勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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番外編 この世界で唯一前世の記憶を持つダークエルフ編

仲間に言う必要のないマッキーの秘密 その4

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 【要注意】読む人によっては、不愉快、不快に感じる描写があると思われます。
ご了承ください。

───── ───── ─────
 
次の日。
 本格的に勉強の毎日が始まる。

 そう思っていた。
 この年齢としてまともな知識を持つ人間となるための勉強ができる。
 そう思っていた。

 その教室にいる生徒はあたしだけ。
 先生も一人だけ。
 そんな授業が始まった。
 先生には、何か特別な感情はあったんだろうか。
 もしなかったのだとしたら、自分一人だけがそんな期待感で盛り上がっていた。

 その一回目の授業が終わった後の休み時間に、その期待は打ち砕かれた。
 教室の扉が、激しい音を立てて開いた。

「おぅ、ここか? 元勇者とやらがいる教室ってのは!」

 大柄な体格の、あたしと年代が同じくらいの子が五、六人入ってきた。
 荒々しい足音をわざと立てながら、見ていてあまり気持ち良くない、にやついた顔であたしに近づいてきた。

「え、えっと……」
「おらあっ!」
「うわっ!」

 先頭に立つその子は、いきなりあたしの顔に拳を叩きつけた。
 予想もしなかったあたしは、座っていた椅子から吹っ飛び、全身を床に打ち付けた。

「な、何を……」
「どうだ、お前ら! 勇者を吹っ飛ばした男、になったぜぇ!」

 そいつはあたしを殴った後、後ろにいる子達を見てはしゃいでいた。
 殴った相手のあたしには見向きもしない。

「おっし! 次は俺っ!」
「え?」

 二人目の子に、無理やり力づくで立たされた。
 その直後、お腹を下から殴られた。

「グフっ!」

 あたしはお腹を抱えてうずくまった。

「へヘン! なら俺は、勇者を悶絶させた男、だよなあ!」

 痛みと苦しさで前を見ることができない。
 その方向から、歓声が聞こえた。

「よいしょっと」

 あたしの後ろからそんな声が聞こえたと同時に、あたしの体はふわりと浮いた。
 誰かが後ろからあたしを抱えて持ち上げた、というのは分かった。

「どりゃあ!」

 あたしの視界には、順番に床、教室の壁、天井が見え、その直後に頭の後ろ、首、両肩と背中に激痛が走った。

「どうだあ! 勇者を床にたたきつけた男、になったぜえ!」

 周りが何やら盛り上がっている。
 けど、あたしはそれを気にするどころじゃない。
 顔、お腹、体の後ろの痛みが治まらず、懸命に耐えることだけで精いっぱいだった。
 何でこんなことになってるのか分からない。
 勇者だった頃は神からのご加護があった。
 おかげで痛みがほとんど体に伝わらなかった。

 そのご加護はすべてなくなった今、あたしは、それほど大きくない普通の十七才の男子てでしかない。

「お? 休み時間終わりか?」
「早ぇな。続きは次の休み時間だな」
「教室探すの手間取ったからなぁ」
「お前ら、ずりぃなぁ。次は俺からだからな?」
「俺も早く、箔つけてぇよ」

 そんなことを言いながら、彼らは教室から出て行った。
 痛みが消えないので、立ち上がることができないあたし。
 教室に入ってきた先生は、床でうめいているあたしに驚いて、何があったのかを訊ねてきた。

 どこの誰かは分からない。
 が、されたことが分かっていることについては、全て先生に報告した。
 医務室に連れていかれ、痛みがようやく治まってからは、この日一日中、医務室の片隅で授業を受けることになった。

 帰宅して、この日に起きたことを家族に話をした。
 両親はそれを聞いて戸惑いを見せながら、気遣ってくれる言葉をかけてくれた。
 ちなみに兄弟姉妹達は、あたしが晩ご飯の席に座った途端、昨日、そして今朝と同様にすぐに席を立ち、居間から去った。

 ※※※※※ ※※※※※

 翌日。

「いよお。何だよ昨日はよお」
「何先生に自分の都合のいいように話ししてたんだよお」
「ただじゃれてただけだろ? また遊ぼうぜ」

 昨日乱入してきた子達が、既に教室にいた。

「え……えっと……」

 あたしは怯えた声しか出なかった。

「俺らもよ、この教室で授業受けることになったんだよ」
「よろしく……なっ!」

 頭の後ろで衝撃を感じ、激痛を受けた。

「勇者に肘鉄をかました男、だぜー」
「何だよそれ、お前、それってなんかしょぼいぞ?」

 ゲラゲラと笑い声が上がる。
 まともに勉強ができる環境ではなくなってしまった。

 扉が開いて入ってきた先生は、教室の中にいる生徒達を見て驚いていた。

「何であなた達、ここにいるの?」

 どうやらこの子らは、先生に指示されたのではなく自分でここにいることを決めたらしい。

「え? いや、勇者と一緒に授業受けてみたいなって」
「分からないところがあったら教えてあげたいし」

 先生が入ってくる前の声とは違って、理性で固められたような、先生に聞いてもらいやすそうな声でそんなことを言う。

「あなた達ねぇ……」

 先生はため息をつきながら呆れた声を出した。

「昨日、この子に何をしたか忘れたの? 怖がってるじゃない」

 その声を聞いて、みんな一斉にあたしの方を向いた。
 その顔は、誰もが二やついていた。
 もちろん先生にはその表情は見えない。

「先生。ちょっと大げさすぎです。でも、お詫びの意味で、親切なことをしようって思ってたんですよ」
「ごめんなさい、の一言を言っても、それだけじゃ多分受け入れてもらえないでしょ?」
「行動で示さなきゃって思ったんですよ」

 彼らの言葉は、嘘なのは分かってる。
 けど、先生はそれをどう受け止めてくれるのか。

「あなた達ねぇ。確かに言葉だけっていうのは信用されないこともあるわよ? だから、行動で示すっていうのは大切なことだけど、もう少し日にちを置いてから……」
「先生……申し訳ないっていう思いをすぐにでも伝えたいんです」
「でないと、いつまでも不安のままでしょう?」

 先生はこいつらの言うことに屈してしまった。

 この日の休み時間は、あたしが医務室に行く必要なないくらいに力を抑えながら、昨日と同じようなことをされ続けた。
 しかも授業中はあたしに見向きもしない。
 あたしを見ると、あたしがより一層怯えた表情をするってのを分かってたんだと思う。
 けど、その程度で安心できるはずがない。
 次の休み時間には、どんなことをされるのだろうという不安しかなかったから。

 ……当然、授業には集中できず、何の知識も入ることはなかった。

 連日、体は傷ついて、頭の中では苦痛に耐えることしか考えられず、新たな知識を得る意欲はとうに失せていた。
 親に報告しても、状況に変化はなし。
 結局、通い始めてから十日も立たず、学舎に通うことは止めてしまった。
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