メビウスのトンネル

琉斗六

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第5話

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 レコーディングリハーサルの初日、スタジオで他のメンバーとの初顔合わせをした。
 ところがその場に、肝心の東雲氏の姿がない。
 主役は最後に華々しく御登場なのかな? …などと思っていたら、本人不在のままリハーサルがスタートし、なにがなんだか戸惑ううち時間はどんどん過ぎていき、最後にあっけなく「本日分は終了です」という言葉を聞かされた。

「これってどういうことですか?」

 俺は傍にいた青山氏に、訊ねずにはいられなかった。

「ああ…うん、あんまり気にしないほうがいいよ。たぶん、たいしたコトじゃないから」

 ちょっと困ったような顔で、青山氏は曖昧に答える。
 サイドギターを担当する青山氏と、ベーシストの広尾氏は、故・中野氏同様に東雲氏がデビューした当時からのサポートを勤めていて、いわば「東雲バンド」の酸いも甘いも噛み分けている。

「シノさんは、身体弱いからさ」
「主治医がいるのは知ってますけど…」
「多聞サンのコト知ってるの?」
「ええ、先日の打ち上げの時に、東雲サンから紹介されましたから」
「あ…あの、ハルカ君。ちょ……ちょっといいですか?」

 誰かが後ろから声を掛けてくる。
 振り返るとそこには、グルグルビンゾコ眼鏡の北沢・ジャック氏が立っていた。

「良いところに来てくれたじゃない。分かんないコトはジャックさんに説明してもらった方がいいよ、ハルカ君」

 ポンッと俺の肩を叩き、青山サンはお役御免とばかりにいなくなってしまう。

「せ…先日は、どうも」
「いいえこちらこそ。それより今日はもう終わりなんですか、まだ昼にもなってないのに?」
「あ…あの…それは、ですね…シ、シノさんが、かなり調子悪くて…。そ…それで、ハルカ君には、悪いコトしたから、謝っておいて欲しいって頼まれたンですよ」

 ちょっとどもり癖があるらしい北沢氏を見ていたら、不思議な事に俺は、彼とは以前どこかで逢っているような既視感を感じた。
 多聞氏のオフィスで会った、あの時のイメージじゃなくて。
 それ以外のどこかで俺は彼と逢っている……そんな奇妙な感覚がするのである。
 でもそんな事は、俺の思い過ごしなのだろう。
 だってこんなキョーレツな風貌の人物に逢っていれば、絶対に忘れるワケが無いからだ。
 北沢氏の顔は前髪とヒゲと眼鏡に覆い尽くされていて、表情がほとんど解らない。
 声音や物腰は柔らかくて丁寧だが、どもり癖の所為で、過剰に恐縮しておどおどしてるようにも感じてしまう。
 イマイチ話しかけづらいキャラだが、状況においてきぼりを食っている身としては、贅沢は言ってられなかった。

「あの、東雲サンどうされたんですか?」
「朝から、ず…頭痛がひどくてね。こういう、季節の変わり目は、い、いつもなんです」
「頭痛ですか?」
「し…シノさんは、痛み止めが効かない体質らしくて……。ほ…本人にもどうにもならない分、可哀想なんだ」
「肩こりとかからもなる頭痛とかって、痛み止めがあんまり効かないって話を聞いたコトありますけど」
「せ…専属の整体師サンが、付いてくれているンだけど、ス、ストレスも、多いから…ね。本当に、ハルカ君には悪いコトしたって、シノさん謝ってたから……す、すみませんね」

 と、またもや丁寧に詫びられてしまったので、さすがにそれ以上は俺も食い下がれなくなってしまった。
 仕方がなく北沢氏と別れて、俺はスタジオを後にした。
 確かに頭痛は辛いだろうし、酷ければ起きあがるのも億劫になるだろうが。
 それにしても、リハの初日に挨拶もしないでいるってのは、どういうモンだろうか?
人それぞれとは思うが、俺だったらプロとして、痛み止め飲みまくってでも挨拶の顔出しくらいするぜ……と、思ったけれど。
 もうちょっと考えたら、東雲氏の態度のほーが当然だと気付いた。
 相手は「ドル箱のスター」でこっちは「十把一絡げのサポートギタリスト」だ。
 サポートの俺が「痛み止め飲みまくってでも挨拶の顔出しくらいする」のは当たり前だが、スターがサポートの為に無理する義務も義理もナイ。
 多聞氏の言葉──東雲氏が俺のCDを絶賛してたという話──を信じていた分、俺のガッカリ感は大きかったが、青臭い思い込みで勝手な期待をした俺の方がバカなのだ。
 そんなふうに思いながら俺はふと、そう言えばミュージシャン仲間の間に飛び交うウワサの中に、東雲氏の人格にまつわる妙な話があった事を思い出した。
 仕事に対して、まるで完璧主義の見本みたいに厳しい時と、そこまで手を抜いたらマズイだろうと思うほど大雑把な時がある…と言うのだ。
 この業界には人格のタガの外れた輩も珍しくないが、その中でも東雲氏の極端さは桁外れで、一部ではホンモノの二重人格説まで唱えられているらしい。
 そんなウワサを知っていながら、東雲氏の挙動に期待してたなんて、まるで詐欺師と解ってる人物から高価な壺を買うようなものだ。
 俺は改めて自分の甘っちょろさに呆れた。
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