勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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邪なるモノか聖なるモノか

アラタ、法廷にて まさか胸当てと一緒に退廷するとは

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 呪いの装備から起きた傷害事件の究明係に任命されたが、未だに装備者つまり加害者つまり被告人と被害者の名前を知らされていない。
 被害者とは会話どころか対面すらしていない。
 なのによくここまで話を進められたもんだと、我ながら感心するわ。
 こいつ……被告人も、俺の名前を聞こうとしない。
 と言うか、俺とまともに目を合わせようともしないのは……まぁ怯えのせいだろうな。
 手助けはできるが、こればかりは自力で乗り越えてもらうしかない。

「えっと……私……スコット=ローランは……」

 スコット=ローランってのか。
 もっとも、名前しか知らねえ。
 家族構成とか、どこの養成所所属とか、全然分からん。
 まぁ文字は普通に読めるようだ。
 って当たり前か。
 宣誓文は、俺の時と同じように、スコットが読み終わると発光した。
 これで、こいつ……スコットとやらも、口にしたことに偽りは存在しない、ということだな。
 だが、思ってること何でもかんでもしゃべりゃいいってもんじゃない。
 その話は、聞いている全員が理解しやすいようにしてもらわなければ困る。
 そしてこいつに喋ってもらうことは、何が起きたかじゃない。
 起きた出来事についてどう思ったか、だ。

「さて……俺は誰が誰に何をどうしたのかって話は、全く聞いてない。そんな俺に事態の解明をさせようってんだから、取り巻くまわりの奴らは正気の沙汰じゃねぇわな。これを見に来てる連中だって、これはこうだああだと決め付ける。まともじゃねぇ奴ばかりだよ、全く。そうは思わねぇか?」

 愚痴には嘘も偽りもない。
 だからこいつ……スコットは俺の話は耳に届いてるはずだ。
 周りだって、中には金切り声をあげてヤジを飛ばす奴までいるくらいだから。

「あ……あの……」
「あぁ、周りは気にすんな。思ったこと、感じたことを思いのままに言えばいい。自分が覚えてることを言うのはその後」
「は……はい……」

 スコットは、俺が持っている胸当てから目を離さない。
 遠ざけてほしい、と言う気持ち。
 離したくない、と言う気持ち。
 相反する思いが折り重なってる、そんな気配が感じられる。
 忌まわしい物だが、安心できる物。
 面倒なものに出会っちまった不幸な奴、ではある。
 いや、面倒なものと出会うに至るまでが不幸、なんだろうな。
 ゆがんだ形だが、この防具に、こいつにとっての救いがあったんだから。

 ※※※※※ ※※※※※

 事態の発端は、おおよそ予想通りだった。

 ミックとやらとその取り巻きから、冒険者養成所でいじめられていたらしい。
 それでも退所しなかったのは、孤児枠で入所したため。
 無料で授業を受け、卒業して冒険者になってから経費を支払う、という経営らしい。
 退所したらその経費は支払う義務はない、とのこと。
 ずいぶん太っ腹なことで、と思ってたら、そんな経営ができるのも、その分出資者から経済的支援を受けているから。
 その支援してくれる人とやらは、資産家とか事業家とからしく、当然数えきれないくらいの人数ではない。
 国公立ではない養成所のすべてが、そんな……いわゆるパトロン? スポンサー? がついている。
 というより、そんな人物がいない限り経営は難しい……んだと思う。

 スコットをいじめていたミックとやらは、将来そんな資産家の跡継ぎになる生徒なんだそうだ。
 で、スコットの所感になるが、養成所がミックにその注意をすると、その資産家の機嫌を損ねて支援断絶の処分を食らうかもしれない。
 だから養成所に訴えても、自分の境遇は変わらなかったのではないか、と。
 逆に、養成所から退所を促されなかったのも、国からの支援が止まるかもしれないからではないか、と。

 そんなことをスコットが喋ってる間、外野がうるせぇうるせぇ。
 けど俺は予め、「どういう場面で『自分がどう感じたか』を言え」と言ったから、宣誓書の効果により、嘘偽りは全くないことが証明されてる。
 もっともスコットの証言に異議を申し立ててそれが通ったとしても、スコットへの判決はここでは下されないし、その証言により重きを見ている場だから、そんなにこいつが心配することでもない。

「自分から出て行く選択肢はなかったのか?」
「……一般職で食えるようになるには、技術のほかに道具も必要だから……」
 確かに武器屋とかは鍛冶とかの技術が必要になるだろう。
 単純に筋力も必要なら、正確なバランスを見切る能力だって必要だ。
 鍛錬すれば、ある程度までは能力は上がるだろうが、それで食っていくには買いに来てくれる客からの信頼も必要になる。
 信頼を得られることがなければ、それで生活することは難しい。
 酒場だって、料理人としての腕前がなきゃだめだろうし、衣類を扱う店だって、裁縫の技術が必要だし……。
 てことは……。

「冒険者業には技術はいらない、と?」
「魔物退治なら、種族によるけど力任せでも退治できるし……」

 まぁ強ち間違いじゃない。

「街中にはないアイテムを見つけに行きやすいし……」

 うん。
 まぁ、それも間違っちゃいない。

「一般職の実践もやってみたけど……ダメだった……」
「努力したって、短時間じゃ結果は出ないだろうに」
「長時間努力できる生活ができればいいんだろうけど……」

 そりゃそうだ。
 努力してる期間の生活を保障してくれる大人がいないとだよなぁ。
 しかしこいつの証言を聞いて改めて考えると、養成所とやらの立ち位置ってグダグダだな。
 義務教育制度のないこの世界……この国? において、子供らへの教育機関で目立つものっつったら、冒険者養成所とやらだ。
 聞けば他にも、子供らに何かを教えるとこって、まぁ何だかんだとあるらしい。
 職人への弟子入りもその一つ。
 だが、孤児へのサポートとなれば、弟子入り自体難しいそうだ。
 厳しい故に脱走する者もいる。
 弟子入りって制度? は、孤児たちの生活のために始まったものじゃない。
 打算的に言えば、跡取りを志望する子供らを信頼した師匠が、いわゆる投資する形。
 技術や信念などを伝承することは、子供らを守る、育成することを目的としたわけじゃないからな。
 目線が違うってやつだ。

 冒険者養成所も、投資には違いない。
 将来、その地域が魔物らに襲われないために、対抗手段の一つとして育成する、てことだからな。
 だが、冒険者らには常に命の危険がある。

 子供のうちから、その危険から身を守る方法を伝え、同時にこの地域を守るためのノウハウを伝える、という名目を付け足すことで、養成所の設立維持運営経営に大義名分が生まれる。
 冒険者らが個々で弟子を鍛えるより、集団生活を強いることで連帯感も生まれりゃ、一人立ちした時にはすでに面識がある者達が大勢いて、普段は別行動してても集まった時には打ち合わせなしに連携を取れる利点がある。
 実際その実績もあったらしい。

 さらに、孤児枠ってのがあるのは、孤児の処遇を放置したままだと町の治安が悪化する恐れがあるから、そうならない対策のため、だとか。
 魔物が退治されて安心したはいいが、一部の市民のモラル低下により生活が脅かされる、なんて笑えない話と言われれば確かにそうだ。
 その対策を取りやすいのが、スポンサーがつくことが多い養成所。
 孤児院も確かにあるが、孤児院をサポートするにはメリットが少ない、というのがスポンサーの意見なんだそうで。
 モラルを守り、孤児の生活を守るだけでは、スポンサーは得しない。
 冒険者を育成して、その中で優秀な者を事業の一環として雇う。
 そのことでスポンサーは得をする、ということらしい。

 が、貧富の差でいじめが所内で発生して、現場でその結果が最悪な目を出してどうするっつー話なんだが。

「さて、長々と話しを聞かせてもらった。今回の件の発生元は、支援者の富裕層から入所した者と、孤児枠の貧困層との軋轢によるもの、と。これが解決できたら、今後同じような件は起きることはないかと」

 どちらが正しく、どちらが悪いか。
 俺の意見を言わせてもらえば即答できる。
 が、いくら富裕層からヤジを飛ばされてはらわたが煮えくり返ったとしても、今の俺の立場でここで主張するのは筋が違う。
 だがそういうことでこいつを突き放すってのもな。
 初対面の会話で、できる範囲で面倒を見る、みたいなこと言っちゃったしな。

「で、だ。……スコットっつったな」
「は……はい……」

 心細そうな顔を向けてくる。
 語ってるときは、それ以外に何も考えられず、感じたこと、思ったことを喋るのに夢中。
 その熱が冷めたら、現実がいきなり目に入る。
 ……賢者タイいやそれはともかく。
 その心配の種は、裁判沙汰になるくらいの自分のしでかしたこととその審判並びに処遇だろう。
 相手が法なら、下された判決に異議申し立てする立場ではないから、流石に俺がそれから守ってやることはできない。
 そして、養成所からの処遇。
 所に残留できたとしても、周囲からどんな目で見られるか分からない。
 それに耐えて目的を達することができるのか。
 本人ですら予測できないだろうから、やはり不安だろう。
 じゃあ退所させられたらどうなるか?
 今までのようないじめに遭うことはない。
 それは安心していいだろう。
 だが日々の生活の保障がない。
 人との縁がないなら尚更だ。
 人生は苦の連続である、なんて話も聞いたことがあるが、こいつの場合はその前提が違う。
 苦の極致に向かって、苦の中を苦しみ続けるまで進まなきゃならない。
 だが、おそらくは問題はない。

「冒険者という職種にこだわらないのであれば、おそらくお前の面倒を……」

 いや、違うな。

「お前の面倒も多分見てくれそうな人を知ってる。面倒を見てもらいながら仕事を覚える気があるなら、生きる術はある。もちろん……」

 より高度な技術を得ることができるなら、仕事を選べるくらいにはなるだろう、と続けるつもりだったが……。

「しょ……紹介してくださいっ」

 不安ながらも、震える声ながらも、その意志は強かった。
 これなら今後の人生、挫けることはなさそうだ。

「……さて裁判長?」
「何かね?」
「事態の究明はこんなもんでいいのではないか、と。加害者には悪意はなし」
「あの子にあんな大怪我をさせたそいつの、どこに悪意がなかったというのよ!」

 またも外野からヤジ。
 退廷を命じてほしいもんだ。

「自業自得だろ。己の普段からの言動の積み重ねの結果がそれだ。和気あいあいとした日常生活を送れたなら、この事件は存在しなかった。……こいつには非はないとは言えんが、抒情酌量の余地はかなりある、と思われ」
「あるわけないでしょ!」

 外野のヤジがほんといい加減にしてほしいものだ。

「なら養成所の寮で、こいつが今までどんな目にあわされたか洗いざらい明らかにして、その罪状を全てあげて、その一つ一つに対する罰を全て受けてもらうのが道理だな。もちろん罰を全て受けて、それが終了するまでは留年、と」
「なっ!」
「養成所の支援は当然今まで通り続行した上で、だ。支援以外口出しすんなや。成績を水増ししてもらうつもりだったか? そんなことをしても実力に変化はねぇよ。むしろ卒業後は見掛け倒しって見られるぞ? 社会は実力主義だからな」

 俺も握り飯一つでここまで生活できたんだ。
 その評価があってこそ。
 客からの信頼は度外視だった。
 ただ、誠実さはその仕事にさえ向けてただけだった。
 いつのまにやら、ここまで来てたんだな。

 実力の評価は、裏切りはしないってことだ。

「さて、裁判長。もう一つ……これは余計な口出しかもしれませんが……」
「何かね?」
「この胸当ての処分はどうするか、なんですがね」
「ふむ」

 この一件の元凶であり、解決の糸口でもあった、何者かが……じゃないな。
 元人間で今は意味不明の存在が憑りついたこの防具。
 だが、そいつは装備した者を呪ってたわけじゃなかった。
 なのに呪いがかかってるとされ、解呪作業が進められていた。
 もちろん何の効果もなし。
 俺が目にするまで、まともな扱いをされてなかった、とも言える。

「呪いの防具、とされてきた物が、呪いじゃなかった。事実誤認が、一般人じゃなく専門家の上層部で起きた。今後も扱いに誤りが度々見受けられる予想も容易だ」
「口から出まかせを言うでない!」

 今度のヤジは被害者の母親ではなく、術師のお偉いさんのようだ。
 誇りを傷つけられて黙ってられなくなったか?
 だが誇りを傷つけられたんじゃなく、見当違いのことをしただけだろうに。
 解呪作業で何か被害が出たわけでもないだろうし。
 キジも鳴かずば撃たれまいになぁ。

「大体術も何も使わずに、加害者から防具を外すのは有り得ん! 何かカラクリがあるに違いない!」

 これに対する言い訳に、アークス達が俺に何の情報も伝えなかった利点が生かせる。

「この防具とは初対面だよ。なのに防具を外せた。あんたらにはできなかったことだ。おそらく力づくでも外そうとしたこともあったんじゃねぇか? 俺は誰かを馬鹿にするつもりはねぇよ。ただ、俺にできそうなことに挑戦して、できることをしただけだ。そしてこうして結論まで出せた」

 術師としての能力は何もねぇ。
 あいつらの方が遥かに上だ。
 その能力に追いつこうとしたって、追いかけること自体無理な話だ。

「仮にからくりがあったとして、それを見破れなかったからって、それがどうした? 医者に酒場の料理をさせるようなもんだろ? それに、呪いの一品だと思ったら呪いじゃなかったってことは……未知との遭遇ってことなんじゃねぇの? これについて誰も解析が何もできなかったってんなら、誰にとっても無理難題な一件ってことじゃねぇの? 研究を進めるのが一番なんだろうが、そこで被害者が出るようだと……」

 ……また俺が駆り出される?
 得体の知れないものと遭遇するだけでも厄介なのに、説得、そして脱着の手伝いなんてしてらんねぇよ!

「……なら、お前がそれを責任をもって扱えばよかろう!」
「え? ……えっと……」

 ちょっと待て。
 そりゃ正確にこの物体を認識できたのは俺だけだろうさ。
 それに、呪われた存在はこの胸当てじゃなくて、この胸当てに憑りついた元人間だろ。
 そいつを解呪するってんなら、そっちの方が専門家だろうが!
 俺に押し付けんじゃねぇよ!

「ふむ。それも真理か」
「え? ちょっ……裁判長?」

 傍聴席からのヤジに耳傾けていいわけ?

「アラタ殿。その防具の管理、任せてもよろしいかな?」

 ぅおい!
 何でそうなる?!

「呪いの物ではない、と初見で言い切り、加害者から外した力量。安心して任せられるかと、私も存じます」
「アークス! てめぇ!」

 こいつまで敵に回りやがった!
 素性を隠して裁判官の一人になり切ってるシアンは……フードに覆われた頭を二度三度軽く動かしてる……。
 ……なぁにがうんうんだ!

「この防具に憑りついた元人間と会話をした、みたいなことを言ってましたね。そのようなことができるのは、世界広しと言えどもアラタ殿ただ一人。他の誰かが管理したとしても、何かに利用価値を見出し、奪い取ろうと画策するでしょう。王宮や魔導師の研究所などで管理したらば、その方法などを会得した者がいたら、間違いなく狙われる。ですがアラタ殿なら」

 アークスの奴、こんなに口達者だったか?

「王家のように護衛の者なんざいねぇし」
「いるではないですか。頼りになる仲間が」

 ……こいつっ……。
 あー言えばこう切り返しやがって!

「……ならとっととそれを引き取って、退廷するがよかろう!」

 またも術師からのヤジ。
 こいつはもう二度と見たくない、と言わんばかり。

「その胸当てからの情報も、アラタ殿によって得ることができた。今後のこの一件の審判に十分役立ってくれるものと思ってます。それをお持ちいただいて、退廷を願います」

「あ、あの……でも……」

 む?
 まさかここでスコットからの支援が来るか?

「退所処分になったら、その後で面倒見てくれる人のこと……」

 そっちかよ!

「心配ない。その人物のことを私から聞いておきます。ただ、処分であろうがなかろうが、退所となった時のみでいいですよね?」
「は……はい……。それなら、はい……」

 この世には、俺の味方となる神も仏もないものか……。
 俺にも、スコットにとって女神呼ばわりしたこいつのような存在が……。

 どっかにいねぇかなぁ……。
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