わたしは知っている、君の最期を。

蒼井瑠水

文字の大きさ
1 / 21

なぜあなたは、私の運命に紛れ込んだの?

しおりを挟む
 私は、人生の初めてを味わえない。未来ばかりを先に知ってしまう。


「おはよう、ひいらぎ」

「………………」

 二階の自室を出て、食卓のある居間に入ると、母が挨拶してくれる。

「おはよう、ひいらぎ」

「………………」

 新聞を広げていた父は、母の言葉で遅れて気づき、優しい顔で挨拶してくれる。

 両親の優しい声が、耳障りなノイズのように頭に響く。朝日の眩しさが目を刺し、食卓に並んだトーストの匂いですら吐き気を誘う。

 嫌だ。

「ひいらぎ、もう高校二年生か。毎日見ていると気づかないものだけど、大きくなったな」

 父は新聞を畳んで脇に置き、自分の顎に手を当て、感慨深げにうんうんとうなずく。

「母さんもそう思わないか? 他の家の子供を見ると成長が早いよな」

「そうね、子供はすぐに大人になるものね。びっくりしちゃうわ」

 …………知らないよ、そんなこと。

「そうだ、みんなで旅行にでも行かないか? 今年のゴールデンウィークは長いし、少しの遠出なら長く泊まれるだろう」

「いいわね! そうしましょうよ、ね? ひいらぎ」

「………………」

 なぜ私に意見を求めるの? 勝手に決めればいいのに。そっちが言い出したんだから。

「ん? どうした、ひいらぎ」

「ひいらぎ? ひいちゃん?」

 今さらそんな呼び方、気持ち悪い。

「ひいらぎ、少しは返事でもしたらどう……」

「うるさい! 黙れ! お前らが行きたいだけだろ! 私を巻き込むな!」

 ばんと机を叩いて立ち上がり、周りに叫び散らかす。

 静寂の中、突然音が響き、二人は時が止まったように愕然としていた。

 ……ああ、やってしまった……。

 本当は、そんなことを言いたいわけじゃない。

 なのに、腹の底から黒く熱い何かがせり上がってきて、勝手に言葉になっていく。

 喉が焼けつくようだ。

「ご、ごめん。私、学校に行く」

 そう言い、逃げるようにその場を離れた。

 なんてひどいことをしてしまったんだ。今の『高木柊』はただのクズじゃないか。

 くそっ……。くそっ……! 

 今日は、新学期と新入生の入学式。

 みんな、初々しい顔立ちに、少し背丈に合わない制服を着て、次々に名前が呼ばれる。

 はい、と元気な声で返事をして、新入生代表の子が式辞を読み上げる。

 私が記憶という情報の中で何度も経験した入学式。それを、彼らは初めての形で体験しているのだ。

 ……羨ましい。なんて羨ましいことだろうか。

 式が終わって教室に戻り、教科書や学校新聞のような告知のプリントが配布されたり、担任の先生のありがたい話を聞かされたり。

 そんな面倒な一日が終わって、放課後。

 賑やかな談笑が響く廊下を、ただ独り、『高木柊』は歩く。

 第一と第二の校舎を繋ぐ、白いコンクリートの簡素な通路。そんな道中を、何も考えずに歩いて。

 きっと自分の人生は、こんな簡単な道をただ歩くような、味気なく魅力のない移動だ。

 つまらないな、今の私は。『高木柊』は、とてもつまらない。

 短い通路を歩き、第一校舎の入口に入ろうとした時だ。

 何の前触れもなく、ぶわっと記憶が断片的に流れ込んできた。

 それは暖かい風に舞う桜吹雪のように、優しく包み込むような不思議な感覚だった。

 痛みがない。記憶を垣間見る時はいつも感じるのに。なぜだ?

 いつもの頭痛もなく、ただ知らない風景が映し出された。

 そこには一人のやんちゃそうな男の子がいて、「柊センパイ!」とにこにこ笑いながら、私の隣を歩いていた。

 春が終わる頃だろうか。涼やかな木漏れ日の中に、眩しい笑顔がこちらに手を振っている。

 そんな幸せそうな空間のあと、突然真っ白な質素な空間に私が座っていた。

 先程の幸せがぶち壊された。途方もない悲しみに、その『私』は襲われていた。

 なんで、なんで。

 しばらくして、現実に戻ってきた。

 第一校舎の入口に立っていて、周りの生徒は不思議そうに私を見たり、一人分の幅を取っているからか、少し邪魔そうな視線を送る者もいた。

(何だったの……? さっきの……)

 私は不思議そうに少し俯いた。でも、今は考える時ではないと、すぐに歩き出した。

 正面玄関の下駄箱の列に向かうと、二年生の私のクラス近くに、下駄箱の側面に背を預けてスマホをいじっている男の子がいた。

「……時間、あってるよな」

 そんなことを呟く男子生徒は、普通の男子より背が小さく、平均的な身長の私より少し上くらい。それで、胸元に新入生が着ける花を象った祝いのバッジを付けていた。

 何より、その子の顔は、さっき新たに思い出として刻み込まれた、やんちゃそうな男の子の顔だった。

「……? おっ! センパイ来た!」

 えっ?

「ども、初めまして、春野ケイです! オレ、センパイと会うの楽しみにしてたんです!」

 何? 私のこと知ってるの?

「えーっと、何から言うべきかな……。あっそうだ。……すぅーっ、よし。センパイ、オレと付き合ってくれませんか?」

 ……は?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

離れて後悔するのは、あなたの方

翠月るるな
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。 岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。 財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。 だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。 結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。 しかしそれは、一つの計画の為だった。 そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...