《灰海境域:ホワイトティンゴ》

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管制塔の重鎮

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🎙️【通信再接続:統合整備中枢/中年男性音声】
けたたましい警報音がようやく収まり、辛うじて復旧した通信回線から、重く、しわがれた中年男性の声が響いてきた。その声質は低く、だが一切の無駄がない、プロフェッショナルな響きがある。まるで、長年戦場の指揮を執り続けてきた老練な指揮官を思わせる、威圧感さえ帯びていた。
「……ホワイト・ティンゴ、だと?」
数秒の沈黙ののち、通信機の向こうから低い吐息が洩れる。それは安堵などでは決してなく、むしろ呆れと、隠しきれない怒気と、そして皮肉が三つ編みにされたような、複雑な感情が混じり合った溜息だった。レイジはコックピットの中で、ただ無言でその声を聞いていた。
「皮肉か? それとも嫌味のつもりか? **“亡霊の名”**を、あえて背負うとはな」
ミナセの声には、確かな不快感が滲んでいた。ツバメの死後、誰も触れようとしなかった聖域を、一介の整備兵が踏み荒らしたことへの苛立ち。だが、その声の奥には、わずかながらも、彼の行動への関心が見え隠れしていた。
「……いや、そういうガキじゃなさそうだ」
短い間があった後、ミナセは独り言のように呟いた。彼の観察眼は鋭い。レイジの言葉の端々から、彼が単なる軽薄な少年ではないことを見抜いたのだろう。
「――何にせよ、おまえはホワイト・ティンゴが生きていると誤認させた。」
彼の声には、事実を淡々と告げる響きがあった。それは、レイジの意図とは関係なく、結果として起こってしまった事態への、ある種の諦念でもあった。
管制官の葛藤
💭【管制官の本音(にじむように)】
通信の向こうで、管制官の少女の声が、かすかに震えているのが聞こえた。彼女は、まだ状況を完全に消化しきれていないようだった。
「お前のせいで、こっちは『ACEが復活した』って誤報を流すハメになった」
彼女の言葉には、非難の色がにじんでいた。基地の混乱の中で、ホワイト・ティンゴの起動は、エースの復活と誤認され、情報網を駆け巡ったのだ。それは、戦略的なミスにつながりかねない、重大な誤報だった。
「相手が本当にアンノンなら、余計な情報は命取りになる」
その言葉には、切迫した危機感が込められていた。未知の敵“アンノン”の存在は、基地にとって最大の脅威であり、情報の混乱は、さらなる犠牲者を生む可能性があった。
「……だが、その誤認が**“命拾い”**になったことも、否定できん」
しかし、彼女は言葉を続けた。その声には、複雑な感情が入り混じっていた。レイジの意図しない出撃が、結果として、敵の注意を惹きつけ、基地の壊滅を免れたかもしれないという、皮肉な事実。彼女自身、その矛盾に苦しんでいるようだった。
「……お前、名前は?」
そして、最後に、管制官はレイジの名前を尋ねた。それは、責めるでもなく、褒めるでもなく、ただ、そこに確かに存在している人物を確認するかのような、静かな問いかけだった。
死人の代打
🎤【レイジ(疲労+皮肉)】
レイジは、コックピットの中で深く息を吐いた。身体中の疲労が、鉛のように重くのしかかる。だが、彼の口元には、かすかな皮肉の笑みが浮かんでいた。
「レイジ。辻堂レイジ。整備から引きずり出された――仮パイロットってとこです」
彼は、自分の名前をはっきりと告げた。その声には、隠しきれない疲労と、どこか自嘲的な響きがあった。
「名乗って怒られるなら、無名でいても怒られるんだろ。……だったら、吠えられる側の名前ぐらい出しときますよ」
彼の言葉には、この理不尽な状況に対する、諦めと反抗心が混じり合っていた。どうせ怒られるなら、堂々と名乗ってやろう。そんな、やけっぱちな開き直りのような感情が、彼を突き動かしていた。
新たな“ホワイト・ティンゴ”
🎙️【管制官】
「ふん……口だけは生きてるな」
ミナセの声には、かすかな笑みが混じっていた。レイジの言葉に、彼なりに何かを感じ取ったのだろう。
「よし、いいだろ。お前は**“あの名”**を引き継いだ。」
その言葉は、レイジに、新たな役割と重責を課すものだった。まるで、ツバメの亡霊が、彼に乗り移ったかのように。
「俺たちの中では、もう“レイジ”じゃない――」
その言葉に、レイジは息を呑んだ。自分の名前を、奪われるような感覚。しかし、それに抗う術はない。
「ホワイト・ティンゴ**“新機”**として、記録しておく」
ミナセの声には、確固たる意志が込められていた。それは、この基地の、そしてこの世界の、冷徹な現実を突きつけるものだった。個人の感情や意思は、組織の目的の前には無力であると。
「誤認から始まったなら、誤認のまま通せ。ACEの名が必要な奴がいる。敵にも、味方にもな」
彼の言葉は、まるでレイジに、新たな運命を押し付けるかのようだった。ホワイト・ティンゴの名は、敵には恐怖を、味方には希望を与える。それが、今の基地にとって、何よりも必要なことなのだと。
企業発信、陽動作戦
📡【統合整備中枢:出撃前ブリーフィング】
冷たい蛍光灯が、ブリーフィングルームの天井で薄く唸っていた。壁のパネルには、複雑な戦術情報が映し出されているようだが、その光は誰の顔も照らさず、ただ無機質な輝きを放っている。その部屋に響くのは、二人の声だけだ。一人は、先ほどの統合整備中枢の責任者、クラウス・ミナセ。もう一人は、管制官の少女だ。
ミナセの声は冷静沈着だが、その奥底には、どこかしら感情を深く呑み込んでいるような、複雑な響きがあった。
「――ホワイト・ティンゴ、任務の時間だ」
彼の言葉は、まるで舞台の開演を告げるかのように、厳かに響いた。レイジは、コックピットの中で、ただ静かに耳を傾けていた。
「企業発信。陽動作戦。**“強襲予告のない地点”**に、お前だけを出す」
ミナセの言葉に、少女管制官が息を呑むのが聞こえた。奇襲。それは、この任務が、いかに危険なものであるかを物語っていた。レイジは、ただ無言で、その言葉の意図を咀嚼した。
「狙いは簡単だ。**“ACEの復活”**を演出しろ」
ミナセの声に、明確な指示が込められる。レイジは、ツバメの亡霊を演じろと命じられているのだ。
「見せかけでも、記録上でもいい。ただし、派手に暴れろ。徹底的にな」
その言葉には、冷徹なまでの戦術的合理性が見え隠れしていた。レイジの命は、ただの“駒”として扱われているのだと。
囮と希望
🎙️【少女管制官(新人、戸惑い混じり)】
「ま、待ってください……それって――レイ、……じゃなくて、あの人を**“囮”**に使うってことですよね?」
少女管制官の声には、明らかに戸惑いと、レイジへの心配が滲み出ていた。彼女は、まだ感情を押し殺すことに慣れていない新人なのだろう。
「だってあの機体、“ツバメさんの名を継いだ”って、ただそれだけで――」
彼女は、レイジが背負うものが、どれほど重いかを知っている。それは、ただの機体名ではない。一人のエースの人生、そして死、その全てを背負うことなのだ。
🎙️【ミナセ】
ミナセは、少女の言葉を遮るように、低い声で言った。
「**“それだけ”**じゃない。それが、今のこの世界で一番、説得力がある名前だ。」
彼の言葉は、冷酷なまでに現実を突きつける。ツバメの名は、既に伝説と化している。その名が、敵に与える影響は計り知れない。
「この舞台は、**"死人の名前"**を看板に使うには最適だ。……そんなこと、お前も知ってるはずだろ?」
ミナセの声には、どこか諦めにも似た響きがあった。この世界では、生者の名よりも、死者の名の方が、より大きな意味を持つことがある。その悲劇を、彼は誰よりも理解しているのかもしれない。
🎙️【少女】(絞り出すように)
「……でも、“今、あの機体に乗ってるのは”――辻堂レイジなんですよ……?」
少女の言葉は、悲痛な叫びのようだった。彼女は、目の前の“辻堂レイジ”という一人の人間を、見捨てることに躊躇していた。彼女にとって、彼は“ホワイト・ティンゴ”ではなく、血の通った一人の人間なのだ。
死者の名と生者の意思
🎤【通信オン:レイジ(既に機体内)】
「聞こえてんぞ、管制」
コックピットから、レイジの疲労混じりの声が響いた。彼の声には、もう迷いはなかった。少女管制官の言葉は、彼の心を揺さぶったが、それでも、彼は自分の役割を受け入れる覚悟を決めていた。
「……いいじゃねぇか。名前はどうあれ、やることはひとつだ」
名前など、どうでもいい。重要なのは、自分が何をすべきか、それだけだ。
「派手に暴れて、**“あいつはまだ死んでねぇ”**って、敵に見せつけてやる。」
その言葉には、ツバメへの、そして自分自身への、奇妙な意地が込められていた。ツバメの死を無駄にはしない。そして、自分も、彼女と同じように散るつもりはない。
命の使い方
🎙️【ミナセ】(ニヤリと息を吐き)
ミナセは、レイジの言葉に、わずかに口元を緩めた。その表情は、まるで彼の覚悟を試していたかのようだった。
「――そうだ。死人の名が、敵の心を凍らせるなら、お前は立派な**“ACEの亡霊”**だ」
彼の言葉には、レイジの能力への評価と、そして、彼が背負うべき重責を明確にする意図があった。
「さぁ、ホワイト・ティンゴ。命の使い方、見せてこい」
その言葉は、レイジに課せられた、あまりにも残酷な命令だった。命をどう使うか。それは、彼自身の選択に委ねられている。
🎙️【少女管制官】(小声、だが確かに)
「……帰ってきてください。ACEでも亡霊でもなく――あんた自身の名前で」
少女管制官の声は、小声だったが、その言葉には、確かな祈りが込められていた。彼女は、レイジが“ホワイト・ティンゴ”としてではなく、“辻堂レイジ”として、無事に帰還することを願っていた。その言葉は、レイジの心を、わずかに温かくした。
新たな伝説の始まり
🚀【出撃開始】
白い機体が、駆動音を響かせながら、ゆっくりと格納庫のゲートをくぐり抜けた。ゴオォォォン……。まるで、地底から湧き上がる獣の咆哮のような音だ。亡霊のように動き、ACEのように撃ち、そして**“誰のものでもない意思”**で、白い機体は戦場に降り立つ。
ツバメの亡霊を纏い、レイジ自身の命を賭けた戦いが、今、始まる。彼の存在が、この灰色の世界に、どのような波紋を広げるのか。それは、まだ誰も知らない。だが、この瞬間、新たな伝説が、確かに幕を開けたのだ。
白き咆哮、再調整の果て
【出撃開始】
白い機体が、地を這うような駆動音を響かせながら、ゆっくりと格納庫の巨大なゲートをくぐり抜けた。ゴオォォォン……。まるで、地底の奥深くから湧き上がる、獣の咆哮のような音が、鋼鉄の壁に反響し、レイジの鼓膜を激しく揺さぶる。一度は埃をかぶっていた純白の装甲は、数日の間に施された応急的な再調整によって、わずかながらも光沢を取り戻していた。まだ真新しい修理痕が生々しく残ってはいるものの、その姿は、確かに戦場へと繰り出す機体としての威厳を纏っている。
亡霊のように静かに動き出し、かつてACE(エース)のように敵を撃墜し、そして**“誰のものでもない意思”**で、ホワイト・ティンゴは戦場に降り立つ。ツバメの亡霊を纏い、しかし、そこに宿るのはレイジ自身の命を賭けた、ひたむきな戦う意思だ。彼の存在が、この灰色の世界に、どのような波紋を広げるのか。それは、まだ誰も知らない。だが、この瞬間、新たな伝説が、確かに幕を開けたのだ。
コックピットの計器類は、再調整されたにもかかわらず、まだどこか不安定な点滅を繰り返している。しかし、その不完全さが、かえってレイジの五感を研ぎ澄ませる。彼は、自分の手のひらに伝わる操縦桿の微かな振動に集中し、機体との一体感を深めていく。
管制官の戸惑いと誘導の始まり
管制室では、若い女性管制官が、緊張で引き攣った表情でコンソールに向かっていた。彼女の指先は、カタカタと震えながらも、必死にキーボードを叩いている。
「ホワイト・ティンゴ、発進シーケンス確認……全システムグリーン、ですが……」
彼女の声は、通信に乗ってレイジの耳に届いた。まだどこか戸惑いが残っている。無理もない。数日前まで、この機体は“欠番”扱いだったのだ。
「レイジさん……じゃなくて、ホワイト・ティンゴ**“新機”**、発進準備完了です!」
彼女は、途中で言い直し、改めてレイジを“ホワイト・ティンゴ新機”と呼んだ。その言葉に、わずかながら、彼女の心の中にレイジという人間への配慮が垣間見えた。
「誘導スタッフ、前方クリア! スラスター出力、最大でお願いします!」
管制官の指示が、スピーカーを通して響き渡る。格納庫の出口で待機していた誘導スタッフが、ヘッドセットを装着したまま、大きく両腕を振った。彼らの顔には、この状況への困惑と、それでも職務を全うしようとするプロ意識が混じり合っている。彼らの誘導灯が、闇を切り裂くように白い光を放ち、レイジの進むべき道を示す。
「了解……って、俺しかいねぇんだから最大しかねぇだろ!」
レイジは、通信越しに悪態をついた。彼の言葉には、皮肉と、そしてこの不条理な状況に対する、わずかな自嘲が込められている。だが、彼の右腕は、すでにスラスターのレバーを最大まで押し込んでいた。
「GO! GO! GO!」
誘導スタッフの声が、興奮と焦燥に満ちて響く。彼らは、白い機体がこの場所から一刻も早く離れることを願っている。
ドオォォォン!
機体が、再び轟音を立てた。格納庫の床が振動し、金属製の構造物が軋む。レイジの身体が、強烈な加速Gに押し付けられる。視界が歪み、思考が一瞬、白く染まる。それでも、彼は必死に操縦桿を握りしめ、前だけを見据えた。
灰色の空へ
白い機体は、まるで地を這う白き流星のように、格納庫の巨大な開口部を突き抜けた。コンクリートの滑走路を蹴り、タイヤが激しくアスファルトを削る。キィィィン!という耳障りなスキール音と共に、機体は急速に速度を上げていく。
「離陸角度、よし! コード:エンジェル・ワン!」
管制官の声が、わずかに上擦っている。彼女は、この状況で初めて、レイジの機体が正常に飛行していることに安堵しているようだった。
ガオォォォン!
ホワイト・ティンゴは、滑走路の終点に差し掛かる直前で、一気に宙へと舞い上がった。ごうごうと唸るエンジンの排気熱が、機体後方の大気を揺らす。眼下には、炎上する基地の残骸と、混乱した人々が小さく見えた。その光景は、レイジの心を締め付けたが、彼はそれを振り払うように、空へと意識を集中させる。
上空は、くすんだ灰色に染まっていた。視界のどこまでも広がる荒廃した大地。錆びついた工場跡や、崩れ落ちた高層ビル群が、まるで死んだ巨人の骨のように点在している。風が、機体の装甲を叩き、微かな振動がコックピットに伝わってくる。
「……ここが、あんたがいた場所か、ツバメさん」
レイジは、誰に聞かせるでもなく呟いた。彼の視線の先には、ツバメが最後に戦った**“灰海防壁”**の輪郭が、ぼんやりと霞んで見えた。その場所は、彼女が命を落とした、そしてレイジの運命が変わった場所でもある。
「目標地点まで、ルートクリア! 想定交戦領域に突入します!」
管制官の声が、再びレイジの耳に届いた。その声には、先ほどまでの戸惑いは消え、プロとしての冷静さが戻っていた。彼女もまた、この非常事態の中で、自らの役割を見出そうとしているのだろう。
「了解。ってか、もうとっくに交戦中みたいなもんだろ、こっちはよ」
レイジは、乾いた笑いを漏らした。彼を待ち受ける戦場は、決して穏やかなものではない。見えない敵、**“アンノン”**が、再び彼の前に姿を現すだろう。
しかし、彼の心には、不思議なほど迷いはなかった。ツバメの遺志を継ぎ、そして、自分自身の生き様を証明するために。ホワイト・ティンゴは、灰色の空を切り裂き、前へと進んでいく。その白い機体は、まるで希望の光のように、戦場の闇を照らし始めていた。
カーバイン跡地の演説
灰海境域旧・中継都市**“カーバイン跡”。かつては喧騒に満ちた都市だったであろうその場所は、今や鉄骨とコンクリートの瓦礫が累々と積み重なる、死の風景と化していた。錆びた鉄骨が空を突き刺し、風が吹き荒れるたびに、乾いた砂塵が舞い上がる。その中央に、不釣り合いなほど巨大なホロディスプレイが設置され、きらびやかな企業ロゴ《A.H.C.(アドバンスド・ヘリオス・コングロマリット)》**が青白い光を放って点灯している。その光の下に、漆黒のスーツを完璧に着こなした演説官が映し出された。彼の顔は無表情で、その声には一切の感情が感じられない。
「かつてここには、命が交錯する文明の光があった――」
演説官の声が、乾いた風に乗って、瓦礫の山に響き渡る。その言葉は、まるで過去の栄光を嘲笑うかのように、空虚に聞こえた。
「だが見よ。今は灰と鉄しか残らぬ。これは、無秩序がもたらす当然の帰結だ。我々A.H.C.は、この《灰海境域》を**“再生”**させるために立ち上がった」
彼の言葉は、まるで世界の理を説くかのように、しかし、その実、冷徹な支配者の論理を語っていた。再生という名の元に、新たな支配が始まることを暗に示している。
「この地で戦って死んだ者たちに、哀悼を。そして、彼らの**“記録”**を礎として、明日を拓く。我々は、過去に縋らない。未来を掘り起こすのだ」
哀悼の言葉は、まるで形骸化した儀式のようだった。死者の記録を礎とすると言いながら、彼らはその魂を踏み潰すかのように、瓦礫の上を歩き続ける。未来を掘り起こすという言葉には、犠牲の上に築かれる新たな秩序の匂いがした。
「ここに宣言する。《灰海境域》は、A.H.C.の保護区とする」
保護区。それは、この土地の自由が完全に奪われることを意味していた。企業の名の下に、全てが管理され、支配される。
「混乱は排除されねばならない。反抗する者には、合理的措置をもって対処する。これは宣戦布告ではない。再教育の開始である」
合理的措置。その言葉が、婉曲的な暴力であることを、この場にいる誰もが理解していた。再教育という名の下に、彼らは異端を排除し、従順な存在を作り出すだろう。
「我々は命を軽んじない。我々は利益を守る。命が利益を生む限りにおいて、だが」
最後の言葉は、A.H.C.の思想の全てを物語っていた。命は、彼らにとって利益を生み出すための道具に過ぎない。その瞬間、ホロディスプレイに映し出された演説官の顔が、わずかに歪んだように見えた。それは、彼らが内に秘めた、冷酷な本性を垣間見せる一瞬だった。
灰色の進軍
🔻その下で**「子飼いの犬」**たちが行進する。
演説官の声が響く中、数十機の量産型傭兵用機体(企業所有)が、足並みをそろえて市街跡地を行進する。彼らの機体は、どれも画一的で、感情を持たない鋼鉄の塊のように見えた。ゴツン、ゴツン、と重い足音が瓦礫を踏み砕き、砂塵を巻き上げる。地面には、かつて**“自由傭兵”**たちが血を流したであろう、乾いた瓦礫が残る。彼らの機体の下敷きになり、その無残な姿を晒していた。
「灰の上に、秩序を演出しろ」
誰かの、低い声が響く。それは、おそらくこの行進を指揮する者の声だろう。その声には、冷徹な指示と、完璧な支配への確固たる意志が込められていた。
「死人の声は聞こえない。ならば、勝者の言葉が歴史となる」
この言葉は、A.H.C.の、そして彼らに従う者たちの本質を物語っていた。力こそが全て。勝者だけが歴史を紡ぎ、敗者の声は永遠に消し去られる。
灰海の実像と企業倫理
🔻灰海とは何か?(企業視点と現実の乖離)
この演説は、A.H.C.が考える“灰海”と、その真の姿との間に、大きな乖離があることを示していた。
📦 企業視点では、「資源埋蔵地」「実験データ回収地」「兵装適応環境」「不要記録の清掃地」とされている。彼らは、この荒廃した地を、ただの利潤を生み出すための場所としか見ていない。その瓦礫の下に眠る、無数の命の存在を完全に無視しているのだ。
しかし、その**⚠ 実情**は、あまりにも残酷だ。「かつての植民地の末路」「消された戦争の記録が眠る地」「英雄も兵も見捨てられた墓標」である。この地は、企業間の争いの犠牲となり、多くの命が散っていった場所なのだ。その死者の声は、企業によって“不要な記録”として消去されようとしている。
そして、🧨 政治的意味もまた、暗い。「戦争経済維持の舞台」「企業による“敵対勢力”潰しの口実」「自社製兵器の“合法テスト場”」。A.H.C.は、この地で意図的に混乱を生み出し、それを排除するという名目で、自社の利益を追求している。戦争そのものが、彼らの経済活動の一環なのだ。
この中で、🛑 灰海の民(傭兵)にとって、この地は「生き延びるためにしか使えない戦場」であり、「いつでも**“清算”**されうる存在」でしかない。彼らは、企業間の利権争いの間で、使い捨ての駒として扱われているのだ。D13旧区画宛ての企業発信案件。演説会場の警護。全てが、企業による巧妙な支配の構造の一部だった。
傘下ラボラトリーズたちの反応
この企業演説は、A.H.C.傘下の様々な研究機関に、異なる反応を引き起こしていた。彼らの反応は、それぞれの専門分野と企業倫理を如実に表している。
1. 〈ノヴァ・クロマ研究所〉
ジャンル:戦術AIと戦闘データ分析
「予定より4.2日早い演説か。A.H.C.らしい**“誤差調整”**ですね」
冷静かつ客観的な分析が、彼らの研究姿勢を示している。彼らにとって、人間の感情や思惑は、ただの「誤差」に過ぎないのだ。
「灰海の傭兵反応は興味深い。死地でも社会性を維持する集団は、データ価値があります」
彼らの視点は、行進する兵器よりも、むしろ泥臭く生き残って無線を交わす傭兵たちのほうに注がれていた。人間の行動パターンそのものが、彼らにとっては貴重な研究対象なのだ。研究所内では、レイジの行動ログ解析班がすでに設立されており、彼の予測不能な動きは、新たなデータとして貪欲に吸収されようとしていた。
2. 〈シュトラール機構〉
ジャンル:人型機構兵と脳接続OS開発
「…行進、滑稽だな。あんな旧世代機に人の死地を歩かせて、何になる」
彼らの言葉には、旧世代の兵器に対する明確な軽蔑が込められていた。自らの開発する最先端の技術こそが、真に価値があると考えている。
「ならばこちらは**“境界知覚機”の実地投入だ。灰海は“生体応答テスト”**に適している」
PRなど眼中になく、自律型兵器の投入、そして人体との接続OSの実地試験場としか見ていない。彼らは、生命を実験材料としてしか見ておらず、グレーゾーンで民間人への誤射実験すら暗黙で行っているとの噂が絶えなかった。
3. 〈デュプレ研究塔〉
ジャンル:医療・義体研究・戦闘リハビリ特化
「黙祷など意味が無い。その死体を回収して再利用する方が、彼らの価値だろう?」
彼らの言葉は、医療倫理の根底を揺るがすものだった。死体を“素材”としてしか見ていない。
「灰海で壊れた兵士たち……**“素材”**としては優良だ」
灰海に**義体再装着者(通称:灰殻兵)**のパトロール部隊を密かに放ち、彼らを実験台として利用している。レイジのような“顔無し傭兵”にも注目しており、彼の予測不能な行動と、その後の生還を「記憶情報改変済個体」として評価し、興味を示していた。
4. 〈ミラージュ・セルヴ研究団〉
ジャンル:幻視投射兵器と感覚干渉研究
「A.H.C.の演説? 感情誘導スクリプトが古いね。あれでは煽動にも至らない」
彼らは、情報操作のプロだ。A.H.C.の演説ですら、彼らにとっては稚拙なものに見える。
「私たちはもっとスマートに**“死者の声”**を加工して売る。亡霊をも広告塔にできるさ」
彼らは**“PR演説”**を幻視再生映像の素材として再利用し、より効果的な広告を作り出そうとしていた。一部傭兵の「死に際の戦闘映像」を編集し、それを企業戦術教材として販売するなど、死者の尊厳を踏みにじる行為も厭わない。
5. 〈フレイムテック工房〉
ジャンル:熱兵器・消滅型爆薬・自壊兵器の設計
「演説なんぞどうでもいい。あの市街跡にまだ熱源反応があるのが問題だ」
彼らは、ひたすらに効率的な破壊を追求する。演説など、彼らにとっては雑音でしかない。
「そろそろ**“消去作戦”**を提案しておくか。爆撃許可、下りればいいがね」
灰海の一角、レイジたちの旧拠点を**「廃棄物処理対象」**として記録中であり、いつでも爆撃できるよう準備を進めている。レイジに気づいている可能性もあるが、表立っては動かず、ただ淡々と破壊の計画を進めている。
6. 【クロズ・ヴェルディア機関】から旧D13区画宛て依頼
そして、この企業連の最奥に位置する、ある機関からの依頼が、ミナセ管制官長に受理され、ホワイト・ティンゴを再び戦場に飛ばすことになったのだ。
灰海企業連:新たな秩序の支配者たち
🌐【灰海圏・企業連名(灰海企業連)】
旧国家に代わる**“事業体主権”**の集合体。A.H.C.(アーキハイブ・コンソーシアム)を筆頭とした企業群が、独立行政権と軍事権を持ち、灰海全域に影響を及ぼす。以下に属する企業群は、いずれも《アーマード・コア》の世界観と異なる独自性を意識して構成されている。
1. 【クロズ・ヴェルディア機関】
ジャンル:特殊生命鎧・人格封印兵器の製造
「意志の宿った兵器」を商品として流通させる異端企業。彼らは、人間の神経系を複製・圧縮し、兵器に**「擬似人格」を焼き付けるという、倫理の境界線を踏み越えた技術を開発している。一部の兵器は、かつてのパイロットの“記憶断片”**を宿しているという噂もあり、その存在は傭兵たちの間で密かに恐れられている。
2. 【デレイン・ホロス財団】
ジャンル:時間予測演算・戦況確率解析
小規模ながら、戦争の未来を予測する**《戦争の未来予測アルゴリズム》**を企業に提供している。顧客企業に「1週間後の都市戦線予報」などを提供するが、実際には意図的な情報撹乱も行っており、“予報詐欺”の噂も絶えない。彼らは、情報を操作し、戦争の行く末を裏から操る闇の存在だ。
3. 【ラビリス鋳造連盟】
ジャンル:高密度装甲・旧世界鉱物再精錬
地下鉱区で旧文明の資材を回収し、戦闘特化の人工金属**《カルナイト》**を製造する。設備は老朽化が進んでいるが、その素材の品質だけで軍契約を維持している。自社製パーツは極端に重いが、耐久性では最上位を誇り、その無骨なデザインは、ある種の崇拝者を生んでいる。
📝参考差別化:企業色ではBFFに近いが、より“泥臭い産業ギルド”型で、中世ギルドと重工業が融合したような存在。
4. 【ヴァルハ・スプロット社】
ジャンル:神経武装/外骨格神経拡張
“操縦者の限界”を拡張することに執念を燃やす神経強化専門企業。彼らは、人間の脳と兵器を直接接続する**《補継術(フレーム・スパイラル)》を導入している。一部では人体侵蝕率の高さと死亡率の高さから「合法拷問企業」**と揶揄されており、その技術は畏怖の対象となっている。
📝参考差別化:リンクス制度と異なり、パイロット強化が“兵器側”ではなく“脳側”に偏っている。
5. 【アルカデア・プレート社】
ジャンル:都市環境シミュレーションと戦術迷彩構造体
建築擬態型兵器(例:巨大広告看板に偽装した戦車など)を設計する。一見すると「環境保全企業」だが、その実態は都市戦専用の**“欺瞞戦術設計局”だ。瓦礫すら罠になる“立体迷彩戦術”**を提供し、戦場を複雑怪奇な迷宮へと変貌させる。
📝参考差別化:構造物と機体の境界が曖昧で、戦術空間設計そのものが商品。
6. 【コールニクス輸送連】
ジャンル:兵装輸送・空挺部隊運用・戦域物流最適化
主に**“戦争請負ロジスティクス”を担う運搬業系企業。「前線を構築するコンテナを落とす」ことに特化しており、投下型工廠ユニットを所有する。武装貨物列車、空挺爆撃コンテナ、ワープ杭などを用いた“投下式戦争”**を提供し、戦場の様相を一変させる。

7. 【ファウル・グリフ研究連】
ジャンル:戦争詩記録/戦死者認識情報化
戦闘で死亡した兵士の記録をデータベース化し、“戦死反応”と呼ばれるデータ群を研究。それを武装OSや動作予測システムに転用し、**「死者の直感」**をシステムに反映させるという、異色の研究を行っている。遺族からは恐れられており、“灰海の詩人殺し”とも呼ばれる。
📝参考差別化:技術より精神性/情報死後化に重点を置く珍しい思想企業。
📌補足:A.H.C.との関係性
上記の企業は一部が《A.H.C.》傘下であり、一部は準傘下・準敵対のグレーな立場にある。特に【クロズ・ヴェルディア機関】【ヴァルハ・スプロット社】はA.H.C.内でも過激派に属しており、レイジの**“灰海での行進”**を宣伝素材として利用しようと画策している。彼らは、レイジが背負う“ホワイト・ティンゴ”の名が、新たな戦争の火種となり得ることを、誰よりも理解していた。
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