オメガなおっさんは平穏に暮らしたい

琉斗六

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5:ブリュンヒルド

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 遠征先の沼地までは、徒歩で向かう。
 街道を進む間は、一応宿を取って休んだが。
 アスピドケロンが出る沼の傍では、野営をしなければならない。
 そこでペグを打ち込み、ちまちまとテントの設営をしているジークの脇で、ブリーは魔道具のテントをぽいと設置するだけだ。

──くそっ。高位冒険者の経済力か……。

 とはいえ、ジークは自身が高位冒険者になるつもりは微塵もない。
 高位になれば、それに伴う義務が増え、同時に貴族や王族と言った〝面倒な連中〟と付き合わねばならなくなる。

──絶対に、お断りだ。

「ねえ、なにしてるの?」

 気づけば、ブリーがジークの真後ろに立っていた。

「見りゃわかるだろ。設営してんだよ」
「こっちの、広いよ? いらないよ?」
「未婚の男女が二人きりでテント泊まりなんて、しちゃ駄目でしょうが!」

 ジークのセリフに、ブリーはきょとんとした顔をしたままだ。

「そりゃ、おまえさんはアルファで、非力な四級如きになんかされるなんて想像も出来ないかもしれないけどっ!」
「うん。ダイジョブ。だからジークも、こっちで寝よ?」
「駄目つってんでしょっ!」
「なんで? もしかしてオメガだから心配してる?」
「そーいう、なんか俺のなんかをゴリゴリ削る発言しないで」
「……ごめんなさい……」

 しょんぼりと謝られると、自分が悪いような気がして、ジークは頭を掻いた。

「すまん……」
「悪いのは、僕。……ジークのテント、手伝うね」

 ブリーはペグを掴むと、地面に突き立てた。
 ドンッ! と地面に響く振動が響く。
 見れば、ペグが地面にめり込んでいた。
 が、問題はそこではない。

「おい……」

 ペグを中心に、地面がえぐれていた。

「あ……」

 ジークは再び、先ほどとは全く違う意味でガリガリと頭を掻く。
 明らかにテントを張れない範囲で、えぐれた地面。

「ごめんなさい……」
「もーいーよ……」

 無理にテントの場所を確保すると、煮炊きができなくなる。
 それは、ジークが同行した本来の仕事を放棄することだ。
 ため息をいて、ジークはテント張りを放棄した。


§


 ジークは石を積み、簡易のかまどをこしらえ、アイテムボックスから鍋を取り出した。

「カリーがいい」
「はあ?」
「ごはん、カリーがいい」

 ジークは少し困り顔になる。

「明日の朝の予定だったんだが……」
「なんで?」
「おまえさんが言う討バフ・・効果があるからさ」
「なんでジークのごはん食べると、討バフ・・つくの?」
「ハーブには、血行促進みたいな健康効果があってな。組み合わせによっちゃ、闘志向上とか反射速度アップ、あとは魔力循環の効率が上がったりするんだよ。まぁ、微々たるもんだけどな」
「そういう魔法薬ポーションがあるのは、知ってる。でもマズい」
「そりゃそうだ。元を正せば草だし」
「なんで、ジークのおいしいの?」
「カリーは、俺の故郷の料理をアレンジしてんだ。辛味と香りの強いハーブを使って、バフ効果のある薬草の苦みを感じさせないように調整したからな」
からいのおいしい。食べたい」
「バフが付いて、寝られなくなっても知らねェぞ」

 呆れ顔のジークに、ブリーは大きくうんうんと頷いてみせる。
 結局、押し切られて夕食はカリーになった。

「ジークのごはん、おいしい。宿よりおいしい」
「いや、宿屋の飯、美味かったじゃん」
「ジークのほうがおいしい」
「そりゃ、バフの所為だろ」

──こうも真っ向から褒められるのは、苦手だ……。

 ジークはブリーから目を逸らし、意識的に焚き火の炎を見つめた。
 とにかくブリーの態度は、ジークの意表を突きまくっている。
 個人で一個師団ほどの戦力を持つ一級冒険者。
 国家の依頼ですら、気が向かなければ応じない。

 だが──。

 市場での言動もそうだが、とにかくブリーは常識が欠けている。
 放っておくと何をしでかすかわからない……とは、ハーゲンの言葉だが。

──確かにこりゃあ、持て余すわな。子供みたいに、本能だけで行動してやがる……。

 心の中でため息をき、次にジークが唱えた言葉は「くわばらくわばら」だった。


§


 テントの中は、想像以上に立派な〝部屋〟だった。
 魔道具のテントは、ポイと地面に投げるだけで、設置も固定も勝手にされる。
 更に、中は空調も管理された快適空間であり、外部からの衝撃にも強く、外敵の接近や襲撃時には警鐘も鳴る。

──至れり尽くせりだよなぁ。

 ジークも冒険者になって間もない頃は、この魔道具に憧れを持ったが。
 魔道具とは、使用するたび、核に魔力供給が必要で、自分ではそれが維持できないと知って諦めた。

「なんで寝袋に入ってるの?」
「そりゃ、俺の寝具がこれだからに決まってんだろ」

 テントに置かれたベッドの上で、ブリーが首を傾げている。

「一緒に寝れるよ? 僕、寝相悪くない」
「だから! 俺は男女の同衾に抵抗あるって言ってんだよっ!」
「ジーク、動悸してるの?」
「健康の話はしてないの! 倫理の話をしてるの!」

 ブリーの不満そうな顔を無視して、ジークは寝袋の口をぴっちり閉めると、ベッドに背を向け横になった。
 会話を拒否した態度が功を奏したのか、ブリーは黙って室内の明かりを落とすと、自分もごそごそ横たわる気配がする。

 ため息をいて、ジークは目を閉じた。
 とはいえ、完全に気を抜いて安堵したわけではない。
 しばらくは息を詰めて、ブリーの様子を伺う。
 もそもそと動く音はするが、大人しく就寝しようとしているらしい気配。
 そして、しばらくすると落ち着いた寝息が聞こえてきた。

──はあ、やれやれだ……。

 今度こそはと、ジークも眠ることにした。


§


 うとうとと眠りについて、どれくらいの時間が経ったことだろうか?
 ジークは、不穏な空気に眠りを妨げられた。

 だからといって、テントの外敵察知が起動したわけではない。
 聞こえてくるのは、荒い息遣い。
 ジークは寝袋から出て、ブリーの様子を見る。
 肩で息をしているように見えて、ジークは手を伸ばす。

「おい……」
「……っ!」

 バッと振り返ったブリーは、今まで見せたこともない獣じみた表情に、アルファ特有の暗闇ですら光って見える、赤い瞳をしていた。

「ちょ……!」

 ヤバいと思って逃げようとしたが、間に合わなかった。
 腕を掴まれてグイと引かれると、抵抗の余地もなくベッドに引っ張り込まれる。
 そして、ブリーはいきなりジークのバンダナに噛みついた。

「おまえ……なんで発情ラット起こしてんだっ!」
「ふーっ! ふしゅーっ!」

 返事はない。
 バンダナを食い破らんばかりに噛み付き、それが叶わないとなったら、両手がジークの服を引き裂いた。

「ちょっ! よせっ! くすぐってぇ! やめろっ!」

 最初はうひゃうひゃ笑っていたジークだが、ブリーの息遣いの荒さに事態が急を要す深刻さであると感じる。

「ちょっ、マジやめろってっ!」

 押し返そうにも、ブリーの力に叶うわけもない。

「いいにおい……、ジーク、おいしそう……」

──ヤベッ!

 ゾクリとした瞬間、自身の身体がおのれの意に反して、なんらかの反応を始めたことにジークは気付いた。

 ふんふんと体を嗅ぎ回るブリーに、ジークは危機感を覚えて思わず両手でパンツの紐を握りしめた。

「いいにおい……、ここからする……」
「やめろ! よせっ! そこは不可侵領域だっ!」

 しかしそんな抵抗虚しかった。

「きゃーーーーー!」

 闇の中に、甲高い男性の悲鳴が響いた。
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