My Sweet Teddy bear

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 レンの住んでいるマンションは、ハルカの部屋に見劣りしない、かなり高級な所だ。
 俺がハルカの所で同居を始めた頃は、レンも、そしてショーゴや新田サンも、俺と同じような傾いたアパートで、月々の安い家賃さえも滞るような生活をしていた。
 俺やレンは、家出同然で田舎を飛び出してきていたから、実家からの仕送りという物に全く頼る気がなかったし、給料のほとんどはバンド活動につぎ込んでいたから、本当に絵に描いたような貧乏生活というのをしていたのだ。
 ちなみに、同じ家出同然でもレンは既に親と和解しており、今ではちゃんと胸を張って田舎に帰る事が出来る。
 元々母子家庭同然のレンの家は、家庭の環境的にも親と和解するのは容易く、バンド活動が軌道に乗る前からある程度の連絡は取っていたらしいが。
 レンとは逆に、母親の居ない俺は、いまだに実家と疎遠のままだ。
 親父の事は今でも虫酸が走るほど嫌いだし、それを押してまで連絡を取ろうと思うほどまめな性格もしていない。
 もう、親父が生きているのか死んでいるのかを確認するのすら億劫だと思っているから、多分ずっと一生このままだろう。
 一方のハルカは、上京する折りに親ときちんと話し合い、『期限内にまともな収入にならなかった場合は、家業を継ぐ』などという条件付きではあったけれど、それでも一応バンド活動を認めて貰っていたから、生活にはかなりの余裕があった。
 先にも延べたがハルカの実家はかなり裕福で、息子が上京する折りに現在棲んでいるマンションを購入してくれたのだ。
 ハルカ曰く「住む場所が安定せずに所在が知れなくなる事を恐れて、強引に買い与えられた」との事だったが。
 地道な活動がなんとか実を結び、まともなレコード会社と契約をした俺達は、どうにかメジャーデビューを果たした。
 リリースしたシングルやアルバムは、レコード会社が予想していたよりは遥かに好調な売り上げを記録して、ミュージシャンとしてようやく一人前と認められるようにもなった。
 アルバムを出す為にした借金を返し、しかも俺達のフトコロにまで回ってくるだけの印税を稼ぎ出したおかげで、俺達の生活環境はかなり改善されたのだ。
 ハルカのマンションで暮らすようになる以前は、それこそ毎日の食事にも事欠いていて、時には誰かの所に仕送りされてきた米を分け合いながら、それだけ食っていた時期もあったくらいだ。
 最初の印税でメシを食いに行った時、新田サンは泣きながら食っていた。
 そして、現在。
 ボロアパートで家賃を滞納させていた事なんてもう遠い過去みたいな顔して、レンは高級マンションに住んでいる。

「ホント、このマンションって洒落てるよな」

 打ち合わせで集まる際に時々使っているから、何度か訪れた事があるのだが。
 窓の外の展望も、室内のシックな造りも、レンがいかに念入りに下調べをした末にここに決めたのかが伺いしれる、趣味のいい所だ。
 住むとなれば話は変わるが、こうして招待されてくつろぐには良いここのリビングを、俺は割と気に入っている。

「そう? でも俺はハルカみたいに買った訳じゃないからね。俺のモンってワケじゃないから、褒められてもあんまりなぁ」
「選んだオマエの、センスを褒めてんだろ」

 作りつけのカウンターバーに向かっていたレンが、俺の前にグラスをひとつ置いた。

「今、ピザを頼んだからさ。来るまではコレでも飲んでなよ」

 背の高いグラスの中には、ちょっと乳酸菌飲料を連想させるオレンジ色の液体が注がれており、縁には丁寧にくし形に切ったオレンジがさしてある。
 何気なく手を伸ばし口に含んで、俺はチョットだけ顔をしかめた。

「おい、コレ…」
「大丈夫。大して強くないから。それに、少しくらい遅くなっても大丈夫だろ? 今夜はハルカが、居ないんだからさ」

 ニッと笑ったレンに対して、俺は何も言わなかった。
 ハルカが帰ってこないのは事実だし、遅くなっても構わないのもまたその通りなのだから、別段否定をする必要もなかったからだ。
 レンに勧められたグラスを、もう一口。
 甘い口当たりのその液体は、俺の気分をふわふわとした心地の良いものへと変える。

「そのカクテル、結構いけるだろ? なんなら、もう一杯飲むか?」

 レンの言葉に、俺はなんとなくレンの意図している事に察しをつけていた。
 伊達に、『尻軽』呼ばわりされている訳じゃない。

「酔っぱらっちゃったら、泊まっていけよ。別に俺は、全然構わないぜ」

 構わないんじゃなくて、その方が良いんだろう? なんて野暮な事は言わない。
 そしてもちろん、手に持たされているグラスの中身がスクリュードライバーだと気付いている事も、指摘しなかった。
 今夜の安眠を約束されるなら、俺にはなんの文句もないのだから。
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