Black/White

琉斗六

文字の大きさ
77 / 89
第五部:ロイ

4

しおりを挟む
 しかし、ウィリアムが可愛い女の子につられた自分の浅はかさを本当に思い知ったのは、遊園地に着いた後からだった。

「大丈夫、ビリーさん?」
「はぁ…」

 追跡中の犯人と、映画さながらにカーチェイスを展開した時だって、ここまで気分が悪くなったりしなかった。

「キッド君、見かけに寄らず三半規管弱いんだねェ…」

 そう言ったロイの声は、いつものような人をくった冷たい口調ではなく本当に同情しているようなもので、それが余計にウィリアムの惨めさを煽る。

「まだ、ひとつしか乗ってないんだよ? どうするんだい?」

 ベンチに腰を降ろして足を組んでいるリンダが、呆れた様子を隠しもせずに訊ねてきた。

「そうだねェ。…仕方がないからリズとリンダは楽しんでおいで。僕はここで、キッド君と待っているから」
「え…、でも…」
「良いから、行っておいで。コレがチケット。僕と、キッド君の分も二人で使ってきなさい。せっかく買ったんだからね」
「じゃあ、行こう。ここで、ぼんやりしてたって仕方ないよ」

 まだ戸惑っているエリザベスの手を引き、リンダはロイからチケットを受け取るとその場を離れていった。

「…スマン…」
「仕方がないでしょう。ローラーコースターなんてものは、向き不向きがあるんだから」

 答えて、ロイは不意に立ち上がると、側でパラソルを開いている売店に行き、冷えた果実のジュースを買ってきた。

「はい、どうぞ。冷たいってだけでも、美味しいよ」

 真っ青な顔で俯いているウィリアムに差し出し、ロイはベンチに腰を降ろす。

「…おかしいよなぁ。…子供の頃、移動遊園地が来るとよく連れて行ってもらったモンだが、あの時にはこんな風になったコト無かったのに」
「まだ昔を振り返るような年齢じゃないでしょう、キッド君」
「んなコト言ったって…。じゃあ、アンタはどうだったんだ? 今はケロッとした顔で乗ってるが、昔は怖かったとか?」

 ペーパーカップの中の氷を口に含み、ウィリアムは顔をロイの方に向ける。
 ロイは、ひどく意味ありげな笑みを浮かべて見せた。

「ローラーコースターに乗るのなんか、十四~五年振りだねェ。…本当を言えば、僕は遊園地に良い思い出なんかないよ」
「えっ…?」
「僕をこんな場所に連れてきてくれた人間なんて、後にも先にも一人しかいなかったからね」
「一人って…?」
「人間なんでも体験しておいた方が良いとか、言ってさ。あの時アレクは、ハリーと連絡を取る為に遊園地にこなきゃいけなかった。隠れ蓑に、僕を誘ったんだろうね。…でも、楽しかったな。ホントにね」

 浮かべたロイの憂鬱な笑みに、ウィリアムは振ってしまった話題のまずさに後悔した。

「あ…、あの…」
「別に、そんなに焦るコトないよ。キミにとってはつい最近聞いたばかりでも、僕にとってはもう一昔前の話だし。第一、少しでも辛いって思ってるなら、こんな場所に来るワケないでしょう?」
「吹っ切れたって、言いたいのか?」
「まぁね。…それに、リズにさ、してあげたいんだよ。アレクがするべきだったコトを…ね。生き残った僕がするしか、ないじゃない? 遊園地もそう。両親に出来ない相談事に乗ってあげるのもそう。そして、なによりあの娘を守るコト。それが、僕のすべき義務であり任務なのさ」
「…でも、それってなんか、おかしくないか?」
「なんで?」
「だって…、義務とか、任務とか、そんな理由でそうしてるって知ったら、彼女が傷つくと俺は思うが…」
「イヤだな、キッド君。最初はそうだったとしても、十年以上こうして一緒にいる相手に、まったく同じ感情のまま接し続けていられるワケ、ないでしょう?」

 ロイは、ひどく明るく笑った。

「キッド君、本当にキミって楽しい人だね。キミはどうやら、僕に嫌われているって思っているらしいケド、僕はわりとキミのコト、気に入ってるんだよ? 歪みの無い、正義の味方そのもののキミがね」
「アンタに言われると、イヤミ以外のなにものでもないぜ?」
「ごもっともで」

 大きく頷き、ロイは身体を伸ばすようにベンチに寄り掛かった。

「僕はねェ、最近になってやっと人を信じても大丈夫だって、思えるようになったんだよ。リサ然り、ハリー然り、そしてキミ然り。…もし僕が組織にいた頃、もう少し素直でいられたら、それこそリズの叔父さんであるアレックスを、見殺しにするようなコトはなかったと思う。…キッド君、教会では『悔い改めれば、神は決して見捨てはしない』って、教えてくれるじゃない? でも僕は、例えアレックスが僕を赦してくれていたって、僕自身が赦せないよ? そういう人間を、神様はどうするんだろうねェ?」

 穏やかに笑んだまま語るロイは、端から見ればたわいのない話をしているようにしか見えないだろう。

「そんなコト、知るかよ。…平素、生活してる時に神様のコトなんか、考えてられるモンか。俺は忙しいからな、アンタみたいにンなコトをグルグル考えてるヒマねェよ」

 答えに困ったウィリアムは、そんなつもりが無くても、思わず突き放すような口調になってしまう。

「そうだね。…ヒマなのがいけないのかもねェ…」

 言葉の最後に聞こえた溜息に驚き、ウィリアムはロイを見た。
 向けられているのは、穏やかな笑み。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

ピンクローズ - Pink Rose -

瑞原唯子
恋愛
家庭教師と教え子として再会した二人は、急速にその距離を縮めていく。だが、彼女には生まれながらに定められた婚約者がいた。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...