イルン幻想譚

琉斗六

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ep.2:追われる少年

4:暗闇の襲撃【1】

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「物理攻撃が全く通用しないアンデッドが存在するのは知っているが、理性を持って会話の成り立つ透けた存在なんて、初めてだ」

 美少女の存在を伝えたところで、マハトはそう言った。

『そこなヘタレっ! その鈍感なサウルスに、儂の居る正しい場所を教えてやれいっ!』

 伽羅色の長い髪を古風に結って垂らしている、自称 "偉大なる存在" である美少女は、その自称に見合った尊大な態度でそう言った。

「えっ、俺の名前ヘタレに固定なの?」

 思わずそう答えたクロスに、マハトは自分が全く見当違いな方向に話しかけていたことに気づく。

「そっちにいるのか? と言うか、俺には全然見えないんだが、クロスさんには見えるのか?」
「視える…と言うか……」

 くだんの人物は、なんらかのじゅつを使った幻影を投影しているらしいのだが、実を言うと印象がはっきりしない。
 最初に木陰から出てきた姿は12歳ぐらいの子供だったのに、今そこには17~18歳ぐらいの人物が居るような気がするし、でも意識をしてジイっと観察をすると、やはり12歳ぐらいの子供のような気もするのだ。
 だからといって、姿かたちが曖昧でぼんやりしているわけではなく、透けていることを除けば、クロスの目にはその人物がちゃんとした輪郭を持ってそこに存在している。
 しかも森の中で見かけた時はなんとも儚げな印象だったのに、本人を前にしたら "儚げ" なんて言葉とは真逆の、ものすごく攻撃的で気の強い印象だ。
 翠玉のまるで猫のような瞳が、余計にその攻撃的な印象を強めていて、言葉通り "射抜くような目線" でこちらを睨みつけている。
 だが、それをどう説明したものか…と、クロスは口ごもっていた。

「視えないなら、コレに話しかけなよ」

 少年が、持っている短剣をスッと差し出した。
 大きな水晶が嵌め込まれている事に目を引くが、鍔にもつかにも凝った彫金やら装飾が施されている、とても綺羅びやかな物だ。

「なんだ、ちゃんと話が出来るんじゃないか」
「出来るさ。でも、タクトが人間フォルクと話をしちゃダメだって言うから」
「ふぉるく?」
「マハさん。人間フォルク人間リオンのコトだよ」

 理解の出来ない単語が並んで、マハトは少し戸惑っているようだった。
 人間リオンの常識の範疇で暮らしている持たざる者ノーマルにとって、人間リオン人間フォルクと呼ぶ…などと言われても、意味が判らないだろう。
 だがマハトは、それを尋ねることで話の腰を折りたくなかったらしく、首を傾げつつもそれ以上、そのことに拘らずに次の質問をした。

「じゃあ、"たくと" はなんだ?」
「タクトはマハトに視えてない、俺の連れのコトだよ」
『よせと言っておるだろうが! 人間フォルクなんぞを信用するな! 話をしてはいかん! このおしゃべり小僧めがっ!』
「そんなコトゆーけど、変なヤツに目ェ付けられたのは、タクトが高慢ちきで悪目立ちしてたからだろ!」
『ええい、ああ言えばこう言いおって! そも、じゅつで眠らせたはずのこのもの達が、バッチリ目を覚ましておるのはどういうわけじゃ、この未熟者がっ!』

 マハトの問いや、クロスの疑問などを無視して、美少女が少年を叱りつける。
 だが、少年もまた負けじと口を開いた。

魔導士セイドラーが起きたのは俺のせーじゃないだろっ、へべれけの酔っぱらいにじゅつなんか掛ける必要ナイってタクトが言ったんじゃん! それにこっちの戦士フェディンは底抜けのお人好しっぽいし、魔導士セイドラーは桁外れのヘタレっぽいし、俺はどっちもそんなに警戒する必要ナイと思う!」
『どの口がそのようなことを言うかっ! このおしゃべり小僧めがっ! ベラベラと儂の仮名ケニングまで、人間フォルク如きに言うでないわっ!』

 そもそも低い自己肯定感を更に詰られるような少年の発言に、クロスは遠い目をしながら自分の世界に入っていたのだが。
 不意に、マハトに袖を引かれて現実に引き戻される。

「クロスさん、俺にはタクトと言う人の声が聞こえないんだが、何を言い合っているんだ?」
「えっ…ええっと……。じゅつが効かずに俺達の目が醒めちゃったコトの注意とか、簡単に相手を信用したらダメだとか…」

 ガアガアと少年を叱りつけていたタクトが、鋭い視線を向けてきて、クロスをキッと睨んだ

『貴様らっ! コソコソ話をするでない!』

 ビシッと指先を突き付けられて、クロスはビクッと体を竦ませた。
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