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第五部:ロイ
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しかし、ウィリアムが可愛い女の子につられた自分の浅はかさを本当に思い知ったのは、遊園地に着いた後からだった。
「大丈夫、ビリーさん?」
「はぁ…」
追跡中の犯人と、映画さながらにカーチェイスを展開した時だって、ここまで気分が悪くなったりしなかった。
「キッド君、見かけに寄らず三半規管弱いんだねェ…」
そう言ったロイの声は、いつものような人をくった冷たい口調ではなく本当に同情しているようなもので、それが余計にウィリアムの惨めさを煽る。
「まだ、ひとつしか乗ってないんだよ? どうするんだい?」
ベンチに腰を降ろして足を組んでいるリンダが、呆れた様子を隠しもせずに訊ねてきた。
「そうだねェ。…仕方がないからリズとリンダは楽しんでおいで。僕はここで、キッド君と待っているから」
「え…、でも…」
「良いから、行っておいで。コレがチケット。僕と、キッド君の分も二人で使ってきなさい。せっかく買ったんだからね」
「じゃあ、行こう。ここで、ぼんやりしてたって仕方ないよ」
まだ戸惑っているエリザベスの手を引き、リンダはロイからチケットを受け取るとその場を離れていった。
「…スマン…」
「仕方がないでしょう。ローラーコースターなんてものは、向き不向きがあるんだから」
答えて、ロイは不意に立ち上がると、側でパラソルを開いている売店に行き、冷えた果実のジュースを買ってきた。
「はい、どうぞ。冷たいってだけでも、美味しいよ」
真っ青な顔で俯いているウィリアムに差し出し、ロイはベンチに腰を降ろす。
「…おかしいよなぁ。…子供の頃、移動遊園地が来るとよく連れて行ってもらったモンだが、あの時にはこんな風になったコト無かったのに」
「まだ昔を振り返るような年齢じゃないでしょう、キッド君」
「んなコト言ったって…。じゃあ、アンタはどうだったんだ? 今はケロッとした顔で乗ってるが、昔は怖かったとか?」
ペーパーカップの中の氷を口に含み、ウィリアムは顔をロイの方に向ける。
ロイは、ひどく意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「ローラーコースターに乗るのなんか、十四~五年振りだねェ。…本当を言えば、僕は遊園地に良い思い出なんかないよ」
「えっ…?」
「僕をこんな場所に連れてきてくれた人間なんて、後にも先にも一人しかいなかったからね」
「一人って…?」
「人間なんでも体験しておいた方が良いとか、言ってさ。あの時アレクは、ハリーと連絡を取る為に遊園地にこなきゃいけなかった。隠れ蓑に、僕を誘ったんだろうね。…でも、楽しかったな。ホントにね」
浮かべたロイの憂鬱な笑みに、ウィリアムは振ってしまった話題のまずさに後悔した。
「あ…、あの…」
「別に、そんなに焦るコトないよ。キミにとってはつい最近聞いたばかりでも、僕にとってはもう一昔前の話だし。第一、少しでも辛いって思ってるなら、こんな場所に来るワケないでしょう?」
「吹っ切れたって、言いたいのか?」
「まぁね。…それに、リズにさ、してあげたいんだよ。アレクがするべきだったコトを…ね。生き残った僕がするしか、ないじゃない? 遊園地もそう。両親に出来ない相談事に乗ってあげるのもそう。そして、なによりあの娘を守るコト。それが、僕のすべき義務であり任務なのさ」
「…でも、それってなんか、おかしくないか?」
「なんで?」
「だって…、義務とか、任務とか、そんな理由でそうしてるって知ったら、彼女が傷つくと俺は思うが…」
「イヤだな、キッド君。最初はそうだったとしても、十年以上こうして一緒にいる相手に、まったく同じ感情のまま接し続けていられるワケ、ないでしょう?」
ロイは、ひどく明るく笑った。
「キッド君、本当にキミって楽しい人だね。キミはどうやら、僕に嫌われているって思っているらしいケド、僕はわりとキミのコト、気に入ってるんだよ? 歪みの無い、正義の味方そのもののキミがね」
「アンタに言われると、イヤミ以外のなにものでもないぜ?」
「ごもっともで」
大きく頷き、ロイは身体を伸ばすようにベンチに寄り掛かった。
「僕はねェ、最近になってやっと人を信じても大丈夫だって、思えるようになったんだよ。リサ然り、ハリー然り、そしてキミ然り。…もし僕が組織にいた頃、もう少し素直でいられたら、それこそリズの叔父さんであるアレックスを、見殺しにするようなコトはなかったと思う。…キッド君、教会では『悔い改めれば、神は決して見捨てはしない』って、教えてくれるじゃない? でも僕は、例えアレックスが僕を赦してくれていたって、僕自身が赦せないよ? そういう人間を、神様はどうするんだろうねェ?」
穏やかに笑んだまま語るロイは、端から見ればたわいのない話をしているようにしか見えないだろう。
「そんなコト、知るかよ。…平素、生活してる時に神様のコトなんか、考えてられるモンか。俺は忙しいからな、アンタみたいにンなコトをグルグル考えてるヒマねェよ」
答えに困ったウィリアムは、そんなつもりが無くても、思わず突き放すような口調になってしまう。
「そうだね。…ヒマなのがいけないのかもねェ…」
言葉の最後に聞こえた溜息に驚き、ウィリアムはロイを見た。
向けられているのは、穏やかな笑み。
「大丈夫、ビリーさん?」
「はぁ…」
追跡中の犯人と、映画さながらにカーチェイスを展開した時だって、ここまで気分が悪くなったりしなかった。
「キッド君、見かけに寄らず三半規管弱いんだねェ…」
そう言ったロイの声は、いつものような人をくった冷たい口調ではなく本当に同情しているようなもので、それが余計にウィリアムの惨めさを煽る。
「まだ、ひとつしか乗ってないんだよ? どうするんだい?」
ベンチに腰を降ろして足を組んでいるリンダが、呆れた様子を隠しもせずに訊ねてきた。
「そうだねェ。…仕方がないからリズとリンダは楽しんでおいで。僕はここで、キッド君と待っているから」
「え…、でも…」
「良いから、行っておいで。コレがチケット。僕と、キッド君の分も二人で使ってきなさい。せっかく買ったんだからね」
「じゃあ、行こう。ここで、ぼんやりしてたって仕方ないよ」
まだ戸惑っているエリザベスの手を引き、リンダはロイからチケットを受け取るとその場を離れていった。
「…スマン…」
「仕方がないでしょう。ローラーコースターなんてものは、向き不向きがあるんだから」
答えて、ロイは不意に立ち上がると、側でパラソルを開いている売店に行き、冷えた果実のジュースを買ってきた。
「はい、どうぞ。冷たいってだけでも、美味しいよ」
真っ青な顔で俯いているウィリアムに差し出し、ロイはベンチに腰を降ろす。
「…おかしいよなぁ。…子供の頃、移動遊園地が来るとよく連れて行ってもらったモンだが、あの時にはこんな風になったコト無かったのに」
「まだ昔を振り返るような年齢じゃないでしょう、キッド君」
「んなコト言ったって…。じゃあ、アンタはどうだったんだ? 今はケロッとした顔で乗ってるが、昔は怖かったとか?」
ペーパーカップの中の氷を口に含み、ウィリアムは顔をロイの方に向ける。
ロイは、ひどく意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「ローラーコースターに乗るのなんか、十四~五年振りだねェ。…本当を言えば、僕は遊園地に良い思い出なんかないよ」
「えっ…?」
「僕をこんな場所に連れてきてくれた人間なんて、後にも先にも一人しかいなかったからね」
「一人って…?」
「人間なんでも体験しておいた方が良いとか、言ってさ。あの時アレクは、ハリーと連絡を取る為に遊園地にこなきゃいけなかった。隠れ蓑に、僕を誘ったんだろうね。…でも、楽しかったな。ホントにね」
浮かべたロイの憂鬱な笑みに、ウィリアムは振ってしまった話題のまずさに後悔した。
「あ…、あの…」
「別に、そんなに焦るコトないよ。キミにとってはつい最近聞いたばかりでも、僕にとってはもう一昔前の話だし。第一、少しでも辛いって思ってるなら、こんな場所に来るワケないでしょう?」
「吹っ切れたって、言いたいのか?」
「まぁね。…それに、リズにさ、してあげたいんだよ。アレクがするべきだったコトを…ね。生き残った僕がするしか、ないじゃない? 遊園地もそう。両親に出来ない相談事に乗ってあげるのもそう。そして、なによりあの娘を守るコト。それが、僕のすべき義務であり任務なのさ」
「…でも、それってなんか、おかしくないか?」
「なんで?」
「だって…、義務とか、任務とか、そんな理由でそうしてるって知ったら、彼女が傷つくと俺は思うが…」
「イヤだな、キッド君。最初はそうだったとしても、十年以上こうして一緒にいる相手に、まったく同じ感情のまま接し続けていられるワケ、ないでしょう?」
ロイは、ひどく明るく笑った。
「キッド君、本当にキミって楽しい人だね。キミはどうやら、僕に嫌われているって思っているらしいケド、僕はわりとキミのコト、気に入ってるんだよ? 歪みの無い、正義の味方そのもののキミがね」
「アンタに言われると、イヤミ以外のなにものでもないぜ?」
「ごもっともで」
大きく頷き、ロイは身体を伸ばすようにベンチに寄り掛かった。
「僕はねェ、最近になってやっと人を信じても大丈夫だって、思えるようになったんだよ。リサ然り、ハリー然り、そしてキミ然り。…もし僕が組織にいた頃、もう少し素直でいられたら、それこそリズの叔父さんであるアレックスを、見殺しにするようなコトはなかったと思う。…キッド君、教会では『悔い改めれば、神は決して見捨てはしない』って、教えてくれるじゃない? でも僕は、例えアレックスが僕を赦してくれていたって、僕自身が赦せないよ? そういう人間を、神様はどうするんだろうねェ?」
穏やかに笑んだまま語るロイは、端から見ればたわいのない話をしているようにしか見えないだろう。
「そんなコト、知るかよ。…平素、生活してる時に神様のコトなんか、考えてられるモンか。俺は忙しいからな、アンタみたいにンなコトをグルグル考えてるヒマねェよ」
答えに困ったウィリアムは、そんなつもりが無くても、思わず突き放すような口調になってしまう。
「そうだね。…ヒマなのがいけないのかもねェ…」
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向けられているのは、穏やかな笑み。
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