空に墜ちる──if

琉斗六

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馴れ初めの章

3.始めての喧嘩

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 ビジネスホテルの高層部屋。
 真壁の端正な横顔を、カーテン越しに窓から差し込むオレンジ色が縁取っている。
 シャワーを浴びた若桐が戻っても、真壁は床を見つめて口も聞かない。

「どうした?」

 若桐の問いかけにも答えず、ただ微かに眉根を寄せたまま──。
 ちらと視線だけを寄越した。

「なんだ? 言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「次って、いつでしょう……?」

 ポツリと呟かれた言葉に、若桐は後頭部を掻いた。

──ああ~、きたか……。

 なんとなく、若桐には予想が出来ていた発言だった。

「僕……自衛官辞めたいです……」

 思わず、若桐は天井を仰ぎ、ため息をいた。

「おまえなぁ。莫迦言ってんじゃないぞ。せっかくここまで築いたキャリア、どうするんだよ?」
「キャリアって言っても、まだひよっこの若造じゃないですか。……もっと毎日、守さんに会いたいです」
「出世街道爆進中だろう! もっと先のことを考えろ!」
「出世には、あんまり興味ありませんし……」
「あのなぁ……、おまえは自分がどんだけ幸せなのか、分かってないのか?」

 若桐の声のトーンが少し下がったことに気付き、真壁は少し感情を抑えた。

「幸せ……ですか?」
「そうさ。思う通りにパイロットになって、思う通りに仕事して……」
「守さん……?」
「俺が教官やってるのは、内耳に疾患があって急な加速や回転をすると、目が回るからだ。スクランブル要員になれないやつは、空自でパイロットにはなれん。……俺が教官やってるのは、空を諦めきれないからだ」

 ベッドの端に腰を下ろし、若桐は真壁の顔を見ずに言った。

「なぁ、百合緒。俺がおまえに、どれほどの期待を寄せてるか、分かるか? おまえがそうして飛んでくれていれば、俺は俺の夢も一緒に飛んでる気になれるんだ」

 振り返った若桐の顔を見て、真壁の瞳は揺れた。

「……でも、僕……。こんなふうに離れてるの、すごくしんどいです……」
「俺だって、離れてるのつらいに決まってんだろ……」

 ため息と共に零した本音に、真壁はびっくり顔で若桐を見た。

「守さんも、そう思ってるんですか?」
「当たり前だろう……」

──おまえが考えるより、ずっと俺はおまえにズブズブだよ……。

 思ったが、声には出さなかった。
 言ったら真壁が、羽目を外した発言をしそうな気がしたからだ。

「いいか。人生なんてのは、楽しいばっかりじゃねぇんだ。だが、もし百合緒が老後も俺と一緒にいたいと思ったとするだろ? そんときにどうなるか? を考えなきゃ駄目だ。年金もそうだが、長くじっくり楽しむために、どっかで我慢も苦労もしなきゃな」
「守さんは、ずるいです。そんなふうに言われたら、引っ込むしかないじゃないですか……」

 若桐は手を伸ばすと、真壁の髪をくしゃりと撫でる。

「もっと時間作れるように、考えよう。……おまえが寂しいのは、ちゃんと分かってるから」

 若桐の手に、真壁が猫のように甘えてくる。

──こりゃ、本気でなんか考えてやらにゃなぁ……。

 真壁を引き寄せ、若桐はそのひたいにそっとキスをした。
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