つけたはいいけど、しがらみがよそからやってくるとは思わなかったな。
 それでも自分の世界にいた頃よりは気楽で居心地がいい世界だ。
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