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第25話
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「なぁ、オマエ本気でヴォーカリストになる気、ないか? オマエ、スゴク良いモノ持ってるんだし、このままにしとくのは惜しいと思うぜ」
「ムチャ言うなよ。借金取りは、毎月同じ額を納めなきゃ納得しねェし。そんなコトしてたら、バイトに行く時間なくなっちまうよ」
「借金は、俺が返してやるって。オマエは、俺に返せばいいだろう?」
柊一の身体を抱き寄せて、多聞は耳元に囁いた。
「やめとく。金って、トラブッた時コワイから。ヘタに見知ったヤツに借りてると、気まずくなったりしたら気分悪いじゃん」
「俺はそんなに器の小さい人間じゃねェよ。オマエだったら、一生大事にしてやっから」
スルッと身体の線を指でなぞり、多聞は柊一のシャツのボタンに手をかけた。
「その台詞、今まで一体何人のヤツに言ったの?」
嫌みでもなければ、その場を茶化す冗談でもない。
多聞をジッと見上げている柊一の目は、本気で多聞にその問いかけをしている、真面目な目だった。
「どーゆー意味だよ?」
「言葉通り、何人に? って訊いてるんだよ。だって、少なくとも奥さんに求婚した時だって、その台詞言ったんじゃないの?」
「そりゃ、プロポーズは俺の方からしたさ。でも、結婚って形を望んだのはあっちだぜ。俺は、そういう巧実の気持ちをくんでやって、形だけは俺から申し込んだって事にしてやったんじゃねェか。…なんだって今さら、そんなつまんないコト訊くワケェ?」
たちまち不機嫌をあらわにした多聞に、柊一は変わらない冷静な眼差しを向けたままだった。
「別れたいって言い出したのは、奥さんの方なんだろ?」
「そうさ」
「でもその理由は、アンタが別の女に手ェ出したからなんだろ?」
「そんなコトでいちいち目くじらたてるようじゃ、ロッカーの妻として失格だろ? 俺の仕事は、なんにもないところから錬金術よろしく、創造するコトなんだぜ。貞節な夫が欲しけりゃ、公務員の妻にでもなりゃ良いじゃねェか」
苛立ちを募らせて、多聞は吐き捨てるように言った。
「…ってコトは、やっぱり俺だって、アンタにとっちゃオモチャの一つでしかねェって事だよな」
「なんでそーなるんだよっ! だいたい、なんだよ? オマエ何が言いたいの? 俺はオマエに良かれと思って言ってやってるんだぜ? なんだってそうつっかかってくるんだよ」
多聞の言葉に、柊一は冷たい視線をくれた。
「良かれと思って、言ってやってる? そらぁ、ありがたいコトですなぁ。でもアンタが居なくたって、俺は充分やっていけるんだけど?」
「っ!」
ソファから立ち上がった柊一は、今はもうハッキリと蔑むような目で多聞を見下ろしていた。
「勝手にのぼせ上がって、自己満足の親切を押しつけられて、あげく一方的に憐れまれて、喜ぶとでも思ってんの? だいたいアンタこそなんなんだよ。迷惑かけた女に一言の詫びも言えねェ男なんて、情けねェったらありゃしねェ」
「ん、だとっ!」
「アンタ、もっとちゃんと目を開けて周りを見なきゃ、ダメんなるぜ」
多聞がソファから立ち上がっても、柊一は微動だにしなかった。
「褒めるだけの声しか聞かない人間になったら、ロックミュージックの根本なんて、見えなくなるに決まってる。アンタの音はアンタにしか作れないんだから、そんなつまらない理由でなくさないでくれよ」
多聞は、かみつきそうな勢いで怒鳴った。
「判った風な口きくんじゃねェやっ! 素人のオマエになにが解るってんだっ!」
でも柊一は静かな口調のまま、視線を揺るがせもせず。
「解んねェよ、なんにも。…ただ最初にアンタが、俺に向かって思ったコトを言えって言ったから、言ってるだけさ。アンタが俺をどう思ってたかは取りあえずとして、少なくとも俺は、アンタを友達だって思ってたから。友達として、言うべきだと思った事を言ったまでだ」
「うるせェ、黙りやがれっ!」
多聞は怒りに顔を歪ませたまま、ビッと戸口の方へ指を示した。
「帰れ!」
柊一は、しばらくジッと多聞の顔を見つめていたが、おもむろに目線を逸らすと、そのまま何も言わずに部屋を出ていった。
玄関の扉が開閉する音を遠くに聞いて、多聞は足を踏み出そうとしたが、やめた。
テーブルの上に置かれたMDを手に取ると、それを思いきり床に叩きつける。
小さなプラスチックの板は、間抜けな音を立てながら部屋の隅まで転がって、家具の隙間に入って見えなくなってしまった。
壊れたのか、そうでないのかもわからない。
多聞は舌打ちをして、乱暴にソファに身体を投げ出した。
「ムチャ言うなよ。借金取りは、毎月同じ額を納めなきゃ納得しねェし。そんなコトしてたら、バイトに行く時間なくなっちまうよ」
「借金は、俺が返してやるって。オマエは、俺に返せばいいだろう?」
柊一の身体を抱き寄せて、多聞は耳元に囁いた。
「やめとく。金って、トラブッた時コワイから。ヘタに見知ったヤツに借りてると、気まずくなったりしたら気分悪いじゃん」
「俺はそんなに器の小さい人間じゃねェよ。オマエだったら、一生大事にしてやっから」
スルッと身体の線を指でなぞり、多聞は柊一のシャツのボタンに手をかけた。
「その台詞、今まで一体何人のヤツに言ったの?」
嫌みでもなければ、その場を茶化す冗談でもない。
多聞をジッと見上げている柊一の目は、本気で多聞にその問いかけをしている、真面目な目だった。
「どーゆー意味だよ?」
「言葉通り、何人に? って訊いてるんだよ。だって、少なくとも奥さんに求婚した時だって、その台詞言ったんじゃないの?」
「そりゃ、プロポーズは俺の方からしたさ。でも、結婚って形を望んだのはあっちだぜ。俺は、そういう巧実の気持ちをくんでやって、形だけは俺から申し込んだって事にしてやったんじゃねェか。…なんだって今さら、そんなつまんないコト訊くワケェ?」
たちまち不機嫌をあらわにした多聞に、柊一は変わらない冷静な眼差しを向けたままだった。
「別れたいって言い出したのは、奥さんの方なんだろ?」
「そうさ」
「でもその理由は、アンタが別の女に手ェ出したからなんだろ?」
「そんなコトでいちいち目くじらたてるようじゃ、ロッカーの妻として失格だろ? 俺の仕事は、なんにもないところから錬金術よろしく、創造するコトなんだぜ。貞節な夫が欲しけりゃ、公務員の妻にでもなりゃ良いじゃねェか」
苛立ちを募らせて、多聞は吐き捨てるように言った。
「…ってコトは、やっぱり俺だって、アンタにとっちゃオモチャの一つでしかねェって事だよな」
「なんでそーなるんだよっ! だいたい、なんだよ? オマエ何が言いたいの? 俺はオマエに良かれと思って言ってやってるんだぜ? なんだってそうつっかかってくるんだよ」
多聞の言葉に、柊一は冷たい視線をくれた。
「良かれと思って、言ってやってる? そらぁ、ありがたいコトですなぁ。でもアンタが居なくたって、俺は充分やっていけるんだけど?」
「っ!」
ソファから立ち上がった柊一は、今はもうハッキリと蔑むような目で多聞を見下ろしていた。
「勝手にのぼせ上がって、自己満足の親切を押しつけられて、あげく一方的に憐れまれて、喜ぶとでも思ってんの? だいたいアンタこそなんなんだよ。迷惑かけた女に一言の詫びも言えねェ男なんて、情けねェったらありゃしねェ」
「ん、だとっ!」
「アンタ、もっとちゃんと目を開けて周りを見なきゃ、ダメんなるぜ」
多聞がソファから立ち上がっても、柊一は微動だにしなかった。
「褒めるだけの声しか聞かない人間になったら、ロックミュージックの根本なんて、見えなくなるに決まってる。アンタの音はアンタにしか作れないんだから、そんなつまらない理由でなくさないでくれよ」
多聞は、かみつきそうな勢いで怒鳴った。
「判った風な口きくんじゃねェやっ! 素人のオマエになにが解るってんだっ!」
でも柊一は静かな口調のまま、視線を揺るがせもせず。
「解んねェよ、なんにも。…ただ最初にアンタが、俺に向かって思ったコトを言えって言ったから、言ってるだけさ。アンタが俺をどう思ってたかは取りあえずとして、少なくとも俺は、アンタを友達だって思ってたから。友達として、言うべきだと思った事を言ったまでだ」
「うるせェ、黙りやがれっ!」
多聞は怒りに顔を歪ませたまま、ビッと戸口の方へ指を示した。
「帰れ!」
柊一は、しばらくジッと多聞の顔を見つめていたが、おもむろに目線を逸らすと、そのまま何も言わずに部屋を出ていった。
玄関の扉が開閉する音を遠くに聞いて、多聞は足を踏み出そうとしたが、やめた。
テーブルの上に置かれたMDを手に取ると、それを思いきり床に叩きつける。
小さなプラスチックの板は、間抜けな音を立てながら部屋の隅まで転がって、家具の隙間に入って見えなくなってしまった。
壊れたのか、そうでないのかもわからない。
多聞は舌打ちをして、乱暴にソファに身体を投げ出した。
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