続*今日はなんの日

hamapito

文字の大きさ
45 / 45
続*今日はなんの日【番外編】その後のはなし※全年齢版

7(side大和)

しおりを挟む
 目を覚ますと、目の前に伊織がいた。
 ぶかぶかのスウェットを着て、小さな寝息を紡ぐ。カーテンから零れた光が枕元に落ち、伊織の柔らかな髪が色を薄くする。同じ布団の中で溶け合った体温が二人を包み込んでいる。
 あまりにも幸福で、夢のような光景に動けなくなった。抱きしめてもっと確かめたいけれど、触れたらすべてが消えてしまいそうで何もできない。ただじっと見つめることしかできない。
 閉じられていた瞼に並ぶ睫毛がふわりと揺れ、その視界が世界を取り戻す。
「……おはよ」
 少し掠れた寝起きの声がすぐそばで発せられる。確かな音として響き、ようやく腕を伸ばす。そっと抱きしめながら
「おはよう」
 と返せば、伊織の腕も背中へと回される。ぎゅっと空気を押し出すように抱きしめ合い、そっと緩める。同じタイミングで顔を近づけ、唇を合わせる。昨夜の熱とは違う、優しい触れ合いにどちらからともなく笑いが零れる。
 もう一度、と互いに首を伸ばしたところで階下からドアを開ける音が聞こえ、意識を戻された。互いに顔を見合わせたのは一秒にも満たない。こんなに素早く起きたのは初めてじゃないかと思うくらい一瞬で体が動き出す。朝の冷たい空気を感じる余裕もない。
「帰って来たみたいだね」
「だな」
 部屋を見渡すが、昨夜の名残はどこにも見当たらない。ホッと安堵すると同時に寂しさが生まれる。互いの記憶にしかないのは強いのか、弱いのか。どちらなのだろう。
「とりあえず、下りようか」
 そうだな、と答えかけて目に入ったものに腕を掴んだ。
「わ、なに?」
 引き戻されて振り返った伊織に、
「ごめん」
 と頭を下げる。部屋にはなかったけれど、伊織の肌には残っていた。
「……首、微妙に見えるかも」
「首?」
 と手を持っていったところで、思い至ったらしい。顔が一気に色付く。
「なんで、こんなとこに付けるんだよ」
「付けていいって言ったじゃん」
「言ったけど、場所考えろよ」
「そんな余裕あるわけないだろ」
 言い合っているところに
「二人とも起きてるのー?」
 と階下から声が届き、同時に口を噤む。
 一瞬早く言葉を取り戻した伊織が
「おはようございます」
 と答えて部屋を出ていく。わずかに遅れて追いかければ、下から会話が聞こえてくる。
「首、どうかしたのかい?」
「あ、ちょっと寝違えちゃって」
「あらあら」
 心の中で「ごめん」ともう一度謝ってから、残りの階段を下りる。玄関に近いのもあって、触れた空気は震えるほど冷たい。
「おはよ」
「おはよう。部活もないのにこの時間に起きるなんて、伊織くんのおかげね」
「そ、うかな」
 言葉にされた意味以上に記憶が膨らみ、わずかに声が強張る。両親には見えないところで伊織が軽く肘を入れてくる。
「じゃあ、すぐに朝ごはんにしましょうか」
 二人が先に歩き出し、隣へと顔を向ける。
「痛いんだけど」
 軽く睨むように視線を落とせば、反対からも睨み上げられる。
「今のは大和が悪い」
「なんでだよ」
「……冷たい水で顔洗えよ」
「なんで?」
「鏡見ればわかる」
 きゅっと眉を寄せられ、直前に浮かべた光景を思い出す。……緩んでたかも。母さんも父さんも何も言わなかったけど、言われなかったからこそ不安になる。全く気づいていないのか、気づいてしまったからこそ言わないのか。どっちだろう。
「俺、とりあえず着替えてくるから」
 呆れたように息を吐き出し、伊織が手前の客間へと足を向ける。
 廊下の奥で閉じられたドアを確かめてから、腕を掴む。なに、と振り向いたところで唇を重ねてすぐに離す。
 文句を重ねられる前に
「顔洗ってくる」
 と手を離し、伊織の横を通り抜ける。
 声にならない小ささで名前を呼ばれた気がしたけれど、振り返ることはしなかった。これは本当に冷水で洗わなくてはならないかも。
「……大和」
 手を握られ、引き止められる。追いかけてくるとは思っていなかったので咄嗟に顔を背ける。
 ぐっと引っ張られ、傾いたところに顔が近づく。振り向く前に、触れられた首を強く吸われる。抵抗する間もなく小さな痛みと熱を植え付けられた。
「ちょっ」
 首を押さえれば、濡れた肌が手のひらに触れる。
「大和も寝違えたってことで」
「今さらおかしいだろ」
「じゃあ、適当に頑張って」
 くるりと背を向けられ、その場に立ち尽くす。隠したいのかバラしたいのかどっちだよ。問いかけられない言葉を心の中で吐き出し、冷たい空気を吸い込む。
 想いが通じてちょうど一年。
 またすぐに離れてしまうのは変わらない。どうしようもない寂しさもある。けれど、鮮やかさを継ぎ足された記憶は胸の中を温め続けてくれる。
 そう信じられるだけで、未来さきに進める気がした。
 ――それはきっと伊織も同じだろう。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

処理中です...