メビウスのトンネル

琉斗六

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第7話

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 敢えて追求せずとも、青山氏の言った「第二段階」が実にクセモノな洗礼であるコトを、俺は身をもって知った。
 青山&広尾・先達コンビの言った通り(と言うか世間のウワサ通りに)東雲柊一は、まるっきり二重人格みたいなお天気屋だったのだ。
 あんまり見事に豹変するので、マジでアタマの病気を疑いたくなったが、しかしだからといって俺如き末席のスタッフが主役に「病院行って検査してこい」なんて言える訳もない。
 俺に出来る事と言えば、先達を習って、ジッと身を潜め嵐が去るのを待つだけだった。
 しかし人間の順応性ってのは大したモノで、スタジオリハを経て全国行脚のツアーに出る頃には俺も周囲と同様に、東雲氏の二重性にすっかり慣れっこになっていた。

「ハルカって、実は結構飲めるんだって? 打ち上げン時はちっとも飲まないの、どーしてだよ?」

 公演後の、食事を兼ねた打ち上げの席で、不意に東雲氏がそんな事を言った。

「いやあ、翌日がある時はあんまり羽目を外せないだけッスよ」

 答えた俺に、東雲氏はふうんとつまらなそうに鼻を鳴らす。
 最近では東雲氏の気分がどっちに向いているか、なんとなく察せるようになっていて、俺はココロの中で「今日の東雲氏は2号のほーだナ…」と見定めた。
 東雲1号と東雲2号は、俺が勝手に付けた識別名だ。
 1号は俺が初めて会った時の東雲氏で、温厚で気さくだが、仕事にだけは厳しくて、他人にはもちろん自分自身も決して手抜きを許さない。
 対する2号の東雲氏は気まぐれでアバウト、茶目っ気があるが、どんな時でも自分に優しく他人に厳しく、気にそぐわぬ事があると烈火の如く怒り出す。
 そしてどうやらニュートラル状態の東雲氏は、よりやっかいな性質の2号の方らしいのだ。

「オマエさぁ、冒険好き?」
「んー…どうでしょう? 俺って結構気が小さいんですよ」

 俺は曖昧に返答を濁した。
 相手が1号ならばざっくばらんに話せるが、2号の場合、迂闊に口を滑らせると後でどんな祟りになってくるか、分かったモンじゃないからだ。

「シノさん、また新人クンをからかってるの?」

 少し離れた席にいた多聞氏が、何かに気付いたらしくこちらの席に移ってきた。
 いくら友人とはいえ一個人のミュージシャンのツアーに総合病院の院長たる人物が同行しているなんて、かなり異例の事と思う。
 でも東雲氏の二重性を考えると、精神科医が同行しているのが「東雲氏の持病=ホンモノ」という構図を無言で認めているようで、あまり突っ込みたくない部分である。
 結論から言わせてもらえるなら、多聞氏の同行は、メンバーの安心感というか、一種の護符になっているような気がする。

「なんだよ、レンには関係ねェだろ?」
「つれないねえ。俺のほうがよっぽどシノさんに誘われたいよ?」
「オマエみたいに肝の小せェのは、ダメなんだよ」
「それなら俺だって小さいですって」
「そーかぁ? 俺はハルカは結構大胆だと思ってンだけどな!」
「まさか。肝が据わってたら今頃、東雲サンと肩を並べるライバルになってますよ」
「そーいう図々しい発言が出来るトコが大胆だっちゅーの」
「いーよなぁ、ハルカ君は。俺なんてこんなに付き合い長いのに、ちっとも誘って貰えないんだぜ?」
「それは東雲サンが、まだ俺の正体を知らないからですよ」

 俺の返事に東雲氏は、やや不満そうに「ちぇっ」と舌打ちをする。

「ちょっとハルカさぁ! 先刻の話なんだけど…」
「え?」

 急に名前を呼ばれて振り返ると、かなり離れた席の青山サンに声を掛けられて、俺にコイコイのジェスチャーをしている。

「あ、なんかあっちに呼ばれてるんで、ちょっと失礼します」

 2号の醸すなんとなく不穏な空気を読み取っていた俺は、青山氏の合図をこれ幸いとばかりに席を立ち、2号から逃げた。
 傍に寄ると、青山氏の隣で飲んでいた広尾氏がニイ~ッと笑った。

「おめでとう~、ハルカ君とうとう第二段階クリアだって?」
「はぁ?」
「今、シノさんからお誘いされてたんでしょ? 多聞サンが目配せしてくれたから、わざわざ呼んであげたんだよ?」
「ええっ?」

 ビックリしながらも、そこであからさまに振り返っては折角の多聞氏と青山氏の厚意が無になってしまうから、俺はそうっと肩越しに背後に振り返った。
 東雲氏が今度は北沢氏に絡んでいる横で、多聞氏がのほほんとした顔のままこそっと指先を左右に振ったのが見える。

「アレ、一体何だったんです?」
「スピードの勧誘~」

 シレッとした顔の広尾氏の台詞に、一瞬意味が理解出来なかったが。

「……………えええええっ!」
「ハルカく~~ん、ちょ~ウルサイでぇ~~す」

 俺のマジたまげ声は、青山氏のギャグちっくなツッコミが笑いに変えてくれたコトで、なんとか誤魔化して貰ったが。

「……………だって……それって、覚醒剤でしょう」
「秘密の話ってのはねェ、小さい声で堂々と話した方が聞かれないんだよ?」
「そーじゃなくて…………俺の前にサポートやってたヒトは………」

 言いかけて、俺は多聞氏に口止めされていた事を思い出しハッとなる。

「おや、ハルカ君ってば意外に情報通だね~」
「ほんと、ファニーフェイスにニコニコしてるけど実は鉄面皮だよね~」
「それ全然褒めてないでしょ」
「そこまで知ってるなら話が早い、つーか。俺等としてはせっかくマトモに働いてくれる人材を、おめおめと失いたくないから警告してあげるけど…」

 青山氏の言葉に、俺は引っかかりを感じる。

「中野サンってヒトが、東雲サンにその………を売ったんじゃないんですか?」
「その逆だよ」
「え。じゃあ…」

 曰く、サポートギタリストであった中野氏は、東雲氏に覚醒剤を教えられてハマりこみ、その結果命を落とした…と言うのだ。

「俺達シノさんのサポートに入ってから長いケド、無関心主義…って言うとちょっとヤな感じになっちゃうけど、仕事は仕事でプライベートと使い分けしてるからサ」
「それは判りますよ。俺だってどっちかつーとそのタイプだし、そーじゃないとやってけないでしょう?」
「そうそう、その辺が曖昧になると、ヤバい感じの相手もいるからね」
「つーか、シノさんってそのヤバイ感じの典型なワケよ」
「じゃあさっきの東雲サンのお誘いは……?」
「ハルカ君が冒険心たっぷりの、煽られると後先考えないタイプって見込まれたら、これからお部屋にご招待されたんじゃない?」
「う~~…。どーせ誘われるなら、もっとイロッポイ話題の方がまだマシだったかも…」
「ダメダメ。そーいう返事をしちゃうハルカ君だから、みすみす餌食にされないように、俺らが手回してあげたンでしょ?」
「そうそう。ホントなら、大人なんだから、降りかかる厄災は自力でなんとかしてもらうべきなのに、わざわざ多聞サンと連携までしてサー」

 言われてみれば、先達コンビには俺を守る義理も義務も無い。
 だが二人にとって、現状それなりに収まっている状況が、俺が抜けて崩壊してしまう方が面倒なのだろう。
 中野氏が抜けて以降その穴に俺が収まるまでに、数人のギタリストが試験的に採用されてはクビを宣告されている。
 東雲1号2号の入れ替わり豹変や、2号の剣突にたまげて、自主退職を申し出た者も複数いたらしい。
 振り回されてとばっちりを食った他のサポート連としては、まがりなりとも居着いた俺に、厄災から身を守る気概があるなら手を貸す…と言ってくれてるワケだ。

「俺だって早死にはしたくないッス」
「塀の向こう行きだって遠慮したいでしょ」

 その場は笑ったけど、広尾氏の一言は笑えない冗談だと思った。
 覚せい剤なんて手を出したら身体を壊すし社会的立場も失うが、そもそも尋常ならざる価格のクスリを購入し続ける事によって、真っ先にフトコロが破綻するだろう。
 なんだってそんなヤバイモンを東雲氏がやりたがるのか? と思ったら、青山氏曰く「シノさんは遊び仲間が欲しいのサ」だそうだ。
 命を縮めるような遊びに付き合わされるのでは、割が合わないにも程がある。
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