メビウスのトンネル

琉斗六

文字の大きさ
2 / 25

第2話

しおりを挟む
 今回の打ち上げは、ホテルのラウンジバーを貸切にしてあった。
 この手の規模の「イベント」ともなればレーベル会社の大物なんかも顔を出す。
 俺はセッセと室内を回って、エラそげなオッサン達に愛想を撒いて撒いて撒きまくったが、中でも俺の本命ターゲットは中師というオッサンだった。
 東雲氏が所属しているレーベル会社は国内でも一流ドコロだが、中師氏はそこの最高経営責任者というモノスゴク偉いオッサンなんである。
 普通、ポッと出の新人が現れた時、業界では二流(またはそれ以下)のレーベルが契約をして、そこそこ知名度が上がったところで一流ドコロに移籍する…ってのが定番なのだが。
 東雲氏の場合は、一発屋で終わるだろうと予測した二流レーベル群が、いかに一瞬の美味い汁だけ吸うかの攻防を繰り広げていた時に、中師氏の鶴の一声で破格の契約と相成った。
 この話は業界では既に伝説になっているが、つまり中師氏の「一声」は水戸黄門の印籠さながらの威力を発揮するという事なのだ。
 もちろん俺と同じように考えている輩はたっぷりいるし、オッサン自身がそうした鬱陶しい連中を簡単に近づけさせる訳もないから、なかなかアピールのしようもない…ってのが現状なんだが。

「あ、キミ!」

 不意に、男が俺の顔を指差した。
 中師氏にお近づきになろうとしていた俺は、いきなり真正面に立って俺の行く手を阻んだヤツにビックリすると同時に、ちょっと腹も立ったのだが。

「キミさ、神巫悠かんなぎはるかだろ?」

 いやにすっとぼけた口調でニコニコ(握手を求めるように)手を伸ばしてきた相手が、主役の東雲柊一である事に気付いたのは、今まで俺のコトなんて全く眼中になかった中師氏がこちらに視線を寄越してきたからだった。

「ハルカだけでイイッスよ」
「そう、じゃあハルカって呼ばせてもらうよ。俺、キミのアルバム聴いたよ」
「ええ? 東雲サンがですか? あんな俺のファンつーか、一部のマニアックなヤツしか買わないようなヤツを?」
「マニアってほどマイナーでもないだろ。ギターのインストだからセールスは伸びなかったのかもだけど、変にヴォーカルを入れて媚びてないところが、やりたい事がハッキリ伝わってきて面白かったよ。キミ、表現力もあるし」
「東雲サンにそんな風に褒められると、なんか照れますけど」

 好意的な東雲氏に、俺はお義理の愛想で返していた。
 確かに東雲氏はレーベルのドル箱だが、彼の一存が業界にまかり通るほどのものではない。
 ゆえに東雲氏とのコミュニケーションは、俺にとってさほどの恩恵にならないのだ。
 しかも俺は同業者として、このヒトの創作にはほとんど関心が無かった。
 東雲氏のデビュー・アルバムは、ヒット曲はともかくそれ以外はパッとしない感じだったし、セカンドアルバムは事務所のプロモーションで体裁を保っていたものの、内容的にはまるっきり冴えなかったからだ。
 しかしその後にリリースされたサードアルバムがファーストを超えるロング・ヒットとなり、続くミニアルバムも好調にセールスを続けて、東雲氏は現在の地位にいるのである。
 だが俺は、それらの東雲氏のアルバム全編に奇妙な波…というか、二重性のようなものを感じた。
 創作物に出来不出来があるものだが、東雲氏のインスピレーションは特に不安定で、実力は大した事がないように思えるのだ。
 だから俺は東雲氏の創作には敬意を抱いておらず、まぁ懇意になっとけばナンカの恩恵にあやかれるかもナ…程度の存在にしか思ってなかった。
 薄っぺらな俺の愛想笑いをどう受け取っているのか、東雲氏はニコニコしながら、自分の連れに向かって語りかけていた。

「レン。彼が、このあいだ貸したCDの作者なんだぜ」

 人混みの中にいても一際目立つ独特の雰囲気を持ったその男は、俺に向かってヌッと右手を伸ばしてきた。

「こんばんわ、えっと………ハラカ…さん?」

 やたらに背がでっかくて変に強面なので、最初はふざけているのかと思ったのだが…。

「チガウだろ~、ハルカって読むんだって、ちゃんと教えてやったじゃん!」
「だって俺、英語に弱いんだよ」
「英語に弱いヤツが医者になれるのかよ」
「ん、医者に必要なのは英語よりドイツ語だからね」
「都合イイことばっか言ってんじゃないよ。それに彼の名前は別に英語じゃないつーの」

 目の前でいきなり漫才を始められて、俺は少々面食らった。

「あの、お医者さん…なんですか?」
「うん。レンは俺の主治医…つーか……。友達なんだけどさ」
「どうも。多聞蓮太郎たもんれんたろうです、よろしく」
「レンにハルカのアルバムを貸してやったら、すっかり気に入って返してくれないんだぜ」
「そんなにお気に召したなら、1枚買って下さいよ」
「買いに行ったんだよ。でもタイトルを正確に覚えてられなくて、いつも店頭で途方に暮れて帰ってくるんだ。シノさんに借りているヤツを定価で引き取るから、シノさんが新しいのを買えばいいって言ってるんだけど」
「俺だってそんなにヒマじゃねェっちゅーの」
「じゃあ俺から直接買って下さいよ、持ってきますから」
「え? ホント? それなら借りてるCDはシノさんに返すよ」
「新品を俺によこせ、つーの!」

 二人はそのまま雑談を続ける気配だし、この二人を振り払ったところで、目当ての中師氏はもう競争率が高くて傍に寄る事もままならないので、今日はこのまま東雲氏と交流を図っておくのが無難かな…と俺が作戦変更を決めかけた時。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

カーマン・ライン

マン太
BL
 辺境の惑星にある整備工場で働くソル。  ある日、その整備工場に所属不明の戦闘機が不時着する。乗っていたのは美しい容姿の青年、アレク。彼の戦闘機の修理が終わるまで共に過ごすことに。  そこから、二人の運命が動き出す。 ※余り濃い絡みはありません(多分)。 ※宇宙を舞台にしていますが、スター○レック、スター・○ォーズ等は大好きでも、正直、詳しくありません。  雰囲気だけでも伝われば…と思っております。その辺の突っ込みはご容赦を。 ※エブリスタ、小説家になろうにも掲載しております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...