メビウスのトンネル

琉斗六

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第6話

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 そして、翌日。
 またしても東雲氏は、昼近くなっても姿を現さなかった。
 早くも撤収の声が掛かりそうな気配に、さすがに黙っていられず、俺は青山氏を無理に掴まえて質問してしまった。

「あの~、青山サン。いつもこんななんですか?」

 青山氏はベーシストの広尾氏とチラと目配せをしてから、俺に諦めきった笑みを見せた。

「隠しておけるコトじゃないから言うケドね、そう、これがいつもなのさ。シノさんってお天気屋なんだよ。機嫌良い時はホンット、最高なヒトなんだけど」
「そうそう、こんなのしょっちゅうあるコトなんだよ。気にしてたら、キリがナイ程ね」

 隣で広尾氏も頷く。

「長くやっていく気があるなら、シノさんのやり方には一切逆らわないコト。細かいコトを気にしないで、物事に深く関わらない…それが鉄則なのさ」
「でも主役が姿を現さないンじゃ、シゴト詰まっちゃうじゃないですか」
「大丈夫さ。シノさんは、プロだからね」
「プロ?」
「詰めてダメにするのはシロート。プロはギリギリでもちゃんとやれるのさ。シノさん本人がノってくれればもうバッチリだから」

 ウワサ通りの答えだったが、それで納得出来るワケが無い。
 だが俺のギモンを解消するように、東雲氏本人がその日の午後に姿を現した。
 簡単な挨拶の後、すぐに始まったリハーサルで、俺は彼らが言った「東雲氏はプロである」という言葉の意味を理解した。
 体調がまだ優れないと言っていた東雲氏が聴かせてくれたのは、ガツンと一発ストレートを食らったような気分になるほど見事なクオリティだったのだ。
 ヴォーカリストとしての能力もさることながら、その場の音をまとめ上げていく統率力が素晴らしく、些細な部分にまでものすごく拘るので初めは少々辟易したのだが、東雲氏の要求通りの音が出た時の決まり具合は、惚れ惚れするほどのカッコ良さで、それにノセられたらもう東雲氏の思うツボ、こっちも彼の期待にどこまでも応えたくなってしまう。
 本人は否定していたが、あれはいわゆる絶対音感を持ち合わせている人のみが見せる芸術で、俺は東雲氏のセンスと才能にマジで酔った。
 リハーサルが終わった所で、俺はいつになくゴキゲンになっていた。
 仕事でやっている事だから、時には全くノらない相手に媚びて演奏しなければならないような場合もあるが、今回の仕事は自分自身が楽しんで取り組めそうな予感がしていたのだ。

「ねえハルカ君、キミもイケるクチなんでしょ?」

 スタジオを出ようとしたところで、青山氏に声を掛けられた。

「え? ああ、フツーにですけど」

 人差し指と親指で輪を作り、水平に構えて口許に運ぶ仕種から、飲み会的夕食への誘いだと理解した。

「近くにいい店があるんだ。これからヒロと一緒に行くんだけど、どうかな?」
「是非、お供させて下さい」

 周囲との協調を計っておくのは、こうした仕事では大事な営業の一つだ。
 案内された店はざっくばらんな居酒屋で、雰囲気もイイし、俺はどうやら彼らに歓迎されているらしい。

「マコトが抜けた時はどうなるかと思ったけど、ハルカ君が来てくれて、助かったよ」
「そう言って貰えるとありがたいですけど…」
「マジで来てくれてホッとしたって。またシノさんのお眼鏡に適うまで、ギタリストとっかえひっかえやられたら、こっちがたまんないからなー」
「東雲サン、仕事に厳しそうでしたからね。でも俺レベルのギタリストなら探せばいくらでもいるでしょう?」
「いやいや、ご謙遜」
「ホント、ハルカ君ってざっくばらんに見えてテクニシャンだから、隅に置けないよなぁ」
「どーいう意味ッスかそりゃ?」
「まぁまぁ、いーじゃないの、褒めてるんだから。ぶっちゃけシノさんの場合はギターのテクもさることながら、他も色々あるのよ」
「と言うと?」
「つまり、シノさん自身が相手に馴染めるかどうかさ。ハルカ君は第一段階クリアしたみたいだから、おめでとうございま~す」
「第一段階?」
「シノさんサポートのレギュラーメンバーになるには、自動車免許のような長く面倒な道のりがあるってコト。第一段階はシノさんが気に入るかどうか。第二段階は……ハマッちゃダメだよ~?」

 意味深な顔で、青山氏はニイ~ッと笑う。

「ハマる?」
「そう。シノさんの毒気にあたりすぎると、ミュージシャン生命どころか、ホントに命落とすから~」
「おいおい、ヒロ」

 冗談交じりにますます意味深な事を言う広尾氏を、青山氏が諫めるようにつついた。

「なんなんすか、それ?」
「今に判るよ」
「いやむしろ、ワカンナイ方が身の為だって」
「ヒロ、オマエ飲み過ぎ」

 肘を突き合っている青山氏と広尾氏の様子や、意味深な第二段階というコトバがチョイと引っかかった……が、前日のすっぽかし事件を完全に払拭した東雲柊一のリハーサルにすっかり酔っていた俺は、その時は謎を敢えて探求しなかったのだ。
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