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第2話
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今回の打ち上げは、ホテルのラウンジバーを貸切にしてあった。
この手の規模の「イベント」ともなればレーベル会社の大物なんかも顔を出す。
俺はセッセと室内を回って、エラそげなオッサン達に愛想を撒いて撒いて撒きまくったが、中でも俺の本命ターゲットは中師というオッサンだった。
東雲氏が所属しているレーベル会社は国内でも一流ドコロだが、中師氏はそこの最高経営責任者というモノスゴク偉いオッサンなんである。
普通、ポッと出の新人が現れた時、業界では二流(またはそれ以下)のレーベルが契約をして、そこそこ知名度が上がったところで一流ドコロに移籍する…ってのが定番なのだが。
東雲氏の場合は、一発屋で終わるだろうと予測した二流レーベル群が、いかに一瞬の美味い汁だけ吸うかの攻防を繰り広げていた時に、中師氏の鶴の一声で破格の契約と相成った。
この話は業界では既に伝説になっているが、つまり中師氏の「一声」は水戸黄門の印籠さながらの威力を発揮するという事なのだ。
もちろん俺と同じように考えている輩はたっぷりいるし、オッサン自身がそうした鬱陶しい連中を簡単に近づけさせる訳もないから、なかなかアピールのしようもない…ってのが現状なんだが。
「あ、キミ!」
不意に、男が俺の顔を指差した。
中師氏にお近づきになろうとしていた俺は、いきなり真正面に立って俺の行く手を阻んだヤツにビックリすると同時に、ちょっと腹も立ったのだが。
「キミさ、神巫悠だろ?」
いやにすっとぼけた口調でニコニコ(握手を求めるように)手を伸ばしてきた相手が、主役の東雲柊一である事に気付いたのは、今まで俺のコトなんて全く眼中になかった中師氏がこちらに視線を寄越してきたからだった。
「ハルカだけでイイッスよ」
「そう、じゃあハルカって呼ばせてもらうよ。俺、キミのアルバム聴いたよ」
「ええ? 東雲サンがですか? あんな俺のファンつーか、一部のマニアックなヤツしか買わないようなヤツを?」
「マニアってほどマイナーでもないだろ。ギターのインストだからセールスは伸びなかったのかもだけど、変にヴォーカルを入れて媚びてないところが、やりたい事がハッキリ伝わってきて面白かったよ。キミ、表現力もあるし」
「東雲サンにそんな風に褒められると、なんか照れますけど」
好意的な東雲氏に、俺はお義理の愛想で返していた。
確かに東雲氏はレーベルのドル箱だが、彼の一存が業界にまかり通るほどのものではない。
ゆえに東雲氏とのコミュニケーションは、俺にとってさほどの恩恵にならないのだ。
しかも俺は同業者として、このヒトの創作にはほとんど関心が無かった。
東雲氏のデビュー・アルバムは、ヒット曲はともかくそれ以外はパッとしない感じだったし、セカンドアルバムは事務所のプロモーションで体裁を保っていたものの、内容的にはまるっきり冴えなかったからだ。
しかしその後にリリースされたサードアルバムがファーストを超えるロング・ヒットとなり、続くミニアルバムも好調にセールスを続けて、東雲氏は現在の地位にいるのである。
だが俺は、それらの東雲氏のアルバム全編に奇妙な波…というか、二重性のようなものを感じた。
創作物に出来不出来があるものだが、東雲氏のインスピレーションは特に不安定で、実力は大した事がないように思えるのだ。
だから俺は東雲氏の創作には敬意を抱いておらず、まぁ懇意になっとけばナンカの恩恵にあやかれるかもナ…程度の存在にしか思ってなかった。
薄っぺらな俺の愛想笑いをどう受け取っているのか、東雲氏はニコニコしながら、自分の連れに向かって語りかけていた。
「レン。彼が、このあいだ貸したCDの作者なんだぜ」
人混みの中にいても一際目立つ独特の雰囲気を持ったその男は、俺に向かってヌッと右手を伸ばしてきた。
「こんばんわ、えっと………ハラカ…さん?」
やたらに背がでっかくて変に強面なので、最初はふざけているのかと思ったのだが…。
「チガウだろ~、ハルカって読むんだって、ちゃんと教えてやったじゃん!」
「だって俺、英語に弱いんだよ」
「英語に弱いヤツが医者になれるのかよ」
「ん、医者に必要なのは英語よりドイツ語だからね」
「都合イイことばっか言ってんじゃないよ。それに彼の名前は別に英語じゃないつーの」
目の前でいきなり漫才を始められて、俺は少々面食らった。
「あの、お医者さん…なんですか?」
「うん。レンは俺の主治医…つーか……。友達なんだけどさ」
「どうも。多聞蓮太郎です、よろしく」
「レンにハルカのアルバムを貸してやったら、すっかり気に入って返してくれないんだぜ」
「そんなにお気に召したなら、1枚買って下さいよ」
「買いに行ったんだよ。でもタイトルを正確に覚えてられなくて、いつも店頭で途方に暮れて帰ってくるんだ。シノさんに借りているヤツを定価で引き取るから、シノさんが新しいのを買えばいいって言ってるんだけど」
「俺だってそんなにヒマじゃねェっちゅーの」
「じゃあ俺から直接買って下さいよ、持ってきますから」
「え? ホント? それなら借りてるCDはシノさんに返すよ」
「新品を俺によこせ、つーの!」
二人はそのまま雑談を続ける気配だし、この二人を振り払ったところで、目当ての中師氏はもう競争率が高くて傍に寄る事もままならないので、今日はこのまま東雲氏と交流を図っておくのが無難かな…と俺が作戦変更を決めかけた時。
この手の規模の「イベント」ともなればレーベル会社の大物なんかも顔を出す。
俺はセッセと室内を回って、エラそげなオッサン達に愛想を撒いて撒いて撒きまくったが、中でも俺の本命ターゲットは中師というオッサンだった。
東雲氏が所属しているレーベル会社は国内でも一流ドコロだが、中師氏はそこの最高経営責任者というモノスゴク偉いオッサンなんである。
普通、ポッと出の新人が現れた時、業界では二流(またはそれ以下)のレーベルが契約をして、そこそこ知名度が上がったところで一流ドコロに移籍する…ってのが定番なのだが。
東雲氏の場合は、一発屋で終わるだろうと予測した二流レーベル群が、いかに一瞬の美味い汁だけ吸うかの攻防を繰り広げていた時に、中師氏の鶴の一声で破格の契約と相成った。
この話は業界では既に伝説になっているが、つまり中師氏の「一声」は水戸黄門の印籠さながらの威力を発揮するという事なのだ。
もちろん俺と同じように考えている輩はたっぷりいるし、オッサン自身がそうした鬱陶しい連中を簡単に近づけさせる訳もないから、なかなかアピールのしようもない…ってのが現状なんだが。
「あ、キミ!」
不意に、男が俺の顔を指差した。
中師氏にお近づきになろうとしていた俺は、いきなり真正面に立って俺の行く手を阻んだヤツにビックリすると同時に、ちょっと腹も立ったのだが。
「キミさ、神巫悠だろ?」
いやにすっとぼけた口調でニコニコ(握手を求めるように)手を伸ばしてきた相手が、主役の東雲柊一である事に気付いたのは、今まで俺のコトなんて全く眼中になかった中師氏がこちらに視線を寄越してきたからだった。
「ハルカだけでイイッスよ」
「そう、じゃあハルカって呼ばせてもらうよ。俺、キミのアルバム聴いたよ」
「ええ? 東雲サンがですか? あんな俺のファンつーか、一部のマニアックなヤツしか買わないようなヤツを?」
「マニアってほどマイナーでもないだろ。ギターのインストだからセールスは伸びなかったのかもだけど、変にヴォーカルを入れて媚びてないところが、やりたい事がハッキリ伝わってきて面白かったよ。キミ、表現力もあるし」
「東雲サンにそんな風に褒められると、なんか照れますけど」
好意的な東雲氏に、俺はお義理の愛想で返していた。
確かに東雲氏はレーベルのドル箱だが、彼の一存が業界にまかり通るほどのものではない。
ゆえに東雲氏とのコミュニケーションは、俺にとってさほどの恩恵にならないのだ。
しかも俺は同業者として、このヒトの創作にはほとんど関心が無かった。
東雲氏のデビュー・アルバムは、ヒット曲はともかくそれ以外はパッとしない感じだったし、セカンドアルバムは事務所のプロモーションで体裁を保っていたものの、内容的にはまるっきり冴えなかったからだ。
しかしその後にリリースされたサードアルバムがファーストを超えるロング・ヒットとなり、続くミニアルバムも好調にセールスを続けて、東雲氏は現在の地位にいるのである。
だが俺は、それらの東雲氏のアルバム全編に奇妙な波…というか、二重性のようなものを感じた。
創作物に出来不出来があるものだが、東雲氏のインスピレーションは特に不安定で、実力は大した事がないように思えるのだ。
だから俺は東雲氏の創作には敬意を抱いておらず、まぁ懇意になっとけばナンカの恩恵にあやかれるかもナ…程度の存在にしか思ってなかった。
薄っぺらな俺の愛想笑いをどう受け取っているのか、東雲氏はニコニコしながら、自分の連れに向かって語りかけていた。
「レン。彼が、このあいだ貸したCDの作者なんだぜ」
人混みの中にいても一際目立つ独特の雰囲気を持ったその男は、俺に向かってヌッと右手を伸ばしてきた。
「こんばんわ、えっと………ハラカ…さん?」
やたらに背がでっかくて変に強面なので、最初はふざけているのかと思ったのだが…。
「チガウだろ~、ハルカって読むんだって、ちゃんと教えてやったじゃん!」
「だって俺、英語に弱いんだよ」
「英語に弱いヤツが医者になれるのかよ」
「ん、医者に必要なのは英語よりドイツ語だからね」
「都合イイことばっか言ってんじゃないよ。それに彼の名前は別に英語じゃないつーの」
目の前でいきなり漫才を始められて、俺は少々面食らった。
「あの、お医者さん…なんですか?」
「うん。レンは俺の主治医…つーか……。友達なんだけどさ」
「どうも。多聞蓮太郎です、よろしく」
「レンにハルカのアルバムを貸してやったら、すっかり気に入って返してくれないんだぜ」
「そんなにお気に召したなら、1枚買って下さいよ」
「買いに行ったんだよ。でもタイトルを正確に覚えてられなくて、いつも店頭で途方に暮れて帰ってくるんだ。シノさんに借りているヤツを定価で引き取るから、シノさんが新しいのを買えばいいって言ってるんだけど」
「俺だってそんなにヒマじゃねェっちゅーの」
「じゃあ俺から直接買って下さいよ、持ってきますから」
「え? ホント? それなら借りてるCDはシノさんに返すよ」
「新品を俺によこせ、つーの!」
二人はそのまま雑談を続ける気配だし、この二人を振り払ったところで、目当ての中師氏はもう競争率が高くて傍に寄る事もままならないので、今日はこのまま東雲氏と交流を図っておくのが無難かな…と俺が作戦変更を決めかけた時。
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