勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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三波新、放浪編

ライムの噂とライム効果

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 人の噂も七十五日、などとよく言われる。
 二か月半の根拠はどこにあるのやら。

 ただ、人の関心や好奇心が消えない限り、その噂は噂として存在し続ける、ということは言えると思う。
 その気持ちが薄らいでいると、日常の様子の一つに変化していくことは間違いなない。
 この世に人の心が生まれて、初めて太陽と星を目にした人類は驚き、恐れおののいただろう。
 それが今では、毎日それを目にすることが当たり前。
 気になるのは日々の天候。そんなものである。

 だからいずれはこの噂も消えると思っていたのだが……。

「おー、ホントにいたー!」
「レアモンスターがそんなに人に懐くなんて初めて見た」
「モンスターの調教師か? アラタは!」

 できるわけないだろうに。

「こうして見ると愛嬌あるのねー」

 本人は、客に対してはそんな気はまったくないらしいぞ?

「でも誘拐とかされたらどうするんだ?」

 重さも自由に変えられるらしい。
 計ったことはないが、重くなるとどんな力持ちの手にかかっても、どんな魔術をかけられても持ち上げられないくらいになる。

「ちゃんと反応するんだな。可愛いもんだ」

 こいつらは一体俺の店に何しに来たんだ。

「買い物しないならとっとと出発しな。仕事しろよお前ら」
「でもお前の店って、行こうと思ってもすれ違うことすら難しいぞ?」
「次はどこに行く、とか予告してくれりゃいいのに」

 無理言うな。
 俺ができることは気配を感じ取ることであって、次のあの気配は次にどこに現れるか分かる予知能力なんかあるわけがない。
 大体ライムを一目見たいがために俺の店に来るってのは、冒険者としては本末転倒だろうに。

「ほら、ライムもファンサービスはそれくらいにして中に入ってこい」

 ライムも話し言葉にだいぶ慣れてきた。
 ぴょこぴょこと小さく飛び跳ねながら荷車の後部、レジのカウンターの前に来ると、荷車には飛び乗らず、なるべく普段の体型を維持しながら体を上に伸ばす。
 荷車の床に体の一部がかかるとえっちらおっちらと這い上る。
 まるで、高い所によじ登る猫が尻を左右に振りながら必死に爪をひっかけて上る姿のようだ。
 ただのスライムならまだ騒がれずに済んだはずだった。
 その種族の名の通り、プリズムの光の色を変えながらそんな動きをするのだから、見てるだけでも退屈しない。
 それどころか、魔力は持っているようだがそれを全く使わずに、見ている冒険者達を魅了する。
 おまけに上り切った後、彼らに向かって頭頂部とでもいうんだろうか、少し尖らせて左右に振って愛想を振りまいている。
 何と言うか……本当にあざとい。
 俺に向けられる感情は、全く裏表のない好意しかないようだが。

 俺は噂が早く消えてほしいとは思うのだが、次から次へとライム自身がこんな振る舞いをするのだから、一つの噂が消える前に新たな噂が誕生する。
 おまけに俺は、彼らにはなるべく言いたくないことを言わされてしまう事態が起きた。

「……アラタさんよ。運の良し悪しってのはあるもんだと思うんだがな」
「いきなりなんだ?」
「ライムって名前だっけ? お前さんらにそいつが加わってから、アラタの店で五回くらい買い物したんだよな。つくづく運がいいんだよな、俺達」

 ライムが加わってから三か月くらいになるか。
 ひと月に二回くらいってことか。

「同じような店がほかにもあるんだよな。そこで同じような物を買った時はそうでもなかったんだがよ」

 こんな回りくどい言い方をする奴には警戒が必要だ。
 言い逃れしようにも、この時点で釘を刺されてるため、誤魔化すのが難しくなる。

「で、アラタの店でおにぎりのみを二回、飲み物とセットを三回買ったんだよ」

 飲み物といっても、ほとんどが水だ。
 時々お茶にすることがあるが、手間がかかるから滅多にない。
 ライムが加わってからは水のみだ。

「セットで買った時の仕事でな、終わった後の疲労感が、おにぎりのみの時と違ってかなり少ないんだよ」
「休憩して飲み食いしてからの術の威力も魔力の残量も全然違う。水に何か特別な成分入ってんじゃない?」
「その現象とおにぎりとの関係はない。おにぎりだけの時は普段と変わらなかったからな」

 正直なことを言えばどうなるだろう。
 生き物、魔物の体を通った水、などと言えば、生理的に受け付けない奴らから糾弾されかねない。

「アラタ、俺達はこの仕事しかできねぇんだ。体が資本。アラタの店の商品で俺達が被害を受けたことはないから、アラタを訴えたりするようなことはしない。けどたまたま被害が出なかっただけかもしれないし、隠し事されたら何かの副作用か被害を受ける前兆かと疑いにキリがない」

 健康に害を及ぼすことはあり得ない。
 だがそれを客に伝えられるはずもない。
 とは言っても、彼らの案ずる気持ちも分らなくはない。
 ライムの噂がどうとかを気にする場合でもない。

「あー……実はだな」

 事の始終を説明した。
 経験済みの奴、未経験の奴を問わず、みんながぽかんとして言葉を失っている。
 が、それも一瞬。

「お、おい、お前ら、ちょっと待て!」
「きゃっ! ま、待って! じゅんっ! 順番守って!」

 冒険者達がレジに押し寄せる。
 水とセットのおにぎりがバカスカ売れた。

「水だけってのは売ってないのか?」
「売るわきゃねぇだろ! なんだみんなして目の色変えやがって!」

 水を売ってぼろ儲けしたら、それこそ商人ギルドから目の敵にされちまう。
 俺は別にギルドを嫌ってるわけじゃない。
 加入するメリットがないだけだ。
 だから俺はギルドに喧嘩を売る気はないし、敵対する気も毛頭ない。
 ただで飲める場所がある水を高額で売っても売れるはずもない。
 しかし客の予想以上のメリットがあったらどうなるか。
 間違いなく売れる。異常と思われるほどに。
 ライムを狙ってくる奴も出てくるだろうし、逆恨みや嫉妬で俺が殺されることもあり得る。
 それこそこの世界での俺の居場所がなくなっちまう。

「効果付きの水なら金を払ってでも欲しいってやつもいるだろうよ」
「普通の水とその水の区別がつかないだろ。効果に気付かない奴だっているだろうし」
「いいじゃないか。これがほんとの水商売」

 笑えないし、水商売の意味間違ってるから、それ。
 つか、その意味が通るんだったら、本来の俺の店は米商売だっての!

 結局その場にいた冒険者達にすべて買い占められてしまった。
 消費期限切れても知らないぞって言ったら、劣化しないマジックアイテムのバッグがあるんだとか。
 買った品物、無駄にしなきゃそれでいいけどさ。

「お前ら、自分で飲み食いするならいいけどさ。転売なんかすんじゃねーぞ!」
「アラタぁ。それこそお前は俺達のことを知らねぇな?」

 別に知りたいとは思わん。
 また会えるかどうか分からん連中だからな。

「俺達は、現場じゃ助け合いの精神で生き残ってきたんだよ。水の効果のことは言わねぇし、誰かにくれてやるときは、相手が危険な状態でヤバい時だ。テメェのことはテメェでするが、どうしようもないって奴と出くわしたら無条件で助け舟を出す。それが冒険者ってもんだ。じゃあな」

 助け舟を出す、か……。
 出してもらったことはないな。
 ヨウミとライムにはこの仕事で随分手伝ってもらったが、助け舟を求めたわけじゃない。
 助けてほしかった時には、誰も俺の方を見向きもしなかったからなぁ。
 助け舟を求める状況に陥らなきゃ問題ないさ

「ん? 何か言った?」
「あ?」

 いつの間にか声に出てたらしい。

「全部品切れだね。どうする? 追加する? ここでのお店閉める?」
「……移動するか。うちの店に来るのは、二度と会えないかもしれない気のいい奴らばかりじゃない。またあの連中がそろそろ来そうだ。同じ口実で追っ払うのも難しいだろ?」

 俺が店を開く場所には、かなりの高確率で旗手の連中がやってくる。
 あいつらは魔物が急激に現れる場所に赴き、討伐する使命を持っている。
 そして俺は、そんな場所を感知でき、そこに来る冒険者達相手に商売をする。
 ならば遭遇するかもしれない状況になるのは仕方がない。
 向こうは会いたがっているが俺は会う気はない。
 となると、折れるのは俺の方だ。
 この場所を諦め、別の絶好の場所を探し求め歩く。
 だがライムの噂も連中の耳に入ってるだろう。
 俺と出会うことにもいくらか気を入れてるに違いない。

「さて、新しい場所探しに行きますか。たまにはライムなしで水探ししないとな」
「えー? 売り上げが下がっちゃわない?」
「大金持ちになるために商売してるわけじゃない。この仕事ができなくなった後ものんびりと生活できるくらいの貯金ができればいいさ」

 旗手の皆さん方は一生懸命に俺を探してみてくださいな。
 俺はこの世界で、帰る方法が見つかるまではのんびりと生活していくさ。
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