冷徹公爵は、契約妻に亡き妻の愛を重ねる

白桃

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第一話「契約結婚」

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「アリア様、旦那様が応接室にてお待ちです」

 薄暗い廊下にソフィアの声が響いた。彼女は私の専属の侍女で、幼い頃から苦楽を共にしてきた。没落の一途を辿るエルバート伯爵家で、今も変わらず献身的に私に仕えてくれる、大切な存在だ。

「分かったわ」

 小さく息を吐き、重い足取りで応接室へと向かった。そこで待っているのは、私の婚約者レオンハルト・フォン・ベルンハルト。若くしてベルンハルト公爵家の当主となった彼は、その冷徹さで王都でも悪名高い人物だ。

「遅かったな」

 応接室の扉を開けると、予想通り冷たい声が降ってきた。レオンハルトは黒い革張りのソファにゆったりと腰掛け、退屈そうにこちらを見ている。整った顔立ちは、まるで氷でできた彫刻のように無表情だ。

「お待たせして申し訳ありません」

 平静を装い、彼の前に進み出た。

「それで、話とは?」

「ああ、契約結婚の条件についてだ」

 レオンハルトは、何の感情もこもっていない声で言った。

「条件? 婚約の儀の時に話は済んだはずでは?」

「あれはあくまで形式的なものだ。これから共に暮らすにあたって、いくつか決めておくことがある」

「分かりました」

 私は内心で舌打ちをした。やはりこの男、ただの結婚では面白くないらしい。

「まず、互いの私生活には干渉しない。食事も別、寝室も別だ」

「承知いたしました」

「社交界での夫婦としての体裁は保つ。しかし、それ以外での夫婦らしい行為は一切認めない」

「分かりました」

「最後に一つ。夜伽は私が命じた時のみとする」

 予想外の言葉に、私は息を呑んだ。まさか彼が、そのようなことを要求してくるとは思わなかった。

「それは契約の条件にありませんでした」

「ああ。だが、私にはそれを要求する権利がある」

 レオンハルトは、冷たい瞳で私を見据えた。

「分かりました」

 私は悔しさを押し殺し、そう答えるしかなかった。

「では、他に何か?」

「ああ。契約期間は私が飽きるまでだ」

 私は再び息を呑んだ。この男、私を一体何だと思っているのだろうか。

「分かりました」

 しかし、それ以上何も言うことができなかった。エルバート伯爵家の再興のため、私はこの男と結婚するしかなかったのだから。

「では、契約成立ということで」

 レオンハルトは、そう言うと立ち上がり私に背を向けた。

「ああ。それと」

 彼は扉の前で足を止め、こちらを振り返った。

「今夜から、私の寝室で寝るように」

 私は彼の言葉に言葉を失った。

「分かりました」

 しかし、それしか言うことができなかった。

 こうして、私とレオンハルトの契約結婚生活が始まった。
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