メビウスのトンネル

琉斗六

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第15話

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 駅で解散した後、俺は単独で別行動を取った。
 もっとも、わざわざ別行動と明記する必要もないぐらい皆好き勝手に、観光だの休憩だのに散ってしまっているから、俺一人離れて行動したところで目立ちもしないが。
 適当な観光で時間を潰してから、ホテルに戻る前に、大手のドラッグストアに寄った。
 この手の量販店はコスメティックから食品まで扱っていて、店舗によってはアルコールも置いてある。
 オマケに適度な値引き価格ときているから、営業時間中であればコンビニより都合が良いのだ。
 早々にホテルに行って多聞氏にコンタクトを取らなかったのは、多聞氏と俺が接触している事を、出来るだけ隠しておきたかったからだ。
 誰が敵で誰が味方かハッキリするまでは、細心の用心をしておくに越した事はない。
 ホテルに着く直前に多聞氏にメールを入れると、いつでもどうぞという返信があった。
 部屋に荷物を置き、人目に付かぬよう多聞氏の部屋へ行く。
 メールの効果があってか多聞氏は直ぐ扉を開けて、中に招き入れてくれた。

「スミマセンね、わざわざ時間作ってもらっちゃって。コレ、診察の料金代わりに」
「ええ~? 悪いナァ。そんなに気を使わなくてもイイのに」

 ドラッグストアで購入した冷えた缶ビールを差し出すと、多聞氏はクドイ遠慮などせずに受け取ってくれる。

「で、カウンセリングチックな相談事ってなんだい?」
「それが……実を言うと、俺のコトなんですけど、俺のコトじゃないような内容でして……」
「難しそうだねェ? まぁ、とりあえずそこのソファに座って、リラックスして」

 その辺りは本職らしく、多聞氏は馴れた調子で俺に椅子を勧め、自分は向かい側に座を占めた。

「多聞サンは、ジャックさんと東雲サンのコト、どう思います?」
「どうって?」
「つまり………あんな丁稚奉公みたいなジャックさんの状態って、やっぱり虐待とかってのになるんじゃないかと………」

 俺の言葉に、多聞氏はますます驚いた顔をしてみせる。

「もしかして、あの日からずっとその事で悩んでるの?」
「あの日?」
「キミとジャックが俺の所に擦り傷の手当に来た、1~2週間前の…」
「そんなコトはありません。…あ、でもそうなのかも…」
「それ一種のPTSDじゃないか」
「はぁ? なんすかそりゃ?」
「日本語で言うと、心的外傷後ストレス障害。強いショックを受けて、それが原因で心にストレスが掛かって日常生活に支障をきたすような状態になること。キミ、ジャックが殴られるところを見たのが、よっぽどショックだったんじゃない?」
「いや、いや、いや、それは違いますって!」
「その事を考えて、夜眠れないとかいうコトは?」
「そーゆーことじゃナイです。大体、俺がジャックさんのコト気になったのは、あの日だけが原因じゃないし……アレがきっかけだったコトは認めますけど、でも日常見てるだけでも東雲サンの横暴って、目に付くじゃないですか」
「そりゃねぇ…、否定は出来ないけど。でもあの時も言ったけど、中途半端に同情するぐらいなら手を延べない方がマシなケースの方が多いんだよ? なまじな気持ちでキミがジャックに同情しても、ジャックの状況が変わる訳じゃないンだし…」

 多聞氏の言葉は暗に「キミは本気で親身になれるのか?」と問うているようにも聞こえる。

「お医者サンって、秘守義務ってのがあるんですよね」
「うん、あるよ。それが?」
「例えば俺が、誰かの秘密を多聞サンに話したとして、多聞サンは俺がその秘密を知っている事を、その誰かに話します?」
「話さないよ。話しちゃイケナイから、義務なんだし。誰かの秘密を話したいの?」
「ホテルの大浴場で偶然青山サンと行き会ったら、尻に蒙古斑があったんです」
「えっ、ホントに?」
「確かめに行きます?」

 俺の問いに、多聞氏は呆れ顔をしてみせる。

「行かないよ。…って言うか、つまんないテストしないでね」
「なんだ、バレてます?」
「当たり前でしょ? って言うか、ホントはなんの話がしたいのかな? 精神科医のカウンセリングってのは、信用して貰わないとなんの役にも立たないんだよ?」
「ええ、よく解りました。…実は俺、偶然見ちゃったんです」
「うん?」
「ジャックさんって、カツラと付けひげで変装してるんですよ」

 先にバカげたネタで茶化していたにも関わらず、多聞氏は即座に、ギョッとしたような顔で俺を見た。
 その表情が、多聞氏が既に何もかも知っていることを雄弁に語っている。

「…多聞さんは、知ってたんだ。それで俺にジャックさんとヘタに関わるなって言ったンだ」

 ちょっと困った顔になった後に、多聞氏は自嘲めいた笑みを浮かべる。

「図星だよ。……それで、ハルカ君はどうしたの?」
「どうって?」
「だから、ジャックが変装をしているって知って、それからどう行動したんだい? すぐ俺の所に来たワケじゃないんでしょ?」
「それ、医者としての問いですか? それとも東雲サンの友達としての問いですか?」
「俺って医者としてそんなに信用ナイ?」
「医者としての信用じゃなくて、ぶっちゃけ多聞サンは、東雲柊一の友人なんですか? それとも、辰巳椿の友人なんですか?」
「その名前が出てくるってコトは、ジャックと話をしたんだ?」
「………………………」

 俺が黙っていると、多聞氏は深く溜息を吐いた。

「そうだね、今の俺の質問は医者として変だったね。認めるよ。そしてキミの質問に答えるとしたら、俺は椿の幼なじみだよ。でも俺は友人として、キミが秘密を知っている事実を、椿にも誰にも告げるつもりはないよ」
「どういう意味ですか?」
「俺は、椿が柊一を手元に置いているコトを、決してイイコトとは思ってない」
「でも椿は、柊一に復讐がしたいんでしょ?」
「その話も柊一から聞いたんだね?」

 俺が頷くと、多聞氏も頷いてみせる。

「俺は椿が柊一を捜し始めた時も、止めたんだ。でも椿は自分がしたいコトは、何ががなんでもそうならなきゃ気が済まない性格をしてるから、俺の忠告なんて聞く耳持たなかった。椿は復讐なんて言ってるけど、俺に言わせたらあんなのただの憂さ晴らしだ」
「俺もそう思います」
「しかも今の椿はもう、憂さ晴らしの意味すら失ってて、ただ柊一に甘えてるだけだ。柊一が変に生真面目で、椿のワガママにどこまでも付き合ってるだろう? アレが悪循環を生み出してる。あんな状況は医者としても友人としても、望ましくないね」
「望ましくないと思っているなら、なんで放ってあるんです?」
「何度も言ってるだろう、中途半端なら、手を出すべき事じゃないって」
「だってそれって…っ」

 言いつのる俺を制止するように、多聞氏は右手を挙げて俺の言葉を遮った。

「解ってるよキミの言いたいコトは。俺だって椿に対して、そんな無責任に接してるつもりはない。でも本当にあの悪循環を断ち切るには俺一人じゃダメなんだ。二人のどちらか一方だけをフォローしても、意味がないんだよ」

 多聞氏の言わんとする事に気付いて、俺はハッとなった。

「それじゃあ………」
「もう解ってくれたと思うけど、あの悪循環を断ち切るには俺の他にもう一人、本気の協力者が必要なんだ……。でもハルカ君、それってキミが想像してるよりずっと骨の折れる仕事だよ」
「柊一が椿のためを思ってやってるコトなら、多聞さんが説得すれば、応じてくれるんじゃないですか?」
「それはどうかな…、椿も椿だけど、柊一もまったく強情なコだからね。ハルカ君に念を押すけど、この話に一度ノッちゃったら途中降板は出来ないよ? ほとんどボランティアで、他人の為に自分の時間の浪費をする事になるし、最悪、今の職業で食っていく事も出来なくなるかもしれない……キミ、それでもやるかい?」
「そのくらいの覚悟は出来てます。途中で降りる気はありませんし、多聞サンから降りろって言われても降りません」

 俺の下心を知らない多聞氏は、俺が100%の親切心と同情から、柊一のフォローを名乗り出ていると解釈したようだ。

「そうか。じゃあもう言うコトは無いよ。椿の主治医としてよろしく頼む」
「こちらこそ今後ともよろしく、同盟として」
「同盟か。まったくそうだね。じゃあビールで乾杯でもしようか?」

 俺が手土産に持ってきたビールを開け、多聞氏と俺はそこで「固めの杯」を交わした。
 それから二人で、内密の連絡方法を取り決めた。
 先日の椿乱入事件が良い例だが、スタッフの中には椿の密偵とも言うべき人間が少なからず潜んでいる。
 それが椿の信奉者なのか、椿の覚醒剤に支配されているのかは判らないが、とにかく俺達が個人的に接点を持っている所を目撃されたら、それは即座に椿の耳に入るだろう。
 余分な情報は一つでも、相手に与えない方が良いに決まっている。
 流石に個人のケータイを勝手に覗き見るヤツはいないだろうが、うっかり見られる可能性は否定出来ない。
 だから最初に、そこは綿密に相談しておいた方が良いと思ったからだ。
 他の連中がホテルにチェックインしてくる前に、俺は何食わぬ様子で自室に戻った。
 多聞氏との接触は、上々の首尾だったと言えるだろう。
 というかむしろ予想以上の収穫で、俺は強力な味方を得たのだ。
 彼らにとって最も身近な友人である多聞氏は、柊一と椿を切り離したがっている上に、厄介な椿を引き受けてくれると言う。
 渡りに船というか、好都合な条件が揃いすぎていて、ワナじゃないかと疑りたくなるくらいだが、そこまで勘ぐる必要は今のところ無いだろう。
 本当にワナだったとしても、それはそれで毒を食らわば皿までだ。
 後は動いてみなければ、どういう結果が出るかも解らない。
 俺は携帯を手に取ると、多聞氏とは別にもう一件新たに登録したばかりのアドレスにメールを発信した。
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