6 / 8
先輩の妹視点
しおりを挟む
たぶん、一目惚れだった。
出会った瞬間には恋に落ちていたのだと思う。自覚するまでに時間がかかったからハッキリとは言い切れないけれど。
でも――、最初から兄は特別だった。
早く知らせたくて、早く誘いたくて、自然と足は速くなる。病院特有の香りにも、面会記録をつけるのにも慣れてしまった。エレベーターの扉が開いてすぐ、ナースステーションで軽く頭を下げて廊下の奥を目指す。
トクトクと主張を始めた鼓動に空気を送り込む。家に帰れば当たり前に顔を合わせていたのに、しばらくはこうして時間を作らないと会うことができない。会える時間が限られてしまったからこそ変な緊張感と嬉しさにくすぐったくなる。
右手に握りしめたスマートフォン。もしも当たったら兄を誘うのだと決めていた。たとえデートとは呼べなくても。いくらふたりで出掛けても、どれだけ一緒にいても私たちはただの兄妹、ただの家族でしかない。血の繋がりなんてないけれど、できてしまった関係は簡単には崩れない。
それでも私にとってのこれは「好きな人」とのお出かけであり、大切な予定だ。
開け放たれている入り口まであと数歩、というところで声が聞こえた。自然と足は止まり、耳に意識が集中する。
「ところでふたりはこのあとどうするの?」
そっと視線だけを中へと向ける。椅子に座っているのは俯く女の人と、言葉を詰まらせる男の人のふたり。
続くやり取りにぎゅっと心臓が縮まっていく。
「……」
これ以上は耐えられない。
そう思い背中を向けた時だった。
「その髪型かわいいね」
聞こえた声に押され、私は廊下を駆け出した。
悔しかった。兄に彼女ができなくて嬉しいはずなのに、兄のことを悲しませる彼らに、優しさに気づかないふたりにひどく腹が立った。
こんな気持ちのまま会うことはできない。何かを尋ねられてもきっとうまくは答えられない。トイレの入り口に隠れて気持ちが落ち着くのを待つ。ひとつふたつと無意識に呼吸を数える。数えながら視界に入った鏡へと顔を向ける。中に映った自分の表情に一瞬息が止まった。
怒っているはずなのに。
ひどく心地悪いはずなのに。
自分の顔を見て、改めて自覚してしまった。
――やっぱり私は兄が好きなのだ、と。
兄が傷ついているのに。本当の私は傷ついても怒ってもいない。私が願っているのは兄の幸せなんかではないのだ。
こんな自分がひどく嫌なのに、同時に愛おしくもあった。兄にとってはちっとも可愛くない妹だろう。
でも――、それでいい。
私は妹になりたいわけではないのだから。
髪を指で掬う。
――どうやったら特別になれるのだろう。
兄が「かわいい」と言った髪型に変える。
――どうやったらこの枠から抜け出せるのだろう。
家族になるから出会えたのに。兄妹だからそばにいられるのに。同じ時間を過ごせば過ごすほど兄は私を妹としてしか見ない。見てはくれない。
だから、決めた。
誰よりも、誰に対しても優しいのが兄ならば。
私はそうはならない。ならないようにする。
――兄にだけ優しくする。
私はポーチにしまっていたリボンを取り出した。
出会った瞬間には恋に落ちていたのだと思う。自覚するまでに時間がかかったからハッキリとは言い切れないけれど。
でも――、最初から兄は特別だった。
早く知らせたくて、早く誘いたくて、自然と足は速くなる。病院特有の香りにも、面会記録をつけるのにも慣れてしまった。エレベーターの扉が開いてすぐ、ナースステーションで軽く頭を下げて廊下の奥を目指す。
トクトクと主張を始めた鼓動に空気を送り込む。家に帰れば当たり前に顔を合わせていたのに、しばらくはこうして時間を作らないと会うことができない。会える時間が限られてしまったからこそ変な緊張感と嬉しさにくすぐったくなる。
右手に握りしめたスマートフォン。もしも当たったら兄を誘うのだと決めていた。たとえデートとは呼べなくても。いくらふたりで出掛けても、どれだけ一緒にいても私たちはただの兄妹、ただの家族でしかない。血の繋がりなんてないけれど、できてしまった関係は簡単には崩れない。
それでも私にとってのこれは「好きな人」とのお出かけであり、大切な予定だ。
開け放たれている入り口まであと数歩、というところで声が聞こえた。自然と足は止まり、耳に意識が集中する。
「ところでふたりはこのあとどうするの?」
そっと視線だけを中へと向ける。椅子に座っているのは俯く女の人と、言葉を詰まらせる男の人のふたり。
続くやり取りにぎゅっと心臓が縮まっていく。
「……」
これ以上は耐えられない。
そう思い背中を向けた時だった。
「その髪型かわいいね」
聞こえた声に押され、私は廊下を駆け出した。
悔しかった。兄に彼女ができなくて嬉しいはずなのに、兄のことを悲しませる彼らに、優しさに気づかないふたりにひどく腹が立った。
こんな気持ちのまま会うことはできない。何かを尋ねられてもきっとうまくは答えられない。トイレの入り口に隠れて気持ちが落ち着くのを待つ。ひとつふたつと無意識に呼吸を数える。数えながら視界に入った鏡へと顔を向ける。中に映った自分の表情に一瞬息が止まった。
怒っているはずなのに。
ひどく心地悪いはずなのに。
自分の顔を見て、改めて自覚してしまった。
――やっぱり私は兄が好きなのだ、と。
兄が傷ついているのに。本当の私は傷ついても怒ってもいない。私が願っているのは兄の幸せなんかではないのだ。
こんな自分がひどく嫌なのに、同時に愛おしくもあった。兄にとってはちっとも可愛くない妹だろう。
でも――、それでいい。
私は妹になりたいわけではないのだから。
髪を指で掬う。
――どうやったら特別になれるのだろう。
兄が「かわいい」と言った髪型に変える。
――どうやったらこの枠から抜け出せるのだろう。
家族になるから出会えたのに。兄妹だからそばにいられるのに。同じ時間を過ごせば過ごすほど兄は私を妹としてしか見ない。見てはくれない。
だから、決めた。
誰よりも、誰に対しても優しいのが兄ならば。
私はそうはならない。ならないようにする。
――兄にだけ優しくする。
私はポーチにしまっていたリボンを取り出した。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる