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Scene.11
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ミュージシャンてのは一種の自由業だから、休日はアルようでいてナイ、ナイのかというと、アル。
休みたいナ~と思ったらいくらでも休んでしまえるが、しかし仕事したいナ~と思っても仕事はアッチから勝手に来てはくれないから、あんまり年中休みたいナ~をやっていたら、干上がってしまう。
だから自分で仕事の目処と折り合いをつけながら、スケジュールを組んでオフを作るワケで、つまり何が言いたいのかというと、カレンダー通りの休みが取れるワケじゃないって話なのだ。
そういう世間は平日で、俺だけがオフの日に、俺は柊一を連れて都心に出掛けた。
柊一を連れて出たのは、彼の服を買うのが目的だったからだ。
マツヲさんなら「マリオネットに服を買うなんて悪趣味の極みだ!」とか言うだろうけど、最初からマンガみたいなマリンちゃんのビキニ姿ならまだしも、古代エジプト人の下級労働者みたいな柊一の褌姿は、あまりにも日常の違和感だ。
それに正直なところ、男とはいえ柊一の肌は酷く艶めかしい。
素っ裸はもちろん、半裸でも(半裸だからこそか?)危険にエッチな感じがしてしまうのだ。
でも俺は「今後一切下心を持って触れたりしません」って約束をしているから、いくら魅力的でもムラムラするわけにはいかないし、どうにか確立した和やかムードを今更険悪ムードに戻したくもないから、自制心を持って己の欲望をググッと押さえているンである。
そんな俺の前に、艶めかしい半裸体をチラつかされては、ヒジョーにヒジョーにヒジョーに困るのだ。
今までは、俺の服を貸していた。
欲望をググッと押さえている俺は、柊一の姿を極力視界に入れないようにしていたし、柊一も常に安全圏をキープしているらしく俺に接近してこないので、最初は気付かなかったのだが。
先日ふと、柊一の様子が微妙にだらしない風なことに気付いた。
少し考えたら、柊一が常に袖と裾をまくり上げているコトに思い当たり、それでようやく柊一に俺のサイズは大きすぎることに気付いたのだ。
ファッションで袖だの裾だのを長めに垂らすのを否定はしないが、柊一には全然似合ってないし、家事をやってるのに大きすぎる服は都合が悪いだろう。
それで俺は、柊一のサイズに合った服を購入することにしたのだ。
俺が「服を買いに行こう」と言ったら柊一は「必要ない」とか「無駄遣いをするな」とか言って、やたら尻込みをした。
ベッドを購入しようと言った時も感じたが、柊一は自分に金を掛けられるのを好ましく思ってないらしい。
初めはただ変なマリオネットだと思ってたけど、今はその理由について察しが付いてる。
柊一の意識には常に「本物のオーナーが見つかったらそっちへ帰る」という気持ちがあるから、俺に借りを作りたくないと思ってるのだ。
そのことを口に出して言えば、きっと柊一は否定するだろうけれ、いくら否定したって意識の底にあるものまでは消せやしない。
そして柊一のその感情を愉快に思ってない俺は、むしろ柊一にやたらと金を掛けたい気分になってて、衣類を買うなら近所のユニクロではなく、都心のマルイ辺りでブランド品を買い込まなきゃ気が済まなかった。
きっと似合うだろうと思っていたが、顔立ちも体型も申し分なく整っている柊一は、高価なデザイナーズブランドを着せても、全く非の打ち所のないモデル状態だった。
黒のレザーパンツやブルージーンズはもちろん、そんじょそこらのカットソーもちょっとラメの入ってるシャツも、柊一が着ると急に格好良くなってしまう。
「ハルカ、こんな派手な服、どこで着てろって言うンだよ?」
更衣室のカーテンの隙間から、柊一は不満そうに抗議してくる。
「ちっとも派手じゃないじゃん。似合ってるし、カッコイイよ?」
「家の中でこんな格好してどうすんだっつーの」
「ええ~? 買い物とか、その服で行けばいいじゃん」
「イヤだ。これならまだパジャマの方がマシだ」
「似合ってるのに~。そう思うよねェ?」
「大変良くお似合いですよ!」
商品を抱えて何気なさを装いつつ、美形を間近で見ようと寄ってきた女店員に相槌を求めると、待ってましたとばかりに満面の笑みで頷いてくれる。
マリオネットの服を買っていることが解ったら、店にイヤな顔をされるかもしれないと思って俺は柊一に黒のサングラスを掛けさせておいた。
そしたらフロアの女店員達が、柊一に熱い視線を注ぎまくりになってて、これはちょっと失敗だったかもしれない。
「スッゴク似合うよ、そのシャツとパンツと、さっき試着したのも一緒に包んで貰おう」
思いっきり不機嫌そうに眉を顰めて、柊一はサングラスの奥から俺を睨みつけた。
「無駄遣いするなっ!」
「いいじゃん、俺が稼いだ金を俺が使いたいように使って、なんの問題があるのさ?」
ふふん、と笑って。
店員に会計を頼むと、不機嫌さ丸出しの柊一を連れて別のフロアに回り、その後も柊一の意向は全く無視して、俺は俺が柊一に着せたい外出着と着せたい室内着を買った。
一通りショッピングが終わったら、丁度昼時だった。
なんとなく久しぶりにジャンクフードが食べたい気分だったので、ハンバーガーショップに入ってセットのバーガーと、単品でフローズンドリンクを注文して席に着く。
「はい、コレは柊一サンの分」
紙コップにストローが突き刺さっているLサイズのフローズン・ドリンクを差し出すと、柊一はものすごく不審な顔をした。
「コレ、なんだ?」
「租借しないで飲めて、栄養価の高そうなメニュー選んだんだけど」
「別に栄養は必要ないし、いちいち俺に金を使うな」
「だって二人並んで座ってるのに、柊一サンだけ食ってないの、なんかイヤじゃん」
「オマエは少し節制を心掛けろ」
「そんなのムリだよン、俺、自分勝手で自己中で自己満足だもん」
呆れた顔をしつつも、柊一はストローに口をつけた。
昔から思ってるんだけど、このテのフローズン・ドリンクって、ある程度溶けた後はなんてコト無いけど、買ってすぐに吸引しようとすると、モノスゴイ肺活量を要求されるんだよな。
案の定、普通のジュースとかと同じ感じでなにげにストローをくわえた柊一は、だんだん眉間にしわを寄せ、一所懸命に頬をへこませている。
そしてようやく口に入ってきたジュース(と思っていたもの)がアイスクリームのカタマリで、それをいきなり呑み込んでしまったらしい柊一は、目を白黒させた。
その一部始終を見ていながら爆笑せずに堪えた自分を、俺は自分で褒めたいくらいだ。
「何だよコレ!」
「租借しないで飲めて、栄養価の高そうなメニューで~す。って、そーゆーの口にしたコト無かったの?」
「知らん、こんなのっ」
爆笑はしなかったけど、ニヤニヤしながら見ていたらしくて、柊一は飲んだもののことより俺の様子に怒ってるみたいだった。
まぁ、そうだろうなあ。
柊一は「嗜好」も「感情」も無いと、俺に言った。
でも俺は柊一には「嗜好」も「感情」も有ると、思ってる。
柊一の元・オーナーに対する執着は、マリオネットの刷り込みであるという。
憶測に過ぎないが、柊一は他のマリオネットとは違うのだ。
たぶん柊一はオンリーワンモデルで、どれほどの金を掛けたか解らないけど、感情もしくはそれと同等の機能が備わっているんじゃないかと俺は思ってるのだ。
俺は基本的に好き嫌いは少なく、甘いのも辛いのもみんな大好きだから、酒のつまみはスルメとかチーズ鱈みたいな渇きモノ以外にも、スナック類からクッキーや甘納豆みたいな菓子類までAll OK! だったりする。
ところが柊一に買い物をさせるようになってから、つまみの買い置きヴァリエーションが、ビミョ~に甘いモノ寄りになった。
ワインに合うとか言って生チョコまで冷蔵庫に買い置きされてて、それらを俺が食っていると、まるで自分が美味しいみたいに嬉しそうな顔をする。
今だって俺の目の前でフローズン・ドリンクと格闘してる柊一の顔は、紛れもなくアイスの甘さや冷たさに一喜一憂してるのだ。
最初に柊一が「アルコールはダメだ」と言ったのだって、マリオネットにアルコールが良くないって意味の「ダメ」じゃなくて、ただ「アルコールは口に合わない」という意味だった気がしてる。
なぜなら柊一は、俺が苦みのある食べ物──ビールを飲んだり、焼きサンマの腑を食ってる時に、いかにも自然な反応で「よくそんなモン嬉しそうに食えるな?」みたいな顔つきをして、俺を見ていたからだ。
そしてさっきはあんな呆れ顔をしたクセに、俺が三段重ねのバーガーと付け合わせのポテトとナゲットを平らげる頃には、ちゃんとフローズン・ドリンクの紙コップを空にしていた。
「柊一サン、このゴミを片付けて店の前で待っててくれない?」
「ああ、うん」
アイス・コーヒーを飲んだ俺は、生理的理由で某所に用が出来たので、そう言って柊一にトレーを頼んだ。
この手の店のトイレってのは、数人いっぺんに利用出来るようになっているから、俺と一緒に誰かが入ってきたのは別に不自然なことじゃなかった。
しかしそいつが辺りを見回して、室内に俺と自分しかいない事を確かめてからニイ~ッと笑って傍に寄ってきたのは、かなり薄気味が悪いことと言えるだろう。
少なくとも俺はそいつに全く見覚えがなかったし、声を掛けられるような謂われもなかった。
気持ちが悪いので避けて逃げたかったが、用事を済ませてないし、さほどの広さがある訳でもないのでドア側を陣取られてしまったら、ディフェンスされて逃げ道もない。
一瞬、タチの悪いホモの変態かと思ったのだが。
「なぁアンタさぁ、アレどこで買ったの?」
ニイ~ッと笑ったままの男は、モノスゴク馴れ馴れしく俺に話しかけてきた。
「はあ? な、何の事ですか?」
「とぼけないでよ。アンタの連れ、マリオネットでしょ?」
「なんだ……そんなの、今どき、珍しくもないでしょ」
「そりゃ量産のマリオネット連れてるヤツなら、珍しくも何でもないけどサ。アンタの連れてるの、全然違うじゃん」
「それがどうかしたかよ?」
「アンタだってマリオネットのオーナーなら知ってるでしょ~? マリオネットのオーダーには、肖像権が適用されることくらい、サ」
「へ?」
「そんな顔したってダメダメ、あンだけあからさまなの作ってたら、知らぬ存ぜぬは通用しないゼ」
男の言ってることが、理解出来なかったわけじゃない。
マリオネットをオーダーメイドで製作する場合、フェイスパーツを生存する人間の顔そっくりに作る事は基本的に禁じられているし、俺はこう見えてもミュージシャンの端くれだから、肖像権とか著作権に関しては知識くらいある。
しかしこんな見も知らんヤツに、いきなりそんな話される意味が、全く判らなかった。
「マリオネットに肖像権が適用されるのは知ってるさ、でもそれがオマエに何の関係有るんだよ?」
「まだ誤魔化そうとして。アレ、東雲柊一だろ」
誰だよそれ? と思ったけど、俺はギリギリのところでその台詞を飲み込んだ。
このヤロウは柊一サンの顔を知ってるらしい。そしてそれがどこの誰なのかが判明すれば、柊一サンの元・オーナーの身元も判るかもしれない。
しかしこんなワケのワカランヤツに何かを訊いたりしたくないし、まして毛のスジ1本ほども弱みを見せたくナイ。
「なぁなぁ、モノは相談だけど、アンタの言い値を払うから、アレ売ってくれないか?」
「冗談じゃない、手放す気なんて無いね!」
「じゃあせめて、どーゆー裏ルートで作ったのかだけでも教えてくれよ」
「うるせェなぁ、そんなの自分で探せよ! そこをどかないと人を呼ぶぞ!」
睨みつけたらそいつは悔しそうな顔をしたけど、すぐに引っ込んだ。
こんなことなら最初から強気に出ればよかった。
俺は店の外で待っている柊一の所に行くと、柊一の腕を掴み、その場から離れた。
なんだかあいつが後からつけてくる気がして、頻繁に後ろを振り返りながら、大急ぎで駅に出て、人混みに紛れるように混んだ車両を選んで乗った。
柊一は、すごく怪訝な顔をしている。
「どうしたんだよ? そんなに慌てて……」
「なんでもない。…見たいテレビがあるから、急いでるだけ」
ヘタな嘘を吐いて誤魔化しながら、俺はずっと、あいつの言った名前のことを考えていた。
「シノノメシュウイチ」という名前からして、その人物はほぼ間違いなく柊一のモデルになった人間なんだろう。
嘘を吐いてまで柊一にそのことを言わなかったのは、知れば柊一は、もっと詳しい話を聴きたがることが解りきってたからだ。
俺はあんな行きずりのイカレた手合いと関わる気はないが、記憶の無い柊一にとっては、どんな奴だって手掛かりに思えるに決まっている。
ああいう手合いがどんなに無責任で卑劣かを、いくら説いたところで、情報がほしいだけの柊一にとっては、俺の言葉なんか意味をなさないだろう。
柊一は俺のヘタな嘘に納得したのか、はたまたそこまであからさまな嘘を吐く俺を問いつめても無意味だと諦めているのか、黙り込んでいる。
俺も無言でつり革にぶら下がっていたら、しばらくして柊一が、まるで独り言でも呟くようにボソッと言った。
「…メール、着てないのか?」
俺は携帯を取り出すと、黙って柊一に手渡した。
柊一の言う「メール」は、新田店長からの連絡の事を指す。
中古マリオネットの前・オーナーを探すなんて、藁の山から針を探すようなものだ。
なのに柊一は、販売に携わった人間からの情報を…それも新田店長のお人好しに縋るような、期待にもならぬような微弱な糸に縋っている。
変化のないメールの画面をしばらく見つめてから、柊一が俺に携帯を返してきた。
「そんなガッカリした顔するなよ」
「別に、ガッカリなんてしていない」
ぶっきらぼうに答えて、柊一はまた、黙り込む。
こんな顔を見せられると、本当にコレが人工生命体なのか? って思う。
人類の進歩に俺はひたすら驚嘆するばかりだ。
それにしても、柊一にモデルがいたとは考えた事もなかった。
これからは、柊一を連れ歩くのはもちろん、柊一を一人で外出させるのも、出来るだけ控えた方がイイな……と思った。
休みたいナ~と思ったらいくらでも休んでしまえるが、しかし仕事したいナ~と思っても仕事はアッチから勝手に来てはくれないから、あんまり年中休みたいナ~をやっていたら、干上がってしまう。
だから自分で仕事の目処と折り合いをつけながら、スケジュールを組んでオフを作るワケで、つまり何が言いたいのかというと、カレンダー通りの休みが取れるワケじゃないって話なのだ。
そういう世間は平日で、俺だけがオフの日に、俺は柊一を連れて都心に出掛けた。
柊一を連れて出たのは、彼の服を買うのが目的だったからだ。
マツヲさんなら「マリオネットに服を買うなんて悪趣味の極みだ!」とか言うだろうけど、最初からマンガみたいなマリンちゃんのビキニ姿ならまだしも、古代エジプト人の下級労働者みたいな柊一の褌姿は、あまりにも日常の違和感だ。
それに正直なところ、男とはいえ柊一の肌は酷く艶めかしい。
素っ裸はもちろん、半裸でも(半裸だからこそか?)危険にエッチな感じがしてしまうのだ。
でも俺は「今後一切下心を持って触れたりしません」って約束をしているから、いくら魅力的でもムラムラするわけにはいかないし、どうにか確立した和やかムードを今更険悪ムードに戻したくもないから、自制心を持って己の欲望をググッと押さえているンである。
そんな俺の前に、艶めかしい半裸体をチラつかされては、ヒジョーにヒジョーにヒジョーに困るのだ。
今までは、俺の服を貸していた。
欲望をググッと押さえている俺は、柊一の姿を極力視界に入れないようにしていたし、柊一も常に安全圏をキープしているらしく俺に接近してこないので、最初は気付かなかったのだが。
先日ふと、柊一の様子が微妙にだらしない風なことに気付いた。
少し考えたら、柊一が常に袖と裾をまくり上げているコトに思い当たり、それでようやく柊一に俺のサイズは大きすぎることに気付いたのだ。
ファッションで袖だの裾だのを長めに垂らすのを否定はしないが、柊一には全然似合ってないし、家事をやってるのに大きすぎる服は都合が悪いだろう。
それで俺は、柊一のサイズに合った服を購入することにしたのだ。
俺が「服を買いに行こう」と言ったら柊一は「必要ない」とか「無駄遣いをするな」とか言って、やたら尻込みをした。
ベッドを購入しようと言った時も感じたが、柊一は自分に金を掛けられるのを好ましく思ってないらしい。
初めはただ変なマリオネットだと思ってたけど、今はその理由について察しが付いてる。
柊一の意識には常に「本物のオーナーが見つかったらそっちへ帰る」という気持ちがあるから、俺に借りを作りたくないと思ってるのだ。
そのことを口に出して言えば、きっと柊一は否定するだろうけれ、いくら否定したって意識の底にあるものまでは消せやしない。
そして柊一のその感情を愉快に思ってない俺は、むしろ柊一にやたらと金を掛けたい気分になってて、衣類を買うなら近所のユニクロではなく、都心のマルイ辺りでブランド品を買い込まなきゃ気が済まなかった。
きっと似合うだろうと思っていたが、顔立ちも体型も申し分なく整っている柊一は、高価なデザイナーズブランドを着せても、全く非の打ち所のないモデル状態だった。
黒のレザーパンツやブルージーンズはもちろん、そんじょそこらのカットソーもちょっとラメの入ってるシャツも、柊一が着ると急に格好良くなってしまう。
「ハルカ、こんな派手な服、どこで着てろって言うンだよ?」
更衣室のカーテンの隙間から、柊一は不満そうに抗議してくる。
「ちっとも派手じゃないじゃん。似合ってるし、カッコイイよ?」
「家の中でこんな格好してどうすんだっつーの」
「ええ~? 買い物とか、その服で行けばいいじゃん」
「イヤだ。これならまだパジャマの方がマシだ」
「似合ってるのに~。そう思うよねェ?」
「大変良くお似合いですよ!」
商品を抱えて何気なさを装いつつ、美形を間近で見ようと寄ってきた女店員に相槌を求めると、待ってましたとばかりに満面の笑みで頷いてくれる。
マリオネットの服を買っていることが解ったら、店にイヤな顔をされるかもしれないと思って俺は柊一に黒のサングラスを掛けさせておいた。
そしたらフロアの女店員達が、柊一に熱い視線を注ぎまくりになってて、これはちょっと失敗だったかもしれない。
「スッゴク似合うよ、そのシャツとパンツと、さっき試着したのも一緒に包んで貰おう」
思いっきり不機嫌そうに眉を顰めて、柊一はサングラスの奥から俺を睨みつけた。
「無駄遣いするなっ!」
「いいじゃん、俺が稼いだ金を俺が使いたいように使って、なんの問題があるのさ?」
ふふん、と笑って。
店員に会計を頼むと、不機嫌さ丸出しの柊一を連れて別のフロアに回り、その後も柊一の意向は全く無視して、俺は俺が柊一に着せたい外出着と着せたい室内着を買った。
一通りショッピングが終わったら、丁度昼時だった。
なんとなく久しぶりにジャンクフードが食べたい気分だったので、ハンバーガーショップに入ってセットのバーガーと、単品でフローズンドリンクを注文して席に着く。
「はい、コレは柊一サンの分」
紙コップにストローが突き刺さっているLサイズのフローズン・ドリンクを差し出すと、柊一はものすごく不審な顔をした。
「コレ、なんだ?」
「租借しないで飲めて、栄養価の高そうなメニュー選んだんだけど」
「別に栄養は必要ないし、いちいち俺に金を使うな」
「だって二人並んで座ってるのに、柊一サンだけ食ってないの、なんかイヤじゃん」
「オマエは少し節制を心掛けろ」
「そんなのムリだよン、俺、自分勝手で自己中で自己満足だもん」
呆れた顔をしつつも、柊一はストローに口をつけた。
昔から思ってるんだけど、このテのフローズン・ドリンクって、ある程度溶けた後はなんてコト無いけど、買ってすぐに吸引しようとすると、モノスゴイ肺活量を要求されるんだよな。
案の定、普通のジュースとかと同じ感じでなにげにストローをくわえた柊一は、だんだん眉間にしわを寄せ、一所懸命に頬をへこませている。
そしてようやく口に入ってきたジュース(と思っていたもの)がアイスクリームのカタマリで、それをいきなり呑み込んでしまったらしい柊一は、目を白黒させた。
その一部始終を見ていながら爆笑せずに堪えた自分を、俺は自分で褒めたいくらいだ。
「何だよコレ!」
「租借しないで飲めて、栄養価の高そうなメニューで~す。って、そーゆーの口にしたコト無かったの?」
「知らん、こんなのっ」
爆笑はしなかったけど、ニヤニヤしながら見ていたらしくて、柊一は飲んだもののことより俺の様子に怒ってるみたいだった。
まぁ、そうだろうなあ。
柊一は「嗜好」も「感情」も無いと、俺に言った。
でも俺は柊一には「嗜好」も「感情」も有ると、思ってる。
柊一の元・オーナーに対する執着は、マリオネットの刷り込みであるという。
憶測に過ぎないが、柊一は他のマリオネットとは違うのだ。
たぶん柊一はオンリーワンモデルで、どれほどの金を掛けたか解らないけど、感情もしくはそれと同等の機能が備わっているんじゃないかと俺は思ってるのだ。
俺は基本的に好き嫌いは少なく、甘いのも辛いのもみんな大好きだから、酒のつまみはスルメとかチーズ鱈みたいな渇きモノ以外にも、スナック類からクッキーや甘納豆みたいな菓子類までAll OK! だったりする。
ところが柊一に買い物をさせるようになってから、つまみの買い置きヴァリエーションが、ビミョ~に甘いモノ寄りになった。
ワインに合うとか言って生チョコまで冷蔵庫に買い置きされてて、それらを俺が食っていると、まるで自分が美味しいみたいに嬉しそうな顔をする。
今だって俺の目の前でフローズン・ドリンクと格闘してる柊一の顔は、紛れもなくアイスの甘さや冷たさに一喜一憂してるのだ。
最初に柊一が「アルコールはダメだ」と言ったのだって、マリオネットにアルコールが良くないって意味の「ダメ」じゃなくて、ただ「アルコールは口に合わない」という意味だった気がしてる。
なぜなら柊一は、俺が苦みのある食べ物──ビールを飲んだり、焼きサンマの腑を食ってる時に、いかにも自然な反応で「よくそんなモン嬉しそうに食えるな?」みたいな顔つきをして、俺を見ていたからだ。
そしてさっきはあんな呆れ顔をしたクセに、俺が三段重ねのバーガーと付け合わせのポテトとナゲットを平らげる頃には、ちゃんとフローズン・ドリンクの紙コップを空にしていた。
「柊一サン、このゴミを片付けて店の前で待っててくれない?」
「ああ、うん」
アイス・コーヒーを飲んだ俺は、生理的理由で某所に用が出来たので、そう言って柊一にトレーを頼んだ。
この手の店のトイレってのは、数人いっぺんに利用出来るようになっているから、俺と一緒に誰かが入ってきたのは別に不自然なことじゃなかった。
しかしそいつが辺りを見回して、室内に俺と自分しかいない事を確かめてからニイ~ッと笑って傍に寄ってきたのは、かなり薄気味が悪いことと言えるだろう。
少なくとも俺はそいつに全く見覚えがなかったし、声を掛けられるような謂われもなかった。
気持ちが悪いので避けて逃げたかったが、用事を済ませてないし、さほどの広さがある訳でもないのでドア側を陣取られてしまったら、ディフェンスされて逃げ道もない。
一瞬、タチの悪いホモの変態かと思ったのだが。
「なぁアンタさぁ、アレどこで買ったの?」
ニイ~ッと笑ったままの男は、モノスゴク馴れ馴れしく俺に話しかけてきた。
「はあ? な、何の事ですか?」
「とぼけないでよ。アンタの連れ、マリオネットでしょ?」
「なんだ……そんなの、今どき、珍しくもないでしょ」
「そりゃ量産のマリオネット連れてるヤツなら、珍しくも何でもないけどサ。アンタの連れてるの、全然違うじゃん」
「それがどうかしたかよ?」
「アンタだってマリオネットのオーナーなら知ってるでしょ~? マリオネットのオーダーには、肖像権が適用されることくらい、サ」
「へ?」
「そんな顔したってダメダメ、あンだけあからさまなの作ってたら、知らぬ存ぜぬは通用しないゼ」
男の言ってることが、理解出来なかったわけじゃない。
マリオネットをオーダーメイドで製作する場合、フェイスパーツを生存する人間の顔そっくりに作る事は基本的に禁じられているし、俺はこう見えてもミュージシャンの端くれだから、肖像権とか著作権に関しては知識くらいある。
しかしこんな見も知らんヤツに、いきなりそんな話される意味が、全く判らなかった。
「マリオネットに肖像権が適用されるのは知ってるさ、でもそれがオマエに何の関係有るんだよ?」
「まだ誤魔化そうとして。アレ、東雲柊一だろ」
誰だよそれ? と思ったけど、俺はギリギリのところでその台詞を飲み込んだ。
このヤロウは柊一サンの顔を知ってるらしい。そしてそれがどこの誰なのかが判明すれば、柊一サンの元・オーナーの身元も判るかもしれない。
しかしこんなワケのワカランヤツに何かを訊いたりしたくないし、まして毛のスジ1本ほども弱みを見せたくナイ。
「なぁなぁ、モノは相談だけど、アンタの言い値を払うから、アレ売ってくれないか?」
「冗談じゃない、手放す気なんて無いね!」
「じゃあせめて、どーゆー裏ルートで作ったのかだけでも教えてくれよ」
「うるせェなぁ、そんなの自分で探せよ! そこをどかないと人を呼ぶぞ!」
睨みつけたらそいつは悔しそうな顔をしたけど、すぐに引っ込んだ。
こんなことなら最初から強気に出ればよかった。
俺は店の外で待っている柊一の所に行くと、柊一の腕を掴み、その場から離れた。
なんだかあいつが後からつけてくる気がして、頻繁に後ろを振り返りながら、大急ぎで駅に出て、人混みに紛れるように混んだ車両を選んで乗った。
柊一は、すごく怪訝な顔をしている。
「どうしたんだよ? そんなに慌てて……」
「なんでもない。…見たいテレビがあるから、急いでるだけ」
ヘタな嘘を吐いて誤魔化しながら、俺はずっと、あいつの言った名前のことを考えていた。
「シノノメシュウイチ」という名前からして、その人物はほぼ間違いなく柊一のモデルになった人間なんだろう。
嘘を吐いてまで柊一にそのことを言わなかったのは、知れば柊一は、もっと詳しい話を聴きたがることが解りきってたからだ。
俺はあんな行きずりのイカレた手合いと関わる気はないが、記憶の無い柊一にとっては、どんな奴だって手掛かりに思えるに決まっている。
ああいう手合いがどんなに無責任で卑劣かを、いくら説いたところで、情報がほしいだけの柊一にとっては、俺の言葉なんか意味をなさないだろう。
柊一は俺のヘタな嘘に納得したのか、はたまたそこまであからさまな嘘を吐く俺を問いつめても無意味だと諦めているのか、黙り込んでいる。
俺も無言でつり革にぶら下がっていたら、しばらくして柊一が、まるで独り言でも呟くようにボソッと言った。
「…メール、着てないのか?」
俺は携帯を取り出すと、黙って柊一に手渡した。
柊一の言う「メール」は、新田店長からの連絡の事を指す。
中古マリオネットの前・オーナーを探すなんて、藁の山から針を探すようなものだ。
なのに柊一は、販売に携わった人間からの情報を…それも新田店長のお人好しに縋るような、期待にもならぬような微弱な糸に縋っている。
変化のないメールの画面をしばらく見つめてから、柊一が俺に携帯を返してきた。
「そんなガッカリした顔するなよ」
「別に、ガッカリなんてしていない」
ぶっきらぼうに答えて、柊一はまた、黙り込む。
こんな顔を見せられると、本当にコレが人工生命体なのか? って思う。
人類の進歩に俺はひたすら驚嘆するばかりだ。
それにしても、柊一にモデルがいたとは考えた事もなかった。
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