4 / 8
彼女視点②
しおりを挟む
振り払うことも握り返すこともできない。繋がれた手を見つめることしかできない。これは本当に現実なのだろうか。引かれるままに動かしている足には力が入らないし、風は冷たいのに寒さは感じない。
頬が熱い。
――どこ行きたい?
聞かれて咄嗟に答えた公園。海に沿って伸びる広い場所は犬を連れている人とかバドミントンをしているグループとかもいるけれど、圧倒的にカップルが多い。いわゆるデートスポットだ。うっかり答えてしまった数分前を後悔する。ますます顔を上げられない。
「うわ、海の匂いする」
潮の香り、と言わないのがいかにも彼らしい。吹いてくる風は先ほどよりも冷たさを増し、潮の香りが重く触れてくる。
パチャン、パチャンとコンクリートにぶつかった水の音が響く。
「あ、クラゲ」
柵を掴んで覗き込む彼。視線の先には決して綺麗とは言えない水の中、白くふわふわ浮かぶ丸がある。ゆらゆら揺れる姿は不思議と目が離せない。
「ただ浮いてるだけなのになんで見ちゃうんだろ」
ポツリと落ちてきた声に顔を上げる。鼻の頭が赤いのはきっとこの冷たい風のせいだろう。
じゃあ――、頬は? 耳は? 全部、寒さのせい? 繋がっている手から伝わってくる熱にぎゅっと心臓が震える。振動が言葉に変わって迫り上がってくる。
「あのさ」
「ん?」
合わない視線。
伝わり続ける熱。
「なんで……デート?」
「なんで、って」
振り返った彼をまっすぐ見上げる。
繋がれたままの手を初めて握り返す。
「私は……友達とデートなんてしないよ」
「え」
「友達と手なんて繋がない」
「え、いや、これは」
「私は、好きな……」
「言うなよ」
被せられた強い声にビクッと体が強張る。
――拒絶。
予想もしていなかった言葉に浮かんでいた心が急降下する。なんで? デートって言ったくせに。どうして告白させてくれないの? 私の気持ち気づいてるくせに。気づいているから? だから聞けないってこと? じゃあどうして手なんて握ってるの? 疑問ばかりが膨らんで何をどう考えればいいのかわからなくて、傷ついた心のままに手を振り払った。
振り払ったのに、すぐに捕まえられる。
「なっ」
なんで、という言葉は最後まで言えなかった。まっすぐ向けられた視線に声が詰まる。
「俺より先に言うなよ」
「……え?」
「あー、もう」
大きく吐き出した息のあと、怒ったような顔で彼が言った。
「俺だって好きなやつとしかデートしないから」
「……」
「だから、俺は、お前のことが好きだって言っ……え、ちょっと、なんで?」
驚き揺れる声。不安げに慌てた顔。伸ばされた指は意外なほど優しく触れた。拭われた涙が彼の指に染み込んでいく。
後ろから吹いてきた風が髪を揺らす。ひとつに纏まっていない髪が彼の方へと流れる。潮の香りに朝使ったヘアクリームの香りが混ざり込む。
どうして自分がこの髪型を選んだのか、その理由を思い出す。
「なんで、って……そんなの」
髪型ひとつで悩むのも。小さなすれ違いに胸が痛くなるのも。欲しかった言葉ひとつで涙が止まらなくなるのも。そんなの、全部。
「好きだからに決まってるじゃん」
頬が熱い。
――どこ行きたい?
聞かれて咄嗟に答えた公園。海に沿って伸びる広い場所は犬を連れている人とかバドミントンをしているグループとかもいるけれど、圧倒的にカップルが多い。いわゆるデートスポットだ。うっかり答えてしまった数分前を後悔する。ますます顔を上げられない。
「うわ、海の匂いする」
潮の香り、と言わないのがいかにも彼らしい。吹いてくる風は先ほどよりも冷たさを増し、潮の香りが重く触れてくる。
パチャン、パチャンとコンクリートにぶつかった水の音が響く。
「あ、クラゲ」
柵を掴んで覗き込む彼。視線の先には決して綺麗とは言えない水の中、白くふわふわ浮かぶ丸がある。ゆらゆら揺れる姿は不思議と目が離せない。
「ただ浮いてるだけなのになんで見ちゃうんだろ」
ポツリと落ちてきた声に顔を上げる。鼻の頭が赤いのはきっとこの冷たい風のせいだろう。
じゃあ――、頬は? 耳は? 全部、寒さのせい? 繋がっている手から伝わってくる熱にぎゅっと心臓が震える。振動が言葉に変わって迫り上がってくる。
「あのさ」
「ん?」
合わない視線。
伝わり続ける熱。
「なんで……デート?」
「なんで、って」
振り返った彼をまっすぐ見上げる。
繋がれたままの手を初めて握り返す。
「私は……友達とデートなんてしないよ」
「え」
「友達と手なんて繋がない」
「え、いや、これは」
「私は、好きな……」
「言うなよ」
被せられた強い声にビクッと体が強張る。
――拒絶。
予想もしていなかった言葉に浮かんでいた心が急降下する。なんで? デートって言ったくせに。どうして告白させてくれないの? 私の気持ち気づいてるくせに。気づいているから? だから聞けないってこと? じゃあどうして手なんて握ってるの? 疑問ばかりが膨らんで何をどう考えればいいのかわからなくて、傷ついた心のままに手を振り払った。
振り払ったのに、すぐに捕まえられる。
「なっ」
なんで、という言葉は最後まで言えなかった。まっすぐ向けられた視線に声が詰まる。
「俺より先に言うなよ」
「……え?」
「あー、もう」
大きく吐き出した息のあと、怒ったような顔で彼が言った。
「俺だって好きなやつとしかデートしないから」
「……」
「だから、俺は、お前のことが好きだって言っ……え、ちょっと、なんで?」
驚き揺れる声。不安げに慌てた顔。伸ばされた指は意外なほど優しく触れた。拭われた涙が彼の指に染み込んでいく。
後ろから吹いてきた風が髪を揺らす。ひとつに纏まっていない髪が彼の方へと流れる。潮の香りに朝使ったヘアクリームの香りが混ざり込む。
どうして自分がこの髪型を選んだのか、その理由を思い出す。
「なんで、って……そんなの」
髪型ひとつで悩むのも。小さなすれ違いに胸が痛くなるのも。欲しかった言葉ひとつで涙が止まらなくなるのも。そんなの、全部。
「好きだからに決まってるじゃん」
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる