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三波新、放浪編
ここも日本大王国(仮) その6
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これでは立場がまるっきり逆だ。
早く冒険者達をサキワ村に連れて行かなければならないのに、その冒険者達から急かされている。
「裏口を行けばあっという間だが、あの道じゃ馬車は通れない。いくらか時間のロスになっちまうが、正面から出よう」
馬車は四台貸し切り。
俺はゲンオウのチームと同乗することになった。
「そう言えばアラタ。ヨウミちゃんもだけど、灰色の天馬の……それと、プリズムスライムは元気か?」
馬車に乗り込んですぐ、ゲンオウから聞かれた。
言葉に詰まった。
今はそれどころじゃなかったしな。
「ちょっとゲンオウ! 今そんなこと考えてる場合じゃないでしょ!」
「そうだよ。おしゃべりしたいことはいろいろあるけど、今はサキワ村の存亡をかけた一戦に気持ちを向けなきゃ!」
しがらみを断とうとしても、向こうから絡んでくる者達がいる。
もちろんその相手の目的は様々だ。
悪意を持って近寄る奴もいれば、悪気が全くない者もいる。
心から心配してくれる者もいるんだろう。
けれども……。
「……馬車は全速力だよな?」
「え? そりゃもちろん。最速の車とは言えないけど仕方ないわよね」
「そうか……」
「どうしたの?」
「え? あ、いや、旗手の連中が、多分村に到着したみたいだ」
できれば会いたくない連中だ。
だが彼らが現場に来ないで、旗手としての役目を果たせるわけがない。
気が重い。
なぜか、いつもより気が重い。
理由は分からない。
だが、一緒に乗ってる冒険者達の意気は上がっている。
「救助作業も、討伐も捗ること間違いねぇな!」
「あとは、私達がどれくらい早く到着するか、よね」
「村に、じゃなくて現場にですね」
願わくは、彼らの望み通りに旗手どもが動いてくれることを願う。
※
サキワ村に、ちょうど二十名の助っ人を連れて戻ることができた。
誰もついてこないかもしれない。
そんな難関を、まず一つ潜り抜けた。
現場のモーナーのダンジョンに向かう前に、その近くに作ってもらった俺の住処、崖に掘ってもらった洞窟に案内したのだが、予想外のことが起きていた。
「アラタ、ここに住んでるのか……って……こりゃあ……」
「ちょっと……これ、どういうこと?」
俺に聞くな。
俺だって、こんな状況を今初めて見たんだ。
旗手の七人全員が、俺達の洞窟を塞ぐように並んでいる。
もちろん誰もそこに入れないようにしてるわけじゃない。
中にはモーナーが仰向けに倒れ、上体を起こそうとしている。
顔色が明らかに悪い。
その後ろに、新人の冒険者達がいる。
ヨウミはモーナーの横に寄り添って、旗手の方を見て涙を流している。
その表情は険しい。
そして、旗手の七人の一人、芦名のそばにいてヨウミ達の方を向いていたのは……。
「何でお前ら……いや、今はどうでもいい話か。それよりヨウミ。そっちの状況は? こっちは最悪の事態は免れた」
「グスッ……。テ……テンちゃんとライムが……」
芦名のそばにいたのは、灰色の六本足の天馬と、体が虹色に輝くスライムの二体の魔物。
普通に考えればテンちゃんとライムだろう。
だがレアモンスターであって、唯一無二の姿をしたモンスターじゃない。
それに今はそれどころじゃない。
ここにいなければならない人物がいない。
「……あの四人の冒険者、それとマッキーはどうした」
「グスッ……。マッキー、エージ達を助けに行くって……」
さっきから黙りっぱなしのモーナーは、意識も意思もあるが気配で分かる。
左腕の骨の太い方、そして左の肋骨一本が折れている。
幸いなことに断面はずれてはいないようだ。
その折れた肋骨の上の方か、ひびが入っているかもしれない。
巨人族の血を引いた、筋骨隆々の男が骨折。
そして苦しい思いを懸命に顔に出さないようにしている。
俺の後についてきた冒険者達からも、天馬とスライムの姿を見て戸惑っている。
彼らには、あの二体が俺達と別れたことは伝えていない。
だからヨウミ達と、旗手達と一緒に向かい合っていることにもそうだが、その険しい雰囲気を理解できないようだった。
「……至急救助に行かなきゃならんだろうが、手っ取り早く確認したい。これは一体どういう」
「うるせぇんだよ、三波。なにでけぇツラしてんだ? テメェはぁ!」
後ろから聞いたことがある声が聞こえる。
だが相手にしてる場合じゃない。
「答えろ、ヨウミ。手短に」
「無視してんじゃねぇぞ! てめぇ!」
ヨウミは、俺の後ろからの罵倒には構わず状況を説明した。
「モーナーとマッキーが、この子達を担いで救助成功。でもエージ達は魔物達の足止めをして……」
「マッキーが助けに向かったか。モーナーのその怪我は?」
「テメェ! 勝手な事やらかしてんじゃねぇぞ! 三波ぃ! テメェは俺の言うこと黙って」
「答えろ。モーナーの怪我は魔物……」
による傷なわけがない。
新人冒険者は五人。
救助者はモーナーとマッキー。
モーナーがすぐに起き上がれないほどの怪我を負って、この五人をマッキーと一緒に守りながら移動できるわけがない。
モーナーが両肩に二人ずつ担いで、マッキーが一人を守りながら脱出したんだろう。
となればこの大怪我はここに来てからだ。
こんな体をした奴をそこまで怪我をさせられるとしたら……。
「テ、テンちゃんが……」
「こいつとテンちゃんが同一とは限らん。スライムもだ」
「……天馬が、モーナーに突進してきて」
「突進した理由は何だ?」
またも芦名が割って入る。
「その馬鹿がしつけぇから黙らせてやったんだよ! 中にいる冒険者を助けてくれってな! うぜぇんだよ! 俺達ゃ魔物退治に来たんだぜ? 救助活動じゃねぇんだよ!」
「おい、アシナ。いい加減に」
「おぅ、カムロ。お前もうるせぇな。あっちにもいい顔、こっちにもいい顔しようとすっから泉の現象抑えるのに手間取ってんじゃねぇか! リーダーの資格ねぇぞ!」
この会話の流れからすれば、おそらく……。
「モーナー。エージ達を助けてくれって頼んだんだな?」
「う……うん……けど……」
足止めをしていたということは、魔物の群れに飲み込まれてる可能性は高い。
モーナーが旗手達に縋る気持ちは分かる。
なんせこいつは、話に聞けば素早さがほとんどない。
大勢の魔物の中にいれば、振るう拳はどれかに当たるだろう。
だが魔物の群れの攻撃も当たる。
いくらエージ達を守りながら出口に向かうとしても、コンパスがいくら長いと言っても追いつかれることになる。
エージ達を襲う魔物を払いながら後退するには、モーナーには悪いが能力不足な面がある。
だから旗手達に頼るのは間違いじゃない。
「断られた。さらにしつこく言い迫ったから天馬の突進を受けた、か?」
「ち、違う……。しつこく……ない」
「モーナー、旗手達にお願いしたら、すぐにその旗手がテン……天馬に」
……ってことは、ただ一回お願いしただけで……?
ただ一回声に出しただけで?
「天馬がモーナーに……。あ、アラタ?」
落ち着け、俺。
まず、モーナーにお願いされたことを拒否するなら、「断る」の一言で済むはずだろ?
そのときに、もし執拗にモーナーが縋りついてきたならば、天馬が押し返せばいいことだ。
いくら巨人族の血を引いてても、優に四百キロを超える巨体の馬だぞ?
しかも六本足だ。
モーナーだって……大目に見て二百キロ台。
天馬から見りゃ、決して軽くはないが重くて押せないわけじゃないはずだ。
明らかに怪我をさせる意図がある。
「ちょ、ちょっと、アラタ……アラタってば」
落ち着け。
落ち着け、俺。
モーナーは……。
「……うん。落ち着いた。心配するな、ヨウミ」
「そ、そう? な、ならいいけど……って。落ち着いてる場合じゃないっ! マッキー達が中に!」
「大丈夫。俺は落ち着いた。落ち着いて冷静になった上で……ああああしなあああああ!」
非力の俺が、ありったけの力を握り拳に込めて誰かを殴って、果たしてどれほどのダメージを与えられるか。
痛みなど感じないかもしれない。
けどそれが問題じゃない。
当たり所が悪くて命を落とすようなことがあっても……知ったことかああああっっっ!!
「プフッ!」
芦名の横っ面に渾身の一撃。
吹っ飛んだ芦名の口から血が流れている。
大方唇を切ったとかだろう。
「て、てめえ……」
「うるせぇよ。それと……この駄馬にもだ!」
反対側の手で握り拳を作って、天馬の鼻面に向かって正面から一撃。
その巨体で仕返しされたって構うか!
さすがに血は出ず、痛みも感じなかったようだが、痛みどころか何も感じなさそうだった。
だがそれが問題じゃない。
「やりたくなきゃやらなくたっていいさ。そのままどっかに行っちまえ。けどな。だけどな……。俺の仲間が傷つけられて、のほほんとするほど無神経じゃねぇんだよ俺はあ!」
それまではほとんど動きを見せなかった灰色の天馬が、いきなり前足を地面に何度も叩きつけ始め、スライムは何度も飛び跳ねている。
その振動のせいか、天馬を殴った拳に鈍痛を感じた。
だがそれを気にするどころじゃない。
「ましてやそいつは、身を挺して誰かを助けようとしてるとこだ! その邪魔をするってんなら、カマロ! 旗手どもが全滅したって知ったこっちゃねぇ!」
「ちょ、ちょっとアラタ!」
「ヨウミ、お前だって言いたいことはあるだろうよ。でも言えなかったこともあったろうよ。けどな、俺と芦名は別だ。だってこいつは、俺の世界での関係をこっちにも持ち込もうとしてんだぜ? 何の為にここに連れてこられたか、こいつには分かっているくせに、だ! それを仲間の誰も止めようとはしない! この世界に来た初日から分かってたよ! 俺のことを気に入らない奴がいることくらいなぁ!」
体力的に、体格的に芦名の方が上だ。
唇から血が出ている。
しかし頬の内側とか鼻とかには全くダメージがない。
それでも呆然としているが、この程度で済ませられるかよ!
と、近寄ろうとしたら体が動けない。
「待て! アラタ! 気持ちは分かる! 俺達だって、いろんな人から仲間を馬鹿にされたこともある! だが今は、急いでやらなきゃならんことがあるだろ!」
「そうだよ! ゲンオウの言う通りよ! あの子達助けるんでしょ? アラタ! あの四人……と、もう一人いるのね? あんたとその男の因縁はわかんないけどさ、その五人に比べりゃ倒れてるこの男になんか、あんたが気に掛けるような価値はないよ!」
ゲンオウに後ろから抑えられていた。
俺は極めて冷静だというのに。
もう一発ぶん殴ったところで大した時間は食わなかったよ!
……だがこいつらの言うことももっともだ。
何とかしてあいつらを助けに行かなきゃならん。
「……お詫びと言っちゃなんだが、その救出作戦に俺達を加えてもらえないか? アラタ」
芦名の言によれば、旗手のリーダー、カマロの声。
魔物退治でも何でも好きにしたらいいだろう!
「アラタの全滅したらいいってのは流石に言い過ぎ。だけど……そっちはそっちで動くといいさ。でも救出活動の足を引っ張るような真似をしたら、即刻足の一本は頂くよ。あとは魔物のエサにでもなっちまいな」
「分かった。肝に銘じとくよ。みんな、行くぞ」
芦名と魔物二体はいつの間にか仲間に付き添われてどこかに去ったようだった。
俺は終始落ち着いている。
でなきゃ、二十人もの冒険者相手に計画をすぐに提案できるはずもないからな。
早く冒険者達をサキワ村に連れて行かなければならないのに、その冒険者達から急かされている。
「裏口を行けばあっという間だが、あの道じゃ馬車は通れない。いくらか時間のロスになっちまうが、正面から出よう」
馬車は四台貸し切り。
俺はゲンオウのチームと同乗することになった。
「そう言えばアラタ。ヨウミちゃんもだけど、灰色の天馬の……それと、プリズムスライムは元気か?」
馬車に乗り込んですぐ、ゲンオウから聞かれた。
言葉に詰まった。
今はそれどころじゃなかったしな。
「ちょっとゲンオウ! 今そんなこと考えてる場合じゃないでしょ!」
「そうだよ。おしゃべりしたいことはいろいろあるけど、今はサキワ村の存亡をかけた一戦に気持ちを向けなきゃ!」
しがらみを断とうとしても、向こうから絡んでくる者達がいる。
もちろんその相手の目的は様々だ。
悪意を持って近寄る奴もいれば、悪気が全くない者もいる。
心から心配してくれる者もいるんだろう。
けれども……。
「……馬車は全速力だよな?」
「え? そりゃもちろん。最速の車とは言えないけど仕方ないわよね」
「そうか……」
「どうしたの?」
「え? あ、いや、旗手の連中が、多分村に到着したみたいだ」
できれば会いたくない連中だ。
だが彼らが現場に来ないで、旗手としての役目を果たせるわけがない。
気が重い。
なぜか、いつもより気が重い。
理由は分からない。
だが、一緒に乗ってる冒険者達の意気は上がっている。
「救助作業も、討伐も捗ること間違いねぇな!」
「あとは、私達がどれくらい早く到着するか、よね」
「村に、じゃなくて現場にですね」
願わくは、彼らの望み通りに旗手どもが動いてくれることを願う。
※
サキワ村に、ちょうど二十名の助っ人を連れて戻ることができた。
誰もついてこないかもしれない。
そんな難関を、まず一つ潜り抜けた。
現場のモーナーのダンジョンに向かう前に、その近くに作ってもらった俺の住処、崖に掘ってもらった洞窟に案内したのだが、予想外のことが起きていた。
「アラタ、ここに住んでるのか……って……こりゃあ……」
「ちょっと……これ、どういうこと?」
俺に聞くな。
俺だって、こんな状況を今初めて見たんだ。
旗手の七人全員が、俺達の洞窟を塞ぐように並んでいる。
もちろん誰もそこに入れないようにしてるわけじゃない。
中にはモーナーが仰向けに倒れ、上体を起こそうとしている。
顔色が明らかに悪い。
その後ろに、新人の冒険者達がいる。
ヨウミはモーナーの横に寄り添って、旗手の方を見て涙を流している。
その表情は険しい。
そして、旗手の七人の一人、芦名のそばにいてヨウミ達の方を向いていたのは……。
「何でお前ら……いや、今はどうでもいい話か。それよりヨウミ。そっちの状況は? こっちは最悪の事態は免れた」
「グスッ……。テ……テンちゃんとライムが……」
芦名のそばにいたのは、灰色の六本足の天馬と、体が虹色に輝くスライムの二体の魔物。
普通に考えればテンちゃんとライムだろう。
だがレアモンスターであって、唯一無二の姿をしたモンスターじゃない。
それに今はそれどころじゃない。
ここにいなければならない人物がいない。
「……あの四人の冒険者、それとマッキーはどうした」
「グスッ……。マッキー、エージ達を助けに行くって……」
さっきから黙りっぱなしのモーナーは、意識も意思もあるが気配で分かる。
左腕の骨の太い方、そして左の肋骨一本が折れている。
幸いなことに断面はずれてはいないようだ。
その折れた肋骨の上の方か、ひびが入っているかもしれない。
巨人族の血を引いた、筋骨隆々の男が骨折。
そして苦しい思いを懸命に顔に出さないようにしている。
俺の後についてきた冒険者達からも、天馬とスライムの姿を見て戸惑っている。
彼らには、あの二体が俺達と別れたことは伝えていない。
だからヨウミ達と、旗手達と一緒に向かい合っていることにもそうだが、その険しい雰囲気を理解できないようだった。
「……至急救助に行かなきゃならんだろうが、手っ取り早く確認したい。これは一体どういう」
「うるせぇんだよ、三波。なにでけぇツラしてんだ? テメェはぁ!」
後ろから聞いたことがある声が聞こえる。
だが相手にしてる場合じゃない。
「答えろ、ヨウミ。手短に」
「無視してんじゃねぇぞ! てめぇ!」
ヨウミは、俺の後ろからの罵倒には構わず状況を説明した。
「モーナーとマッキーが、この子達を担いで救助成功。でもエージ達は魔物達の足止めをして……」
「マッキーが助けに向かったか。モーナーのその怪我は?」
「テメェ! 勝手な事やらかしてんじゃねぇぞ! 三波ぃ! テメェは俺の言うこと黙って」
「答えろ。モーナーの怪我は魔物……」
による傷なわけがない。
新人冒険者は五人。
救助者はモーナーとマッキー。
モーナーがすぐに起き上がれないほどの怪我を負って、この五人をマッキーと一緒に守りながら移動できるわけがない。
モーナーが両肩に二人ずつ担いで、マッキーが一人を守りながら脱出したんだろう。
となればこの大怪我はここに来てからだ。
こんな体をした奴をそこまで怪我をさせられるとしたら……。
「テ、テンちゃんが……」
「こいつとテンちゃんが同一とは限らん。スライムもだ」
「……天馬が、モーナーに突進してきて」
「突進した理由は何だ?」
またも芦名が割って入る。
「その馬鹿がしつけぇから黙らせてやったんだよ! 中にいる冒険者を助けてくれってな! うぜぇんだよ! 俺達ゃ魔物退治に来たんだぜ? 救助活動じゃねぇんだよ!」
「おい、アシナ。いい加減に」
「おぅ、カムロ。お前もうるせぇな。あっちにもいい顔、こっちにもいい顔しようとすっから泉の現象抑えるのに手間取ってんじゃねぇか! リーダーの資格ねぇぞ!」
この会話の流れからすれば、おそらく……。
「モーナー。エージ達を助けてくれって頼んだんだな?」
「う……うん……けど……」
足止めをしていたということは、魔物の群れに飲み込まれてる可能性は高い。
モーナーが旗手達に縋る気持ちは分かる。
なんせこいつは、話に聞けば素早さがほとんどない。
大勢の魔物の中にいれば、振るう拳はどれかに当たるだろう。
だが魔物の群れの攻撃も当たる。
いくらエージ達を守りながら出口に向かうとしても、コンパスがいくら長いと言っても追いつかれることになる。
エージ達を襲う魔物を払いながら後退するには、モーナーには悪いが能力不足な面がある。
だから旗手達に頼るのは間違いじゃない。
「断られた。さらにしつこく言い迫ったから天馬の突進を受けた、か?」
「ち、違う……。しつこく……ない」
「モーナー、旗手達にお願いしたら、すぐにその旗手がテン……天馬に」
……ってことは、ただ一回お願いしただけで……?
ただ一回声に出しただけで?
「天馬がモーナーに……。あ、アラタ?」
落ち着け、俺。
まず、モーナーにお願いされたことを拒否するなら、「断る」の一言で済むはずだろ?
そのときに、もし執拗にモーナーが縋りついてきたならば、天馬が押し返せばいいことだ。
いくら巨人族の血を引いてても、優に四百キロを超える巨体の馬だぞ?
しかも六本足だ。
モーナーだって……大目に見て二百キロ台。
天馬から見りゃ、決して軽くはないが重くて押せないわけじゃないはずだ。
明らかに怪我をさせる意図がある。
「ちょ、ちょっと、アラタ……アラタってば」
落ち着け。
落ち着け、俺。
モーナーは……。
「……うん。落ち着いた。心配するな、ヨウミ」
「そ、そう? な、ならいいけど……って。落ち着いてる場合じゃないっ! マッキー達が中に!」
「大丈夫。俺は落ち着いた。落ち着いて冷静になった上で……ああああしなあああああ!」
非力の俺が、ありったけの力を握り拳に込めて誰かを殴って、果たしてどれほどのダメージを与えられるか。
痛みなど感じないかもしれない。
けどそれが問題じゃない。
当たり所が悪くて命を落とすようなことがあっても……知ったことかああああっっっ!!
「プフッ!」
芦名の横っ面に渾身の一撃。
吹っ飛んだ芦名の口から血が流れている。
大方唇を切ったとかだろう。
「て、てめえ……」
「うるせぇよ。それと……この駄馬にもだ!」
反対側の手で握り拳を作って、天馬の鼻面に向かって正面から一撃。
その巨体で仕返しされたって構うか!
さすがに血は出ず、痛みも感じなかったようだが、痛みどころか何も感じなさそうだった。
だがそれが問題じゃない。
「やりたくなきゃやらなくたっていいさ。そのままどっかに行っちまえ。けどな。だけどな……。俺の仲間が傷つけられて、のほほんとするほど無神経じゃねぇんだよ俺はあ!」
それまではほとんど動きを見せなかった灰色の天馬が、いきなり前足を地面に何度も叩きつけ始め、スライムは何度も飛び跳ねている。
その振動のせいか、天馬を殴った拳に鈍痛を感じた。
だがそれを気にするどころじゃない。
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「ちょ、ちょっとアラタ!」
「ヨウミ、お前だって言いたいことはあるだろうよ。でも言えなかったこともあったろうよ。けどな、俺と芦名は別だ。だってこいつは、俺の世界での関係をこっちにも持ち込もうとしてんだぜ? 何の為にここに連れてこられたか、こいつには分かっているくせに、だ! それを仲間の誰も止めようとはしない! この世界に来た初日から分かってたよ! 俺のことを気に入らない奴がいることくらいなぁ!」
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唇から血が出ている。
しかし頬の内側とか鼻とかには全くダメージがない。
それでも呆然としているが、この程度で済ませられるかよ!
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「待て! アラタ! 気持ちは分かる! 俺達だって、いろんな人から仲間を馬鹿にされたこともある! だが今は、急いでやらなきゃならんことがあるだろ!」
「そうだよ! ゲンオウの言う通りよ! あの子達助けるんでしょ? アラタ! あの四人……と、もう一人いるのね? あんたとその男の因縁はわかんないけどさ、その五人に比べりゃ倒れてるこの男になんか、あんたが気に掛けるような価値はないよ!」
ゲンオウに後ろから抑えられていた。
俺は極めて冷静だというのに。
もう一発ぶん殴ったところで大した時間は食わなかったよ!
……だがこいつらの言うことももっともだ。
何とかしてあいつらを助けに行かなきゃならん。
「……お詫びと言っちゃなんだが、その救出作戦に俺達を加えてもらえないか? アラタ」
芦名の言によれば、旗手のリーダー、カマロの声。
魔物退治でも何でも好きにしたらいいだろう!
「アラタの全滅したらいいってのは流石に言い過ぎ。だけど……そっちはそっちで動くといいさ。でも救出活動の足を引っ張るような真似をしたら、即刻足の一本は頂くよ。あとは魔物のエサにでもなっちまいな」
「分かった。肝に銘じとくよ。みんな、行くぞ」
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旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
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この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
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