オメガなおっさんは平穏に暮らしたい

琉斗六

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4:パーティー契約

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 その日、ジークは夕刻に冒険者ギルドへ立ち寄り、薬草採取のクエスト完了の報告を済ませると、夕食を食べるために行きつけの食堂へと向かおうとしていた。

「ジーク」

 聞き覚えのある声に、ジークはピシリ……と固まった。
 この声は、先日の圧力美女で間違いない。
 ここで掛けられたのが先日同様に「おじさん」であったらば、ジークは気付かないふりをしてスルー出来たかもしれない。
 が、今は名指しで呼び止められてしまった。
 ジークは、恐る恐る振り返る。

「まだ……、なにかご用が?」
「うん。僕のになって」
「お断りしましたよね?」

 あのあと、ジークはギルドの職員や冒険者仲間に、彼女の素性を聞いて回った。

 そして分かったのは──。
 曰く〝炎獄のブリュンヒルド〟との二つ名付きの一級冒険者であること。
 業物の槍を持ち、それに炎を纏わせて高位のモンスターを殲滅できる実力者であること。
 感情表現と言葉数が極端に少ないことで、コミュニケーションが取れず、ソロで活動していること。
 という、あまりお近づきになりたくない内容だった。

「ジーク。僕の誘いを断ると、困る」
「困りませんし」
「困るよ」

 ブリーは腰に付けている合切袋から、小さな小瓶を取り出してみせた。

「そ……それはっ!」
「ジークが買ってる、ミントロハーブ店のお薬・・。これ買ってるってことは、ジークはオ……」

 ジークはシュバッとブリーに飛びつき、口を塞ぐ。
 そしてモゴモゴ言っているブリーを引っ張って、人気ひとけのない路地に引っ張り込んだ。

「俺の性別を、路上で公言する気かよっ!」
「ジークが僕のになってくれるなら、黙ってる」
「カツアゲかっ!」
「なにそれおいしいの?」

 ジークはブリーから手を離すと、疲れ果てたような顔でため息をいた。

「……なら、河岸かしを変えるだけだ。公言したいなら、しろよ」
「なんで? そんなに僕と組むのいや?」
「嫌に決まってんだろ! 俺はアルファにつがいにされるのなんて、お断りなんだよ!」
「なんでつがい?」
「だって、あんたはアルファで、俺はオメガで……。あんたは自分のものになれって言ったろが」

 きょとんとした顔のブリーに苛立って、ジークはやや吐き捨てるように言った。

「僕は、ジークにごはん作って欲しいだけ。つがいはいらない」
「はあっ?!」
「レイドのカリー、おいしかった。体ぶんぶん動いた。夜のスープもおいしかった。すっごくよく寝れた。毎日食べたい」

 にこぉ……と笑った圧力美女の顔が、なつきまくっている大型犬に見えてくる。

──待て、落ち着け俺!

 ジークはぶぶぶぶぶっと、再び蜂の飛翔の首振りをする。

「でも、無理。レイドの時も言ったけど、俺はアルファに付いて行けるほど、元気ハツラツじゃないし。戦闘力も低い」
「僕、ジークにも身体強化掛けられる。気配遮断もできる。ジークの安全は守る」

 壁に背をつけたジークを、ブリーは両手で行く手を遮って、ぐいと迫った。
 ジークの目が、数秒、左右に泳ぐ。

「……お……お試し期間アリで! まずは一ヶ月、ほんとに俺がやってけるかどうか、体験してからなら……」
「いーよ。やった!」

 満面の笑みで、ブリーはジークをぎゅうっと抱きしめた。

「よせ! そのむっちりしたものを押し付けるなっ!」
「なんかジーク、良い匂いする。カリーの匂い……」
「やめろ! バンダナの中に鼻を突っ込むな!」

 ようやくの思いでブリーの腕を振りほどき、ジークは肩で息をする。

──やべぇ……。どんだけデカイんだあのおっぱい……。


§


 翌日、ジークはブリーを伴って、ハーゲンの元を訪れた。

「そんで、話ってなんだよ?」

 呼び出し要請がジークだけであれば、四級冒険者としてギルド長との面談を希望し、そこから日程調整などを経たのち、面談日がギルド側から指定されているのだが。
 伴っているのが一級冒険者、しかもそれが〝炎獄のブリュンヒルド〟ともなれば、ギルド長が時間を割いてくれる。

「実は、一ヶ月ほどお試しでパーティーを組むことになって……」
「はあっ?!」

 ハーゲンは、心底驚いた顔をした。
 どちらも、ギルド登録から現在に至るまで、誰からの誘いも絶対に受けないソロを貫き通してきている。

「ジークもだが……、ブリーが? 今更? パーティー??」
「ジークは、僕の」

 長椅子に座ったブリーと、距離を置くように端に座っていたジークが、一瞬にして抱き寄せられて、顔が変形するほどギュウと締め付けられている。

「ふぁなせってっ!」

 ジークは全力で暴れているが、ブリーは微動だにしない。

「おい、ブリー。離してやれ。話が出来ん」

 渋々といった面持ちでブリーが手を離すと、ジークは再び長椅子の端まで逃げた。

「これは、あくまでお試しで! 一ヶ月後に不都合があった場合、パーティーを解消出来るって〝ギルド長〟が立会人になってくれ!」

──そりゃあ、そうも言いたくなるだろうな……。

 必死の形相のジークを前に、ハーゲンはなるほどと頷いた。

「分かった。魔法契約書を作ってやる」
「絶対、ダイジョブだから、そんなのいらない」
「いるんだよっ!」

 グイグイ迫るブリーから逃げるために、とうとうジークは長椅子の向こう側に落ちた。


§


 ハーゲン立会の元、ブリーとジークは短期のパーティー契約を交わした。

──魔法契約書、それもギルド長も挟んだ書面なら、安心できる。

 クエストを選んでいるブリーの後ろで、ジークは一つ息を吐いた。
 力の強い者や、権威のある者を相手に、口約束など絶対にしたくない。
 そしてジーク自身は、少々居心地が良かったとしても、ブリーと正式のパーティーを組むつもりは微塵もなかった。

「この討伐にする」
「アスピドケロンの甲羅取り? マジかっ!」
「沼まで三日、往復六日。沼のほとりで狩りをする日数もあるから、二週間ぐらい?」
「そんな遠征、ったことねぇぞ……」

 後方支援専門職のジークにしてみれば、さほど等級の高くないモンスター相手であっても、出会ったら最後である。

──アスピドケロンといやぁ、二級指定のモンスターだ。これを単騎で複数討伐? しかも甲羅の採取となりゃ、傷を付けずに狩るってこったよな?

 にわかには信じられないが、聞けばブリーは一級だと言う。

──単騎で軍並みの武力ってか?

 ため息も出ない。

「じゃ、行こっか」
「どこに?」
「ん? 素材取りに行こうって、今決めたよね?」
「はあっ?!」

 ジークは眉間を抑える。

「いや、待て。一級のおまえさんはどーか知らんが、俺は遠征には準備時間が欲しい」
「何分ぐらい?」
「……出発は、明日にしてくれ」
「ん……、ワカッタ」

 脱力しつつ、ジークはギルドの外に向かった。
 と、後ろからブリーが付いてくる。
 ギルドを出て、そこから冒険者向けの屋台が並ぶ市場に向かうと、やはりブリーが付いてくる。

「なあ……」
「ん?」
「おまえさんは、別になんの準備もしないんだろ? なんで付いてくんだ?」
「ジークがなにを買うのか、興味ある」
「あ、そう……」

──刷り込みされたヒヨコかよ……。

 胸の内でため息をき、ジークは市場へ向かった。


§


 ジークは最初、乾燥ハーブを扱う店に立ち寄った。

「よう、ジーク。今日はなにを……」

 顔なじみの店主は、愛想良く声を掛けてきたが──。
 ジークの後ろに立っているブリーを見た瞬間、顔を強張らせる。

「おいジーク! そりゃ炎獄じゃねぇか! なにがあった!」

 引き攣った顔の店主は、ジークに顔を寄せてヒソヒソと問うた。

「これから一緒に、アスピドケロンの甲羅の採取に行く。トードグラスと、いつものハーブ類をくれ」
「炎獄のサポートか……。そりゃ、ご愁傷さま」

 商人というものは、耳ざとい。
 冒険者以上に、彼らは冒険者の情報を持っている。
 つまり店主は、ブリーが〝炎獄〟の二つ名持ちで、かつ感情表現と言葉数が極端に少なく、コミュニケーションを取りにくい相手と知っているのだ。

「それ、なにするの?」

 商品を受け取り店主にかねを渡していると、ブリーが訊ねてきた。

「トードグラスは、ヌマガエルの毒に効く。行き先が沼だと言っていただろ。一応、対策はしておいたほうが良い」
「そっちは?」
「料理に使ったり、虫よけにしたり……、色々?」
「ふうん」

 次に向かったのは、消耗品の雑貨を扱う店。

「おう、ジーク! 先日おまえに……」

 再び店主が、ジークの後ろのブリーを見て凍る。

「着火剤と、氷属性の魔石をくれ」
「それ、どうするの?」
「焚き火の種火と、採取した素材の保存とか?」
「ジーク、アイテムボックス持ってるのに、必要?」
「俺のアイテムボックスはさほどデカくないからな」

 市場を歩いている間中、似たような会話が繰り返された。

──完全にヒヨコだ、これ……。

 買い物を終える頃、ジークは、遠征より疲れていた。
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