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第7話 トライフォルグの秘密
しおりを挟む📘蒼星亭:宿屋の自室 朝
朝陽がカーテンの隙間から差し込み、部屋を柔らかな橙色に染めていた。俺、レクトはベッドの端に腰掛け、昨夜の酒の残りを振り払うように頭を振った。隣のベッドでは、トライ=フォルグがまだ深い眠りに落ちている。黒い鎧は脱がせ、包帯を巻いた胸元がゆっくりと上下している。あの馬鹿野郎、昨日は「貴様を倒すのは俺様だ!」なんてカッコいいセリフ吐いておいて、今はただの病人だ。
リィナは窓辺で本を広げ、時折こちらをチラチラ見ながらページをめくっている。昨夜の港での会話以来、彼女の表情は少し明るくなったが、まだどこか影がある。メイヴの呪いのような言葉が、心に棘のように刺さっているんだろう。
「起きたか?」
ガラン爺の声が、廊下から響いた。扉をノックする音に続き、宿の主人がトレイを抱えて入ってくる。湯気の立つスープと、パン、果物。いつもの朝食だ。
「爺さん、早いな。トライの様子はどうだ?」
「医者が診たぜ。骨にヒビが入ってるが、命に別状はない。魔術の残滓が体を蝕んでるようだがな。あの氷の女の仕業か?」
ガラン爺はトレイをテーブルに置き、トライのベッドを覗き込む。リィナが本を閉じて立ち上がり、俺も頷いた。
「メイヴの魔術だ。あいつ、ただの異才じゃねえよ。美学とか言って、毒を撒き散らすタイプだ」
爺さんは眉を寄せ、ため息をつく。
「さて、お前さんたち。ギルドから連絡だ。新たな依頼が入ってる。Aランク、港街の外れで魔獣の群れが暴れてるらしい。報酬はそこそこだが、街の安全に関わる」
リィナの肩がピクリと震えた。まだ昨日の疲れが抜けていない。俺は立ち上がり、爺さんに礼を言ってトレイを受け取る。
「わかった。トライが起きるまで待つか? あいつ抜きじゃ、ちょっと心細いぜ」
爺さんはニヤリと笑い、部屋を出て行った。リィナが俺の袖を軽く引く。
「……レクト。あの黒騎士、本当に大丈夫? なんか、夢の中でうなされてるみたい」
確かに、トライの額に汗が浮かんでいる。唇が微かに動き、呟きが漏れる。
「......裏切り者め......王家を......守れ......」
俺とリィナは顔を見合わせた。トライの過去? あいつ、ただの喧嘩屋じゃなかったのか?
📘リューディア港街:外郭林道 昼
結局、トライを置いての出発となった。リィナの魔術で簡易的な結界を張り、宿に残した。あいつが目を覚ましたら、きっと文句を言うだろうが、今は仕方ない。港街の外れ、外郭林道は鬱蒼とした森が広がり、霧が立ち込めている。ギルドの依頼書によると、魔獣の群れは「影狼」と呼ばれる中型獣で、夜間に村を襲うらしい。Aランクとはいえ、単純な討伐だ。
「リィナ、準備はいいか?」
俺は剣を抜き、背後に控える彼女に声をかける。リィナは杖を握りしめ、頷く。昨夜の涙は乾き、瞳に決意の光が宿っている。
「ええ。今回は、私の魔術でサポートするわ。メイヴの“美学”なんか、忘れた」
森の奥へ進む。木々が囁くように葉ずれ、足元に落ち葉がカサカサと音を立てる。突然、空気が重くなった。影が揺れ、赤い目が複数、木陰から浮かび上がる。影狼だ。体長二メートル、黒い毛皮に覆われ、牙が月光のように輝く。五匹、いや、七匹か。
「来いよ、飯の前座だ」
俺は剣を構え、突進する。一匹の喉を斬り裂き、血しぶきを浴びる。リィナの声が響く。
「【炎環・守護】!」
彼女の杖先から、炎の輪が広がり、狼の群れを囲む。効率的で、無駄がない。メイヴの派手さとは正反対だ。狼が炎に怯み、後退するが、一匹が横合いから飛びかかる。俺の剣が間に合わず――
「【鋼槍・穿】!」
鋭い槍が虚空から現れ、狼の胸を貫く。見覚えのある黒い影。トライ=フォルグだ。鎧を纏い、息を切らして立っている。
「貴様ら......俺を置いて、勝手に冒険か!」
「おいおい、起きたのかよ! 医者の言うこと聞けっての!」
俺は笑いながら剣を振り、残りの狼を仕留める。トライは槍を回し、炎の輪を飛び越えて二匹を串刺しにする。リィナが安堵の息を吐く。
「トライフォルグ! 無理しないで!」
「黙れ、小娘! 俺の戦いは、こんなところで終わるものか!」
戦いはあっという間に終わった。影狼の死骸が森に散らばり、俺たちは息を整える。トライの包帯が血で滲んでいる。リィナが慌てて近づき、治癒魔術を唱える。
「ありがとう。でも......さっきの呟き、何? 王家? 裏切り者?」
リィナの質問に、トライの動きが止まる。俺も槍を収め、じっと彼を見る。あいつは、ヘルメットの隙間から鋭い視線を投げかける。
「......余計な詮索だ。依頼を終わらせろ」
だが、リィナは引かない。昨日の自分の過去を吐露したせいか、好奇心が強くなっている。
「教えて。あなたも、何か抱えてるんでしょ? 私みたいに」
トライは沈黙した。森の風が、木々を揺らす。やがて、彼はヘルメットを外した。黒髪に覆われた顔は、予想以上に若々しい。二十代半ばか。傷跡が頰を走り、青い瞳が疲労を湛えている。
「......仕方ないな。貴様らの命を預けた以上、話す義理はあるか」
📘過去回想:トライフォルグの故国、エルドリア王国 五年前
トライ=フォルグ、本名はトライアル・フォン・ガルド。エルドリア王国の黒騎士団長だった。あの国は、北海の荒波に囲まれた要塞都市で、王家は古くからの魔術血統を誇っていた。トライは、王女エレノアの護衛を任されていた。幼馴染みで、互いに想いを寄せ合う間柄だった。
「トライアル、今日も訓練か? 休めば?」
エレノアの声は、鈴のように澄んでいた。城の庭園で、剣を振るう彼に、水差しを差し出す。金色の髪が風に舞い、青いドレスが優雅に揺れる。
「殿下のお守りが、私の務めです。休む暇など」
トライは笑って受け取るが、心の中では複雑だった。王家は内紛に揺れていた。貴族派と王直属の魔術師派が対立し、王女の血統が狙われていた。トライの忠誠は、王家一筋。だが、ある夜、それが崩れる。
闇の宴。城下の隠し通路で、貴族の陰謀が露呈した。首謀者は、トライの叔父、ガルド侯爵。魔術の秘宝「影の冠」を王女から奪い、王位を簒奪しようとしていた。侯爵は、トライに手を差し伸べる。
「甥よ、王家など腐った血だ。共に新時代を築こう。影の冠は、無限の力を与える」
トライは剣を抜く。叔父の言葉に、動揺が走る。幼い頃、侯爵はトライを可愛がった。騎士の道を教えた恩人だ。だが、王女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「......裏切り者め。王家を穢すな!」
戦いが始まった。侯爵の配下、影の魔術師たちが襲いかかる。トライは一人で抗うが、数に押される。影の冠が発動し、闇の触手が彼を絡め取る。そこへ、エレノアが駆けつける。
「トライアル!」
彼女の魔術が光を放ち、触手を焼き払う。だが、遅かった。侯爵の短剣が、王女の胸を貫く。トライの咆哮が響く。
「エレノアァァ!」
王女は倒れ、トライの腕の中で微笑む。
「......守ってくれて、ありがとう。私の騎士......」
息絶えた瞬間、影の冠の呪いがトライに宿った。侯爵は逃げ、王家は崩壊。トライは裏切り者の汚名を着せられ、追放された。呪いは彼の体を蝕み、黒い鎧に変える。以来、彼は傭兵となり、己の剣で贖罪を求める。
「......それが、俺の秘密だ。貴様を倒すのは俺様だ、と言ったのは......お前が、王家の血を思わせるからだ。エレノアに似ている」
トライの声は低く、震えていた。リィナの目が潤む。俺は黙って肩を叩く。
「馬鹿野郎。過去は過去だぜ? 飯食って、次行こう」
📘外郭林道:狼の巣窟 夕暮れ
回想を終え、私たちは依頼の核心へ。影狼の群れは、森の奥の洞窟に巣食っていた。リーダーは、巨大な「影狼王」。体長四メートル、角が生え、魔力の渦を纏う。依頼書にはBランク相当と記されていたが、現場はAを上回る脅威だ。
「トライ、左を頼む。リィナ、後衛で結界を」
俺の指示に、トライが頷く。洞窟の闇から、狼王が咆哮を上げる。赤い目が輝き、爪が風を切る。俺は剣で受け止め、衝撃で後退。リィナの炎が援護するが、狼王の影がそれを飲み込む。
「くそ、呪いの類か!」
トライが槍を投げ、狼王の肩を貫く。だが、傷が再生する。影の冠の残滓か? トライの顔が青ざめる。
「......この力、エレノアの仇と同じ......」
狼王が跳躍し、トライを狙う。俺が割り込み、剣を叩き込む。骨が軋む音。リィナの叫び。
「【光華・浄化】!」
彼女の新魔術が炸裂。光の矢が狼王を貫き、影を溶かす。メイヴの美学を捨て、純粋な浄化の力。狼王が怯み、トライの槍が喉を裂く。俺の剣が止めを刺す。
洞窟に静寂が訪れる。狼王の死骸から、黒い宝珠が転がり出る。影の冠の欠片だ。トライがそれを拾い、握りつぶす。呪いの残滓が煙となり、消える。
「......終わったな」
📘蒼星亭:夜の食堂
依頼を終え、宿に戻る。報酬は金貨三十枚と、魔獣の皮。ガラン爺が酒を振る舞う。トライは包帯を新しく巻かれ、珍しく穏やかな顔だ。
「トライフォルグ......あなたの過去、聞けてよかった。私も、もっと強くなるわ。誰かを守るために」
リィナの言葉に、トライが苦笑する。
「小娘よ。お前はもう、十分だ。俺のように、呪われぬようにな」
俺はグラスを掲げる。
「じゃあ、乾杯だ。秘密の共有で、絆が深まったな。次はSランクだぜ、飯の糧に」
笑いが食堂に広がる。外では、港の灯りが揺れる。この世界は、秘密を孕みながら、俺たちを前に進ませる。
だが、トライの瞳に、僅かな影が残っていた。影の冠の呪いは、本当に消えたのか? 侯爵の行方は? 新たな依頼が、きっとそれを暴く。
(おまけ:カズマ風ナレーション)
(秘密って、結局重荷だよな。でも、共有したら少し軽くなる。トライの過去、俺の飯哲学、リィナの笑顔。次はどんなネタが待ってるか......楽しみだぜ)
(文字数:約4800文字。続きはまた次で!)
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