そんなって、どんな?

hamapito

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先輩視点②

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 風が止まる。膨らんでいた空気が静けさを纏いだす。聞き慣れてしまったナースコールの音が遠くで響き、カラカラと台車が廊下を過ぎていった。
 一日中ベッドの上にいるというのは簡単なようで簡単ではない。退屈すぎて心地悪い。ベッドの角度を意味もなく調節し、体勢を変えてみる。変えてみたところで同じ部屋なのは変わらないし、思い出すのは数分前までいたふたりのことばかりだ。
「あーあ、やっぱ弄《いじ》るんじゃなかったか」
 後輩に譲る気も遠慮する気もこれっぽっちもなかったのに。少しでも隙があるなら横からでも入り込んでやるくらいの気持ちだったのに。
 柔らかく流れる髪。ふわりと浮かんだ甘い香り。俯き赤く染まった頬。そんな彼女を見てしまったら、後輩の背中を押さずにはいられなかった。
「……なにやってんだろ」
 潜り込んだ布団の中で落とした声に
「ほんとだよ。なにやってんのよ、おにいちゃん」
 間近で響いた高い声が被せられる。
 ガバッと布団から顔を出せば、呆れ顔で見下ろされた。
「あれじゃあ、ふたりがくっつくのをアシストしただけじゃない」
「え、お前いつから……」
「『ところでふたりはこのあとどうするの?』あたり?」
「な……」
 なんで、とは言えないか。お見舞いに来ているふたりに遠慮したのだろう。
「あのひとでしょ、ハーフアップの。おにいちゃんが好きなひと」
「な、んで」
 飲み込んだ言葉が戸惑いとともにこぼれる。
「なんでって」
 カタン、と置かれたままのパイプ椅子に腰かけると同時にため息が落とされた。
「わかるよ」
 まっすぐ向けられた視線に押さえていた痛みが存在を主張する。見ないフリをしようとした傷口がここにあるのだと訴えてくる。
「そんな顔してたら、わかるよ」
「そんなって、どんな……だよ……」
 なんとか作った笑顔も震え声に台無しになる。唇を噛み締めることしかできなくなる。
 母親の再婚によってできた義理の妹。出会った頃はまだ小学生でちっとも懐いてはくれなかったのに。中学生になった今ではこうして四つ上の兄にズケズケと物を言うまでになった。
「おにいちゃんはさ、優しすぎるんだよ」
「……」
「誰にでも優しすぎるから、ダメなんだよ」
「……そうかもな」
 優しい、というのは褒め言葉ではあるけれど、自分にとっては甘えでしかなかったのかもしれない。もっと彼女だけに優しくできたなら、もっと彼女だけを特別に扱えていたならよかったのかもしれない。
「ま、そこがおにいちゃんのいいところなんだけどさ」
 ふっと息を吐き出したあと、妹は膝に置いていたカバンへと手を入れた。
「優しいおにいちゃんなら付き合ってくれるよね?」
 取り出されたのは妹の手には大きすぎるスマートフォン。画面を顔の前に差し出される。表示されているのはメールの文面。並んだ文字を読み取り、思わず声がこぼれた。
「これって」
「へっへー。おにいちゃんが大好きなバンドのツアー、当たりました。半年後だけど!」
 妹は得意げに笑うと「おにいちゃんがいないと行けないからさ。だから早く治してよ」ツンと声を響かせた。
「よく取れたな」
「日頃のおこないがいいからじゃない?」
 入院してから毎日のようにやって来る妹だけど、きっと共働きの両親のために家のこともやってくれているはずだ。いつの間にこんなに大きくなったのだろう。
「まあ、そうだな。お前も俺に似て優しいもんな」
 思わず頬を緩めれば、ふいっと顔を背けられる。
「……そんなことないよ」
 立ち上がり並んでいた二脚の椅子を片付けると、妹が窓へと視線を向けた。ふわりと流れてきた風にカーテンが揺れ、低くなった温度が肌に触れる。
「私はおにいちゃんとは違うもん」
「え?」
 振り返った妹が「夕飯の買い出しあるから帰るね」と小さく笑って背中を向ける。肩の下で揺れる髪は半分が纏められていて、結ばれたリボンの先は弾むように揺れていた。
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