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第二章:橋上戦線
第5話リリィ子女護衛と無邪気さ
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橋上の静寂
石造りの古橋は、朝の光に静かに包まれていた。
公爵家の紋章を掲げた馬車が、ゆっくりと橋へ差しかかる。
御者の手綱が軋む音だけが、乾いた空気に響いた。
「おにいちゃん、川きれいだよ」
リリィが窓から身を乗り出す。
俺は軽く肩を押さえてやる。
「落ちるなよ」
アルベルトは対面に座り、目を閉じている。
だが、眠っているわけではない。
あの人は常に戦場にいる。
――だが今日は、違う。
橋に入った瞬間、背筋が冷えた。
鳥が鳴かない。
川の流れはあるのに、風が頬を撫でない。
そして、妙に静かすぎる。
「……止めろ」
俺は小さく言った。
御者が振り返る前に、アルベルトの目が開く。
「理由を」
短い問い。
俺は耳を澄ます。
足音が反響しすぎる。
石の振動が一定。
市場の喧騒が、まるで線を引いたように途切れている。
「これ、罠だ」
その瞬間。
空気が歪んだ。
橋の両端に、半透明の壁が立ち上がる。
魔法障壁。
封鎖。
「……やはりか」
アルベルトの声が低くなる。
だが、遅くはない。
三方向。
屋根の上、橋脚の影、正面。
黒装束。
爆発はない。
咆哮もない。
ただ、無音の包囲。異常は戦闘の前にある。
だが今回は違う。
俺が最初に動いた。
「リリィ、伏せろ!」
窓を蹴り、外へ転がり出る。
《適応生存術》が発動する。
心拍を落とす。
視界のコントラストが上がる。
影の位置、死角、退路。
全部、見える。
アルベルトは正面へ出た。
杖が地面を叩く。
「少年、左を取れ」
命令ではない。
分担だ。
刺客が飛び出す。
俺は石柱の陰へ滑り込む。
足払い、喉への一撃。
音を立てるな。
守る戦いは、目立たない。
中央では金属音。
アルベルトの義肢が展開し、装甲が起動する。
正面突破。
橋が揺れる。
刺客の一人が馬車へ向かう。
その瞬間、俺は飛び出した。
間に合え。
肘を叩き込み、刃を弾く。
リリィの小さな息が聞こえる。
怖いはずなのに、泣かない。
だから俺も、止まれない。
「奪わせねぇ」
短く呟いた瞬間、最後の刺客が倒れる。
静寂が戻る。
だが、それは平和ではない。
封鎖はまだ解けない。
アルベルトが俺を見る。
「よく気づいたな」
珍しく、評価の言葉。
俺は息を整える。
「静かすぎたんだよ。
橋ってのは、もっと騒がしいもんだろ」
アルベルトはわずかに頷く。
「異常は、常に小さい」
障壁がゆっくりと消える。
橋の向こうに、遠く王都の塔が見える。
これは偶発じゃない。
試された。
国家が、動いている。
そして俺は、初めて理解した。
これは護衛じゃない。
戦争の前触れだ。
石造りの古橋は、朝の光に静かに包まれていた。
公爵家の紋章を掲げた馬車が、ゆっくりと橋へ差しかかる。
御者の手綱が軋む音だけが、乾いた空気に響いた。
「おにいちゃん、川きれいだよ」
リリィが窓から身を乗り出す。
俺は軽く肩を押さえてやる。
「落ちるなよ」
アルベルトは対面に座り、目を閉じている。
だが、眠っているわけではない。
あの人は常に戦場にいる。
――だが今日は、違う。
橋に入った瞬間、背筋が冷えた。
鳥が鳴かない。
川の流れはあるのに、風が頬を撫でない。
そして、妙に静かすぎる。
「……止めろ」
俺は小さく言った。
御者が振り返る前に、アルベルトの目が開く。
「理由を」
短い問い。
俺は耳を澄ます。
足音が反響しすぎる。
石の振動が一定。
市場の喧騒が、まるで線を引いたように途切れている。
「これ、罠だ」
その瞬間。
空気が歪んだ。
橋の両端に、半透明の壁が立ち上がる。
魔法障壁。
封鎖。
「……やはりか」
アルベルトの声が低くなる。
だが、遅くはない。
三方向。
屋根の上、橋脚の影、正面。
黒装束。
爆発はない。
咆哮もない。
ただ、無音の包囲。異常は戦闘の前にある。
だが今回は違う。
俺が最初に動いた。
「リリィ、伏せろ!」
窓を蹴り、外へ転がり出る。
《適応生存術》が発動する。
心拍を落とす。
視界のコントラストが上がる。
影の位置、死角、退路。
全部、見える。
アルベルトは正面へ出た。
杖が地面を叩く。
「少年、左を取れ」
命令ではない。
分担だ。
刺客が飛び出す。
俺は石柱の陰へ滑り込む。
足払い、喉への一撃。
音を立てるな。
守る戦いは、目立たない。
中央では金属音。
アルベルトの義肢が展開し、装甲が起動する。
正面突破。
橋が揺れる。
刺客の一人が馬車へ向かう。
その瞬間、俺は飛び出した。
間に合え。
肘を叩き込み、刃を弾く。
リリィの小さな息が聞こえる。
怖いはずなのに、泣かない。
だから俺も、止まれない。
「奪わせねぇ」
短く呟いた瞬間、最後の刺客が倒れる。
静寂が戻る。
だが、それは平和ではない。
封鎖はまだ解けない。
アルベルトが俺を見る。
「よく気づいたな」
珍しく、評価の言葉。
俺は息を整える。
「静かすぎたんだよ。
橋ってのは、もっと騒がしいもんだろ」
アルベルトはわずかに頷く。
「異常は、常に小さい」
障壁がゆっくりと消える。
橋の向こうに、遠く王都の塔が見える。
これは偶発じゃない。
試された。
国家が、動いている。
そして俺は、初めて理解した。
これは護衛じゃない。
戦争の前触れだ。
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