勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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番外編 この世界で唯一前世の記憶を持つダークエルフ編

仲間に言う必要のないマッキーの秘密 その3

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 【要注意】読んでて気持ちが悪くなると思われる、マッキーが前世で体験した無残な描写があります。
ご了承ください。

─────── ─────── ─────── ────────

 父さんと、泣き続けている母さんの道案内で、ようやく我が家に辿り着いた。
 街中も、全く見覚えがない。
 王都の中心地を凝縮した感じ。
 まるで異国。
 なのに、あたしの故郷だった。
 見覚えが一つもない故郷の、あたしの記憶のどこにもないあたしの自宅が目の前にあった。

「……入りなさい」

 父さんが家の中に入った後、あたしを招き入れた。
 その声は、みんなはあたしの突然の帰りを喜んでくれるだろうな、という期待感をすっかり消し去った。

「みんな……ただいま……」

 最初に出迎えてくれたのは、埃一つない玄関と内装。
 壁の木材のささくれや隙間風、土がむき出しの床に時々うごめいているのが分かる小さな虫など、そんな見慣れた昔の家の様子はどこにもなかった。

 奥から足音が聞こえてきた。
 そして玄関に姿を見せたのは、あたしの兄弟姉妹。
 誰からも、「おかえり」の一言は出てこなかった。
 兄と姉からはこんな言葉が。

「何で……何で帰ってきたの?」
「勇者、続けなかったのかよ?!」

 そして。

「え? 兄ちゃん、帰ってきたの? じゃあ……おもちゃは?」
「お兄ちゃん帰ってきたってことは……これからは、みんなとお出かけできなくなるの?」

 弟と妹からはこんなことを言われた。
 あたしには、それは何のことか全然分からなかった。

「……えっと……みんな……ただいま……。えっと……それってどういう……こと?」

 帰宅早々、四人から恨みがましい目で見られれば、流石に戸惑いを隠しきれない。
 けど、歓迎すべからざる存在になっているくらいは……認めたくはなかったけど、理解できてしまった。

「勇者となった者の家族、そしてその地域には、勇者であり続ける限り年に一度、国から膨大な支援金が給付されるんじゃ」

 玄関の外にいた村長が教えてくれた。
 そんな話は、あたしには初耳だった。

「何で……勇者を続けてくれなかったのよ!」
「そりゃ……勇者になっていいことばかりじゃないくらい分かる。辛いこともあったんだろうけど……それくらい我慢しろよ……」
「王様のとこにいって、もう一度、勇者に戻してってお願いして来てよお」
「もう、いろんな楽しいこと、できなくなっちゃうの?」

 両親から言われたこと、態度よりも、四人からの言葉の方がきつかった。

 家族みんなが
 村のみんなが
 村自体が
 快適な暮らしに変わり始め、定着した。
 それが日常になった。
 それは、あたし……前世のあたしが勇者として選ばれたから。

 けれど、そんなあたしは、どんな日々を過ごしてきたか、この人達には分からない。

 現象で現れた魔物達が、付近の村や町を襲う。
 いつでも被害なしで討伐できたわけじゃなかった。
 むしろ、被害なく事を終わらせたことの方が少なかった。

 ……誰も想像できないだろう。

 体が引きちぎられた村人達の遺体で、地面が埋め尽くされた村。
 魔物との戦場が、そんな場所になったことが何度もあったことを。
 あたしと似た年代の子供達の頭部だけがそこらに転がっていて、それらを抱きしめて泣いている親たちを背にして、魔物の侵攻を抑え、押し返したことが何度もあったことを。

 そんな場所で、誰からの応援もなく、たった四人で魔物を全滅させたことを。

 そんな場所での魔物との戦闘が終わった後、あたしがどんな思いでそこに立ち尽くしていたか。
 他の三人からどれだけ慰められても、涙は途切れなかった。
 一人一人に手を合わせたかったけど、そんな合間にも、この国のどこかで現象が起きる。
 悲しむ人を一人でも減らすために、そこから立ち去らなきゃならなかった。
 その時の気持ちを。

 勇者であったとしても、そんな無残な経験が……十二才から始まったってことも。

 ※※※※※ ※※※※※

 気がついたら、玄関先で泣いていた。
 無意識にそのことを口にしていたようだった。

 それまで泣いていた母さんは泣き止み、父さんと村長と同じく項垂れていた。
 兄弟姉妹は、その話を聞いても、それでも自分達の願望を口にしていた。

 両親はあたしを家の中に入るように促し、父さんと一緒に風呂に入ってくれた。
 母さんはご飯の用意をしてくれたが、とても食べられる気分じゃなかった。

 それでも、あたしはいつかは戻ってくると思ってたらしく、あたしの部屋も用意してくれていた。
 両親にとってはあまりにも早すぎる帰宅だったけど。

 王宮から故郷に戻ってこれた。
 今日の行動はそれだけだったのに、今まで体験してきたそんな悲惨な戦いを、一気にすべてを経験したように、心も体もくたびれた感じだった。
 そんな体で布団の中に入り、あたしはすぐに眠りについた。

 ※※※※※ ※※※※※

 翌朝。
 目覚めは決して気持ちのいい物ではなかった。
 疲れがそのまま残ったような体を起こし、居間に向かった。
 居間に入ると、真っ先に父さんが挨拶をしてきてくれた。

「おはよう」

 家族全員が朝ご飯を食べていた。
 自分の席も、自分の分も用意されていた。

「あ……うん……。おはよう……」
「おはよう。ご飯、ちょっと冷めちゃったけど、食べる?」

 母さんが気遣ってくれた。
 けど、とても食べる気にはなれない。
 だからと言って、自分の部屋に戻るのも……。

「食べられそうにない……けど、みんなが食べ終わるまで、いるよ」

 あの時もそうだった。あの時を思い出すときもそうだった。
 食欲がまったくなくなる。
 何かをする気も起きなくなる。

 けど、勇者の時代は終わった。
 思い出してしまうことはあるけれど、いつまでも過去に縛られるようでは、この先……。

「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「もうお腹いっぱい」
「学舎にいかなきゃ」

 兄弟姉妹は、あたしが座るとすぐに挨拶をして立ち上がった。
 みんな、まだ食事の途中なのに。

「ちょっと、みんな……」
「じゃ、行ってきます」
「もう時間だから」

 多分みんな、あたしが帰ってきたせいで、今までの楽しい毎日が終わる、と思っているんだろう。
 あたしが視界に入るたび、あたしに恨みがましい顔を向ける。

 両親も、おそらく村長も、ひょっとして、村のみんなも、大人じゃなければ、四人と同じような思いをむき出しになってただろう。

「……まったく……。ところでお前は」
「……ん?」
「これから、村ではどう過ごす? 十二才までは学舎に通ってたよな? あれから五年間、勉強はしてなかったろう? 勉強、続けるか?」

 仲間三人からも指摘されたことはある。
 もう少し勉強すべき、と言いたいが、俺たちの目的はいつも課せられてるからな、と。

「それとも、他の子のように、どこかに働きに出るか? 職人に弟子入りという道もある」

 想像もしていなかった。
 あの三人も、勇者になる前は手に職を持っていたような話をしていた。
 けど、弟子入りするにしても、ある程度の知識は必要だと思った。
 十七歳にしては、あまりに物を知らなすぎる、という自覚もあった。

「……勉強、したい。体は十七才でも、頭の中は十二才のままだと思う、から……」

 子供なのは頭の中ばかりじゃない。
 自分だけ、家族じゃないような気がした。
 だから、家族と言えるようになるまで甘えたい、という気持ちもあった。
 それだけ、気持ちも子供のままだった。

「じゃあ父さんと学舎に行こう。再入学ってとこかな。いきなり行って、すぐに学舎生活を始められないはずだ。その申し込みとか手続きとかしないとな」

 兄と姉は働きに出ているはずだ。
 年齢的に考えれば、多分そう。
 弟妹は、行ってきますめいたことを言ってたから、同じ学舎に行くはずだ。
 が、おそらく教室は別になると思う。
 十七才が十二才と一緒の教室で勉強するわけにもいかず、同じ年齢の教室だと自分の頭がついていけないはずだから。

 ともあれあたしは、こうして普通の十七歳男子としての生活を始められることに……

 なるはずだった。
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