勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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三波新、定住編

閑話休題:サミー、双子、モーナー、アラタ

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「まず子供が出歩く時間じゃない」

 気になった双子の行動を最初に指摘した。
 親の目を盗んでここにいたというなら、戻ってきた時に親に見られたら、間違いなく咎められる。
 問い質されて俺達の事を口にしたら、間違いなく俺達に攻撃目標にするだろう。

「おひるのとき、あやまりたくてもあやまれなかったから……」
「言い訳だ。大人の話し合いの最中でも構わず謝ればよかった。お前達が事の原因を作ったんだから」

 その当事者からの発言を誰が止められようか。
 それは大人だろうが子供だろうが関係あるまい。
 当事者の気持ちを置き去りにして話し合いを進めていっても、空回りする方が多いんじゃないか?
 事実こいつの母親との話し合いは、話し合いどころか話が噛み合わなかった。

「謝るべき相手は俺達じゃない。そいつはお前らと会うのを怖がってる。だから、たとえ謝罪できたとしても会いたくないっつーことだな」
「え……」
「そりゃそうだ。何があったか分からんが、泣きながら帰ってきたんだぞ? 怖いに決まってるじゃないか。生まれたばかりの赤ちゃんも同然なんだ」
「え……えっと……、あわせて、もらえないでしょうか……」
「無理だっつってんだろ」

 二人は何も言わなくなった。
 十才にも満たない子供にはきつい言い方だろうが、謝るのを諦めようがどうしようが、この件については俺にとっちゃサミーが第一だ。

「ど……どうしたら……」
「俺が知るかよ。今までサミーの事知らずに生活できてたんだろ? こっちは別にお前らを恨んだりしねぇよ。お前らだって今まで通りの生活はできるだろ? ここは冒険者達が来るとこだ。今後、サミーも俺達もお前らとは無関係。それでいいんじゃねぇの?」

 俺達なしでは生活が成り立たない、なんてことはあり得ない。
 これは日中、こいつらの母親にも伝えたことだ。
 今まで通り、互いに縁のない生活をしても問題ない。
 それでも二人は俯きがちのまま立ち尽くしている。
 別に二人の行動から、その気持ちを推察する必要はない。
 モーナーの感情が分かった理屈とはやや違うが、二人の感情は大体分かっている。

「……悪いことをしたら警察……はこの世界にはないのか。まぁ悪いことをしたら何かに捕まっちまう。で罰が与えられる。牢屋か何かに入れられて、決められた期間になったら釈放。だろ?」
「まぁ、そんな感じね」

 そこら辺は、大雑把には俺の世界と変わらない、な。

「けど、罰って、誰かから決められる者なのか? 当事者の気持ち、被害者の気持ちを置き去りにしたまま決められるものなのか? 被害の度合いによっては何をしてもらっても許せない罪ってのはあると思う」
「そりゃまぁ……そうよね」

 モーナーの言葉を借りた。
 しかしその心は、必ずしも同じとは限らない。

「悪いことをしたと思ったらごめんなさいと謝る。それは正しい行為だ。だが謝ったらその罪は消えるとは限らない」

 俺だってそうだ。
 芦名をはじめ、職場の先輩や同僚から謝られたって、許すつもりは全くない。
 謝ったんだから許すべきだ、という論調もあるようだが、何をかいわんやってところだ。
 許すタイミングは、該当者から謝罪の言葉を聞いた時ってのが多いんだろうけどな。

「サミーはお前らのことを怖がって出てこれない。つまりお前らに謝らせる機会を与えないってことだ。謝りたくても謝れず、苦しい思いが続くってんなら、それこそが本当の罰なんじゃないか?」

 無関係な者が客観的に見て、これくらいなら折り合いをつけられるのではないか? と提案しそのように定められ、それが規則になることが多い。
 だが当事者達は、それで気が済むだろうか。
 本音を言えば、これで勘弁してくれって言う気持ちもあるだろうし、その程度じゃ済ませられないと思うこともあるだろう。
 この二人の謝罪は、規則に沿ったものじゃない。
 そうなのだとしたら、こんな夜中に子供を出歩かせてまでしなきゃならないことになるからだ。
 けれども、だからこそ俺は。

「心からすまないという気持ちはあるだろう。でもその気持ちも時間が経てば薄れていくこともある。罪の意識も消えていくこともある。俺はそれを咎めるつもりはない。けど、サミーに謝罪の気持ちが伝わらないうちにそんなことになったとしたら、もうここには来るんじゃない。今の気持ちは嘘ってことにもなるんだからな。それと、謝るのなら直接相手に言葉を伝えることだ」

 そう。
 直接謝罪しなければ事態は発展しない。
 が、サミーが会いたがらない。
 つまりそういうことだ。
 俺からはもうこいつらにする話はない。
 五人は俺の言われるがままに動くしかない。
 ヨウミとマッキー、クリマーに二人を送り届けさせた。

「やれやれだ。さて……もう休むか。サミー、もう出てきていいぞ。テンちゃんのお腹が待ってんぞ」

 テンちゃんはいまだにお腹に俺達を寝かせようとする。
 おずおずと出てきたサミーにくっついて、テンちゃんのお腹に誘い込むライム。
 人数は少ないがいつもの夜。
 だが俺の夜は終わらなかった。

「モーナー、ちょっといいか? 部屋に来てくれ」
「お、俺かあ?」
「あぁ」

 余計な奴らから余計な茶々を入れられたくはない。
 あの三人に双子の付き添いをさせたのは、もちろん双子が無事に家に帰りつかせるためだったが、ちょうどいいタイミングだしな

「悪いことをしたらごめんなさいと言える奴はいい奴だって言ってたよな」
「あぁ、言ったぞお」
「……俺は気配を察知できて、そいつの外見や言動から大雑把な感情を読み取ることができる。要は、上っ面かどうかの判断ができるってことだ」

 モーナーは無反応。
 まぁ、だろうな。

「そしてあの二人の謝罪は……本音だった」
「え……」

 こんな時間に謝罪に来ること自体、誠意がこもった謝罪だろう。
 ましてや子供なんだ。
 明日の日中にでも来れば済む話。
 家族の目を盗んで、家を抜け出してきたんだろう。
 常時放任主義、育児放棄なら簡単に出てこれるだろうけどな。
 それに気持ちが入ってなきゃ、こんなことは誰もするまいよ。

「じゃ、じゃあ……」
「サミーがその謝罪の意味を理解できなゃ意味がない。せっかくの気持ちを踏みにじるも同然だろうしな。それともう一つ」
「……もう、一つ……」
「誠意のこもった謝罪であると理解できるのは……俺だけだったからな」
「お、俺はあ……」

 別にモーナーに気遣ったわけじゃない。
 俺からはその謝罪を受け入れることを、他の奴ら、そしてあいつらの家族はどう受け止めるかが気になった。

「家族を村から追い出そうとした家族の人間を許せるかどうか……って俺が問い詰めるのは、流石に拗らせすぎるわな。だが、お前が分かるのは、悪いことをしたと気付いたと思われる人間がすぐに謝ることは難しいってことだけなんじゃないか?」
「……」

 何かを言いたそうだが何も言えそうにないみたいだ。
 いきなりこんなことを言われて、どう反応したらいいか分かんないってこともあるだろうしな。

「上っ面な言葉に騙されて裏切られる。それこそ辛い思いが重なっちまう。その判断ができたら、いい人間関係が楽に築けるだろうがな。お前は二人の謝罪を聞いて、いい奴だと判断しただろうが、事実上の判断はできないはずだ」
「そ、それはあ……」
「あの双子は謝罪して、受け入れられたとしてだ。お前はどうか。サミーは謝ってもらったけど、自分はいまだに謝ってもらってない。何も悪いことしてないのに、ってな」

 別に俺はモーナーに意地悪を言ってるわけじゃない。
 けどな。
 俺だってモーナーにも言わなきゃならないことがある。

「……辛かったら辛いって言っていいんだ。泣きたくなって泣いたって、誰も指差して笑いやしない。いきなり泣き出したらみんな慌てるかもしれんがな」
「……アラタは……」
「ん?」
「アラタだってえ……辛いことあっただろお? この世界に呼び出されてえ、仲間外れにされてえ……」

 俺のことはどうでもいいだろうによ。

「呼び出される前、ずっと前からもそうだった。別に今更謝ってもらったってどうしようもねぇ。仲間外れにされた経験が消えるわけじゃなし。その時に出てきた感情がゼロになるわけじゃなし。でもお前はそうじゃないだろ? 家族は健在だけど、会うわけにゃいかんってんだからな。俺の話は俺が仕事してた時の話で、その仕事は辞めたんだからもう過去の物なんだよ。だがお前は過去どころか、現在進行形だ。だから弱音吐いても泣き言言っても解決への協力は難しい。けど聞くくらいのことはできるさ」
「でも……」
「お前言ってたじゃねぇか。俺のことをいい奴だって。俺の仲間になりたいってよ。弱音禁止、泣き言禁止っていう奴のどこが仲間だよ。そんなん仲間と違うだろ? 傷のなめ合いはご免だし、泣き寝入りもどうかと思うがな。元気が出るための協力なら惜しまない。仲間って、そうであってほしいって思うしよ」

 仲間という言葉の定義。
 俺はよく分からない。
 そもそも友人、いなかったからな。
 だから、多分こうじゃないかという理想論だ。

「……うん」

 何に対してうんって言ったのかよく分からん。
 まぁいいけどよ。

「ま、こんなとこだ。もう寝ていいぞ。テンちゃんと一緒に寝るんだろ? あいつらが帰ってくるまで起きてるから」
「……うん、おやすみい……、アラタあ」
「おう」

 モーナーの背中越しに、鼻をすする音が聞こえた。
 ま、今はあいつの心境を感じ取る気分じゃねえから何とも思わねえけどよ。
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