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16年後の二人の章
5.噂の真実
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真壁は、翌日以降は平静を保ち、仕事をこなしていた。
なにも考えられない状態が、ある意味 "向こう側" まで突き抜けてしまった……とでも言うのだろうか。
それまでに身についた動きの繰り返し──一種の惰性でもあった。
仕事の波もやや引いていたのも、幸いした。
副官の西條は優秀で、サポートも完璧だった。
そうして、数日が過ぎた。
「真壁、今日、いいか?」
再び、響野が顔を出した。
相変わらずノックもなく、扉はいきなり開いたが、笑顔にいつもの勢いはない。
空気を察したのか、もしくは真壁の "異常" を感じ取っていて、その空気を打ち破る術を求めたのか、西條は遮りもしなかった。
「なんだ?」
「先日の話の、続報だ」
今や、自分の出世など、どうでもよかった。
だがあの日、真壁は『若桐が隊を辞めるかもしれない』話も、響野にしてある。
そちらで、なにか情報が掴めているかもしれない。
胸の奥が一気にざわめく。
「わかった」
真壁は手元の書類を簡単にまとめると、すぐに上着を手に取った。
§
場所は、先日と同じ店の個室だ。
先日と同じように、響野は仲居の出入りが終わるまでは、肝心の話には触れなかった。
と言うよりは、真壁の様子を察して、何も言わなかった。
「それで、続報……というのは?」
「うん。おまえの "不適切行動" の話だ」
「なんだ、そっちか……」
真壁の返しに、響野は呆れた顔になった。
「そっちって……、おまえの出世の話だぞ?」
「すまん。それで?」
「篠原少将が、ツテを辿ってわざわざ調べてくれたんだぞ」
「だから、すまん」
ふうっと息を一つ吐き、響野は言った。
「おまえが訓練生時代に、教官と不適切な交際があった……んだと」
「教官……と?」
真壁は、ぎくりと顔を強張らせた。
「あーあー、大丈夫だ。若桐さんとは関係ない」
響野が手を振り回す。
真壁が若桐と付き合い始めたのが、浜松に来てからだと言うことも、響野は知っていた。
「そりゃ、元教官と。しかも男同士となりゃ、周囲の目が厳しくなるだろうが。俺はおまえと若桐さんのことは、オープンにしたって問題ないと思ってるぞ」
「そりゃあ、響野ほど大雑把なら、そうも考えるだろうが……」
「だが、そもそもその話じゃない。てか、おまえは訓練生時代には鶏むね肉とサバ缶のことしか考えてなかったことは、俺が一番良く知ってる」
うんうんと頷く響野に、真壁は少し顔を赤らめた。
「そんな話はいい! そもそも本当にそんな密告があったのか?」
「あった。篠原少将のツテで、もう定年して嘱託やってる人に連絡をして、その人の後輩で人事の資料庫番やってる奴から得た情報だから、マジもんだ」
そういって、響野は鞄から封筒を取り出した。
中から、画質の悪い写真が出てきた。
「これ……は、僕……か?」
「そのシルエットで、おまえ以外の誰だよ?」
顔はほとんどわからないが、背格好は確かに真壁のものだ。
だが、隣の人物は女性教官の制服を着てはいるが、全然記憶に繋がらなかった。
「これ……誰だ?」
「このスタイル抜群の足を見てもわからんのか!」
「すまん……わからん……」
真壁は写真をぐるぐる回しながらそれが誰かを考えた。
「藤原三佐だ! 航空機運用の授業を受け持ってた、あのサバサバ系美人!」
「そう……なのか……? いや、藤原教官だと言われればそうかもしれんが……」
画質の荒い写真を眺め、真壁はまだ首を傾げている。
「おまえは本当に、若桐さん以外なんも見てねぇな!」
「……別にそういうわけじゃ……」
しどろもどろに答える真壁に、響野は呆れた顔になったあと、ゲラゲラ笑い出した。
「なんだ?」
「いや、本当におまえはブレないな。藤原三佐と言えば、同期の中には岡惚れしてたやつも結構いたんだぞ」
「そうなのか?」
「あの人、既婚だが旦那が民間の外国航路のパイロットだから、ほとんど家にいなくて "寂しいんじゃないか" なんて、噂を立てられたりもしてたんだ」
「そうなのか?」
「んなわけあるか。当時は、旦那一筋の鉄壁だったぞ」
「そんな噂を立てられたら、迷惑極まりないな……」
つくづく頷く真壁に、響野は再び呆れて笑う。
「まったく三面記事に興味がなくて、清廉潔白だよ、おまえは。だが、逆にそういうところで足を掬われたのかもしらんな」
「そういう……とは?」
「その写真をよく見ろ。訓練校のシミュレーター室だろ。おまえ、授業の終わりに担当教官を質問攻めにしてたろ? さんざん "距離なし" とか言われてたの、覚えてないのか?」
「ああ、なんかそんなことを言われたことがあるが。しかし、納得が出来ないところは聞くのが当たり前だろう」
「あーあー、これだからデキスギは困るんだ」
響野は、オーバーリアクションで肩を竦めた。
「誰かがネタ画像として、撮ったのかもしれんが。今じゃそれが "不倫疑惑" の証拠写真ってわけだ」
「そんな莫迦な……」
「だが、密告があったとなったら、人事はとりあえず "確認" はする。間が悪いことに、藤原さん、先日離婚しててな」
「それが、なにか関係あるのか?」
「あるに決まってんだろ! 全くホントに……」
つくづくとため息を吐いて、響野は続けて言った。
「……西條の苦労が、透けて見えるわ……」
なにも考えられない状態が、ある意味 "向こう側" まで突き抜けてしまった……とでも言うのだろうか。
それまでに身についた動きの繰り返し──一種の惰性でもあった。
仕事の波もやや引いていたのも、幸いした。
副官の西條は優秀で、サポートも完璧だった。
そうして、数日が過ぎた。
「真壁、今日、いいか?」
再び、響野が顔を出した。
相変わらずノックもなく、扉はいきなり開いたが、笑顔にいつもの勢いはない。
空気を察したのか、もしくは真壁の "異常" を感じ取っていて、その空気を打ち破る術を求めたのか、西條は遮りもしなかった。
「なんだ?」
「先日の話の、続報だ」
今や、自分の出世など、どうでもよかった。
だがあの日、真壁は『若桐が隊を辞めるかもしれない』話も、響野にしてある。
そちらで、なにか情報が掴めているかもしれない。
胸の奥が一気にざわめく。
「わかった」
真壁は手元の書類を簡単にまとめると、すぐに上着を手に取った。
§
場所は、先日と同じ店の個室だ。
先日と同じように、響野は仲居の出入りが終わるまでは、肝心の話には触れなかった。
と言うよりは、真壁の様子を察して、何も言わなかった。
「それで、続報……というのは?」
「うん。おまえの "不適切行動" の話だ」
「なんだ、そっちか……」
真壁の返しに、響野は呆れた顔になった。
「そっちって……、おまえの出世の話だぞ?」
「すまん。それで?」
「篠原少将が、ツテを辿ってわざわざ調べてくれたんだぞ」
「だから、すまん」
ふうっと息を一つ吐き、響野は言った。
「おまえが訓練生時代に、教官と不適切な交際があった……んだと」
「教官……と?」
真壁は、ぎくりと顔を強張らせた。
「あーあー、大丈夫だ。若桐さんとは関係ない」
響野が手を振り回す。
真壁が若桐と付き合い始めたのが、浜松に来てからだと言うことも、響野は知っていた。
「そりゃ、元教官と。しかも男同士となりゃ、周囲の目が厳しくなるだろうが。俺はおまえと若桐さんのことは、オープンにしたって問題ないと思ってるぞ」
「そりゃあ、響野ほど大雑把なら、そうも考えるだろうが……」
「だが、そもそもその話じゃない。てか、おまえは訓練生時代には鶏むね肉とサバ缶のことしか考えてなかったことは、俺が一番良く知ってる」
うんうんと頷く響野に、真壁は少し顔を赤らめた。
「そんな話はいい! そもそも本当にそんな密告があったのか?」
「あった。篠原少将のツテで、もう定年して嘱託やってる人に連絡をして、その人の後輩で人事の資料庫番やってる奴から得た情報だから、マジもんだ」
そういって、響野は鞄から封筒を取り出した。
中から、画質の悪い写真が出てきた。
「これ……は、僕……か?」
「そのシルエットで、おまえ以外の誰だよ?」
顔はほとんどわからないが、背格好は確かに真壁のものだ。
だが、隣の人物は女性教官の制服を着てはいるが、全然記憶に繋がらなかった。
「これ……誰だ?」
「このスタイル抜群の足を見てもわからんのか!」
「すまん……わからん……」
真壁は写真をぐるぐる回しながらそれが誰かを考えた。
「藤原三佐だ! 航空機運用の授業を受け持ってた、あのサバサバ系美人!」
「そう……なのか……? いや、藤原教官だと言われればそうかもしれんが……」
画質の荒い写真を眺め、真壁はまだ首を傾げている。
「おまえは本当に、若桐さん以外なんも見てねぇな!」
「……別にそういうわけじゃ……」
しどろもどろに答える真壁に、響野は呆れた顔になったあと、ゲラゲラ笑い出した。
「なんだ?」
「いや、本当におまえはブレないな。藤原三佐と言えば、同期の中には岡惚れしてたやつも結構いたんだぞ」
「そうなのか?」
「あの人、既婚だが旦那が民間の外国航路のパイロットだから、ほとんど家にいなくて "寂しいんじゃないか" なんて、噂を立てられたりもしてたんだ」
「そうなのか?」
「んなわけあるか。当時は、旦那一筋の鉄壁だったぞ」
「そんな噂を立てられたら、迷惑極まりないな……」
つくづく頷く真壁に、響野は再び呆れて笑う。
「まったく三面記事に興味がなくて、清廉潔白だよ、おまえは。だが、逆にそういうところで足を掬われたのかもしらんな」
「そういう……とは?」
「その写真をよく見ろ。訓練校のシミュレーター室だろ。おまえ、授業の終わりに担当教官を質問攻めにしてたろ? さんざん "距離なし" とか言われてたの、覚えてないのか?」
「ああ、なんかそんなことを言われたことがあるが。しかし、納得が出来ないところは聞くのが当たり前だろう」
「あーあー、これだからデキスギは困るんだ」
響野は、オーバーリアクションで肩を竦めた。
「誰かがネタ画像として、撮ったのかもしれんが。今じゃそれが "不倫疑惑" の証拠写真ってわけだ」
「そんな莫迦な……」
「だが、密告があったとなったら、人事はとりあえず "確認" はする。間が悪いことに、藤原さん、先日離婚しててな」
「それが、なにか関係あるのか?」
「あるに決まってんだろ! 全くホントに……」
つくづくとため息を吐いて、響野は続けて言った。
「……西條の苦労が、透けて見えるわ……」
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