婚約破棄で覚醒したポンコツ令嬢は、最強聖女として愛されます

白桃

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婚約破棄の屈辱

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 春の陽光が降り注ぐ王立アカデミーの庭園で、クラリス・アレスフォードは再び失敗していた。

「あ、あの…すみません!」

 クラリスは慌てて膝をつき、落としてしまった紅茶の染みを必死に拭おうとした。その姿はあまりにも滑稽で、周囲の貴族たちからは忍びやかな笑い声が漏れていた。

「また、やってくれたな、クラリス」

 冷たい声に顔を上げると、婚約者であるロラン・カーライル子爵の冷ややかな視線が突き刺さった。彼の完璧な容姿とは裏腹に、その目には常に軽蔑の色が浮かんでいた。

「ごめんなさい、ロラン…私、また精霊の光が見えて…」

「その言い訳はもう聞き飽きた」

 クラリスは肩を落とした。伯爵家の令嬢でありながら、彼女には「精霊の光が見える」という特殊な能力があった。しかし、光に気を取られてしまうせいで、しばしば周囲の状況が把握できなくなってしまう。そのせいで物を落としたり、つまずいたり、人にぶつかったりすることが日常茶飯事だった。

「本当に、ポンコツだな」

 ロランの吐き捨てるような言葉に、クラリスの心は再び傷つけられた。婚約してからすでに二年。最初はそれなりに優しかったロランも、今ではクラリスをただの「ポンコツ令嬢」としか見ていないようだった。

 ++++

 卒業パーティの日、華やかな装いをしたクラリスは、珍しく失敗なく過ごせていることに小さな幸せを感じていた。今夜は特別な夜。ロランとの関係も改善できるかもしれないと、わずかな希望を胸に抱いていた。

「皆さん、お知らせがあります」

 バルコニーの中央で突然声を上げたのは、ロランだった。彼の隣には侯爵令嬢のパトリシア・ウィンザーが立っている。彼女の唇には、うっすらと勝ち誇った微笑みが浮かんでいた。

「本日、私とパトリシア・ウィンザー令嬢の婚約を発表させていただきます」

 会場に歓声が上がる。

「そして、クラリス・アレスフォード令嬢との婚約は、本日をもって解消させていただきます」

 一瞬、会場が凍りついた。そして、次の瞬間には囁き声が波のように広がった。

 クラリスはその場に立ち尽くしていた。全ての視線が自分に注がれていることも、耳に入る嘲笑も、ほとんど感じなかった。ただロランの隣に立つパトリシアの姿だけが、彼女の目に焼き付いていた。

「…理由を聞いてもいいですか?」

 かろうじて声を絞り出したクラリスに、ロランは冷笑を浮かべた。

「理由なんて明白だろう。君は伯爵家の令嬢でありながら、あまりにもポンコツすぎる。精霊の光が見えるという証明の難しい能力を言い訳にして、常に失敗ばかり。そんな君と結婚して子どもをもうけるなんて、カーライル家の血を汚すようなものだ」

 会場からどよめきが上がる。

「パトリシアは違う。彼女は完璧だ。優雅で、気品があり、何よりも有能だ。君とは比べものにならない」

 パトリシアはうっすらと微笑んでロランの腕に手を添えた。その視線には勝利の色が濃く滲んでいた。

 クラリスの世界は、その瞬間に崩れ去った。

 ++++

「クラリス、しっかりして」

 友人のソフィアが心配そうにクラリスの部屋を訪ねてきた。卒業パーティから三日経っていたが、クラリスはほとんど部屋から出ていなかった。

「大丈夫よ、ソフィア…」

 しかし、その声は虚ろだった。

「あんなロランなんて、忘れてしまえばいいのよ。あなたには、もっといい人がきっといるわ」

 ソフィアの優しい言葉も、クラリスの心に届いているようには見えなかった。

「ねえ、聞いた?今朝、王都で大きな出来事があったみたいよ」

 気分転換にと、ソフィアは話題を変えた。

「聖女ミアが、偽聖女として糾弾されたんですって。本当の聖女は別にいたとか…」

 クラリスは初めて興味を示した。聖女ミアは王都で最も尊敬されていた女性の一人だった。

「どうなったの?」

「追放されたのよ。でも、面白いことに、ミアは全然落ち込まなかったみたい。むしろ『これで自由になれる』って笑っていたんですって」

 クラリスの目がわずかに輝いた。

「本当に?」

「ええ。それに、もう一つ噂があるの。追放された後のミアが、旅の途中で魔物に襲われた村を救ったんですって。彼女、実は本物の聖女だったのかもしれないわ」

「…ミアは、自分の力を信じていたのね」

 クラリスは窓の外を見つめた。そこには、彼女だけに見える精霊の光が、いつもより鮮やかに瞬いていた。

「ありがとう、ソフィア。ちょっと考えることがあるの」

 ソフィアが部屋を去った後、クラリスは初めて真剣に自分の能力について考えた。精霊の光が見えるということは、一体どういう意味なのか。それはただの幻覚ではなく、何かを示しているのかもしれない。

「もしかして…私も…」

 クラリスの心に、小さな希望の灯が灯った。
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