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第一部:アレックス
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ロイは、少し焦っていた。ボスの相手をして、ほんの少し視線を逸らしている間に、気にしていた見慣れぬ男が姿を消したからである。
「つまらなそうだね」
声は、後ろからいきなりかけられた。振り向くと、捜していた男が立っている。
「人が沢山いる場所は、嫌いだ」
相手に焦りを悟られないようにしながら、ロイはその男を観察した。
身長は一九〇を優に越えている。ライトブラウンの髪をピッチリと油で固めているせいか一見銀行員にすら見えるが、その銀ブチの眼鏡の奥にあるアイス・ブルーの瞳は一種のなぞめいた光を宿し、『ただ者』ではない事を伺わせた。
「私もこういうパーティは苦手なんだ。気が合うね」
アレックスは不機嫌な顔を崩さないその子供に、優しい笑みを浮かべてみせる。
「見ない顔だね?」
「ジョセフを拝み倒して、今夜のパーティチケットを手に入れたんだ」
「ジョセフ? ああ、あの三下…」
「おや、知っているの? なんだ、あんがい有名人なんだな」
「オレ以外の誰も知らないだろ。オレは、とにかく全部の顔と名前は覚えておく事にしてるから」
「そいつはスゴイね。私みたいに人の顔を覚えない失礼な人間とは、格が違うな」
「覚えて置いた方が、自分にとって結局は便利が良いだけさ。それはそうと、こんな所でオレなんぞをナンパしてていいのか? 新顔なら幹部に挨拶しておかないと、なに難癖つけられるか解ったモンじゃないぜ?」
「私がちゃんと挨拶をしていたの、見ていたんだろ? あんまり視線が痛いから、キミにもしなくちゃいけないんだと思ってきたのに、冷たいね」
ロイはチラリと男を見上げた。
愛想のいい笑み。
見慣れない人間を見かけると、それを目で追ってしまうのは癖だったが、この男は普段見かけるありがちな新顔とはまるで違っていた。
普通、こうしたパーティ会場に来た人間は、とりあえず偉そうに振る舞っている人間全てに腰が低い。
しかしこの男は、本当の幹部達にさえもそつのない挨拶を済ませただけで、取り入ろうとするような姿勢をまるで見せないのだ。
「新入りだったら最後までいた方がいい。ボスに顔を覚えてもらっていた方が、損じゃない事は確かだ。…それにアンタ、そのつもりでいたんじゃないの?」
子供は、やはり子供らしからぬ顔でアレックスを見上げる。
ガラス玉のように透き通ったペイルグリーンの瞳。シャンデリアの光を反射するその瞳は、本当に綺麗な色をしている。
しかしバニーガールの彼女の言葉通り、その瞳に感情は無い。まるでそれは瞳を宝石で造られた剥製にでも見つめられているような錯覚を覚える程、冷たい眼差しだった。
「忠告してくれるの? 親切だね」
それでもアレックスは笑みを崩さない。それほど、この少年に興味を引かれたのだ。
「忠告をしてる訳じゃない。オレはそんなに親切じゃないからな」
自信たっぷりに笑っている目の前の男を、ロイはうさんくさげに眺めながら言った。
「ボスは私の事をすぐに覚えるさ」
「なぜ?」
「仕事が出来る奴を蔑ろにするようじゃ、組織なんて引っ張っていけないだろう?」
「すごい…、自信だな…」
言い切ったアレックスを見るロイの眼は、呆れている。
初めて、その整った顔に感情を表した少年を見て、アレックスはこの冷めた瞳を持つ少年が、実は十二~三の本当に『子供』にすぎないのだという事に気がついた。
「自信家の新人が改めて誘うけれど、抜け出さないか?」
「…O.K.行こう。オレはロイ。アンタは?」
「私はアレックス・ヴァレンタイン。新人だ」
「…イヤミな男」
ロイは、ほんの少し不機嫌そうな顔をして、先に歩き出した。
その奇妙に大人びた口調と、あまりに愛らしい彼の容姿とのギャップに、アレックスは苦笑いを浮かべながらついて行った。
「つまらなそうだね」
声は、後ろからいきなりかけられた。振り向くと、捜していた男が立っている。
「人が沢山いる場所は、嫌いだ」
相手に焦りを悟られないようにしながら、ロイはその男を観察した。
身長は一九〇を優に越えている。ライトブラウンの髪をピッチリと油で固めているせいか一見銀行員にすら見えるが、その銀ブチの眼鏡の奥にあるアイス・ブルーの瞳は一種のなぞめいた光を宿し、『ただ者』ではない事を伺わせた。
「私もこういうパーティは苦手なんだ。気が合うね」
アレックスは不機嫌な顔を崩さないその子供に、優しい笑みを浮かべてみせる。
「見ない顔だね?」
「ジョセフを拝み倒して、今夜のパーティチケットを手に入れたんだ」
「ジョセフ? ああ、あの三下…」
「おや、知っているの? なんだ、あんがい有名人なんだな」
「オレ以外の誰も知らないだろ。オレは、とにかく全部の顔と名前は覚えておく事にしてるから」
「そいつはスゴイね。私みたいに人の顔を覚えない失礼な人間とは、格が違うな」
「覚えて置いた方が、自分にとって結局は便利が良いだけさ。それはそうと、こんな所でオレなんぞをナンパしてていいのか? 新顔なら幹部に挨拶しておかないと、なに難癖つけられるか解ったモンじゃないぜ?」
「私がちゃんと挨拶をしていたの、見ていたんだろ? あんまり視線が痛いから、キミにもしなくちゃいけないんだと思ってきたのに、冷たいね」
ロイはチラリと男を見上げた。
愛想のいい笑み。
見慣れない人間を見かけると、それを目で追ってしまうのは癖だったが、この男は普段見かけるありがちな新顔とはまるで違っていた。
普通、こうしたパーティ会場に来た人間は、とりあえず偉そうに振る舞っている人間全てに腰が低い。
しかしこの男は、本当の幹部達にさえもそつのない挨拶を済ませただけで、取り入ろうとするような姿勢をまるで見せないのだ。
「新入りだったら最後までいた方がいい。ボスに顔を覚えてもらっていた方が、損じゃない事は確かだ。…それにアンタ、そのつもりでいたんじゃないの?」
子供は、やはり子供らしからぬ顔でアレックスを見上げる。
ガラス玉のように透き通ったペイルグリーンの瞳。シャンデリアの光を反射するその瞳は、本当に綺麗な色をしている。
しかしバニーガールの彼女の言葉通り、その瞳に感情は無い。まるでそれは瞳を宝石で造られた剥製にでも見つめられているような錯覚を覚える程、冷たい眼差しだった。
「忠告してくれるの? 親切だね」
それでもアレックスは笑みを崩さない。それほど、この少年に興味を引かれたのだ。
「忠告をしてる訳じゃない。オレはそんなに親切じゃないからな」
自信たっぷりに笑っている目の前の男を、ロイはうさんくさげに眺めながら言った。
「ボスは私の事をすぐに覚えるさ」
「なぜ?」
「仕事が出来る奴を蔑ろにするようじゃ、組織なんて引っ張っていけないだろう?」
「すごい…、自信だな…」
言い切ったアレックスを見るロイの眼は、呆れている。
初めて、その整った顔に感情を表した少年を見て、アレックスはこの冷めた瞳を持つ少年が、実は十二~三の本当に『子供』にすぎないのだという事に気がついた。
「自信家の新人が改めて誘うけれど、抜け出さないか?」
「…O.K.行こう。オレはロイ。アンタは?」
「私はアレックス・ヴァレンタイン。新人だ」
「…イヤミな男」
ロイは、ほんの少し不機嫌そうな顔をして、先に歩き出した。
その奇妙に大人びた口調と、あまりに愛らしい彼の容姿とのギャップに、アレックスは苦笑いを浮かべながらついて行った。
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