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第1話監視付きの日常
しおりを挟む翌朝。
目を覚ました俺が最初に理解したのは――ここには自由がない、という事実だった。
「本日より、あなたの行動はすべて管理いたします」
メイド長リリアナは笑顔のまま、言葉だけが刃みたいに冷たい。
さらに横には竜人族メイドの焔華(えんか)。赤い尻尾をゆらゆら揺らしながら、にこにこしている。
「お掃除の時間ですわ~。逃げても無駄ですのよ?」
いや掃除って何の暗号だよ。
俺、ここで生活指導受ける立場なのか?
「俺は一晩だけって――」
「ええ。ええ。ええ。ですが“その一晩”が問題なのです」
リリアナは俺の背後に回り、肩をぽんと叩いた。
「公爵家の寝室付近に出現した不審人物。しかも結界の内側です。疑われない理由がありません」
……正論。
俺は黙って頷いた。下手に逆らえば、また“アラート”が鳴る。
まず命じられたのは皿洗いだった。
厨房には昨夜の食器が山積み。貴族の食卓、皿の枚数が普通に戦場。
「これ全部?」
「はい。追加で鍋もあります」
詰んだ。
……と思った瞬間、体が勝手に動いた。
手が迷わない。水の量、力の入れ方、すすぎの順番。
最短距離で、最小の手数で、最も効率のいいルートが脳内に流れ込んでくる。
――《適応生存術》。
気づけば十分後、皿は全部ピカピカだった。
「……え」
焔華が目を丸くする。
「すごい……食器たちが“降伏”してますわ……!」
いや食器に戦意あるのかよ。
リリアナは無表情で言った。
「妙な手際ですね。……次は薪割りです」
裏庭。薪の山。斧。
俺は持ち上げた瞬間に分かった。
刃の角度、力の方向、腰の回転――全部、正解が見える。
一撃。
薪が綺麗に真っ二つに割れた。
それが十本、二十本と続き、気づけば山が整列していた。
「これ……チートじゃん。でも地味すぎるだろ……」
呟いた瞬間、背後から拍手。
「地味とは、素晴らしいことですわ」
振り向くと、公爵夫人エリクスが紅茶の盆を持って立っていた。
ローブ姿でも隠しきれない気品。なのに目は少しだけ疲れている。
「昨日は……取り乱してしまいました。失礼を」
「いや、そりゃ悲鳴も出る」
距離感が妙だ。
近づけば踏み込みすぎで、離れれば冷たすぎる。
俺は受け取った紅茶の湯気を見つめながら、誤魔化すように言った。
「俺、敵じゃないです」
「そう願っていますわ」
エリクスは微笑む。でもそれは、信用じゃなくて“祈り”に近い顔だった。
その時、庭の奥から小さな声。
「おにいちゃん!」
リリィが駆けてくる。俺の袖を掴み、目を輝かせた。
「かくれんぼしよ! ここ、かくれんぼの城だよ!」
……やめろ。城でかくれんぼって、俺の得意分野が刺激される。
「いいよ。探す側な」
数分後。
俺は茂み、石像の影、物置の隙間、視線の死角を読みながら、気配を消して移動した。
焔華が追ってくるが、俺は壁際を滑るように抜ける。
「どこですの~!? お掃除ですの~!」
だから掃除って何だよ!
次の瞬間、リリィが歓声を上げた。
「おにいちゃん、影になった!」
……だめだ。バレた。
でも、なぜか胸が少しだけ軽かった。
夜。
屋敷の客室で目を閉じた瞬間――夢が侵食してきた。
青髪の女神ルミエラが、枕元に座っていた。
「ごめんね~! ほんとにミスった~!」
「ミスで済むか!」
「お詫びに、追加チートあげよっか? えっとね、“超幸運”とか!」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が全身を走る。
「やめろ。お前の“追加”は信用できない」
「え~? 大丈夫だよ~。ちょっとボタン押すだけだし~」
ルミエラが指を鳴らす。
パァン、と軽い音。
次の瞬間、夢の背景が崩れ、視界が真っ白になった。
「……あ、間違えた☆」
「やっぱりかよ!!」
俺の叫びと同時に、現実の部屋のどこかで何かが軋んだ気がした。
――嫌な予感しかしない。
こうして俺の監視付き日常は、
ポンコツ女神の“追撃ミス”によって、さらに面倒な方向へ転がり始めた。
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