婚約破棄された伯爵令嬢の元に謎の恋文が届きました

彩伊 

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第一章

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「ユズリ」

 「はっ」


 自分を呼ぶ主人の声に応える。
 先程までいた友人の”マリー様”がいた時とはうって変わって低くなった声に、私は背筋を伸ばし直した。


 「私は待つのは嫌いだ。もう散々我慢したからな……………。すぐ行動に移す。」

 「まずはマリー様にかかっている冤罪を晴らす証拠を集めるべきでしょうか?」

 「……………まあ、集める必要もなく終わるかもしれないが………念には念を重ねるとしよう。後は今週末に開かれる夜会だな………」

 「今回の夜会にはロベルトの家のセインズ公爵家も参加をする予定です。マリー様が言っていた通り、姉のミラが王族を狙っているのなら、試す価値はあると思います。」

 「あぁ、そうだな。いつも夜会には参加しないのに突然参加すると色々勘ぐられるからな、兄上にも協力していただこう。」


 主人はそう言って、公務の書類仕事を再開した。
 その横顔は冷たく、先程の笑顔の青年とは似ても似つかない。


 魔物付きの王子である我が主人”リオ様”は、幼い頃から非常に苦労をなさった。
 幼少時代は魔物の魔力に苦しみ、生死の狭間を何度も彷徨った。
 奇跡的に命は助かったものの体は脆弱で、ろくに外を出歩けた試しもなかった。

 ……………しかし、彼は人一倍努力家だった。
 自分の体にハンデがあっても周囲の者に負けたくないと言う心の強さがあった。
 その心の強さが彼の才能を開花させていった。


 成長するにつれ体は強くなり、剣術も習えるようになった。
 勉学の方は一切の問題がなく、彼は秀才と噂された。
 しかし、健康になったことはもう一つの問題を引き起こした。
 それは……………”魔力の暴走”だった。


 リオ様はその力で実の母であるアメリア様を傷つけてしまってから、心を塞ぐようになってしまった。
 両親や従者など人と顔を合わすのを拒否し、部屋の中に引きこもってしまったのだ。
 両親はそんなリオ様を非常に心配なされて、城から離れた田舎のレイベックに送った。
 人も多く建物で密集した王都とは違い、広大で人が少ないレイベックで過ごし、仮面をつけている間はリオ様も少し安心できたようで、私達従者と再び………少しずつだが会話をしてくださるようになっていった。

 
 しかしずっと一緒にいるのはやはり落ち着かないらしく、彼は時折ふらっとどこかへ消えて、その度に私は彼を探し回った。
 大抵は少し時間が経てば戻ってくるので心配はなかったが、待っているだけなのも落ち着かなかったからだ。


 そんなある日、私はリオ様がある少女と一緒にいるところを発見した。
 私はその光景に驚かされた。
 あの日からずっと縮こまり、俯いてばかりだったリオ様が、笑い声を上げていた。
 仮面をつけているから、表情は見えなかったが、肩の力は抜け、声色は弾んでいた。


 私は目の前の光景が現実かどうか疑うくらいには衝撃を受け、そして現実と気が付いた時には頰に涙が伝うのを感じた。
 幼い身には重すぎる後悔と悲しみを背負った王子が、また笑顔を浮かべられるようになっていたことに私は心から安堵させられた。


 少女と関わりを深めるごとに、リオ様は人と接する恐怖が取り除かれているようだった。
 私は名も知らぬ少女に一方的な感謝をするしかなかった。
 ただ二人の逢瀬を邪魔する訳にもいかず、彼女に直接感謝を伝えることはできなかった。



 「マリーがどこにもいない」

 そうリオ様が仮面を外した姿で、息を切らしながら泣きそうな顔で私に訴えてきたのは5年前の冬。
 リオ様は自分が仮面をつけていないことも忘れているようだった。

 「一緒にお探しします」

 私はそう言って、疲れ果てた顔をしているリオ様を背におぶった。
 そして村中の空き地やら、お店やら、道やらを探し回った。
 しかし手がかりがなさすぎてどうすることもできなかった。

 ……………今思えば、マリー様はこの時期に学校に通うため、実家に引き戻されていたのだろう。
 でもそれを私たちが知る術はなかったのだ。


 そして数日後、村の住民への聞き込みから”マリー様”は貴族のご令嬢であることがわかった。
 それを知ったリオ様は王都に戻るために動き出した。
 今まで以上に魔力操作の訓練に時間をかけ、精密なコントロールができるようになった。
 そして、魔物付きの魔力の教育も行っている寄宿制の男子校に通い、王族達にその実力を示して王城へと戻った。


 そこからマリー様を探し出すことには苦労しなかった。
 王城には全ての貴族の資料がある。
 私はその中から、あのレイベックにいた少女を探し出した。



 ……………そして、現在に至る。

 今ではあの時のようにふさぎ込んでいたリオ様はもういない。
 しかし彼女といると、やはりリオ様は心の底から笑えることができ、側にいると安心できるようだった。


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