「天気予報は気まぐれガールズ」

閑話休題春山の考察

天気ラプソディーが終わる

春山誠二は最後の一口を飲み干し、ゆっくりと箸を置いた。店内の賑わいが一瞬、耳に響いたかのように感じる。彼の目の前には空っぽになった親子丼の器が静かに置かれ、横にちょこんとお味噌汁の残りが浮かんでいる。

「ふう、今日の天気みたいだな。」春山は小さく呟いた。思わず息をつきながら、喉を潤した後、どこか遠くを見つめる。若干の疲れが顔に浮かんだその瞬間、隣から聞こえてきた声に思わず耳を傾ける。

「ほんとにさ、最近の天気予報ってどうなってるんだよ。」
「ああ、なんか気まぐれすぎるよな。昨日は大雨だったのに、今日は晴れだもんな。」

その声に、春山は苦笑を浮かべた。店内の会話が、まるで昨日の天候のように曖昧で、気まぐれに踊っているかのようだった。彼はまた一息つくと、口元を歪めて呟いた。

「予報が当たる日は少ないけど、それが面白いんだよ。だって、天気ってさ、予想通りにはいかないからこそ人々は話すんだろ？」春山の視線が、すでにその会話に興味

春山の視線が、奥のテーブルで賑やかに話すグループに向けられた。そこには、高校生くらいの若者たちが楽しそうに笑いながら、何か天気に関する冗談を交わしているのが見えた。春山は箸を置き、親子丼の器に視線を落としながらも、耳は完全にその会話を捉えていた。

「いや、昨日の雨は本当にすごかったよな！　おかげで靴下までびしょ濡れだぜ。」
「でも今日のこの快晴、まるで嘘みたい。これが天気の気まぐれってやつ？」
「いや、天気のせいじゃなくて、俺たちの運が悪かっただけじゃない？」

春山は思わず微笑んだ。話の流れはどこか軽いものだったが、彼の心にはどこか刺さるものがあった。天気予報士としてのプライドが少し揺らぐ瞬間だった。とはいえ、それを表に出すことなく、彼は内心でこう考える。

（こういう会話、いいな。天気が人々の生活にどう絡んでいるか、改めて実感させられる。俺たちがやってる仕事も、無駄じゃないってことかもな。）

彼は立ち上がり、食器を片付けに行くふりをして、話の輪に少し近づいた。適度な距離を保ちながら、自然なトーンで声をかける。

「楽しそうだね。天気の話、結構盛り上がってるみたいだけど、何か特別な出来事でもあったのかな？」

突然の声掛けに、一瞬だけ若者たちが驚いたように顔を上げたが、春山の柔らかい表情に安心したのか、すぐに笑顔が戻った。

「あ、いえ、ただ昨日の大雨と今日の晴天のギャップが凄すぎて。それでちょっと笑い話にしてただけなんです。」
「そうそう。まるで天気が俺たちをからかってるみたいだよな！」

春山は頷きながら答える。

「うん、確かにそう感じるよね。天気ってそういうところが面白いんだ。でも、そうやって振り回されることも含めて、生活にちょっとしたスパイスが加わるって思わない？」

その言葉に若者たちは顔を見合わせ、少し考え込むような仕草を見せた。

「確かに…そうかも。いつも同じじゃ、つまんないですもんね。」
「雨があるから晴れが嬉しいって感じるんだな。」

春山は満足げに微笑み、親子丼の器を手に取ると、ふと気づいたように振り返った。

「ちなみに、昨日の雨はちょっと特殊だったんだよ。低気圧と高気圧の絶妙なぶつかり合いでね、気象的には結構珍しいパターンだった。だから、みんながびしょ濡れになったのは、ある意味貴重な体験かもね。」

「えっ、本当ですか？それって、滅多にないことなんですか？」若者の一人が興味津々な顔を向ける。

春山はその質問に少し嬉しそうな表情を浮かべ、再び口を開いた。

「まあ、滅多にないってほどじゃないけどね。けど、日常生活の中でこれを感じられるのは貴重だよ。天気って、ただの背景じゃなくて、僕らの生活の主役でもあるんだ。」

その言葉に、若者たちは静かに頷き、また新たな話題に花を咲かせ始めた。春山はその様子を少し離れた席から眺めながら、改めてこう思った。

（やっぱり、天気ってのは、こうやって人々をつなぐものなんだよな。どんなに予測が難しくても、この瞬間があるからこそ、やりがいがあるんだ。）

外を見ると、青空にぽっかりと浮かぶ雲が、風に流されてゆっくりと形を変えていくのが見えた。

春山は一瞬、雲の流れる先を目で追いながら、再び奥の若者たちの方に目をやった。彼らの笑顔が店内を明るく照らしているように見える。親子丼の器をきちんとトレーに戻しながら、自然と独り言が漏れる。

「天気って、ほんと不思議だよな。こうしてみんなを話題でつないでくれる。たとえ雨が降っても、それはそれでドラマになるってわけだ。」

すると、若者の一人がその呟きを拾って声をかけてきた。

「さっきから聞いてましたけど、おじさん、もしかして天気のこと詳しいんですか？」

春山はその言葉に少し肩をすくめて答える。

「まあ、詳しいっていうか、そういう仕事をしてるだけさ。ただね、天気っていうのは意外とみんなの話題に上がる割に、知ろうとする人は少ないんだよ。どうして雨が降るのか、風が吹くのかなんてね。」

若者たちは顔を見合わせながら興味を持ったように頷く。

「え、天気の仕事って、やっぱり難しいんですか？」

「難しいっていうより、気まぐれな友達と向き合う感覚かな。言うこと聞いてくれるときもあれば、全然違う行動をすることもある。まるで小説のキャラクターみたいだよ。」

その言葉に店内が静まり返ったように感じたのは一瞬のことだった。誰もが春山の軽やかな言葉に耳を傾け、天気について少し考えを巡らせているようだった。

「だからさ、天気予報が外れたからって怒らないでやってほしい。実はその裏には、めちゃくちゃたくさんのデータと、必死に計算した結果があるんだからね。」

若者たちは目を輝かせ、さらに質問を投げかけた。

「へえ、じゃあ昨日の雨って、どうやって予測したんですか？」
「いやあ、昨日のはね、低気圧と高気圧がまるで喧嘩してるみたいな状況だったんだ。風の流れが複雑でね、まさに偏西風が主役だった。これ、ちゃんと覚えておくと次のテストで役に立つかもよ？」

若者たちは一斉に笑い出し、店内の雰囲気はさらに和やかになった。

春山は静かに店を後にしながら、心の中でこうつぶやいた。

（こうして、今日も誰かの話題の一つになれたんだな。天気って、本当に面白いものだ。）

外に出ると、澄み切った青空が広がっていた。風が少し肌を撫で、彼のコートの裾を揺らした。少し前まで降っていた雨の名残は、地面に小さな水たまりを残しているだけだった。

彼はふと足を止め、振り返りながらぽつりと言った。

「天気ラプソディー、今日も最高のエンディングだ。」

そう呟いた声は風に乗り、どこか遠くへと消えていった。